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4巻

4-2

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 森を抜けると、普段は質素な里といった感じのエルリンクが、祭りのためにいろどられていた。
 どこからか太鼓たいこふえの音も聞こえてくる。
 周囲では大人おとなが祭りの準備にいそしみ、子どもは楽しそうに走り回っていた。

「この『ソールの大祭』は太陽神ソールに豊穣ほうじょう幸運こううんいのる祭りなのじゃ」

 そんなフローラの解説が入る。
 確かに里のあちこちに、お日様マークがきざまれている。

「ほう、これが太陽神の紋章もんしょうか。確かに造形からおもむき深さを感じる……」

 ……と真剣な顔で、お日様マークの一つを指でなぞってみる。

「それは子供の落書きなのじゃ」
「え?」
「それよりも見るのじゃ、アレを!」

 フローラが指さす先には、大樹にるされた、巨大な肉塊にくかいがあった。
 な、なんだこれ。普通に怖いんだが。

「あれが太陽神じゃ」
「あれが太陽神なの!?」

 神を吊るしていいのか?
 それにあの雰囲気、無限回廊で見たエルシャの死体と似たものを感じるが……。

「あ、あんなあつかいでいいのか? 神様なわけだろ?」

 そう聞くと、フローラが人差し指を立て、自慢じまんげに語る。

「ふふん。太陽神ソールは預言よげんの神。秘事ひじの知識を得るために、あえて大樹にぶら下がっているのじゃ」
「なるほど、そうか」

 理解を諦めたい。ちなみにラウラは最初から聞いていない。
 だが、せっかくなので頑張ってもう少し聞いてみることにする。
 するとフローラは、次のように説明してくれた。
『ソールの大祭』は『ブロート』と呼ばれる供儀くぎ曖昧模糊あいまいもこ神々かみがみ『ディース』にささげるという。
 そして天上の存在『アールヴ』が太陽神ソールを通じて人々に預言を伝え、人々は『ブロートヴェイスラ』を行って『ドレッカ・ミンニ』するという。

「…………」

 どういうこと?
 よくわからないが、凄いのだろう。祭りとはそういうものだ。

「ちなみにドレッカ・ミンニでは極上の蜂蜜酒はちみつしゅをいただくのじゃ。これが美味うまくてのう」

 よくわからないが、美味いのだろう。祭りとはそういうものだ。ゴクリ。
 祭りの本番は夕方かららしいので、会場を見て回ることになった。
 少し歩いたところで、族長のリーディンとその妻ラーフさんがやってきた。

「やあ、元気そうだね。わざわざ出向いてくれて嬉しいよ」

 祭りの準備によるものか若干疲れの色が見えるが、それでもエネルギッシュなリーディンと、握手あくしゅを交わす。

「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます。今からドレッカ・ミンニが楽しみですよ。ああ、早くドレッカをミンニしたい」

 よくわからない単語をそのまま使ってみたが、リーディンはうんうんと満足そうに頷いた。
 どうやら正解のようだ。
 リーディンは「そうだ」と口にして手をポンと打つ。

「ドレッカ・ミンニするなら『みそぎ』はやった方がいい。悪霊あくりょうはらい落とすことで肉が美味くなるんだ。そうそう、体にしおをよくみ込むんだぞ」
「ん?」

 もしかして俺たちを食べようとしてないか?

「フローラ、みそぎの準備は任せたぞ」
「わ、私がやるのか!?」
「ふふふ、当たり前だろう」

 バチン! とリーディンは大げさなウインクをしてから「では」と去っていく。
 去り際にラーフさんが、俺の肩をつかんだ。

ぜん……」
「ひっ」
結婚けっこん……」
「怖っ!」

 そうしてラーフさんも去っていった。何だったのだ。

「みそぎって?」

 ラウラがどこからか持ってきた肉串にくぐし頬張ほおばりつつ言う。
 相変わらず自由だ。というかエルフって肉食禁止じゃなかったか?

