日曜と水曜

あさかわゆめ

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会う意味

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今日、会議室からオフィスに戻る途中、応接スペースにスーツを着た人が立っていて、大澤さんだった。
ノーネクタイのカジュアルな服装ばかりのフロアにスーツというだけで目立つが、背が高めで姿勢が良く、うちの職場ののんびりしたような澱んだような空気とかけ離れたオーラですぐにわかった。
声をかける前に何故か振り向いた彼は、俺に気づいて一礼した。
「川西さん」
俺は口の中で、お、あ、などと言い、慌てて頭を下げ、その時ちょうど上司が現れた。

デスクに戻って、気づくといつの間にか上司は席にいて、彼は立ち去っていた。
俺の目を見て名前を呼んだけど、思わせぶりなところは一切なかった。こっちは間抜けな声を出して心拍数が上がり、しばらく仕事が手につかなかったというのに。
それあんまり好きじゃない、と最初に言ったにも関わらず、大澤さんがいつもすることが、される度に少しずつよくなって、この間の日曜に会った時、これ好きになってきましたね、と言われてしまった。俺は首を横に振り、大澤さんは笑った。
「好きじゃないなら、しない方がいいですか」
「うーん、でも、した方がいいです」
「した方がいい?して欲しい?」
「うん」
「じゃあ、お願いしてみて」
声の変化に目を開けると、彼は俺を見下ろしていた。
「して欲しいってお願いして」
また首を振ろうとしたが、頭は彼の手で固定されて動かせなかった。
「簡単なのに。どうして言えないの?」

「考えごとか」
風呂から出たケンタの声で、脳内のリバイバル上映が乱暴に断ち切られた。
「別に」
アームチェアに座ったまま、ケンタを見ないで返事をした。彼が視界に入らなくなってからそっと息を吐く。心に落ちる薄い陰りを呼吸と一緒に吐き出したかったが、奇妙な興奮が唇を震わせて、余計に落ち着かない気持ちになった。
少し後で部屋が暗くなった。
「明るいままがいい?」
「どっちでも」
もう一度照明がついて、安っぽい金色で縁取られたローテーブルを挟んだ向かい側にケンタが座った。
「帰る?やる気なさそう」
「えっごめん、違うよ、会社のことでちょっと」
目の前のケンタは苛立った様子もなく、俺を見て首を傾げた。
「体調悪いとかじゃないのか」
「いや、全然元気。やるぞ、やろう」
「無理しなくていい。聞かないでホテル入ったし、キヨと飯食うの楽しかったし」
俺は立ち上がり、テーブルを回り込んでケンタの手を引っ張った。
「俺も楽しかった。けど、それとこれとは別」
ベッドに横たわる時、ケンタが俺にのしかかりながら、一瞬下唇を噛むのが見えた。
「やらなきゃ会う意味ねえか」
俺は、彼の体を引き寄せる。
「会う意味なんて考えてんだ、ケンタさん」
「まあな」
彼は俺の肩に顔を埋めて、抱きしめた。
「キヨは俺の好みのタイプど真ん中、って俺、言った?」
「ん、聞いたよ。嬉しい」
俺だって、ケンタが相当好きな種類の男だから会い続けているのだが、そのことを言葉で正確に伝えることは出来そうになかった。

会話が楽しくて、一緒に飯食って違和感がなくて、触れると心地良い。
でも関係を固めてしまうと、時間とともに全ては色褪せていく。
今この時に確かに感じられること、指で掴もうとしている汗の滲んだ背中の熱さや、合わせた胸から直接体に響いてくる速い鼓動が、俺には他のどんなことより多分大切だった。

欲しいものを君が過不足なく与えてくれると信じている時間、俺も君が欲しいものをたくさん持っていて全部差し出そうと思っている時間が好きなのだ、君ではなくて、と言ってみたって、それこそ何の意味もないだろう。
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