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5章 王都凱旋

17 大団円(まだ続きます)

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※まだ続きます。


 「ククク……なんだコイツは!」
 「君こそなんだ!どけ!」

 常闇のナゼル。
 十二使徒の第3席にして暗殺者である。

 以前戦った時は対して強いとは思わなかったが、意外と上手く戦えるらしい。
 王宮騎士団長のディマラが突如襲ってきたのに対し、ナゼルは飄々と受けとめ、互角以上の剣術を披露している。
 というより逃げの剣術だろうか。
 イライラしたように力まかせに剣を振るうディマラを最小限の力で受け流しているように見える。

 普通逆だろ。
 
 ルエナを背後に隠しつつそんなことを思っていると
 四方八方から魔術が飛んできた。

 どうやらディマラだけではなく大勢に囲まれているらしい。
 俺が何したって言うんだよ。
 精々、魔族を匿ったり十二使徒と仲良くしたり…アレ?

 「ククク漆黒……このままでは……俺は死ぬぞっ!」

 バーン!
 ナゼルは目を見開いて叫んだ。

 「そうか」

 ナゼルはさておき、全方位から魔術が飛散するのはあまり好ましくない。
 魔術自体はおもちゃみたいなもんだが、数が数だし、逃げる方向がない。

 どうするか。
 とりあえず魔術は防ごう。

 全方位に結界魔術を貼り、次々に飛んでくる岩だったり炎の魔術を消し飛ばす。

 ぼふん

 そんな淡い音がして魔術は消えた。

 「流石は兄さん。防御は上手いね」
 「それって褒めてるのか?」

 まあ?
 攻撃魔術は手加減が難しいから苦手だが、防御は適当でも何とかなるからな。
 実際、何事も守る方が優位なのだ。

 ナゼルもそうだ。
 ディマラの剣筋は確かに鋭く重いが、読みやすい。
 ナゼルはスルスルと躱し、そのうちディマラは荒く息を吐いた。

 「ハァッ、なぜこうも私の思い通りに……」

 そのタイミングでもう一度、全方位魔術が飛んでくる。
 学習しない奴らめ。
 おもちゃの弓では獣一匹殺せないように、おもちゃの魔術でも結界は突破できぬのだ。

 ぼふふん

 可愛らしい音と引き換えに魔術は結界に消えた。

 「こうやっていても拉致が明かないな」

 するとディマラは一歩、下がる。
 一旦引くのだろうか。

 そう思った途端、ディマラは懐から何やら筒状の物体を取り出した。
 まるで巻物のような形状だが、見たことはない。

 「これは使いたくなかったんだ。私は使いたくなかった。でも仕方ないよな。私は仕方ない」

 筒の先端がディマラのおかしな言葉とともに赤く光った。

 魔法陣だ。

 それも酷く高度で醜く、吐き気を催すような魔法陣だ。
 筒の奥に刻まれた魔法陣は歪で、所々が崩れ、それでも成り立っている。

 その魔法陣が赤く燃え上がるように光った途端、耳をつんざくような破裂音がした。

 ダァン

 同時に、俺の左腕に小さな穴が空いた。

 「え」

 ジュッ
 と炎に熱せられたような穴が音の飽和後に広がり、血がじわっとにじむ。

 「外したか」

 ディマラは残念そうに呟き、再び筒を構える。

 「ッ!?」

 何だ今のは。

 思考が駆け巡り体が硬直する前に本能で動いた。
 ルエナを背中に隠し、ディマラを二人から弾け飛ばすよう土魔術を放った。
 地面が波のように動き、鈍く重い衝撃波の如く広場を揺らし、土塊はディマラに直撃する。
 ディマラは吹っ飛び、ナゼルは口をぽかんと空けてこちらを見ている。
 冷や汗がじんわり服を濡らす。

 あの魔導具は威力も精度も大したものではなかった。

 それなのに何だ。
 妙な気持ち悪さというか、不気味な感覚は…。
 ほとんどの魔導具であれば一目見れば大体は把握できるが、あの筒は何かで捻じ曲げられたような渦のような魔力がした。
 ディマラはどこでアレを……