「ふむ……みそぎか。ラウラ、ドーマ。おぬしたち、覚悟はあるか?」

 フローラの目がキランと光る。
 覚悟? そうだなあ……。

「食事が美味おいしくなるんだろ? なら、やらない理由はないな!」

 ラウラも肉串を持っていない方のこぶしを突き上げた。

「ん、やってみよー」

 こうして俺たちは、エルフ族の謎儀式なぞぎしきに参加することになったのだった。




 ☆


「ではドーマ様、こちらへどうぞ」

 美人なエルフのお姉さんが先導するのについていくと、エルフの里の中でもかなり辺鄙へんぴな場所までやってきていた。
 ちなみにラウラとフローラは別に案内されているので、今は俺一人だ。
 フローラが内容を知っていることから考えると、変なことはされないと思うが……。
 俺はおそおそるエルフのお姉さんに聞いてみる。

「みそぎって、どういうものなんですか」

 だがお姉さんは無表情でぼそっと呟いた。

「据え膳……」
「え?」
「結婚……」
「なんかのろわれてる!?」

 それ以上の情報は聞き出せなかった。怖すぎて。
 やがてやってきたのは寂れた小屋だ。本当に何をされるんだ。

「ではここでお着替えください」

 中に入ると、バスローブみたいなものが一枚置かれているだけ。パンツすらない。
 なんとなくみそぎというからには滝行たきぎょうのようなものかとイメージしていたわけだが、案外間違っていないのか……?
 着替えて外に出ると、相変わらずお姉さんは無表情で立っていた。

「流石ノーパンのドーマ様。ではこちらへ」
「パンイチな……って、どっちにせよ嫌な二つ名だぜ」

 かつてエルリンクにとらわれた際にパンイチで脱獄だつごくしたことから『パンイチのドーマ』といういささか不本意なあだ名がついているんだよな。
 これを機にノーパンのドーマって呼ばれるようになったら最悪だ。
 ともあれ、なおもエルフのお姉さんについていくと、異質な小屋が見えてくる。
 木造のその小屋の隙間すきまには、びっしりこけが詰められている。
 さらに屋根からは煙突えんとつが生えていて、モクモクと蒸気じょうきが発されているのだ。

「こ、これは……?」
「全てラーフ様のご指示通りですので」

 エルフのお姉さんはどこからか葉を茂らせた木の枝を持ってきて、俺に渡す。
 すると突然ドンドコ太鼓がる。
 それと同時に、ヒョロヒョロと笛の音も聞こえてきた。
 小屋の中を、エルフのお姉さんが手で示す。

「入れ……ってことだよな」

 恐る恐る小屋に入ると、中には熱気が充満じゅうまんしていた。
 もわっと熱い蒸気が体にまとわりつき、呼吸が苦しい。
 小屋の中は板張りで、中央には何故か赤く熱せられた石のがある。
 奥には長椅子が置かれており、そこに座って驚いた顔をしているのは……フローラだった。
 半透明はんとうめいの前掛けタイプのエプロンみたいなうすっぺらい布を腰でしばった、謎スタイル。
 正直スケスケで目のやり場に困る。

「これって……なんなの?」

 俺がそう聞くと、フローラは「ぐぬぬ……」とうなった。

「何故ラウラではなく私がここに案内されたのかとは思ったのだが……手違いか?」

 ラウラが? こんな熱気にぶち込んだらけそうだが。

「ともかく一度出てみるのじゃ」

 そうフローラは口にしてから扉へ向かった。
 だが――

「…………開かぬ」
「え?」
「ふむ、どうやらみそぎが終わるまで、出てはならぬようじゃ」
「だからみそぎって何!?」

 フローラは即答しない。
 しかし腕を組み、数秒黙ったあと、観念したように言った。

「いわゆる蒸し風呂じゃ。悪いものを落とすためのな。仕方がない、定式じょうしき通りやるとするか」

 蒸し……風呂? 風呂なのに水に入らないのか。
 確かに全身から汗がき出して、体の中の悪いものがどんどん排出されている気はする。
 なんて思っていたらフローラが急にバスローブの中に手を突っ込んでくるような形で、ペタペタと背中に触れてくる。

