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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
近いうちにクビになるだろうという認識はあった。だが、まさかこんなに早いとは。
俺、ドーマは出勤すると、すぐにでっぷりと太った男――幹部長に呼び出された。
いつもは重役出勤なのに、こういう時だけ早いんだな……なんて思いながら幹部長室へ入る。
椅子にもたれながら、幹部長はこれ見よがしに、頭に巻かれた包帯を指差した。
「何故呼び出されたかわかるかね? ドーマ君よ」
「……先日のことでしょうか」
「ふむ、流石は首席魔術師、理解が早いねえ」
幹部長は持っている紙を丸めてパシパシと手に打ちつけながら、噛み締めるように頷く。
その紙は、数日前に俺が提出したばかりの研究報告書だった。
幹部長が俺の研究を好きではないのは知っているが、丸められているのを見ると少しガックリくる。利益重視の研究ばかりさせて、合間を縫って地道に認めた報告書は読みもしないのだ。
「君は素晴らしい魔術師だ! なんせこの王宮の首席魔術師なのだから。君という存在を失うことは非常に大きな損失なんだよ。わかるかね?」
クビか、と前置きを聞いて素直に思った。
幹部長が微塵も思っていなそうな美辞麗句を並べた後には、大体嫌な言葉が待っている。
俺は先日自分がしでかしたことを思い出し、内心溜息を吐く。
はあ、流石に上司に頭突きはまずかったかもしれない。それも手加減のない頭への一突き。
幹部長が何回目かわからない無理難題を押し付けてきて、さらに後輩に罵詈雑言を浴びせているのを見て、ついやっちまったのだ。
でも辺り一面を焼け野原にする魔術を放つのよりはマシだったはずだ。
俺にとっては大事な研究成果が灰になる方がよっぽど損失だからな。
……なんて内心で言い訳をしてみるが、「部下が上司に頭突きをする」ことが一般的に許されないのは確かだ。
紛れもない暴力行為だし、反省の余地がある。それどころかクビにされても不思議ではない。
はあ、明日からどうしよう……
すると幹部長は不気味に笑いながら、俺の肩をポンと叩く。
「ククク、喜べ。ドーマ君、君は左遷されることになった!」
「やはりクビですか……って、え?」
左遷? クビじゃないのか?
いや、左遷だけで済むはずがない。きっと聞き間違いだろう。
「クビですよね?」
「は? 左遷だと言っているだろう! 王国辺境の地、ローデシナ村勤務だ! どうだ! 嬉しいだろう!」
なんてことだ。ローデシナ村といえば王都から遠く離れた辺境の中の辺境。他の都市からも程遠く、周囲を森に囲まれた村で、そこに住むと世間の流れにはついていけなくなる、陸の孤島みたいな場所だ。
そこに左遷されるということはつまり、王都での出世争いやエリートコースからの脱落を示す。
王宮魔術師としては死んだも同然だ。
そんな……そんなことって……
「そんなことがあっても良いんですか!?」
俺は両手を突き上げ、歓声を上げた。
「ククク、泣き喚いてももう遅……ん?」
幹部長はきょとんとしていた。
「貴様、まさか左遷がどういうことかわかっていないのか?」
それから心優しき幹部長は左遷についてこと細かに説明してくれた。
ローデシナには王都のような眩く絢爛豪華な生活も、出世の道も存在しないこと。
働いても働いても大金持ちにはなれないし、地位も名声も得られないこと。
ただ日々を無為に過ごし、出世争いとはかけ離れた平凡な日常を送るしかないこと。
だが、そんな説明を何度されたところで、俺の気持ちは晴れやかなままだ。
「むしろ良いんですか!?」
「むしろ良いんですかとはなんだ!?」
つまり面倒な出世争いや金のための研究から逃れて、辺境でスローライフを送りつつ研究できるってことだろう? ご褒美じゃないか。逆に何か裏があるのかと疑いたくなるほどだ。
