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3巻

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外で昼寝するので」

 ローデシナに春がやってきた。
 キノコの妖精ようせいであるノコの一言を聞いて、ニコラが暖炉だんろからぷはっと顔を出す。先ほどから大掃除おおそうじをしているので、自慢じまんのメイド服がすすだらけだ。

「いつも外で寝てるのですよ? ついに記憶もあやしくなったのですか、惰眠だみんキノコは……」
「ふふん、いつものは一休みですが、今回はガチ寝です。違いもわからないのですか、これだから家精霊ボガートは」
「ぐぬぬ!!」

 どっちもグータラしてるだけだろ。俺、ドーマは思わずそう思ってしまう。
 ゆさゆさ揺れるノコのキノコがさ怠惰たいだと暴食によって変色し、不健康そうな赤色をしている。
 緑が芽吹めぶきつつある外の景色とは正反対だ。
 俺は皿洗いを手伝わされ……いや、率先そっせんして手伝わせていただきながら、いつもの喧嘩けんかながめていた。
 キノコの妖精ノコ、そしてボガートのニコラ。ファンタジックな両名の喧嘩は、大抵低レベルな口論のすえに、ニコラが折れて終わる。

「はあ、もういいのです。キノコに任せる仕事なんてないのです。ご主人様に任せた方がいくらかマシなのですよ」

 ニコラはやれやれと俺の前に大量の洗濯物せんたくものを置いた。

「行くですよ、イフ。そんな仕事は勤勉きんべんな人間さんに任せて」

 どこ吹く風とばかりに発せられたノコの言葉を聞き、白虎びゃっこのイフは器用にくわえていたホウキを俺の前に置いた。そしてちらりと俺を見て一瞬困りまゆになったかと思ったら、いそいそと庭の方へ歩いていく。
 一応伝説の存在なんだよな……?
 そんな時、ラウラが偶然通りかかる。

「……ん」

 飲んだあとのコップを俺の目の前に置いて、ラウラは庭へ立ち去った。
 王宮騎士ロイヤルナイトの彼女は、今日も自由である。

「え? 洗濯物もコップも、全部俺が片づけるのか?」

 呆然とそう呟く俺に、ニコラが圧のある笑顔で聞いてくる。

「ご主人様は、手伝ってくれるのですよね?」
「ひ、ひいっ」

 結局俺は、いそいそと与えられた仕事をする他なかった。
 それにしても、ここでの暮らしにもすっかり慣れたものだ。
 かつて俺は王宮魔術師ロイヤルマジシャンとして王都で働いていたのだが、上司に頭突きをかましたせいでここに左遷させんされた。確か昨年の夏の頃だ。
 それから何故かあれよあれよといううちにラウラ、ニコラ、イフ、ノコ、帝国皇女のサーシャと彼女のお世話係のナターリャ、ポンコツなエルフの魔術師であるフローラと一緒に住むことに。
 にぎやかで穏やかな日々を送っている。
 とはいえ、まったくもって順風満帆じゅんぷうまんぱんとはいかないのは世の常だ。
 秋頃には、死霊術しりょうじゅつあやつるビルズムと、変幻魔術へんげんまじゅつを使うゼダンという男が村のならず者を利用してローデシナを乗っ取ろうとしてきた。
 冬にはエルフの少女――ラリャを盲目の戦士・クラウスとその子分であるグロッツォとともにかくまっていたことを理由に、過激派魔族狩り執行官のシンプソンに襲われた。それだけでなく、俺をやけに買っている枢機卿すうききょうに目をつけられて、大変だったんだ。
 その間にも、ひょんなことから仲良くなった魔族狩り執行官の少女・ミコットに手柄を立てさせようと奔走ほんそうしたり、エルフと人間の仲を取り持ったりとけずり回っていたしな。
 まあ村をおそってきた奴らは家に住むみんなをはじめ、色んな人と協力してどうにか退しりぞけたから、今は平穏そのものだ。
 ともあれ、そんなわけでローデシナは無事に春をむかえた。しかしそれは、はなやかな季節が訪れたということだけでなく、今まで見て見ぬふりしてきた冬の総決算をしなければならないことをも意味するのだ。
 つまり、ローデシナの春は忙しい。
 家畜かちくを牧草地に放ち、雪でいたんだものを修理し、農地をたがやし――とまあ、これらは大体ニコラがやっているんだが……
 ともかく、ここローデシナでは春の訪れを『郭公かっこうつき』と呼ぶ。
 郭公のさえずりが聞こえるってだけでなく、忙しい人々が郭公のようにあわただしく声を上げながら動き回るからだ。
 俺もまた、そんな郭公の一人である。
 家事をこなし、村の雑事に奔走し、最近では冒険者ギルドのギルマスを務める獣人・バストンから依頼を受け、ギルドの業務まで手伝っている。
 ……なんか俺、雑用ばかりしてないか?