「うわあ、何するんだ!」
「何って、塩を揉みこんで肉を柔らかくするのじゃ」
「やっぱ食べようとしていないか!?」

 そんなことはないらしい。
 蒸気がきりのように舞う小部屋で、フローラはひたすら腕、背中、お腹、脚に塩を揉みこんでくる。
 彼女の長い金色の髪がぺったりと背中に張り付いているのが見えた。
「はあ……はあ……」というフローラの呼吸音だけが聞こえてくる。
 …………気まずっ!

「よし、これで良いかのう!」
「お、終わったのか?」
「次は石鹸せっけんを揉み込むのじゃ」
「まだあるのか……」

 今度は石鹸の泡を揉み込むことで皮膚ひふをしなやかにし、味わいをよくするらしい。
 ……ってやっぱり食う気じゃねえか!
 フローラはどこからか石鹸を取り出すと手で泡立たせ、俺の背後に回る。

「んっ、なかなか泡立たないのう……んっ、こうか?」

 フローラは何やら後ろで試行錯誤しこうさくごしているようだ。
 にゅるにゅると奇妙な感触が背中を伝ったかと思えば、背中からフローラが抱き着いてきた。
 フローラは全身に石鹸の泡を纏っているようで、互いの体同士をこすり合わせることで泡を揉み込もうとしているのだろう。
 柔らかく、もちもちした感覚が石鹸とともに脳内にり込まれたところで、ようやくフローラは動きを止めた。
 ふ、ふう。俺の理性も動きを止めるところだったぜ。

「さ、では水で流すぞ?」

 フローラは俺の前に立つと、魔術で生み出した温水を俺にかけていく。
 りんとした顔立ちは美男美女びなんびじょぞろいのエルフの中でもひと際美しく、白く透明感のある肌に、曲線美を感じさせるなめらかなスタイル。黙っていれば、ポンコツエルフにはとても見えないくらい美人なんだよな。
 ……というかフローラの服、体にぴっとり張り付きすぎだろ。服を着ていないも同然じゃないか。

「どうかしたのか?」

 フローラは気付いていないようだ。
 ならば俺も知らぬふりをするのが礼儀というもの。
 俺の目はもはや現実を見ていない。明日だけを見ているのだ!

「よし。あとは最後の儀礼じゃ!」
「ま、まだあるのか?」
「そうじゃ。あとはこれでお主をシバくのよ」

 フローラはにっこりとしながら、例の木の枝を取り出した。
 葉が茂っていて、団扇うちわかあるいはむちのようにも見える。

「え? シバかれるの? 俺が?」
「うむ。半死半生になるまで打つ!」

 フローラは有無を言わさずピシャアンと枝を振った。
 俺の背中に激痛が走る。
 いや……そこまで痛くない。
 むしろ……気持ちいい?
 ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。

「もっと! もっと打ってくれ!」

 ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。

「な、なんだこの感覚は!」

 ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。ピシャアン。

「て、天国が見える……! ここが聖地か!」
「いかんいかん、やりすぎた」

 そんなフローラの慌てたような声が聞こえた。
 意識が遠のく……。


「わぶ!」

 冷水をぶっかけられ、俺は目覚めた。
 ここは、小屋の外か。
 やりげた顔のフローラが、俺を団扇であおいでくれている。

「これが『みそぎ』! どうじゃ、すっきりしたか?」
「あ、うん、どうなんだろ。よくわかんない」
「ええ!?」

 フローラは心底驚いていた。
 でもだって、途中から記憶が曖昧なんだもん。
 ヘロヘロで会場に戻ると、肉をむさぼるラウラとイフがいた。

「どこいってたの?」
「いやあ、蒸し風呂にだな……」
「ふたりで?」

 艶々つやつやになった俺とフローラを見比べたあと、ラウラの目になんとも寂しげなかげが差した。
 あらぬ思い違いをされているような……。
 俺は一から経緯を説明した。
 ラウラはジッと俺を見つめ、うそはついていないと判断したようで、すぐに興味を食べ物に移した。
 食い意地に助けられたような形である。


