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2巻

2-3

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「アンタは伝説のワインソムリエ、【千器せんきのクラウス】!」
「ほう、その名をまだ覚えている奴がいるとはな」

 クラウスはそう口にすると、ワインをグラスにそそいで一口味わってから意味深げに微笑む。
 何をやっているんだお前は。

「千器のクラウス?」

 俺の呆れ混じりの声にヨルベが答える。

「なんや、あんた知らんのか? 千器のクラウスは王都の美食家百名選の一人! 千のワインを見極め、『美味い』の一言でどんな無名な店でも繁盛はんじょうさせるとうわさの、伝説の存在や!」
「な、何ぃ!?」

 そんなことをしていたのかクラウス。
 驚く俺に、ヨルベは「ちなみに二つ名の千器は【戦技のクラウス】と引っ掛けたダジャレや」とどうでもいい情報を補足してくれた。

「その『ドーマ・ワイン』を、単なる手造りワインだと切り捨てたら後悔こうかいするぞ」
「な、なんやて!?」

 クラウスはヨルベにグラスを手渡す。
 すると、ヨルベは途端に目をかがやかせた。

「な、なんやこの芳醇な香りは! 研ぎ澄まされた果実の甘さに……これはキノコか? まろやかで深みのある香りやで! こんなん、嗅いだことがない!」
「くくく、香りだけじゃあない。一口。それだけでいい。飲んでみろ……トブぞ?」
「ぐっ!」

 なんか急に訳のわからないバトルが始まったんだが?
 ヨルベはクラウスに言われた通りにワインを一口飲むと、突然ガクーンとひざからくずれ落ちた。

「ア、アタシの負けや……」

 そう口にするヨルベにクラウスが近付き、手を差し伸べる。

「……そう落ち込むことはない。お前にはまだ明日がある。そうだろ?」
「せ、千器のクラウス……」

 二人はガッチリと握手した。
 そんな茶番は置いておいて、どうやらワインの味は商人であるヨルベのお眼鏡にかなうものだったらしく――

「そんなわけで、あるだけ買い取るわ。これなら王国中のワインを駆逐くちくできるで」

 そう彼女は提案してくれた。
 しかし流石にそこまでの量は用意できないので、俺は首を横に振る。

「いや、生産が追いつきませんよ」
「そら勿体ないわあ……」

 それから行われた交渉の結果、とりあえずノコが不貞腐ふてくされないくらいの量を製造する前提で取引することになった。当社のワインの味はニートキノコが支えているのでね。
 こうして商取引は終わり、ヨルベは撤収てっしゅう準備を始める。そんなタイミングで彼女は思い出したかのようにを手渡してきた。

「な、そういえばこれ知っとる?」
「ん? これって……」

 ビラのような一枚の紙。
 そこには赤い塗料とりょうで以下のように書かれている。

『魔族をめっせよ! らえた者には生死問わず報奨金 金貨三枚を支払う!』

 右下には『魔族をかくまう者も死刑』の警告文もばっちり。
 どこからどう見ても魔族討伐を専門にする、『魔族狩り執行官しっこうかん』が作ったビラである。

「執行官がここまで来ましたか」

 都会ではしばしば目にする彼ら彼女らだが、まさかこんな辺境の村まで来るとは、驚きである。
 ヨルベも頷いて、嫌悪混じりの溜め息を吐いた。

「嫌な奴らやで。あんたも気をつけや。巻き込まれそうな顔してるからな」
「ははは! まさか!」

 そんなことあるわけない。
 ローデシナには魔族のマの文字もないし、心配する必要なんてないのだ。



 2


 極寒の吹雪ふぶきの中を、てもなく歩いていた。
 周囲は白に染まり、前を行く母の足跡のみが唯一の道しるべだった。
 後ろを振り返ると、寒さに震える妹が、不安そうにこちらを見つめている。
 近寄って手を握ると、驚くほどに冷たい。
 妹はぽつりと呟く。

「お母さん、置いていかないで」

 その言葉にハッとして振り返ると、前を歩いていたはずの母の姿は見えなくなっている。
 吹雪の中、足跡だけが白い世界に残っていた。

「母さん! どこだ!?」

 必死に叫ぶ俺の声は風の音にかき消される。
 俺は、なおも叫び続ける。

「母さん! 行かないでくれ! 俺たちを置いていかないで!!」

 …………
 ……


「――マ、ドーマ」

 ゆっさゆっさと体を揺さぶられる感覚で目を覚ますと、訓練着を着たラウラが俺の顔を覗き込んでいた。
 何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。
 というかそんなことより、ラウラが起こしに来るなんて珍しいな。

