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2巻

2-2

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 ☆


 俺、ドーマは家畜を解体して保存するための部屋――保存室を訪れていた。
 先日のラミア探しは飛竜が出たことで、むしろそっちと遭遇する方が危険だろうという結論になり一時中断となった。
 風が次第に冷たくなり、冬将軍の到来を予感させるこの頃だ。
 せっかく空いた時間はうちの冬支度――つまり、家畜を保存食にするのにてようと思い至ったのである。
 うちでは野菜や家畜を自前で育てているからな。

「ウーさんにブーちゃん、ニコラを許してほしいのです……」

 保存室の奥、ニコラは牛やぶたをデカい肉切り包丁でバッタバッタと斬り伏せていた。
 血塗ちまみれで包丁を振り回す幼女。とんだホラーである。
 ニコラは家畜や作物の一つ一つに名前を付けるほど愛情を持って育てている。
 それなのに笑顔でそいつらを無慈悲むじひに収穫して調理し、「これは元トムでこれは元ジェリーで……」と名前を紹介しながら俺たちに食わせてくるわけで……どう折り合いをつけているんだろうと不思議ふしぎに思わずにはいられない。

「ウーさんのお肉はハムに……ブーちゃんのお肉はベーコンに……」

 ニコラがそう呟きながら作業しているのを見て、俺は思わず恐怖に震えた。
 手遅れになる前に、あいつを逃がしてやらなければ……
 俺は慌てて保存室を抜け出し、養豚場ようとんじょうへ向かう。
 一際大きく、額に傷のある豚が俺の方へ寄ってきた。
 名前をアレックスという。

「アレックス、ここはダメだ。こっちへ来い」
「ブヒ?」

 俺はあらゆる魔術を駆使し、有無を言わさず――ブヒブヒは言わせたが――アレックスを連行する。
 中庭の陰になっているところまで避難したあと、俺はポッケからドングリを取り出し、アレックスに差し出す。

「よしよしアレックス、ゆっくり食え」
「ブヒッヒッ」

 い奴め。
 カラスに襲われていたところを保護した当初は近寄ってすらこなかったのに。
 餌付えづけの甲斐かいあって、アレックスはすっかり俺になついていた。
 美味しそうにドングリを頬張ほおばる様はあまりにも可愛い。間抜けな顔からも愛嬌あいきょうあふれている。
 俺はアレックスに対して、真剣に愛着を抱いている。
 アレックスなしでは生きていけないほどに。
 いつくしみを込めて、アレックスをでる。
 その時、猛烈な悪寒が俺を襲った。

「おや、よくえた豚さんが一匹……」
「ひ、ひぃっ!? ニコラ……」

 ヌッと不気味な笑みをたずさえ現れたのは、血塗れの肉切り包丁を持ったニコラだった。
 彼女は肥えたアレックスを見て、ニタリと笑う。

「待ってくれ、こ、これは違うんだ!」

 俺の弁明を無視して、ニコラはゆっくりとこちらに近付いてくる。

「豚さん、みんなが待っているのですよ」

 て、天国で!?

「ひっ! 逃げろアレックス!」
「ブヒッ?」

 ドングリを食べることに夢中なアレックスは、非道な殺意に気付かない!
 くっ、ここは伝家の宝刀、最終奥義の土下座を使ってこびを売るしか……

「――っと、冗談なのです。この豚さんは殺さないのですよ?」

 ニコラは先ほどまでの恐ろしい表情が嘘だったかのように、優しく微笑ほほえんだ。
 俺はビクビクしながら聞く。

「そ、そうなのか?」
「ご主人様が大切になさっている豚さんなのです。ニコラも愛情は大切にするのです」
「なんてこった」

 ニコラは作物や畜産に対しては冷血メイドであり、アレックスとてハムにされても不思議ではないと思っていた。しかし、どうやらそれは俺の思い違いだったようだ。
 良かったな、アレックス。

