亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
220 / 236
第十二章 普通の旅

第二百十九話 普通の旅(3)

しおりを挟む
 その後は三人で目的もなく大通りを散策した。レジス城下が近いだけあってかなり活気がある。宿場町であるためか特に旅人向けの店が充実していた。大衆食堂や宿屋、さらに目を引くのが旅の道具類を扱った店がたくさん軒を連ねている光景だ。ここで必要な道具類を新調したり、修理したりしていくのだろう。旅人らしき人たちで大いににぎわっている。
 旅の準備は全部人にやってもらったので何も知識がないが、ナイフひとつとってもいろんな種類のものが並んでいておもしろい。料理用や護身用、高額なものから手頃なものまで実に様々だ。他にも携帯食や日用品も旅の長さや目的地によっていろいろと選ぶことができるようだ。ルルクも生活用品を物珍しそうに手に取って見ていたし、シェイルは狩猟道具らしきものをあれこれと眺めていた。道中で狩りをする人たちもいるのかもしれない。
「これ、前ゼインさんにもらいました」
 以前、アルメシエに向かうときにもゼインに旅の道具などを一式貸してもらったとき、きちんと食事をとるようにと言われてナッツを渡されたのだった。こうやって旅道具を売っているところでまとめて手に入るようになっているようだ。ゼインにもらったものと同じラベルが貼られている。
「ナッツは栄養がありますからね。そういえばそろそろ戻った方がいいでしょうか」
 ナッツからの連想でシュクロのことを思い出したのだろう。そういえば結局シュクロにクルヴァルを食べさせる暇がなかった。
「そうですね。戻りましょう」
 そんなに大きな町でもないので見るところもなくなってしまった。
 帰り道の路地裏で驚いたことにヒルトリングが売られているのを見た。
 あきらかによくないものを売っている雰囲気ではあったが、まさかそんなものまで売られているとは。もちろんモノが見える形ではなく箱に入った状態で、布を敷いた地面に直に並べられているだけだ。これだと一見何が売られているのかわからない。それをシェイルが違法なヒルトリングだと小声で教えてくれたのだ。敷物の片隅に「◯」と書き殴られた紙が貼られており、それがいわゆる符牒らしい。術士の存在が機密事項なのにヒルトリングが売られているというのはどういうことだろう。
「いくら口をふさいでも存在そのものを隠し通せるものじゃないんです。裏社会では術士の才を持った者が驚くほどの高値で雇われたりしていますよ。もちろんそれをやると国から追われ続けることになりますから……さて、割りに合うかどうか」
 軍の術士の給金は他の職種に比べても格段に高いと聞く。しかもかなりの厚遇だ。それを捨ててでも裏社会で生きる術士というのは一体どういう状況なのだろう。世の中にはいろいろな人がいるのだ。
 シェイルと今日見たものなどの話をしながら、エリッツは上機嫌で部屋の扉を開けた。ふてくされてしまったこともあったが、総じて今日は楽しかった。シュクロがいなかったのも大きい。そんなことを思いながら、部屋の中のランプに火を入れるとその揺れる光に照らされて部屋の隅の方でシュクロが膝を抱えて座り込んでいるのが浮かびあがる。
「うわぁ」
 エリッツは驚いて大声をあげ、思わずシェイルにしがみついた。
「シュクロさん、そんなところで何をやっているんですか」
「お前らこそ、何をやってたんだよ」
 非難がましいがやけに小声だ。
「だってシュクロさん、隣の部屋の人たちと遊びに行っちゃったじゃないですか」
 シュクロは何かを警戒するように左右に視線を向けると、人差し指を鼻先に立てた。
「静かにしろ。追手が来たんだよ。お隣さんらは一緒に昼食っただけだ。その後レジス城下に行っちまった」
 そういえばレジス城下へは馬で半日弱だ。昼食後にこの町を出れば何とか日が暮れる前にあの高くて三重になっている壁を越えられる。たとえ壁を越えられず外壁で夜を明かすことになっても、あの人たちなら何ということもないだろう。
「昼過ぎからずっとここで座っていたんですか?」
 シェイルが座り込んでいるシュクロをのぞきこむ。
「うるっせーな。お前らが仕事しないからだろ」
 シェイルは小さくため息をつく。
「――では護衛しますので、一緒に夕食に行きましょうか」
「俺は行かねー」
 また執務室にこもりきりだった頃のシュクロに戻っている。
「お腹すきませんか?」
 シェイルの問いかけにぐっと眉根を寄せる。お腹はすいているようだ。
「シュクロさんは何がそんなに怖いんですか?」
 単純に不思議だった。シュクロ自身も強いし、シェイルもエリッツも、ルルクもいる。これは秘密だが今回もシェイルのヒルトリングを殿下から預かっている。さらに背後にはレジスから来た見張りの方々が控えているのだ。何事も絶対ということはないが、シュクロの安全はかなり保障されているように思う。