「ふわぁ。どうしたんだ?」

 あくびをしながら起き上がると、ラウラは興奮気味こうふんぎみに窓を指差した。

「雪!」
「え?」
「雪! すごい!」

 目を輝かせたラウラに無理やりベッドから下ろされ、寒い寒い窓際まで引きずられた。そして外を見ると――

「おおぉ! 雪、だな」

 思わず目を見開いた。
 そこに広がるのは、一面の雪景色ゆきげしき
 真っ白な雪は洋館の周りをおおい、ほのかに朝日を反射して、キラキラと輝いていた。
 窓を開けると澄んだ空気が部屋に入ってくる。息を吐くと白くくもる。
 キリリと冷たい風が体に染み渡るが、なんだか心地がよい。

「雪! ドーマ、はやくそと!」

 うきうきるんるんなラウラは、急かすようにこちらを見つめている。
「仕方ないなあ」と言って俺が着替えようとしてもそれは変わらない。
 俺の裸体らたいに価値はないかもしれないが、このままラウラの前で脱ぎ始めると、捕まるのは彼女ではなく俺なのだ。
 男はツラいよ。

「はいはい、ラウラ様も着替えるのですよ~」

 いつの間にか部屋に入ってきていたニコラが気をかせて、ラウラを部屋へ戻してくれた。
 そんなニコラの頭の上には、すでに小さな雪だるまが載っている。
 最初に雪を堪能たんのうしたのはニコラらしい。
 可愛かわいらしくて、思わず頬が緩む。
 しばらくすると着替え終えたラウラがニコラとともに戻ってきた。その頃には俺も外に出る準備を済ませていた。

「せっかくだしサーシャも呼ぶか」

 俺の提案に、ラウラは頷く。

「ん。みんな呼ぶ」

 一緒にサーシャの部屋へ向かう。
 すると部屋の前に立っていたナターリャが「はい。どうぞ」と部屋に入る許可をくれた。
 いや、サーシャはまだ寝ているんじゃないのか。

「たまにはお二方ふたかたに起こしていただこうかと。朝が弱いお嬢様を起こすのは大変ですので」

 その一言で、サーシャの状態を察した。
 俺がドアを開くのを躊躇っていると、ラウラがあっさりと部屋に突入する。
 仕方ないので俺もついていくと、そこには案の定、惰眠だみんむさぼるサーシャがいた。
 初めて知ったが、サーシャの寝相ねぞうは悪い。
 布団ふとんはグチャグチャだし、髪は寝癖ねぐせのせいでボサボサだ。
 よだれらしている姿を見て、皇女と思う者はいないだろう。
 別にどうでもいいが。

「サーシャ! 起きて、雪!」
「……にゃによ、うるさいわね~~~」

 ガサガサと布団を揺らすラウラに対して、サーシャはむにゃむにゃしながらゆっくりとまぶたを開ける。

「にゃに? ラウラ? もうちょっと寝かしてよ」
「雪!」
「雪?」

 サーシャは周りを見回して……やがて俺と目が合う。

「……へ? 先生?」

 サーシャは目をパチクリさせてから、急に顔を赤くしたと思ったら布団を被ってしまった。
 ラウラが不満そうに「サーシャ~~」と布団を揺らす。
 丸くふくらんだ布団は、唸り声を上げる。

乙女おとめの寝顔を見るなんて最悪なんだけど! 早く出てってよ!」
「ドーマ、早くでていって」
「俺!?」

 女性陣にジトッとした目線を浴びせられ、俺は仕方なく退出した。
 何故何もしていない俺が責められる……


「乙女のすっぴんを見るなんてサイテーね!」

 十分ほどして、そう口にしながらサーシャが部屋から出てきた。
 先ほどまでの寝起き姿がまぼろしだったかのようにうるわしい姿だが、表情は変わらず不機嫌そのものだ。

「ナターリャもどうして入れたのよ」
「まさか本当に女性の寝室に立ち入るとは思いませんでしたので」

 ケロリと言ってのけるナターリャに、俺は思わずたじろぐ。
 話が違うじゃないか。
 それに寝起き姿が新鮮だったと思っただけで、他に何も思わなかったんだけどなぁ。
 そんなことを考えているとニコラが俺の耳を引っ張る。