「先生、紅茶まだ?」

 サーシャが眠そうに俺の肩をつつく。
 最初は他人の家だからと気を張っていたサーシャも、今では俺を使用人の如くあつかうほどに、成長した。

「紅茶ぐらい自分でれられるだろ?」
「先生の淹れたお茶が飲みたいの」
「なんでだよ」
「なんでって……いいから早く淹れてくれない?」
「理不尽!」

 サーシャはジトりと俺をにらみつけ、リビングに戻っていった。
 俺が返答を間違えたのか、ただ彼女の虫の居所が悪かったのか。後者の方が可能性は高そうだ。

「まったく、相変わらずおぬし乙女おとめごころというものを理解しておらぬな」
「乙女心? ……いやそれより、これはどういう意味だ? フローラ」

 茶葉を用意してお湯を注いでいたら、頭にマグカップを置かれたのだ。

「もちろん、私のも頼むという意味じゃ。お主が魔術で精製した水――魔術水まじゅつすいで淹れた茶は実に美味うまいからのう」

 冬の間に住人の一人となったフローラは、エルフ族と人間の仲介役として動き回りながらも、俺に雑用を押し付けるまでに成長した……と。
 我が家の女性陣の成長がいちじるしいなぁ。

「で、結局乙女心を解説してくれないのか?」
「ふふん、サーシャも私も、か弱い女子ほど美味い紅茶が好きなのじゃ」

 そうなのか。じゃあ仕方ないな。別に二人はか弱くはないが。
 俺がそんなふうに納得していると、いつの間にか隣で話を聞いていたニコラが怪訝けげんそうな表情で言う。

「これは、先が長そうなのです……」
「何がなのじゃ?」

 フローラの言葉に対して、ニコラはげんなりとため息を吐いてから、俺の方を向く。

「そういえばバストン様からご主人様に言伝ことづてあずかっていたのです。『できるだけ早く冒険者ギルドに来てほしい』と」
「そういうのはもっと早く言ってほしかったな」

 一通り家事をやってからじゃなくてさ……
 もっとも、ニコラは故意にそうしたんだろうが。


 相変わらずオンボロな冒険者ギルドに到着すると、受付に座る獣人のバストンの前を見慣れない集団が占拠せんきょしていた。リーダーっぽい剣士の女性に、大盾おおたてを背負う恰幅かっぷくのいい男、モヒカン頭の弓士きゅうしに、背の低い褐色かっしょくの女魔術師。そして……どう見ても冒険者とは思えないような、ぼろ布をまとったせた男という五人組だ。

「む、ドーマ。よく来てくれたな」

 俺が来たのに気付き、バストンが声をかけてきた。
 すると、五人組は一斉にこちらを向く。
 初対面だというのに無遠慮ぶえんりょな視線を送ってこられると、王都の冒険者を思い出す。

「随分とさびれたギルドだが、まさか本当に機能しているとはな」

 真面目まじめな表情で建物を見渡しながら、女剣士はそう口にした。
 確かにギルドは積雪の影響もあり、信じられないほどきしんでいる。
 ちょうど俺も今、くさった床を踏み抜いたところだ。
 片足が床にはまって間抜けな状態の俺に、モヒカン男が手を差し出してきた。
 人は見かけによらない。

「確かローデシナ村に来るのは初めてだったな。さて、そろそろ用を聞いても良いだろうか」

 バストンがそう尋ねると、女剣士はフッと余裕のある笑みを見せた。

「我々はS級冒険者パーティ『黒狼こくろうたわむれ』」
「え、S級冒険者だと!?」

 ノリよく驚いてみせると、満足気に黒狼の戯れの面々は頷く。
 彼らがそんな反応を見せるのは、当然と言えば当然か。S級が珍しいのは確かだ。
 ……なんせS級ぐらいの実力を持つ奴は、冒険者なんかやってないからな。
 ラウラみたいに王宮騎士として召し抱えられたり、王国軍に入隊したりする奴がほとんどだ。