「そんなことより、ワインの醸造じょうぞうをやってみたいのです」

 ニコラの突然の提案に、俺は思わず顔を向けた。

「ワイン?」

 ニコラが言うには、ローデシナ村には食料はあれど飲み物が水くらいしかなく、さけもほとんどないんだとか。
 ハムやベーコンといったアテはあるのに酒はない状況か。
 この家に住む者のほとんどは酒を飲まないが、帝国組のサーシャやナターリャは呑兵衛のんべえなのでつらかろう。
 そういえば、きびしい寒さをしのぐためにアルコールは必要だとクラウスもぼやいていた。
 もしも余れば高値で売れるだろうし……ワイン造り、アリかもしれない。

「だけどワインなんて造れるのか?」

 俺が疑問を呈すと、ニコラは胸を張る。

「フフフ、このニコラに任せてほしいのですよ!」


 と、いうわけで家のみんなにクラウスと、冒険者ギルドの職員であるバストンを加えたメンバーでワイン製造にいそしむことになった。
 村ではブドウが山ほど取れるが、ワイン造りのノウハウは辺境にまで伝わっていなかったらしい。
 クラウスとバストンが話を聞くなり、家に大量に除梗じょこうされた状態のブドウを持ってきてくれた。
 バストンは俺の肩に手を置いて笑みを浮かべる。

「ふむ、同胞どうほうドーマよ。今日ほど同胞を誇らしく思った日はない」
「そんなに!?」

 どんだけ酒にえてたんだよ。

「これだけあればワイン風呂ができるわね……」
「まったくだ。ジュルリ」

 サーシャとクラウスの目がイッている。
 ……早く作業を進めねば。いつの間にか周囲にヤバい酒好きが増えているのだ。

「今回造るのは黒ブドウを使った赤ワインなのです」

 ニコラの言葉に、バストンとクラウスの二人は満足そうに頷いている。

「ふむ、なかなかおつだ」
しぶみがいいんだよな、渋みが」

 二人はこう言っているが、酒をほとんど飲まない俺にはワインの違いがよくわからない。
 自称ワインのお姉さんことサーシャに解説を請う。
 彼女いわく、果汁や皮、種までブドウの全てを使うのが赤ワイン。果汁かじゅうだけを利用するのが白ワイン。そのため赤ワインの方が渋みを感じられるらしい。
 ……またつまらぬ知識を得てしまった。
 さて、そんなこんなでワインの製造が始まる。
 まずは果実をくだいて果汁を抽出ちゅうしゅつする破砕はさいという作業からだ。

「全部魔術で潰しちゃっていいか?」

 適当に魔術を放とうとしたら、「ま、待ちなさい!」と言われ、サーシャに肩をつかまれた。ふと周りを見ると、ワインおじさんことバストンとクラウスも俺を囲んでいる。
 な、なんだこの異様な光景は……

「馬鹿野郎! ブドウは魔術で潰すんじゃねえ! 足で踏んで潰すんだよ!」

 こんなに真剣に怒るクラウス、戦闘の時にも見たことないぞ。

「踏む?」

 ニコラも俺と同じく不思議に思ったらしい。

「魔術で潰すのと何が違うのです? 魔術の方が早くて正確だと思うのです」

 だがやれやれとばかりにサーシャが嘆息たんそくした。

「わかってないわね。これは『儀式』なのよ。ブドウを人の足で踏み潰すこと自体に意味があるの」
「でもなんか、ばっちくないか?」
「ばっちくないわよ!!」

 サーシャがえた。
 衛生えいせい的にどうなのかなぁって思っただけなんだけど……
 プンプンしているサーシャに代わり、バストンが落ち着いた様子で説明してくれる。

「ふむ、同胞よ。何も全てのブドウを踏むわけではない。最初に一部のブドウを踏み、それでワインを造るのだ」

 次いでクラウスが補足する。ワインおじさんズによる見事な連携プレー。

「そうだ。んでその完成品をブドウの神に祈りと感謝を込めてささげるんだよ。それ以外は魔術で潰したブドウを使っても問題はないというわけだ」

 神に感謝を示すためと言われてしまえば、効率化を極めし魔術師である俺も引き下がらざるを得ない。
 俺以上に効率化を極めしメイドのニコラも渋々頷いた。
 ちなみにノコやラウラはワインになど興味がないのか後ろの方で日向ぼっこしている。
 俺もそっちに交ざりたい。

