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5章 王都凱旋

10 軍神参上

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 「これはこれは美しい姫様ですね……私は王宮騎士団、団長のディマラ。野蛮な逆徒から皇女殿下をお守りするため、参上した次第です」

 サーシャが馬車から降り立つと、王宮騎士団長のディマラはさっと挨拶を交わしてサーシャの手にキスをする。
 王国式の挨拶ではあるが、サーシャは「えっ」と嫌そうな顔をした。

 「なんと華麗なお姿。荒野に咲く一輪の花とはまさに殿下のことだったのですね」
 「……そうね!」

 美辞麗句を並べる男に
 おそらくサーシャは適当に頷いた。

 「さあぜひこの私めに護衛の指示を」
 「……迎えには感謝するわ。でも護衛は必要ないんだけど」
 「ははは噂通りのお方ですね。しかし心配することはありません。私のエスコートは王国の淑女の方々から人気なのですよ」
 「はぁ」

 パチンとウインクするディマラを見て、サーシャがどうにかしなさいよとこちらを睨んできた。
 いやいや。
 ディマラは俺より立場が上なので口を挟む暇はないのだ。

 「おや、君たちは……」

 そんなディマラは視線に気がついたのか、こちらを見ると意外そうな顔をする。

 「”元”主席魔術師のドーマ君に……おやおや無能のラウラ嬢じゃないか。随分と久しぶりだね」
 「どうも」

 ディマラはせせら笑うような顔をする。
 俺は彼を知らないが、彼は俺を知っていたらしい。
 しかし無能のラウラだって?
 半分は正解だな!

 悪口を目の前で言われた当のラウラは、ぬぼーっと隣で聞いているのかわからないような顔をする。

 ノーダメージだ。

 「はっ。まさか皇女殿下は勘違いなさっているようですね」
 「?何がよ?」
 「彼たちを見て、私達王宮騎士を判断されたのでは?
 ははは困りますね。彼らは私達の中でも落第者。一緒にされては困りますよ」
 「ふーん。そうね」

 はははと高笑いするディマラの隣で、イライラとサーシャが足踏みしている。
 そろそろ危ないぞ団長さん。

 「ではこちらへ。そのようなチンケな馬車ではなく、最上級の馬車を用意していますので」

 ディマラが手を差し伸べる。
 それを見てサーシャはフンと腕を組んだ。

 「行かないわ」
 「何を?」
 「どうやら私にはチンケな馬車の方が合っているみたい。さ、馬車を出すから退いて頂戴?」
 「……本気でしょうか?」
 「あら、帝国皇女の言うことが聞けないのかしら?」
 「……ふふふ、またお会いしましょう」

 キッパリ言い放つ悪役顔のサーシャにディマラは引きつった笑みを見せると、スッと引いていった。
 さ、流石あの帝国の姫!
 スカッとしたぜ。

 「流石っすサーシャ姫!」
 「別に、ラウラを貶されてムカついただけよ」

 サーシャがラウラをよしよししている。
 あれ?俺は?

 しかしそうか。
 帝国皇女が来る以上、王国の護衛が来ないはずがないのだ。
 サーシャがローデシナにいるとどこから漏れたのか……

 グルーデンはちらほら武装した人々で賑わっている。

 「どうやら王宮騎士だけではなく王国軍もいるようですね」

 ナターリャが言うには、王国の東方軍らしき制服の軍人があちこちからこちらを伺っているらしい。
 ……皇女の護衛という手柄を立て、名誉を受け取りたいのは騎士だけではなく軍も同じということか。
 面倒だな。

 ひとまずいつもの宿へ行く。
 前回はサーシャの身分を隠していたので、帝国皇女の馬車が目の前に止まるなり女将は慌てて飛び出してきた。

 「こ、皇女殿下がウチへ!?」

 もう一回来ているけど。
 そこでサーシャは帝国皇女らしい派手なドレスから質素な貴族令嬢風の服に着替える。
 馬車に乗っている間は「帝国皇女アレクサンドラ」として振る舞わなければならないが、今は普通の女の子だ。

 「どうかしら?」

 くるるーんとその場で回ると、地味ながら所々に赤い装飾が施されたドレスがふわっと広がる。

 「似合ってるんじゃないか」
 「先生の服も用意してあげたわよ」
 「えっ」

 なんか執事風の服に仕立て上げられた。
 使用人的な立場なの?