 ズンッ

 そして突然下から何かが崩壊する音がした。

 「あっ」

 しまった。
 ようやく冷静になる。

 腕の穴はすでに塞がり、問題はない。

 だが問題なのは、地面の穴である。

 土魔術というのは無から土を錬成するものではない。
 基本的に地面の土を利用し変化させて使うものだ。

 まあつまり、地面が脆かったり地下に何かあるとあんまり使っていい魔術じゃないんだよね。

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 そんな崩れ行く音とともに、地面が割れた。

 「ククク漆黒……何をやった?」
 「ヘマだよ」

 広場の底がすっぽ抜けたように中心からガラガラと大穴が開き、人や噴水や土塊や地面の上のあらゆるものが下へと落下していく。

 「ば、馬鹿な…空が……」

 そして下ではどこかで見た熊の魔獣と変な男がぽかんとした表情でこちらを見上げていた。

 「逃げてええええええええ」

 誰か死んでしまったら俺の責任になっちゃうから!

 そんな俺の自分勝手な慈悲溢れる思いも虚しく、巨大な土塊が熊の魔獣にゴーンと当たった。

 あ……

 そのままドンガラガッシャンと魔獣は倒れ、俺が忙しなく魔術で落ちてきた人々を拾っている間に、地下の巨大空間は姿を現した。

 なんだろうか。
 研究施設のような、牢獄のようなグレーの存在であっただろう空間である。

 「なにこれ」
 「ククク、わからんっ!」
 「ここは……人身売買組織?」

 瓦礫で大半が崩れたものの、ルエナは周囲を見渡してそう呟く。
 人身売買組織?
 それって……何だ?

 よくわからないが潰れても良い組織だと嬉しいな。

 「な、何ということでしょう……!!!」

 必死に神頼みしていると、遥か上空に見える穴から一人の美青年が降りてきた。
 前髪をぱつんと切った暗い青髪で中性的な顔立ちをしている。
 ルエナが結婚相手として連れてきたら1番嫌なタイプかも。
 結婚したければ……兄を超えてゆけ……

 「これは僕たちが追っていた十二使徒第9席バルタの人身売買組織の中核……!まさかこんな場所にあったとは……!」
 「え?」

 よくわからないが
 なんかそうらしい。
 遠くの方ではバルタっぽい男が軍の兵士に捕らえられている。

 美青年は俺の方を振り向き、ずんずんと興奮したように近付いてくると手を握った。
 凄いサラサラの手である。
 え?

 「流石です!ドーマさん!
 凄まじい魔術で敵組織を一網打尽!
 まるで鬼神のようでした!
 僕はドーマさんが敵のはずはないと思っていたんです!

 ……ん?

 ま、まさか。
 ということはドーマさんは全て計算通りに…?」

 「え?」

 何が?

 眼の前の青年は天啓が降りてきたようなあんぐりとした顔を浮かべて、信じられないとばかりに首を振りながら掴んだ俺の手をぶんぶん振り回す。
 怖い。

 「僕らがここにいるのも、極悪非道な人身売買組織を逃さず一網打尽にするためにドーマさんが情報を流したからなんですね…?
 そうだ!そうに違いない。

 そして……

 ドーマさんの思惑通り、僕らは十二使徒の一人を捕まえることができた!
 す、凄まじい!流石は魔術師の中の魔術師!叡智英雄ドーマさん!」
 「え?」

 何言ってるんだコイツは。
 一向に聞く耳を持たない青年はキャッキャとはしゃいでくるくると回り、サインを強請ってきたので快く応じてあげた。

 紳士たるもの、いつだってファンサービスは重要だからなっ!
 ってそうではなく。
 誤解はあらぬ確執を生むので早く解消したいのだが……

 「ま、待てホープ。そいつは犯罪者だぞ」

 土魔術が直撃して満身創痍なディマラはゆらゆらとこちらへ歩いていた。
 歪んだ顔で俺を指さしながら、そいつは英雄なんかじゃない、と弱々しい声で呟く。

 そうだ!もっと言ってやれ!俺は悪人だーー

 ってあれ?