「ククク、強がっても無駄だ。この決定はもう覆らん。貴様は一生ローデシナ村で無様な左遷王宮魔術師として飼い殺しにされるのだ!」
「そ、そうですか」
幹部長の言葉に、どんな反応をすればいいのかわからなかった。
クビだったら生きるために次の仕事を探さなければならないが、働き口がある上で田舎でのんびり暮らせと言われただけなのだから。
郊外にデカい家を買って、デカい犬と戯れて暮らすの、夢だったんだよな。
まさかこんなに早く叶うとは思わなかった。
「ククク、ドーマよ、最後に何か言いたいことはあるかね?」
一時は彼を恨んだ時もあった。なんて融通の利かないおっさんなんだと。
しかし今回はわざわざ嫌な役を買って出てまで、俺を王宮魔術師という狭い檻の中から出してくれるなんて……感謝の気持ちで一杯だ。
「左遷でしたら喜んで!」
俺はそう感謝の気持ちを込めて言い、幹部長と握手を交わした。
1
王宮魔術師――それは王家直属のエリート魔術師集団である。
定員はわずか数十名にすぎず、そこに属するには膨大な知識と熟練した魔術操作が必要とされる。まさに魔術師界のトップオブトップ。魔術の心得がある者なら誰もが一度は憧れる存在なのだ。
「なんて思っていたけど、実態は利益に目が眩んだ奴らばかりがいる、退屈な場所だったな」
かくいう俺も、王宮魔術師に憧れ、幼い頃から魔術に浸り込んだ一人だった。
そして、ついには首席魔術師になったのだが、待っていたのは互いが互いを蹴落とし合い、金儲けのために同じような実験を繰り返すばかりの単調で味のしない日々。
憧れと期待が詰まっていた建物も、五年を経ると、もはや嫌悪と失望でくすんで見える。
もうここに来なくて良いと考えると、一刻も早く離れたかった。
幹部長の話が終わると、同僚たちから一斉に「お前終わったな」だとか「せいぜい頑張れよ」と温かい励ましの言葉をもらった。
(ようやく辛い日々が)終わったな、(辺境でのんびりしながら)せいぜい頑張れよってことだろう。同僚の優しさに涙すら出そうだ。
そんなことを考えながら荷物をまとめて出口までやってくる。
すると、事務のエリーさんが書類を抱えながら声をかけてきた。
「あ、ドーマさんお出かけですか?」
「いえ、もう聞いていると思いますけど、左遷されたのでここを出ていくことになりました!」
「へ?」
俺がビシッと敬礼すると、エリーさんは抱えていた書類を落とし、表情をどんどん曇らせていく。
もしかして事務に話が通っていないのか? 困るのは現場だというのに……ってもう俺には関係のないことだよな。
「色々とお世話になりました。それではまた!」
風魔術で床に落ちた紙を集め、彼女の手元へ戻す。そして俺はルンルンとスキップで建物を出た。
「……えっ、待っ! 嘘でしょ!?」
そんな声が後ろから聞こえてきた気がした。
ところで、ローデシナ村までの道のりは決して容易いものではない。
そもそも名前ぐらいしか聞いたことがないので、場所をいまいち把握していなかった。
あー、あのたまに話題になるやつね。で、どこだっけ? みたいな感じだ。
情報屋曰く、王都から地方都市のグルーデンへ馬車で移動し、グルーデンから定期便の馬車に乗るのが一番早いらしい。
まぁ、すんなりいかないのも旅の醍醐味だ。
というわけで、早速グルーデンへ向かう。
もちろん魔術や魔導具で飛んでいけばあっという間に着くだろう。しかし、魔術を使えると知られれば何かと頼られてしまい、面倒だ。だから、目立たない方法で向かうことにしたのである。
とはいえ、数名の冒険者に護衛される高級馬車に乗ったため、快適な旅だ。王宮魔術師として仕事に忙殺されていた間に貯まったお金がたんまりあるのが、本当にありがたい。
俺はガタゴトと馬車の揺れに身を任せ、通り過ぎる景色をぼんやり眺める。
窓の外に広がる辺り一面の麦畑。
風を受けて波のように揺れる黄金色。
地平線に沈む茜色の夕焼け。
天高く吸い込まれそうな雲一つない青空。
そして、どこまでも続く馬車道。
そんなさりげない景色が、何よりも愛おしい。