「ここは早くサーシャ様をめるのですよ」
「え?」

 褒める? そうだなあ。

「どんなサーシャも可愛いよ」
「は、はぁ!? そんなこと言われても許さないんだからね!」

 腹にパンチを喰らい、俺は崩れ落ちた。
 ニコラはそんな俺をなぐさめる。

「ご主人様は間違っていないのです……」

 じゃ、じゃあ何が正解だったんだ……
 女心とは、かくも難しきものである。


「ドーマ! 雪! 雪!」
「はいはい、わかったから」

 急かすラウラに連れられて、俺は玄関のドアを開ける。
 目の前には誰も足跡をつけていない、真っさらな白い大地が広がっていた。
 ラウラはパタパタと駆けていくと、白い地面へ思いっきりぼふんとダイブする。
 子供みたいだ。
 のそっと起き上がったラウラはこちらに、滅多に見られない笑顔を向ける。
「……寒いわ」なんて言いながら、モコモコに着込んだサーシャもやってきた。
 その後ろにひかえるニコラとナターリャは変わらずメイド服のままだが、寒くないのだろうか。
 サーシャは俺と目線を合わせると、何か言いたげにしていたが、すぐにそっぽを向いてしまった。
 そんなサーシャの顔すれすれに弾丸のようなものが飛ぶ。
 ドゴッ!
 そんなすごい音を立てて、洋館の壁にヒビが入った。

「ひっ、な、何!?」
「なんだ!? 魔物か!?」

 サーシャと俺が振り返ると、雪玉を丸めたラウラがこちらに次々と飛ばしてきているのが見えた。
 目にもまらぬ速さの雪玉が俺たちを襲う。

「ラウラ! やめなさいよ!」
「ちょ、手加減してくれ!」

 だが俺らに構うことなく、ラウラは目をキランと光らせ次々、雪玉を投げてくる。

「せんじょうで、てかげんはしない」
「ここ、戦場じゃないけど!?」

 当たれば死ぬ。
 死の恐怖にゾッとした俺は、卑怯ひきょうだと思いつつも結界魔術を展開した。
 どんなに硬く速い雪玉でも、結界魔術にはかなうまい。

「ドーマずるい」

 頬をぷっくりと膨らませて不満を言うラウラ。
 俺はニヤっと笑う。

「ククク、戦場にズルなどない」
「む」

 俺の言葉を聞くと、ラウラはとびきり硬い雪玉を作り、先ほどより大きく振りかぶる。
 あ、当たったら本当に死んじゃうよ?
 なんて思っているとラウラは「あ」と声を上げ手を滑らせた。雪玉はサーシャの顔面目がけて直行する。
 俺をたてにして油断していたサーシャは、気付かぬ内に結界魔術の範囲外に出てしまっていたようだ。
「へ?」とサーシャは間の抜けた声を漏らした。
 俺は間一髪でサーシャを引っ張る。

「きゃっ」

 そんな可愛らしい悲鳴を上げたものの、サーシャは無事らしい。
 顔を上げると、雪玉によって洋館の壁に穴が空いているのが見えた。

「ちょ、ちょっと……」
「ん?」

 サーシャに声をかけられて下を向く。
 気付けばサーシャを押し倒す形になってしまったらしい。
 真下にサーシャの赤い顔がある。彼女の銀髪ぎんぱつが雪に混ざって美しい。
 長い睫毛まつげと健康的な肌――まさしく帝国美女だ。
 ついつい見つめてしまうと、サーシャは少し気恥ずかしそうに目をらした。
 ……何これ?
 すると、横から雪を軽快に踏む音がする。

「えーい」

 ニコラに蹴られて、俺は丸太のようにゴロゴロ転がった。
 雪がふかふかで気持ちがいい。
 空を見ると、再び白い雪が降ってきているようだ。しんしんと降りゆくさまが美しい。
 一粒口に含むと、雪は消えるように溶けて……

「ん? これ雪じゃないぞ」

 溶けるどころか苦味が口いっぱいに広がる。そして俺の意志を乗っ取ろうとしているかのように、魔術回路に誰かの魔力が侵入してくる。
 こ、これは以前にも経験したことがあるぞ。

「ノ、ノコはいるか!?」

 そう、これは以前ノコの胞子ほうしに操られそうになった時に味わった感覚だ。

「あの穀潰ごくつぶしならイフと一緒に出かけていったのですよ」

 ニコラはそう言って、森の方を指差した。

「なんだって?」

 俺は慌てて家全体に結界魔術を張る。
 空から降る白い粒は雪ではなく、胞子だ。
 間違いない、これはキノコの仕業である。
 何をやっているんだアイツは……
 こいつを多く吸い込むのはまずい。早急に対処せねば。