「優秀な案内人が欲しい。かの大秘境だいひきょう『大森林』を踏破とうはできる奴がな」

 自信ありげにそう口にする女剣士とは対照的に、痩せた男は慌てて首を横に振った。
 彼が冒険者のやとい主なのだろう。

「と、踏破する必要はないんですよ、リシェさん! 私はただ大森林を調査しに来ただけであって――」
「なあに、どうせ大森林へ向かうんだ、せっかくなら踏破しようじゃないか。それともモペイユさん……ただの考古学者に過ぎないあなたが、S級冒険者の我々に意見する、と?」
「そ、そういうわけでは……」

 女剣士――リシェのするどい眼光を前に、痩せた男――考古学者のモペイユは小さくなった。
 雇い主だというのに気の弱い男だ。俺ならガツンと言ってやるのに。

「まあ、そういうことだ。我々だけでも余裕だろうが、念のためこのギルド一番の実力者に案内を頼みたい」
「ふむ。一番か……」

 バストンは俺を見る。黒狼の戯れたちも俺を見る。
 その時、ピキーンと俺のC級冒険者バッジが光った。
 一応コツコツと階級を上げてきたが、最近は面倒なのでC級で放置していたんだよな。

「まさかそこのC級が一番なのか?」
「ハハハ、マジか! 田舎いなか者!」
胡散うさんくさそう」

 黒狼の戯れの面々の反応はもっともではある……最後を除いてだが。
 でも、B級以上になろうと思うと、結構面倒くさいのだ。遠方での討伐試験だったり採取だったりを真面目にやらないといけないからな。
 一見強面こわもての不良みたいなS級冒険者も、冒険者界隈かいわいでは真面目な優等生くんなのだっ。
 リシェはなかおどすように、俺に問いかけてくる。

「C級の君に務まるかい? なんせ大森林には、かつて王国をほろぼしかけたという伝説の魔獣『白虎』がいるというじゃないか。生半可なまはんかな実力では命を落としてしまうぞ?」

 な、なんだって!?

「……ちなみに、その伝説の魔獣は現在ウチの庭でキノコと昼寝してますけど……」
「私は冗談が嫌いなんだが――何か言ったか?」

 リシェは鋭い眼光で俺を捉えた。


 ふう。実際に見た物しか信じられないってクチか。
 俺はモペイユの隣で小さくなった。

「む、C級とはいえ、ドーマの魔術師としての実力は保証するぞ」

 バストンが一応そう付け加えたが、黒狼の戯れは困ったように顔を見合わせている。

「C級魔術師は地雷だっていうしね」
「うちのパーティにも魔術師はいるし……」

 そしてトドメにリシェが言う。

「すまないが我々は本気なんだ。B級以上の冒険者はいないか?」

 俺、言われたい放題である。
 シクシクと泣いていると、そこにちょうど良いタイミングでクラウスがガチャリと扉を開け、やってきた。
 威厳漂いげんただようクラウスの姿を見て、黒狼の面々が背筋を伸ばした。
 普段は頼れる兄貴分。オフの時はラリャにただただお熱な子煩悩爺こぼんのうじいさんだとは、誰も思うまい。

「ならばクラウスはどうだ? 彼は冒険者ではないが実力は――」
「クラウス!? いまクラウスと言ったか?」

 リシェは急にき立ち、ギルドの机を大げさに叩いた。
 あれ、俺の時と態度が違いすぎない?

「ああん? 俺は確かにクラウスだが」
「光栄です。あの『戦技せんぎのクラウス』さんがこんな場所にいるとは!」

 リシェが手を取ると、クラウスは困惑気味に頭をいた。
 モヒカン男までもがキラキラした目でクラウスを見つめている。
 そういえば彼は元々戦技のクラウスと呼ばれ、王国では英雄扱いされるほどの戦士だった。だが、失明したことが原因でローデシナに左遷され、今では『どくぬま』という危険地帯の管理人をしながら村の冒険者たちの面倒を見ているのだ。

「もしよろしければ、大森林のご案内を頼んでも?」
「……何やら面倒な用みてえだな?」

 クラウスは乗り気ではないようだ。大森林を案内する難しさは、住んでいる者にしかわからない。
 なんせ、俺ですら十回ほど迷ったからな!