 「ホープ、目を覚ませ。そいつは……ドーマは魔族の秘匿者だ。皇女を悪の道に唆し、大罪を犯そうとしたんだぞ」
 「………確かにそれはそうですが」
 「そうだ。実際ドーマはバルタとの取引現場に現れたではないか。そいつはバルタとグルだ」

 ホープは深く考え込む。
 それを見たディマラは俺に向けてニヤリと笑う。
 なぜか妙に突っかかって来るやつである。

 しかしその時、ホープに再び天啓が走った。

 「……ッ!?待てよっ!?
 と、ということは……!」

 ピキーン
 ホープは目を見開いた。

 「ま、まさか全てはこのときのために…!
 そうだったんですねドーマさん!」
 「………そうだぞ!」

 何もわからんが多分そうだ!
 何もわからんが!

 「ホープ。何を言っている。説明しろ!」
 「もちろんです。
 つまり……全てはドーマさんの演技だったんです!
 魔族を秘匿していたのも皇女と別れたのも、そしてこの場に現れたのも!」

 な、何ィ!?
 そうだったのか!

 一同、驚愕。

 「十二使徒のバルタは疑い深く逃げ足の早い男……
 そんなバルタを捕らえるには内から騙す必要があったということですよ。
 恐らく!
 ドーマさんは魔族を利用することで人身売買組織に近付き、そして巧みな情報操作で僕ら北方軍や騎士団をおびき寄せた。
 そう!
 全ては悪の元凶である十二使徒を捕らえるために!
 そうですよね!ドーマさん!」

 「………そうだっ!」

 「やっぱり!」

 んなわけねえだろ!
 
 と思ったが、何だか上手く行きそうなので様子を見ることにする。

 「ば、馬鹿な……全て演技だと?そんなものこじつけだ。そうに決まっている!」

 「……現実を見ましょうよディマラさん。
 ディマラさんがなぜドーマさんに恨みを抱いているのかは知りません。

 ですが偶然、僕ら北方軍や騎士団が集まった目の前で、ドーマさんが人身売買組織の中核を露見させ、そればかりでなく敵戦力を無力化させたと?
 軍や騎士団がいつまでも捉えきれなかったバルタをたった一撃で?
 ははは、事実が正解を言っているじゃあないですか。全て計画通りだと」

 言ってるかな!?

 ククク面白いことになってきたな。

 いつの間にか神父モードに変化していたナゼルは隣で楽しそうにそう囁く。
 いや仲間の十二使徒潰しちゃったけど……いいのか?

 「全ては計算し尽くされた一撃だったんです…!
 自らが汚名や罪を被ってでも憎き人身売買組織そして十二使徒を捕らえようとしたその姿……

 ドーマさんこそまさに真の名誉。英雄です。
 どうして犯罪者などと呼べましょうか。むしろ称えるべき人だと思います」

 キラキラとした青年の視線。
 それはまさに憧れの存在を見る目である。

 うっ。
 心が痛いぜ。
 
 「自らの名誉を捨てて世の中のために尽力する。まさに僕の理想の人物です。
 ですよね、ドーマさん!」

 「……そうだっ!」

 もうどうにでもなれーっ。
 
 「流石はドーマさん……一生勝てる気がしないや……!」
 「くっ……私は認めない。認めないぞ……」

 なんだコレ。
 ホープという青年は俺をキラキラ眺め、ディマラは悔しそうに足を引きずりながらどこかへ去っていった。
 後ろでは、冷めた目で俺を見つめるルエナの姿が。
 ち、違うんだ。俺は何も言ってないだろ?
 勝手に勘違いしてくれただけだ。な?

 そんなことを口に出すほど俺は馬鹿ではない。

 ちなみに神父モードのナゼルに十二使徒の一人を潰してしまったがよかったのかを尋ねたところ

 「いいよ~」

 との軽い言葉が返ってきた。
 良かったんかい!?