 「似合ってるじゃない」

 サーシャが俺の腕に抱きつき、そのままするっと腕を絡ませる。

 「買いたいものがあるの。さ、行きましょ?」
 「あれ?ラウラは?」
 「とっくにお姉さんのところへ行ったわよ」

 大好きか。
 どうやらラウネに会いたいあまりずっと話半分だったようだ。いつもだけど。

 街に出ると貴族令嬢と執事が腕を組んでいるのは非常に目立つ。
 ジロジロと町人からは見られ、ヒソヒソと噂話をする声も聞こえる。
 でも存在しない令嬢と執事なので別に問題はない。

 「ほんと、あちこちに軍兵がいるな」
 「結構かわいい制服なのね」

 ウロウロと街を闊歩する東方軍兵たち。
 軍には男しか入隊できないのが基本だが、女も受け入れるのが比較的緩い東方軍の特徴である。
 ほとんどの兵士は簡単な鎧のついた不格好な服装だが、稀に黒を貴重とした軍服を着る将官もちらほらいる。

 「有名な【軍神】は来ているのかしら」
 「こんな辺境都市にねえ……」

 【軍神】と呼ばれるのは今代の東方将軍だ。
 数年前に彗星のごとく現れ、その凄まじい実力と冷静沈着な知性を兼ね備えていることからそう呼ばれている。
 なんでも醜悪な三白眼を持ち、屈曲な肉体と鬼のような鋭い歯らしい。
 
 まあ会うことはないだろうな!

 「で、結局買い物ってなんだ?」
 「ほら、先生に妹がいるって言ってたでしょ?どうせ王都に行くならお土産でも買っていかないとね」
 「サーシャは別に面識ないだろ?」
 「だって……ほら……将来の」
 「将来の?」
 「うるさい!」

 足を踏まれた。理不尽。
 だか理不尽には慣れっこだ。

 「そういえば妹の名前はなんて言うのよ?」
 「ああそれはル……」

 理不尽には慣れっこ。
 それは今とて同じ。
 突風が吹き、口を開いた俺の顔に何かがバサッと張り付く。
 なにかの布だ。

 「何だこれ?」

 拾い上げると白いもさもさした布である。
 いやー何かに似ている。
 何だっけな。

 「キャー!下着泥棒よ!!」

 どこかでそんな声がした。
 そうだ。
 これは女性下着に似ている。
 昔妹が履いていたーーー

 ってあれ?

 「……じっと何見てるのよ」

 サーシャが嫌悪の表情を浮かべてこちらを見ている。
 これ下着か。
 あれ?
 ってことは下着泥棒って……

 そう感づいた途端だった。

 「下着を盗むなんて破廉恥な人ですね」

 突然視界が揺れる。
 いや、足が払われたのだ。
 ガクンと体勢を崩した俺は、慌てた表情のサーシャを横目に地面に叩きつけられ、首元に警棒を突きつけられる。
 これは……東方軍の警棒?

 「観念してください変態泥棒さん」

 俺の体を足で踏みつけ、頭上に立つ軍兵。
 真っ黒な軍服に身を包み、肩には勲章を下げている。黒のスカートから伸びるまた黒いタイツはスラっとしながら俺を抑えつける力は強く、びくともしない。
 そんな軍兵と目が合い

 「………あれ、兄さん?」
 「………ルエナ?」

 久しぶりに再会した妹は軽蔑の目線でこちらを見下ろしていた。

 「……兄さん、まさか下着を盗むぐらい落ちぶれていたなんて」
 「誤解だよ」

 取り敢えず立ち上がると、そこにはルエナともう一人、胸を半分出したような格好をする軍兵が立っていた。
 おいおい。いくらなんでも緩すぎだろ。
 何とは言わないが、デカい山は前だけ隠されても横からはみ出ているのだ。

 「下着泥棒を現行犯逮捕……ついでにわいせつ行為と…」
 「何でだよ!」

 かくかくしかじかと話したが、誤解は解けなかったので仕方なくサーシャの権力をお借りした。
 俺の信頼って…?