「ひとまずブドウを踏まなきゃいけないことはわかりました。じゃあ早速踏んでいいですか?」

 俺の問いかけに今まで饒舌じょうぜつだったクラウスとバストンは急に口ごもる。

「う、まあそれがだな……」
「なんというか……まあ俺たちゃあ、一時間ぐらい散歩してくるからよ、その間に儀式を終わらしといてくれ」

 そう言い残し、突然離脱するクラウスとバストン。意味がわからん。
 だがハテナを浮かべる俺とニコラを放置して、サーシャはテキパキと大きなおけを用意し、そこにブドウの果実を敷き詰めた。
 そしてひまを持て余したラウラやノコ、ニコラを招集する。サーシャの手には真っ白のワンピースが握られている。どうやら事前に『儀式』に備えて用意してきたものらしい。
『着替える場所を用意して』とサーシャに目でうったえられた俺が魔術で外部から見えない空間を用意すると、四人はそこで着替え始める。
 しばらくすると、ワンピースを纏った四人が出てきた。

「サーシャ、俺もブドウを潰すの手伝おうか?」
「要らないわ」

 あっさりと用なしの烙印らくいんを押されてしまった。
 俺も散歩に行けばよかったぜ!
 すると側で静かに様子を眺めていたナターリャが、俺に一冊の本を渡してきた。

『ゴブリンでもわかる! ワイン製造!』

 おちょくったタイトルだがノケモノにされるのもしゃくなので、読み込むことにする。
 本の冒頭のページに神に奉納ほうのうするワインに関する情報が載っていた。
 どれどれ……
 最初の儀式ではけがれなき処女おとめの足で果実の破砕を行い、それで造ったワインを納める。
 処女の足で踏まれることでワインが純潔じゅんけつさと聖性を持ち、美味しくなるためである、と。
 なるほど、そんな意味があったのかー。
 どうやらブドウの神はユニコーンだったらしい。
 などと俺が失礼なことを考えている間に、四人はブドウ踏みを開始していた。
「……ひゃっ、結構冷たいわね」と、どこか楽しそうにおどろきの声を上げるサーシャ。
「んっ……ごつごつする」と口にしつつも、いつも通りの無表情でぶどうを潰すラウラ。
「ベタベタしてて気持ち悪いのです」と言いながら、嫌そうな顔で小さく足を動かすニコラ。
「ブドウごときがキノコの上に立とうなど百年早いです」とえらそうにしているノコ。
 そんなふうにキャッキャしながら四人がブドウを踏んでいる側で、俺はいたたまれない気持ちに襲われていた。


 なるほど、今ならばワインおじさんズが離脱したワケもわかる。
 若い女性が白の衣装を身に纏い、素足で赤いブドウを踏み潰す様は白と赤の対比が美しく、確かにはなやかだ。
 だがなんだろうか、この謎のいかがわしさは……
 俺は結局イフと散歩に出かけた。
 途中でクラウスやバストンと合流したので、一緒に魚をることにする。
 釣りは煩悩退散ぼんのうたいさんにちょうどいいからな。

「「釣りはいいぞ」」

 ワインおじさんたちは、釣りおじさんと化していた。


 しばらく釣りを堪能たんのうして家に戻ると、儀式はすでに終わっていた。
 よし、ここからは力作業だ。俺も協力できるだろう。
 そんなわけで、残りのブドウを魔術で砕く。
 結構な量があったが、魔術を使えばあっという間だった。
 そうしてしぼった果汁を巨大な木樽きだるに入れ、工房で保管する。発酵はっこうさせることで糖分をアルコールに変えるのだ。普通は一ヶ月以上の時間をかけて天然発酵させるのだが、今回はノコのキノコに含まれる酵母を使う。
 キノコパワーは万能なのだ。

「しょうがないのでキノコの実力を見せてやります」

 ノコをやる気にさせるため、俺はエールを送る。アルコールだけに。

「ヒュー! 流石ノコ!」
「人間さんうるさいです」
「はい」

 ノコは文句を言いつつも、なんやかんや酵母を与えてくれた。
 そうして出来上がった液体を、大きな樽に詰めて工房に運び込み、今日やることはとりあえず終了だ。
 ワイン造りは初めてだったが、案外楽しかった。完成するのが楽しみだ。