それから、二週間くらいが過ぎた頃。
もうすぐグルーデンに到着するという辺りで、途端に外が騒がしくなった。
まあ、荒事が起こった時のための冒険者なので、彼らに任せておけばいいか、なんて思っていたら、馬車のすぐ外から下卑た声が聞こえてくる。
「へへへ、こりゃ当たりの馬車だぜ!」
窓からちらりと外を覗いてみると、どうやら十数人の盗賊に囲まれているらしい。
せっかく美しい世界に浸っていたのに無粋な奴らだ。
護衛はBランクの冒険者が五人。
Bランクは、なかなかのベテランだ。しかしこうも人数差があれば、荷が重かろう。
正面きってド派手に戦うつもりはないが、かといって冒険者に死なれるのも寝覚めが悪い。
俺はこっそり召喚魔術を使って岩ゴーレムを数体、適当に外に召喚する。
硬いだけのただのゴーレムだが、少しは役に立つだろう。
「う、うおっ! なんだコイッ……」
少ししてゴシャっと何かが潰れる音がした。その後も何かが千切れる音や飛び散る音が聞こえてくる。
い、一体なんの音だろうなあ……
召喚自体が久しぶりすぎて、ここまで効果があるなんて予想できなかった。
少しして、戦いの音が止んだ。
冒険者の一人が馬車の中を覗き込み、ぐるっと見回してから俺に話しかけてくる。
「あ、あれはあんたが?」
一応俺だとバレないようにやったつもりだったのだが……
そう思い、俺もぐるっと周りを見回し、気付く。乗員に魔術師らしい奴がいないことに。
「えぇ!? な、何かあったんですか!?」
少しわざとらしすぎただろうか。冒険者はじーーっと俺を見ると――
「ありが……いや、何でもない」
踵を返し、馬車の入り口へ戻っていく。
足取りが不自然だったのでよく見ると、ふくらはぎの辺りに血が滲んでいた。
「待ってください」
「ん? 何だ?」
「怪我人は何人いますか?」
「ああ、たったの三人だ。誰かさんのおかげでな」
ふむ、三人も怪我しているのか。冒険者たちにはこれからも護衛してもらわなければならないというのに。まったく、世話が焼ける。
「ではこれを」
「む、これは?」
俺は鞄から数枚の巻物を取り出し、冒険者の方へ放り投げる。
「治癒魔術のスクロールです。ランクは低いですがね」
「な!? こんな高級品をわけてもらってもいいのか!?」
高級品だと? 馬鹿を言うな。
王宮で山ほど作ったありふれた品だし、その気になれば、数秒で生成できる。紙質だけはいいので高級品と見間違えたのだろう。
「こんな物でよければ、どうぞ」
「……恩に着る! あんたの名を伺っても?」
「ただの通りすがりの魔術師ですよ」
別に通りすがりではなかったが、ゴリ押しで誤魔化すことにした。『通りすがり』の方がかっこいいからな。
「……そうか。度重なる助けに感謝する」
そうして冒険者は馬車の外へ戻っていった。
しばらくして、ゆったりと馬車が動き出す。
もげた腕を治す程度の安物スクロールでも、効果はあったようだ。
その後、冒険者が俺のことを追及してくる様子はなかった。どうやら俺が大した魔術師じゃないと信じてくれたらしい。
そんないざこざがあり少し遅くなったものの、ようやくグルーデンへ到着した。
「凄腕魔術師さんよ、パーティに入る気はないか?」
スクロールを渡した冒険者が別れ際に、そんなことを言ってきた。
「遠慮しておきます」
俺は内心嘆息しながらそう答えた。
いや、バレてたんかい。
馬車を降りると、湿った空気が頬を撫でる。
知らない街の、知らない場所の匂い。
グルーデンは王都よりやや北に位置し、王国北部に広がる大森林に一番近い街だ。
街は比較的静かな雰囲気で、気温も低い。まだ夏だというのに初冬の王都くらい寒く、街行く人々はみな、毛皮のコートを着るなど温かそうな格好をしている。
また、カラフルな建物が立ち並ぶ王都とは異なり、無骨な石畳の道沿いに素朴な石造りの家が並んでいる。大森林が近いからか、木造の家が多いのもグルーデンの特徴だ。
それからぐるっと街を一周してみたが、街の中心部には石造りの家、外側には木造の家というように区画分けされている。