「ふ、我々S級冒険者の黒狼の戯れがいれば、面倒な事態にはおちいりません」
「……いやもう十分面倒なんだが――ちなみにドーマはどうなんだ?」

 あ、俺に押し付けようとしてやがる。

「ははは、俺では力不足みたいでしてね」
「はーん、なるほどねえ。……しょうがねえ。半日だけ付き合ってやるよ」

 少し考えて、クラウスは首をたてに振った。
 黒狼の戯れの面々の表情がれやかになる。
 ついでに俺も喜んでいると、クラウスがバストンと目くばせしているのが目に入る。
 嫌な予感がするぞ……
 黒狼の戯れと、クラウスが外に出ていった。
 俺も家に帰るべく去ろうとすると、バストンに腕をつかまれる。
 くっ、なんて力だ。なんとしてでも巻き込んでやるという熱い意志を感じる。

「ということだ、ドーマ。彼らの跡をつけてくれ」
「どういうことです!?」
「まあまあ。黒狼の戯れよりドーマの方が大森林について熟知じゅくちしているだろう?」
「だとしても、クラウスがいるでしょう」
「ふむ、何やら胸騒むなさわぎがしてな。それに……クラウスは最近なぞの頭痛に悩まされているのだ。うむ、念には念を入れたい」
「俺も何故だか急に謎の頭痛が……」
「ドーマなら大丈夫だ。行ってこい」

 ひどい扱いである。だが確かにクラウスに何かあれば、俺も困る。俺とクラウスは『村の便利屋二人組』だなんて言われているからな。クラウスがいないと、俺の負担が倍増だ。
 しょうがない。
 前向きな返答をすると、バストンは目を細めて微笑ほほえんだ。

「うむ、ドーマは実に役に立つ」

 それ、めてるの?


 ギルドを出て魔力を探知しながら、黒狼の戯れやクラウスとつかず離れずの距離を保ちつつ進む。
 彼らはどんどん大森林の奥に入り込んでいく。
 村の周辺は定期的に魔物駆除の手が入るが、奥地はそうではない。ざっと見渡しただけでも、大量の魔物が蔓延はびこっているのがわかる。
 というより、すでに黒狼の面々は魔物に囲まれている。

「あいつら、周囲を警戒しなさすぎじゃないか?」
「グロオッフ」
「ん?」

 気が付けばいつの間にかイフが横を並走していた。ノコの圧政から抜け出してきたのだろう。
 ボサボサの毛並みからイフの苦労が垣間かいま見え、泣けてくる。
 俺のほほには一滴いってきしずくれ、べっとりとしたよだれがぼたりと……あれ?
 上を見上げると、優に三メートルはある巨狼きょろうが、俺を見下ろしていた。

「ガウウウウウウウ」
「典型的な奴!」

 俺も警戒しなさすぎだったようだ。
 巨狼は鋭い爪で俺の体を串刺くしざしにし、そのまま捕食しようと口元まで持っていく―――夢でも見たのだろう。

「ふっ、虚像きょぞうを捕まえてどうする気だ?」

 俺は巨狼の真横で笑みを浮かべる。
 ハッとした時にはもう遅い。巨狼は俺に飛びかかる間もなく、昏睡こんすいした。

「クックック、永遠にめない夢を見ると良い。ただし……悪夢だがな」

 決まった。あごに手をやって格好つけていると、何者かの視線に気付く。視線の主はイフである。
 そんな顔をするな。一度はやってみたかったんだ、こういうキャラ。

「グワフ……」
「イフ、みんなにぐちするのはやめような」

 どうやらイフとノコやニコラたちは意思疎通いしそつうできているようなので、今後の俺への視線が心配である。そんな遊びに没頭ぼっとうしていたせいで、大事なことを忘れてしまっていた。

「む、しまった。完全に見失ったな」

 黒狼の戯れもクラウスも、もういない。どうやらごっこ遊びをしている間に離されたらしい。
 だが慌てることはない。俺に魔術を教えてくれた師匠いわく、たった一つ手段をつぶされてあせる魔術師は二流だという。一流の魔術師は焦らない。俺とてそうだ。代わりの手段はいくらだってある。
 そう、俺には魔力探知という最強の技が――

「な、何!? 魔力探知が通用しない……だと……?」

 ば、馬鹿な。もう手段がないぞ。
 魔力探知は優秀だが、欠点もある。
 魔力反応が多すぎると、区別をつけるのが大変になるのだ。
 そしてここは人類未踏みとうの地、大森林。
 黒狼の戯れレベルか、それ以上の魔力を持つ魔物がうようよいる。