 二週間ほどが経った。
 今日は仕上げの作業を行う予定だ。ワインを保管していた工房にサーシャとクラウスとともに入ると、芳醇ほうじゅんなブドウの香りに加えて、アルコール特有のツンとした匂いが感じられる。定期的に撹拌かくはんさせていたこともあり、ワインは上手く発酵しているようだ。
 サーシャとクラウスはその香りに頬を緩めている。ちなみに二人はこれから俺がすることに興味があってついてきたらしい。
 俺は樽に近付き、上からのぞき込む。
 深い赤紫色をした液体は俺の知るワインそのもので、素人しろうとには完成しているように見えた。
 この状態でも皮や種をせば飲めなくはないが、まだっぱいらしい。美味しいワインを造るにはここから木樽でさらに熟成させ、まろやかな味わいへと変化させる必要があるとのこと。
 とはいえその前に皮や種を取り出す必要がある。
 魔術を使ってそんな七面倒な作業を一瞬で終え、改めて果汁だけを樽に入れ直す。
 ちなみに皮や種もさらに圧力をかけて搾る工程――圧搾あっさくを経れば、通常の赤ワインより渋みのあるフリーラン・ワインとかいうワインに変わるらしいが、一旦それは置いておこう。
 さて、ようやく熟成の工程に入れる。
 熟成にかかる期間はなんと二年以上。
 ワイン製造は長い……待ってられるかあ!
 ということで俺の魔術を使って、熟成の期間を短縮させることにした。
 どうやら熟成において重要なのは、ゆっくりワインを酸化させることと、木樽の香りをワインに移すことらしい。
 ならば空間魔術を用いて、短時間で同様の効果をワインに与えればいい。

「おいおい、空間魔術って最先端技術じゃないのか?」

 俺が二人にこれから行う魔術の説明をすると、クラウスがそう質問してきた。
 どうやらクラウスは魔術の歴史にはうといようだ。

「いや、かなり前の技術ですよ」
「ぜっっっっったい違うわ!」

 サーシャとクラウスに何故か呆れられながらも、俺はワインに空間魔術をほどこしていく。
 これによって本来二年の工程は、二日に短縮されるのだ。


 そうして二日後、とうとう自家製赤ワインが完成した。
 クラウスとバストンはいち早く飲みたいのか、お昼から家に押しかけてきた。
 完成祝いにと瓶詰びんづめしたワインをクラウスとバストンに数本ずつ渡したのだが、数時間後には酔っ払った状態で次を買いに来た。そして今度はうちの庭で酒盛りを始めた。

「ふむ、これが『ドーマ・ワイン』か」

 バストンの呟きにクラウスが頷く。

「間違いなく売れるな」

 いつの間にか名前が決まっていたらしい。
 ワインおじさんズのお墨付すみつきだ。相当できはいいのだろう。


 そんなことがありながらも日は暮れ、夕飯の時間。
 俺もせっかくなので、ワインをたしなんでみる。
 自家製だ。たとえ味が不味まずくても美味いと思えるに決まっている。

「…………これは!」

 全然わからんッ!
 そもそも俺はワインを飲んだことがなかった!
 だがワインの本場、帝国出身のサーシャやナターリャが満足していたので、良しとしよう。
 ラウラも飲みたがったが、においをいだだけで寝てしまった。あまりに弱すぎる。
 仕方がないのでラウラを寝室まで連行し、ベッドに寝かせる。
 驚くほど軽いが、戦闘の時に見せる強靭きょうじんな力はどこからいているのだろうか。

「……まって」

 部屋を出ていこうとすると、ラウラがそう言って服のすそを掴んできた。
 起きていたのか。
 ぱらっているのか頬は少し赤く、目はぼやーとうつろだ。

「どうしたんだ?」
「もう少し、一緒にいて」
「……ああ」

 その言葉を最後に、俺たち二人は口を閉じた。
 薄暗い寝室で、無言の時間が流れる。何を考えているのかわからない彼女の瞳を長く見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。
 薄桜色うすさくらいろの髪はぴょこっと跳ね、長いまつげがまばたきの度にれる。
 ラウラははかなくも美しい、新雪のような雰囲気を纏っている。
 思わず髪を撫でると、ラウラは無言でにへらとはにかむ。