石造りの家もいいが、木造地区も温かみがある。俺の家は何製にしようかなと妄想がはかどる。
冬には王国三大祭の一つ、冬風祭が開催されるらしい。その時にはまたぜひ寄ってみたいものだ。
グルーデンの宿で一泊し、ローデシナ村行きの馬車を探す。
王都・グルーデン間の馬車はそこそこ需要があったが、ローデシナ村行きはそんなわけもない。
街の外には魔物が蔓延っているし、冒険者はローデシナ村に行っても旨みが少ないので護衛を引き受けたがらないのだ。商人とてそれは同じで、期待はできない。
自分で馬車を買うか、村への定期便を利用するしかないのが現状だ。
早速、馬車ギルドへ向かい、ローデシナ村行きの定期便がいつ来るのか聞いてみた。
「ああ、それなら三日前に出ちゃいましたね。次の便が来るのは一ヶ月後ですけど」
「嘘だろ……」
ギルドの受付の若い男の言葉に、俺は愕然とする他なかった。
まぁ一ヶ月グルーデンで過ごしても良いんだけど……
予定を狂わされたことにもやもやする……むむむ、困ったな。
とはいえ、ずっとギルドにいても仕方ないので、一旦宿まで戻る。
俺が昨日宿泊先として選んだのは、グルーデンの中心部にある『木漏れ亭』。
いいお値段がするのだが、中心部にあるにもかかわらず静かだし中々いい宿なので、金を惜しみなく使えるというものだ。
そんな木漏れ亭に帰ってくると、何やら受付の方が騒がしい。
どうやら女将と客が揉めているらしく、女将の困ったような声が聞こえてきた。
「なんだい、アンタ。本当に金がないのかい?」
「……ダメなの……ますか?」
覗いてみると、一人の少女の前で女将が困り果てた顔をして腕を組んでいる。
少女の方は、立派な剣を携帯しているものの、服装はシンプル。透明感のある薄い桜色の髪と瞳が特徴的で、露出の少ない健全な服装が、尚更小動物のような印象を強めている。
「ダメなのか? はあ? 何を言っているんだい! しらばっくれるなら衛兵に突き出すよ!」
「それはこまる……です」
どうやら少女は宿代を……というより金をまったく持っていないようだ。
少女とはいっても、彼女は成人年齢である十五歳には達しているように見える。親の保護からは脱しているはずだし、生活に困っているようにも見えない。そんなことあり得るか?
そこで俺は気付いた。
彼女が装備する剣の鞘に刻まれた鷲と麦の紋章に。
あれは同業者だ。
「すみませんね女将さん、実は俺の連れなんです」
そう言って俺は間に割り込んだ。その流れで女将の手に金貨を滑らせる。
「何だい、そうだったのかい。でも金貨は多すぎるよ?」
「まあまあ迷惑料ってことで」
今までとこれからの分を払ったのだという意思を視線に込めつつ笑顔で言うと、女将は理解してくれたようだ。
彼女は溜息を吐いてから俺と少女の顔を見比べると、目を細めた。
「面倒ごとは起こさないでくれよ」
「ええ、もちろんです」
どうやら穏便に和解できたようだな。穏やかな解決が一番だ。頭突きをするなど言語道断である。
「どうもありがとうです」
少女は俺にペコリと頭を下げた。そのタイミングで彼女の腹の虫がグーーーーーと元気に鳴いた。
きょとん、と少女は首を傾げる。
「……えっと、じゃあ女将さん、ご飯を頼んでも?」
「あんたも大変だねえ」
よくわからないけど大変なんです。
「おいしい」
もぐもぐと無心にご飯を食べ始めて……一時間。ようやく彼女は口を開いた。
「そうですか」
俺は力なく言う。
少女は、六人前ぐらいあるご飯を完食していた。よっぽど宿の料理が美味しかったらしい。
もちろんお代は俺持ちである。まあ、この程度の金額なら懐はほぼ痛まないので問題はない。
最後の一口まで綺麗に食べると、彼女はようやく満足したようで、フォークを置いた。
「口元に食べかすが付いていますよ」
「……?」
俺が指摘しても、彼女はただじーっと不思議そうにこちらを見つめるだけだ。
どういうことだよ。もしかして俺がやれってことか?