 ちなみに『みそぎ』は本来俺とフローラでやるものじゃなかったらしい。
 というのも、祭りも佳境に差し掛かろうかという頃にいばらでできた冠を持ってきたラーフさんと話していたら、彼女はふとこう口にしたのだ。

「あら? フローラとドーマくんが結婚するんじゃないの?」
「ち、違うのじゃ! 道理でおかしいと思ったわ! 結婚するのはラウラとドーマと言っておったろう!」

 確かにさっきもフローラは『手違いか?』なんて言っていたな。
 俺は口を挟む。

「いや、俺たちも結婚はしないが」

 どうやらフローラが俺とラウラをお祝いするべく祭りに呼んだところ、リーディンとラーフさんが勘違いしたらしい。

「ハッハッハ! それはすまなかったなあドーマくん! いやあ、てっきりドーマくんはうちの娘と結婚するものかと! いや、人間相手なら重婚でも別に構わないか?」

 リーディンがそんなことを言うと、ラーフさんはにっこりと微笑ほほえんだ。

「そうね。既成事実さえあれば十分よ。ね、あなた?」
「げふんげふん」

 リーディンは何かを思い出したのか、青い顔をしていた。
 そんな間にもエルリンクの空を色とりどりの花火が彩っていく。
 広場には様々な大道芸で技を競い合うエルフたち。テーブルにはあらゆる美味珍味が並ぶ。
 ごちそうを食べ、蜂蜜酒を飲み、詩を朗誦ろうしょうし、ダンスを踊る。
 それがエルフ族の祭りなのだ。
 祭りも終盤に差し掛かると、今年一番の大きな獲物が運ばれてきた。
 その肉が全員に配られる。
 さらにグラスに入った特製の蜂蜜酒が渡された。
 フローラが上機嫌じょうきげんに話す。

「祭りの最後は、このグラスをあの太陽神に掲げてこう言うのじゃ。『あなたに祝福を!』とな!そうすれば、太陽神ソールが私たちに祝福を返してくれるのじゃよ」

 なるほど。祝福をやり取りするのか。
 素敵な儀式じゃないか。
 俺とラウラは顔を見合わせた。
 そしてフローラとも視線を交わし、グラスを掲げた。

「「「あなたに祝福を!」」」


 ☆


 ローデシナに冬が訪れ、辺りは白銀に染まった。
 ルエナがローデシナにやってきたのは、そんな真冬のことだった。

「えへへ! 兄さん、来たよ」

 扉を開けると、見目麗みめうるわしい我が妹がもう吹雪ふぶきの中、立っていた。
 くりんとした目に愛嬌あいきょうのある口元、そして自慢げにぶいっと突き出されたダブルピース。
 猛吹雪が兄妹きょうだいを包み込み、大自然さえも俺たちを祝福する。
 ああ、我が妹よ……なんという天使。
 この寂然じゃくねんとしたローデシナに訪れたるは、この世に知らざる人なき天使なり。

「兄さんがなんかうたい出したよ!?」
「はいはい、寒いので早く閉めるのですよ」
「はッ!?」

 危なかった。ニコラが正気に戻してくれなければ、雪と同化するところだった。
 ルエナは頭にちょこんと乗った雪を払い、くるくるとマフラーを外してコートを脱ぐ。
 それをニコラが受け取ると、弾んだ声を発しながら家の中に案内する。

「ご主人様の妹様……ようこそなのです!」

 ニコラはスキップでリビングへ向かっていく。
 数日前からニコラはこんな調子だった。
 王都で俺たちだけルエナに会っていたことをずっとうらやましがっていたのだ。
 その様子を見て、ルエナはくすりと微笑む。