 「皇女殿下がそうおっしゃるなら、兄さんは無罪かもね」
 「かもじゃなくて無罪なんだよ」
 「ふーん」

 ルエナは冷たい目でこちらを見ると

 「……どんな関係?」
 「どんなって……」
 「私の師匠よ」
 「ふーーーーーーーん」

 何か納得いってない様子だ。
 サーシャを警戒しているのだろうか。

 「しかしルエナも凄いな。何だよさっきの攻撃。兄さん手も足も出なかったぞ。ははははは」
 「兄さんが弱いだけだけど」
 「ひどっ。でもまあ、よく頑張ってるな」

 妹の頭を撫でようと手を伸ばす。
 するとピシャリと叩き落された。

 「私もう子供じゃないの」
 「別にいいだろ」
 「良くない。言っとくけど簡単に頭を撫でるのってキモいから」
 「えっ………?」

 そうなの?
 俺は石のように固まった。
 サーシャはともかくラウラは毎日のように撫でているが(だって撫でたくなる高さなのだ)、影でキモっと思われているのだろうか……
 泣けてきた。

 「べ、別にそこまで言わなくてもいいじゃない」
 「………皇女殿下がそこまでおっしゃるなら。でも相変わらずへにゃへにゃしてるから下着泥棒と間違われるの。気をつけて」
 「はい……」

 いやもう全くもって、おっしゃる通りです。

 「ルエナは兄弟にも厳しいな。いいお兄さんじゃないか」

 妹の隣、おっぱい軍兵……じゃなくて妖艶な目つきをした女はルエナをそう嗜める。

 「それは………あ、こちらテリトさんです」
 「テリト…?あの百人殺しのテリト!?」

 百人殺しのテリト。
 それは暴徒と化したテロ集団を単騎で皆殺しにしたというヤベー奴である。
 そんな奴がルエナの上官なのか……
 軍神といい山といい東方軍はヤベー奴ばかりだ。

 「どうも妹がお世話になっております」
 「あ、いえいえこちらこそ……」
 「やめてよ」

 テリトさん、良い人そうだわ。
 常識人のオーラを感じる。服は常識人ではないが。

 「もう行くから。兄さんは余計なことしないで」
 「え、もう行っちゃうのか?積もる話は…」
 「………仕事の話で今晩兄さんの部屋に行く」
 「ほんとか!?」
 「仕事の話だから」

 ツーンとルエナは淡々と言うとスタスタ去っていってしまった。
 テリトさんはペコリと一礼すると、ルエナを追いかけていく。
 全く、上官を置いていくとは。誰に似たのやら。

 「凄い……先生と瓜二つね」
 「そうだろ?かわいいだろ?」
 「ルエナはかわいいわね」

 何だよ!俺もかわいいだろ!
 ん?



 ☆




 「……あれで良かったのです?将軍閣下」

 グルーデンの道中、気絶した本当の下着泥棒を簡単に捉え縛り上げると百人殺しのテリトは伺うように問いかける。
 すると隣の少女は頷いた。

 「……これで皇女の護衛は我々東方軍が引き受けられる」

 テリトの上官であるルエナは淡々と答えた。

 【軍神】
 ルエナは16歳にしてそんな異名を持つ東方将軍であった。
 類まれなる剣術の才覚と、素早く正確な判断能力から瞬く間に将軍の地位まで上り詰めた彼女は、己の側近以外にその素性を告げていなかった。

 それは、彼女の兄であるドーマにも。

 秘匿は、将軍という地位を軍神という崇拝の対象まで押し上げる。

 副将軍である男を将軍だと表に立たせ、裏で問題を解決する。
 参謀的な立場が彼女には合っていたのだ。

 それに……【軍神】なんて大層な名で呼ばれているのが兄にバレたら恥ずかしいし。

 今回も、皇女と親しい関係の兄を利用したに過ぎない……つもりだった。

 「それにしても将軍の兄上と帝国皇女が腕を組みながら歩いているとは……面白いこともあるもんですね?」
 「………そうね」

 本来ならばありえない話だ。
 兄は決して顔がいい方ではない。
 器量も大したことはない。
 デリカシーに欠け、所作も美しいわけではない。

 あんな兄を許容できるのは他にいないと思っていた。
 しかし、それにも関わらず美しい帝国皇女と懇意?

 ……兄さんは騙されているに違いない。

 ルエナはそう確信していた。

 騙されているならば、早く目を覚ましてあげないと。
 ルエナは早足で歩く。

 兄のことになると、最強の軍神も盲目的だった。

 「ふふふ、本当将軍は兄上のことが好きなのですね」
 「別に」
 「いつも兄上の話しかしないですもんね?」
 「黙って」

 ニヤニヤと周りをウロウロするテリトに無視しながらルエナは突き進む。

 さて、兄さんを誑かす帝国皇女。どうしてくれようか……
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