「仕方ない。不本意だが、一個ずつ潰していくとしよう」

 いざとなれば、イフにラウラを呼んできてもらおう。
『一流の魔術師は仲間を頼る』。俺が好きな言葉だ。俺が考えたからな。

「わふ」

 隣ではイフがため息を吐いていた。


 ☆


「おい、奥に進みすぎなんじゃないか?」

 もさりとひげをたくわえた戦技のクラウスは、ふと足を落ち着かせてそう言った。
 歩き始めて、随分経つ。援護を見込んでいたドーマの気配をしばらく感じない。
 大森林は危険な場所だ。これ以上の進入はリスクを負うだけとクラウスは判断したのだ。
 だが、リシェは華麗かれいな剣さばきで魔物を切り伏せつつ、笑顔を返す。

「平気ですよ、クラウスさん。現に魔物は対処できています。大森林なんて今までの苦境に比べたら、大したことありませんよ!」

 黒狼のリーダー、『豪剣ごうけんのリシェ』はクラウスに対してそう息巻いた。
剛腕盾ごうわんじゅんのシャイン』『モヒカンのモヒカ』『煉獄れんごくのイレーナ』からなる冒険者パーティ、黒狼の戯れ。彼女らはどんな困難な冒険も容易よういにこなす、トップランカーである。
 だからこそ、自信に満ちあふれていた。

「……そうか。俺の考えすぎならいいが」

 一方、クラウスは違和感を覚えていた。何故ならのだ。

(大森林の魔物はこんなものではない。村周辺の魔物ですらもっと強いはずだ。偶然か……それとも、誘い込まれている?)

 そんなふうに思案するクラウスを見て、シャインが軽く笑い飛ばす。

「ハハハ、クラウスさんは隠居いんきょの身だもんな! 疲れたなら俺が背負っていくぜ?」
「もうシャイン、アンタが元気いっぱいなのは私の強化魔術のおかげでしょ」
しかり。それにクラウス殿どのの立ち居振る舞いを見よ、すきがないでござる」

 わいわいと喋る黒狼の面々を見て、クラウスは小さくため息を吐く。

(順調な時こそ大きな落とし穴が待ってるってもんだ。こいつらの油断は、かなり気がかりだな。それにしても――)
「モヒカンの……モヒカと言ったか? お前、変わった口調だな」
拙者せっしゃ、特殊な一族の出身でしてな。これはその名残なごりにござる」
「ほえ~」

 クラウスは適当に相槌あいづちを打ちつつ、視線を横に移す。
 そこにいるのは、王都の考古学者モペイユ。黒狼の戯れの雇い主だが、今にも倒れそうなほど顔色が悪い。

「保存食でも食べるか?」

 クラウスが干し肉を差し出すと、モペイユはぶんぶんと首を横に振って断った。

「すみませんが私は菜食主義者でしてね。それに衛生管理えいせいかんりされていない代物しろものはちょっと……」

 クラウスは微妙な表情で手を引っ込め、頷く。
 そして、一つ咳払せきばらいをしてから改めて聞く。

「そういえば調査ってのはなんなんだ? 魔物の性質に関わる内容だとは聞いたが」

 クラウスがそう切り出すと、モペイユは気味の悪い笑みを見せた。

「ふへへ、『森のエルフ』という魔物を聞いたことはありますか?」

 最近ドーマの家に住み始めたエルフ――ラリャを思い浮かべたクラウス。
 しかし、下手へたに情報を明かさない方が良いと考え、ひとまず首を横に振る。

「ふふふ、一説によると全身を大量の体毛におおわれていると言われ、人魚みたいに下半身が魚のような形状をしているといううわさもあるんです。そして、森の奥深くに棲んでいるんだとか」
「そりゃ、見つけるのは難儀なんぎだな」
「ええ、だからこそ価値があるんです。私の推論ですが、森のエルフは原始の魔物。つまり邪神信仰じゃしんしんこうのルーツにも関係している。彼らを調べればきっと人間の誕生についてのヒントが――」
「あ、ああ……」

 モペイユの話はクラウスにとってじょうちょうすぎた。
 黒狼の戯れの面々も、誰も聞いていない。
 彼女たちにとってモペイユの目的はさほど重要ではないのだ。
 そんな時だった。


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