「とりあえずみんなは家に避難だ。ラウラはついてきてくれ。ノコを止めよう」
「うん、これ前にもみた」
「ああ。ニコラ、家は頼むぞ」
「はいなのです! 菌類きんるいの方はお任せするのですよ」

 菌類て。
 だがノコの奴、家をこっそり抜け出し、胞子を降らせるとは何を考えているのだろうか。
 耐性の強い俺やラウラならともかく、普通の村人ならば操られてしまうというのに。
 ノコがイフと出かけたというニコラの証言通り、白い地面の上にわかりやすい肉球型の足跡が残っている。
 俺たちはそれを辿たどることにした。
 だが、足跡はある地点でぷっつりと途絶えていた。

「……一体どこに消えたんだ?」

 イフなら空中歩行は可能だが、何故ここで飛ぶ必要があったのか……
 俺が周囲を見て悩んでいると、ラウラが背中をつついてくる。

「ドーマ、魔力かして」
「ん? いいけど何か見つけたのか?」

 彼女の要望通り魔力を分け与えると、ラウラは無言で銀剣に魔力を纏わせる。
 そして俺の方を向いて、剣を振りかぶる。

「ちょ、ラウラ!?」
「ドーマ、とまってて」

 し、死んだ。
 そう思ったが、どうやらラウラは俺を斬ろうと思ったわけではないらしい。
 彼女が斬ったのは、俺の背後にある何かだったようだ。
 恐る恐る振り返ると、何故か空間にぽっかりと穴が空いている。

「これは、空間魔術か……?」
「あやしい」

 穴の向こう側には、冬には不釣り合いすぎる、青々あおあおとした大樹林が広がっている。間違いなく穴の先とここは別の場所だとわかった。
 しかし空間ワープ技術は王宮魔術師でさえ開発の手がかり一つ得られていない、超高等技術のはずだが……
 というかそれをぶった斬るラウラもラウラである。
 驚愕の視線をラウラに向けていると、彼女はコテンと首を傾げた。

「どうかした?」
「い、いやラウラは凄いなと思って」
「そう? ドーマの方がすごい」

 本心を口にしたのだが、よくわからんフォローをされてしまった。
 まぁラウラが規格外なのは今に始まったことじゃない。先を急いだ方が良いだろうということで、ともかく穴の中に入ってみる。
 するとぐにゃりと空間がねじ曲がるような感覚がして……気付けば俺らは大樹林の中に立っていた。
 ほんのり暖かく、周囲の植生しょくせいはローデシナとは異なっている。
 そして足元を、見たこともないキノコが……歩いていった。

「……何だここは」

 思わず声が漏れる。現実とは思えない。

「ゆめみたい」

 ラウラが発した小さい声に、俺は答える。

「夢でも馬鹿げてる」

 啞然あぜんとしながら進むと、小さなキノコが足元をちょろちょろと動いているのが目に入った。さっきも見たが、何だこいつは。
 柄の上部にはちょこんとまん丸な目があり、短い手足を自在に動かしている。
 そんな小さな森の住人たちは俺たちの姿を見ると驚いたようにビクリと身を震わせ、やがて何事もなかったように歩いていく。
 お、俺は疲れているのか……?
 だが毎日スヤスヤ健康ラウラさんにも、同じものがしっかり見えているようで、目をパチクリさせている。
 二人で周囲を観察しながら歩いていると、巨大な樹がそびえ立っているのが見えた。

「な、なんだあれは……」
「ん、おおきい」

 いや、よく見るとあれは大樹ではない。巨大なキノコだ。一番下には穴が空いていて、中に入れるようになっているらしい。外壁にもいくつか穴が空いていて、そこから小さな住人たちが顔を出しているのが見える。もはやキノコというよりは巨大な建造物と言った方が正しそうだ。
 そんな風にしげしげとキノコの住み家を眺めていると、背後からしわがれた声が聞こえる。

「やあ、君たちは人間さんかね?」

 慌てて振り向くと、そこには俺の腰ぐらいの大きさの、髭を生やしたキノコが立っていた。
 キノコも髭を生やすのか……

「え、ええ。迷い込んでしまいまして。ここは一体……?」

 当たりさわりのない言葉で誤魔化ごまかそうとしたが、髭を生やしたキノコは見透かしたように笑う。

「ほほほ、ここには来ようと思わなければ来られませんよ。ここはキノコの国、『キノコック』じゃ。ようこそ、ドーマ殿、ラウラ殿」

 キノコの国なんて聞いたことがない。ていうかなんで俺たちのことを知っているんだ?