 どうやらバルタは十二使徒を裏切る動きを見せていたらしい。
 バルタは捕まってしまったが、裏切るよりはダメージが少ないそうだ。

 そうして結局誤解は解けることなく、俺は人身売買組織捕縛の立役者として日の目を浴びることになってしまったのだ。




 ☆




 【大手柄!潜入捜査で人身売買組織を一網打尽!自らの名誉を犠牲に大規模組織を摘発した王宮魔術師ドーマに称賛が集まる】

 【左遷地で反王国主義者の反乱を鎮圧。王都では汚名を着せられ大手柄。逆境を乗り越えた魔術師にフォーカス】

 「ほう。ミコットは…この方と面識があるのですね」

 A級魔族狩り執行官【猟犬のロイス】は情報紙を指でトントンと叩きながらニッコリと微笑む。
 その側では、妙に洒落めいたミコットが鏡で入念に装いをチェックしながら頷いた。

 「思えばグルーデンの一連の騒動も全ては布石だったんです……ミコットはわかってましたけど」
 「ミコットは凄いですねぇ」

 ロイスはコーヒーを啜りながら適当に褒めると、カップをことりと置き、ドタバタと準備をする新人執行官を眺める。
 面白い子だ。

 「そのドーマ殿と今からデートですか。実に羨ましいですね」
 「で、デートじゃないです!ただご飯食べるだけですぅ!」
 「………」
 「ニマニマしないでください!」
 「これで美味しいものでも食べるんですよ」
 「おじいちゃんですかっ!?」

 ニコニコしたロイスにお小遣いを受け取るとミコットは「本当に違うのに…」と少し罪悪感を覚えた。
 大体ドーマさんにはもうラウラさんとサーシャ様が……

 あれ?
 でも馬車で見たときは一緒にいなかったですね。

 ……

 いやいや。
 ミコットはただみんなが幸せになればいいのですから……。

 一張羅のドレスを纏って着飾ったミコットはくるりと回ると、約束を交わしたレストランへ向かう。

 最近王都の街は鬱蒼とした雰囲気だったが、昨日の事件でにわかに活気だっていた。
 王が病に倒れ、これから血なまぐさい王位継承戦が始まろうとしている最中で、なんでも英雄が現れたのだと言う。


 「王宮騎士がずっと担当していた案件、例の男が簡単に解決したらしいぞ…!」
 「なんでもたった一人で民衆のために闇組織に立ち向かったらしいな」
 「汚名は権力争いのせいだったんだろ?それを物ともしないで大手柄とは……英雄だな……他の奴らは何やってたんだ?」


 ざわざわとそんな噂話が聞こえてくる。
 事実とはかなり異なる噂だが
 ミコットはむふふんと自分のことのように自慢気になりながら歩いていると

 「おい、さっさと金を出せよ」
 「ひっ、お、お助けを……」

 そんな声が路地裏から聞こえてくる。

 む……

 おめかししているにも関わらずミコットは路地裏へ入り込むと、ゴロツキが数人、酔っぱらいを囲んでいる。

 「通行料だよ通行料。なあおっさん、怪我したくないだろ?」
 「ひっ……」
 「王都に通行料なんてありませんよ」
 「あぁん?」

 ズン!
 ミコットは仁王立ちでゴロツキの前に立ちはだかった。
 気分が高揚していたミコットは、自分の腕がそんなに立たないことをすっかり忘れていたのである。

 「へへ……いい女じゃねえか。おい」

 へへへ
 薄気味悪い笑みを浮かべた男たちは合図を送るとぞくぞくと周囲から集まり、十人程度がミコットを囲む。
 ミコットはようやく現実に戻った。

 う、うぅ。対応を間違えました……

 ミコットが土下座しようか悩んでいるその時、

 「ブボボボボ」

 無様な鳴き声でゴロツキは一斉に吹っ飛んでいった。
 風か何かに飛ばされたように見えるが、真ん中にいたミコットは全くの無事。
 こんな芸当を簡単にやってのけるのは……

 「ミコット、探しましたよ」
 「ド、ドーマさん」

 へらっとした笑顔の男は駆け寄ってくる。
 腕は細いし頼りがいのなさそうな外見に見えて、実は凄まじい魔術師ということをミコットは知っている。
 執行官の仲間入りをしてようやく知った。
 その魔術師の大きさを。

 今まではただの恩人だった。
 クビになりかけのミコットに、なぜか無償で手を貸してくれた変わり者。

 だがその姿はとても輝いて見える。

 「ミコット?」

 硬直するミコットに、男は不思議そうに手を差し伸べる。
 ミコットは困惑していた。

 あ、あれ?
 ドーマさんって、こんなにかっこよかったですか?


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