「…………もう眠たいんだろ」
「うん、おやすみ」

 寝ぼけたような声で返事をすると、ラウラはそのままベッドに潜り込んだ。
 部屋を出ると、妙な感覚がした。ラウラの笑顔が妙に脳裏にき付いている。
 この感情は一体……?
 自分で自分の感情がわからないなんて初めての経験だ。
 結局、その日はあまり眠れなかった。


 ワインの完成からさらに二週間が経った。
 ここのところ、寒さが厳しくなってきており、冬が深まっているのを感じる。
 森の動物たちは巣にこもり、氷が張るほど気温が下がる日も珍しくない。
 そんな中、俺は知り合いを訪ねるべく、ローデシナの村を歩いていた。
 ウチは冷暖房完備れいだんぼうかんびだからぬくぬくだが、村では毎年凍死者とうししゃが出るらしく、グロッツォを中心とした若者衆がせっせとまきを集めている。
 死人が出ても寝覚めが悪いので、先ほどラウラが伐採ばっさいした木々を魔術でこっそり広場に積んでおいた。この冬を乗り切るには十分な量だろう。

「お、おい、この薪、一体誰の仕業だ……!?」
大方おおかた予想はつくけどな……」

 そんな風に言いながら、村人たちがこちらをチラチラと見てくる。
 ギクリ。
 視線から逃げるように移動すると、露店を出しているヨルベを見つけた。
 ヨルベは普段は王国領にある都市、グルーデンで馬車商をしており、ローデシナにもちょくちょく顔を出している商人だ。ローデシナに来る際に馬車を出してもらったことがきっかけで知り合ったのである。
 向こうも俺を見つけたようで「お、なんや久しぶりやなあ」なんて声をかけてくる。
 ローデシナは物資が不足しているため、行商人は食料やら薪やら服やら……とにかく色々売りに来るのだ。
 普段ならば村人はそんな行商人の元に祭りのようにつどう……のだが。

「……閑古鳥かんこどりと仲良しみたいですね」

 周囲を見渡すと、俺以外に人影は見当たらない。
 ヨルベはうらめしそうに俺を睨んできた。

「誰のせいやと思ってるんや」

 俺は心当たりがあるだけに「あはは……」と愛想笑あいそわらいをするほかない。
 冬にそなえ、薪以外の物資も山ほど村に用意したからなぁ……
 しかし、ヨルベはふっと笑う。

「ま、誰かさんのおかげでアタシのふところはホカホカやからええんやけどな」
「あんなものが売れるんですか?」

 実はヨルベが寄り付かなくなったら寂しいので、彼女が来る度に戦闘用魔導具だったり、治癒スクロールだったりを売っているのだ。大した性能ではないので二束三文にそくさんもんにしかならないだろう――そう思っていたのだが。

「そろそろ家が建つで。それも王都の一等地にな」
「魔導具とかスクロールを売ったお金でですか? ははは、まさかぁ!」
「アタシはアンタが怖いわ」

 ん? どういうことだ……ただ要らないものを処分しているだけだというのに。
 よくわからんがまあ良い思いをしているようなら何よりか。
 それよりも大事な用事がある。

「そうだ。また買ってもらいたいものがあるんですよ」
「なんや。お姉さんに見せてみぃ」

 金の匂いを嗅ぎ取ったヨルベお姉さんに、先日造ったワインを一本手渡す。
 するとヨルベは眉を寄せる。

「申し訳ないけどなあ、手造りワインは売れへんで。アタシにも商人としてのプライドはある。素人が作ったモノを流通させるわけにはいかへんのや」
「あ、そうなんですか。それは残念です」

 肩を落としてヨルベからワインを回収しようとした、その時だった。

「待ってもらおうか」

 声のした方を見て、ヨルベは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

「ア、アンタは……!」

 突如現れたのは、貫禄かんろくのある佇まいの男。
 片手にワイン瓶を持ち、正装に身を包んだその姿を見て、ヨルベは叫ぶ。


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