俺は仕方なく、風と水の混合魔術で彼女の口を拭う。
彼女にはまったくのノータッチ。これぞ完成された紳士の魔術。かつて研究した甲斐があったな。
後輩には才能の無駄遣いと言われたけど。
「で、君は何でお金を持っていなかったんですか?」
「ラウラ」
「ん?」
「なまえです」
「そうですか。俺はドーマです」
コクッとラウラは頷く。
どうも話が噛み合っていない気がするんだが、まあゆっくりやろう。
「お金がいるとは思わなかった……ます」
「お金が?」
「今まではいらなかったです」
そんなわけないだろ! とツッコみたいところだが、その訳を俺は何となく察していた。
彼女の剣鞘に刻まれている紋章。王都にいた時代、周りの人はほとんどアレを付けていた。確か貴族や王宮仕えが付ける紋章だったはずだ。俺の手袋についている印と少し違うから、彼女が王宮魔術師でないことはわかるのだが……この紋章はどんな身分を示すものだっただろうか。
ともあれ、王宮にいる人間は世間知らずばっかりである。そう考えると彼女の浮世離れした言動には多少なりとも説明がつく。ワケを知らなければただのやべぇヤツだけどな。
「ラウラさんは王都から来たんですか?」
面倒なので直接聞いてみた。ラウラはその質問に大きな反応を見せることなく、ジーッと再び俺の目を見つめている。
くっ、ずっと引きこもり魔術師生活だったので照れるぜ。
「そう。でも左遷されたます」
「左遷?」
詳しい話を聞いてみると、彼女も左遷されてローデシナ村へ向かう最中らしい……俺と同じじゃないか!
だが、もちろん目の前のか弱そうな少女が上司に頭突きをしたわけではないだろう。きっと別の理由があるはずだ。
彼女の魔力を観察すると、とても穏やかで……うん?
そこで俺は、彼女の魔力がある一点で詰まっていることに気付く。何かしこりのようなものが、魔力の循環を遮っているのだ。しかしこれは病気ではない。恐らく呪いの一種だろう。
まあ王都にいれば妬まれたり、恨まれたりすることもある。ぼーっとしている彼女なら気付かぬうちに呪いを受けていても不思議ではない。
幸い、術者の練度が低いのか、大した呪いではないのでデコピンする感覚で吹っ飛ばす。
すると彼女の魔力は、ゾワッとするほど増幅した。詰まっていた魔力は宿の天井まで伸びあがり、ゆらゆらと揺れているように俺の目に映った。
なるほど、これが本来の彼女の魔力か。魔力量だけで言えば俺を余裕で上回っている。
質は俺の方が高いが、こりゃあ羨ましい。
「今まで何か体に異変を感じることはありましたか?」
「あったです。体がぐらぐらしたました。でも今は平気。です」
ラウラは不思議そうに目をパチクリさせながら手のひらを眺めている。実際、あれだけの魔力が堰き止められていたのだとしたら、体の機能が下がっていて体調が悪くなってもおかしくない。
もしやこの呪いが理由で左遷されたのか? だったら相当きな臭いが――まあ、俺には関係ない話だよな! というか、王都のゴタゴタした面倒ごとになんて巻き込まれたくないし。
「まあ、それなら良かったですよ。では、これで」
何やら嫌な予感がしたので、俺はラウラに当面のお金を渡すと、早々と宿を後にする。
さて、馬車ギルドは外れだった。では今度は冒険者ギルドへ行ってみよう。
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