 そのとき、シュクロがはっとしたように目を見開いた。直後、シェイルがしがみついたままのエリッツにおおいかぶさる。轟音の後、目を開くと、小窓が大きく破壊され、ほこりがもうもうと立ちこめていた。ランプの光では薄暗い外まではよく見えない。
「すごいですね、これは」
 シェイルの声には余裕があった。はっとしてルルクを探すとベッドの下にいる。目をしばたたかせてエリッツを見返した。さすがに驚いてはいるようだ。シェイルとルルクの動きが早かったということは、目のいい術士にしか見えない何かが起こったのだろう。
 シュクロはすごいスピードで駆けてきてシェイルの後ろに隠れた。逃げ方が堂に入っている。
 直後、破壊された小窓から何かが顔をのぞかせた。暗くてよく見えないが、人間ではあるようだ。爬虫類か何かのような動きをしていて気持ち悪い。
「あれ、ヤベーから」
 シュクロがシェイルの後ろから言いそえる。どうやらシュクロの追手のようだ。
「ルルク」
 シェイルがベッドの下の少女を呼んだ。
「外にもう一人いる。あいつら二人セットなんだ」
「何人いても一緒です」
 シェイルの穏やかな声にほっとしてしまう。シェイルは切り抜ける自信があるのだ。しかし術士のことはわからないのでエリッツは手が出しにくい。
 蛇のように這いあがってきた男はまるで空気のにおいでも嗅ぐように鼻先を上に向け舌打ちをした。
「そこにいるのは何だ」
 妙に細長い指をベッドの下に向ける。
「『王の盾』または『王の火薬庫』と呼ばれた優秀な戦士の娘です。出直した方がいいですよ」
 その話は保護区で聞いたことがある。ルルクの父のフォルターという兵がアルサフィア王のそばに常に控えていたという。フォルターは敵の攻撃を術素を奪うことで無効化させ、またその奪った術素を自軍に供給するという一石二鳥の働きをしたとか。
 ルルクが術を無効化してくれているのなら――エリッツはそっと短剣の柄に手をそえた。
「出直す必要はない。ここで殺せばいいだけだろう。一回の襲撃で一人ずつ殺すのが流儀だ」
 謎の流儀をかかげつつ破壊された小窓から男が少しずつにじり寄ってくる。どうやらルルクのことを警戒しているようだ。エリッツは間合いをはかった。
 十分に引きつけてから跳ぶ。抜きざま切りつけたが、瞬間身を引かれる。浅くなったが狙いは外していない。どうやらあまり物理的な攻撃は得意ではないようだ。男が弾みで後退ったので、すぐに当身を食らわせて小窓があったところから突き落とす。これですぐさまルルクに攻撃を加えることはできない。
「まだだ!」
 シュクロが鋭く叫んだ。
 確かに油断していた。遠ざけたと思っていた男がなんと目の前に立っている。攻撃は確かに入ったはずなのにまるで無傷だ。どこから出したのか、獲物は抜き身のダガー、すぐさま身をひるがえして斬撃をよけた。速い。さきほどとは動きが違う。そして部屋がせますぎる。バランスを崩してベッドのふちで脇腹を打ちつけた。そのベッドの下に隠れているルルクとまた一瞬だけ目が合う。ルルクだけは守らなければ、ここで敵に術を使われてしまう。エリッツはルルクをかばうように体勢を低く保ったまま間合いをはかった。
「シュクロ、いつまで逃げ回るつもりですか。圧倒的に有利ですよ」
 シェイルの声はまだ穏やかだ。エリッツは短剣を握り直す。
「ちくしょう!」
 シュクロの声と同時に耳元で鋭く風を切る音が過ぎる。風式だ。エリッツは反射的にベッドとベッドの間に身をひそめた。術士の前に立つのは危ない。
 男はそれを器用によける。体が柔らかすぎて気持ち悪い。やはり蛇か何かみたいだ。
 それに気を取られている間にシュクロは男との間合いを詰め、上に小さな火球を放った。周りがぱっと明るくなる。目眩しだ。エリッツも一瞬目を閉じてしまう。一方シュクロはそのまま身を屈めて男の足元に風式を放った。このスピードはルルクが手助けしているのだろうか。それにしては慣れた様子である。
 シュクロの驚くほどの連続技にバランスを崩した男はまた小窓のあった場所から落ちていった。今度こそ落ちただろうと思った。確かに落ちてはいた。
「――ったく。忠告通り出直すか。今回は偵察だ。数に入れない」
「それもそうだな。次からまた一人ずつ殺していく」
 どれだけ頑丈なのか。怪我を負っているような声ではない。エリッツは思わず手元を見た。確かに手応えがあった。それに下に二人いるということは、エリッツの前に現れたのは同じような姿をしていたものの別人だったということか。何だかよくわからないが、全体的に気持ち悪い連中だ。
「あいつらマジでしつこいし、ヤベーんだ」
 シュクロが絶望的な声をあげた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...