「な、何故俺たちの名前を?」
「ほほほ、王宮に案内しよう」

 自らを『キノじい』と名乗った髭のキノコは、俺の疑問には答えず、とことこと歩き出した。
 キノ爺の後ろをついていき、巨大キノコの内部に入っていく。
 そこでは小さな住人たちがぴょこぴょこと跳ね、物資や紙を運んでいた。

「ん、かわいい」

 目を離した隙にラウラはしゃがみ込んで、小さな住人を突っついていた。
 つつかれたキノコたちは気持ち良さそうに声を上げる。

「ノコノコ! ノコノコノココ!」
「ほほほ、人間さんの訪問は久しぶりじゃから、『コノコ』たちも楽しそうじゃ」

 小さな住人たちは、コノコというらしい。
 そんなコノコたちに囲まれながら、キノコの内部を上へ上へと上がっていく。
 やがて大きな広間へと辿り着いた。
 やりを持ったやや大きめのキノコ兵が広場を囲み、最奥さいおう玉座ぎょくざには巨大な竜が鎮座ちんざしている。

「このお方がキノコックの女王様じゃ」

 キノ爺が目の前の竜についてそう解説してくれた。

「き、キノコじゃなくて竜なんですか?」

 俺が思わず尋ねると、キノ爺はさらりと答える。

「キノコ竜ですじゃ」

 キノコ竜ってなんだよ。
 女王の見かけはほとんど飛竜と変わらない。ただ、体のあちこちに胞子を纏わせている。
 そしてその女王の側にいるのは、他でもないノコだった。

「ほほほ、女王様。くだんの人間さんがやってきましたじゃ」
「うむ。キノ爺よ、良くやった。そちらの人間さんよ、こちらへ来るが良い」

 女王に促され、玉座の前に進み出る。
 冷静に考えて竜がしゃべるのはおかしい気がするが、まぁキノコが喋ってるんだから、そんなことを気にするのも今更か。
 ともあれ、ノコは俺たちに気付いていなかったのか驚いた表情をする。
 近くにいたイフが尻尾しっぽを振りながら俺の元へやってきた。
 もしかして……ここはノコの実家なのだろうか?
 そんなことを考えていると、女王は穏やかな雰囲気で語りかけてきた。

「ドーマ殿とラウラ殿だな。良くぞ来てくれた。空間魔術を破るとは見事である」
「は、はあ」
「様子は常々見ておった。この軟弱者なんじゃくものであるノコの根性を叩き直し、働かせるとは恐れ入る」

 女王の言葉に、ノコは気まずそうに俺の方をチラリと見てくる。
 そういえばノコは自立するために家を追い出されたんだった。
 でも女王様、怠惰な性格は今もまったく変わってないと思います……と告げ口するのは流石にやめ、代わりに気になっていたことを聞く。

「あの、ノコはどうしてここに? 村に降った胞子もですが……」

 俺たちがここに来た目的はノコを見つけ、胞子を降らすのを止めることだ。まずはそのことを聞かねばなるまい。

「ああ、胞子はすぐに止めさせよう。あれは空間転移の準備の際に発生してしまうだけで、ほとんど無害なものだ。ノコがローデシナに帰りたがったのでな。村ごとキノコックに移転させれば帰るなどと言わなくなるかと思ったのだ。だがノコがここに留まるなら、その必要もあるまい」

 女王、こ、怖っ!
 どうやらキノコックの女王は人間より上位の存在のようだ。未知の技術といい、胞子といい、敵に回したくない。

「待つです。ノコは転移を止めに来ただけです。ローデシナに帰ります。こんな国うんざりです」

 先ほどまでだんまりだったノコがようやく口を開いた。しかし女王はあっさりとノコの言葉を否定する。

「黙りなさい。あなたは次期キノコックの王。しかるべき教育が必要なのです」
「……え?」

 俺は思わず声を漏らした。
 ノコが次期国王?
 思わずラウラと目を見合わせてしまう。
 暇があればグータラ三昧ざんまい、目を離せば寝ているあのノコが、国王……?
 そんな国があったら秒で潰れそうだ。


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