「ふふ、兄さんの手紙で知ってたけど、可愛かわいい妖精さんだね」
「ああ、ルエナは可愛い妖精さんのようだからな」
「ルエナの話はしていないんだよ?」

 おっと。そうだったか?
 リビングに入ると、家のメンバーが勢ぞろいして待っていた。
 ラウラやサーシャとはすっかり既知きちの仲だが、フローラやノコとは初対面だ。

「は、初めまして! 兄さんの妹のルエナですっ!!」

 カチンコチンになったルエナはぎこちなく挨拶をする。
 みんなの前に立ち、緊張しているのだろう。
 するとルエナの前にラウラがにゅるりと滑り込んできた。

「ひさしぶり。会いたかった」
「ラウちゃん! えへへ、私もだよー!」

 二人は手を握り合い、抱擁ほうようを交わす。
 その瞬間、家中にさわやかで優しい風が吹き、サーシャと俺は血反吐ちへどを吐いた。

「と、とうといわ……!」
「春? 春がもう来たのか!?」
「お主ら何をしておるのじゃ……?」

 フローラはやれやれとため息をつく。
 そうだ、フローラを紹介しないとな。

「そうそう、こっちはエルフ族のフローラだ」
「ふふん、ドーマの妹ということは私の妹も同じ! 私のことはフローラお姉さんと呼ぶのじゃ!」

 自信満々にフローラはそんなことを言った。それが間違いだとも知らず。
 ルエナは一瞬で冷めた表情になり、淡々たんたんと返す。

「ルエナの兄妹は、兄さんだけだよ……?」

 フローラは俺を見た。
『どうすればいいのじゃ?』と言いたげだ。
 ……うん、フローラとはあんまり相性が良くないようだ。
 ドンマイ! フローラ。

「グロウ! わふっ!」

 ルエナの足元をイフがぱたぱたと駆け回る。
 それに気付いたルエナは、「わあ!」と小さな悲鳴を上げてから、優しくイフの毛並みを撫でた。

「モフモフだねっ! このわんちゃん」
「一応虎だけどな」
「わふっ!」

 イフは嬉しそうに尻尾しっぽを振る。魔物も恐れる伝説の白虎――という自身の設定はもう忘れたようだ。
 ちなみにノコはソファーの陰に隠れてこちらを窺っている。人見知りな奴め。
 まあルエナはもう数日いるんだ。そのうち打ち解けるだろう。


 そのあとはみんなで食事をして、会話を交わし……なんてやっているうちに、夜は深まっていく。
 俺は暖炉だんろの前でうとうとしていた……ところに、風呂上がりのルエナがやってくる。
 今ルエナは、可愛らしいフリル付きのパジャマを着ていた。
 遠慮なく俺のひざに座ると、ルエナがぽすんともたれかかってきた。
 石鹸の香りがふわっと鼻をくすぐる。

「兄さんの腕の中、相変わらず落ち着くなあ」
「そうか? ルエナは前より少し重くなったな」
「……兄さんの馬鹿ばか
「いててててて」

 げしげしと足をんできた。
 事実なのだから仕方ないだろう。
 ルエナはまゆひそめつつ、俺を見上げる。

「兄さんのデリカシーのなさは、心配だよっ! こんなに女の人に囲まれてるのにねっ。でも……」

 あれ? 心なしかルエナの目に光がなくなっていっているような……。

「そっか。今は兄さんと心臓が並んでるんだね。いっそのこと、一緒の心臓なら、ずっと離れずに済むのかな……」

 なんか不気味なことまで言い出した。
 汗が噴き出し、ひたいに髪が張り付く。
 まずい。俺は今、生殺与奪せいさつよだつの権をルエナに握られているっ!
 なんて戦慄せんりつしていたのだが、ルエナはふっと笑ってから口を開く。


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