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日曜と水曜
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「今度、お食事でもご一緒しませんか」
打ち合わせの後、廊下に出た時に、彼はふと立ち止まってそう言った。
俺が驚いて見上げると、軽く頷きながら、
「もしお時間をいただけるなら、是非」
と付け加えた。
俺の上司と彼の同僚は肩を並べて、エレベーターの方へ遠ざかっていく。彼は名刺入れからカードを出した。
「これはプライベートの方なので。よかったら連絡をください」
慌てて受け取り、ノートに挟んだ。廊下を歩き始めてから、「本当にご連絡してよろしいんですか」と聞くと、彼はにこりともせず、「それなら、今決めてしまいましょう」と言った。
三日後の日曜日に昼飯をご馳走してもらって、彼の部屋に行った。終わった後で、すげえよかった、と俺は呟き、大澤さん(という名前)は体を起こして俺の顔を覗き込んだ。
「ふうん」
「何ですか」
「川西さんにお褒めいただくなんて嬉しいなあ」
「やめてください」
「でもまあ、空腹は最高のスパイスということでしょう」
指で頬を撫でられ、馴染みのない感触に一瞬ぼんやりする。
「ええっと、俺はそんなに物欲しそうでしたかね……」
「物欲しそう、ではないですね」
彼は指を引っ込めて、少し考えた。
「誘ったら、いけそうな気がした」
「尻軽に見えたと」
「尻軽な子が好きなんで」
引き続きぼんやりしていると、彼は俺の唇にふわりと柔らかいキスをした。
「また会いたいから、お腹空かせておいてくださいね」
その次の水曜日に会った人がいて、彼とはその時が初対面だったが、マッチングアプリでかなり前からやり取りをしていた。
「きょうちゃんさん、写真よりずっとかわいいですね」
「きょうちゃんさんって」
と俺が笑うと、その人も笑った。
「じゃあ何て呼んだらいい?あ、タメ口でいい?」
「タメ口でいいよ。ケンタさん、二十七歳ですよね、俺一つ下です」
「まじで?実年齢なんだ、もっと若く見える」
決めておいたホテルに入って、キスしていいかと聞くので頷いたが、彼は何もせず、先にシャワーを浴びに行った。
俺が部屋に戻った時には照明が落とされ、ベッドサイドの青い光だけになっていた。
「いい匂いするのどうして?」
羽織っただけの薄いローブごと俺を抱きしめた彼の声は低くかすれていた。
「ボディシャンプー」
「なんか興奮するなあ。君、めちゃくちゃ好みのタイプ」
彼は両手で俺の頬を包み込む。
「俺、ほんとに名前『きょう』なんだよね」
照れ隠しに、そんなことを普通の調子で言ってみる。
「きょう。どんな字か、あとで聞くわ」
俺を見つめたまま、彼はゆっくりと唇を重ねてきた。熱い舌が滑らかに口の中に忍び込んで、すぐに俺の好きな場所を探り当てた。
そんな成り行きで二人と会うようになり、どちらかをすぐに切るつもりが、どちらとどうしたいかが決まらないうちに、日曜と水曜に交互に会うリズムができた。
打ち合わせの後、廊下に出た時に、彼はふと立ち止まってそう言った。
俺が驚いて見上げると、軽く頷きながら、
「もしお時間をいただけるなら、是非」
と付け加えた。
俺の上司と彼の同僚は肩を並べて、エレベーターの方へ遠ざかっていく。彼は名刺入れからカードを出した。
「これはプライベートの方なので。よかったら連絡をください」
慌てて受け取り、ノートに挟んだ。廊下を歩き始めてから、「本当にご連絡してよろしいんですか」と聞くと、彼はにこりともせず、「それなら、今決めてしまいましょう」と言った。
三日後の日曜日に昼飯をご馳走してもらって、彼の部屋に行った。終わった後で、すげえよかった、と俺は呟き、大澤さん(という名前)は体を起こして俺の顔を覗き込んだ。
「ふうん」
「何ですか」
「川西さんにお褒めいただくなんて嬉しいなあ」
「やめてください」
「でもまあ、空腹は最高のスパイスということでしょう」
指で頬を撫でられ、馴染みのない感触に一瞬ぼんやりする。
「ええっと、俺はそんなに物欲しそうでしたかね……」
「物欲しそう、ではないですね」
彼は指を引っ込めて、少し考えた。
「誘ったら、いけそうな気がした」
「尻軽に見えたと」
「尻軽な子が好きなんで」
引き続きぼんやりしていると、彼は俺の唇にふわりと柔らかいキスをした。
「また会いたいから、お腹空かせておいてくださいね」
その次の水曜日に会った人がいて、彼とはその時が初対面だったが、マッチングアプリでかなり前からやり取りをしていた。
「きょうちゃんさん、写真よりずっとかわいいですね」
「きょうちゃんさんって」
と俺が笑うと、その人も笑った。
「じゃあ何て呼んだらいい?あ、タメ口でいい?」
「タメ口でいいよ。ケンタさん、二十七歳ですよね、俺一つ下です」
「まじで?実年齢なんだ、もっと若く見える」
決めておいたホテルに入って、キスしていいかと聞くので頷いたが、彼は何もせず、先にシャワーを浴びに行った。
俺が部屋に戻った時には照明が落とされ、ベッドサイドの青い光だけになっていた。
「いい匂いするのどうして?」
羽織っただけの薄いローブごと俺を抱きしめた彼の声は低くかすれていた。
「ボディシャンプー」
「なんか興奮するなあ。君、めちゃくちゃ好みのタイプ」
彼は両手で俺の頬を包み込む。
「俺、ほんとに名前『きょう』なんだよね」
照れ隠しに、そんなことを普通の調子で言ってみる。
「きょう。どんな字か、あとで聞くわ」
俺を見つめたまま、彼はゆっくりと唇を重ねてきた。熱い舌が滑らかに口の中に忍び込んで、すぐに俺の好きな場所を探り当てた。
そんな成り行きで二人と会うようになり、どちらかをすぐに切るつもりが、どちらとどうしたいかが決まらないうちに、日曜と水曜に交互に会うリズムができた。
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