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第十一章 客来の予兆
第二百十一話 客来の予兆(8)
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「何を知っているんだ?」
シュクロはいつになく真剣な顔でシェイルを見ている。
「何も知りません。こういう内容のことをいえば鼻を明かせると聞いたので言ってみただけです」
シェイルはとぼけたような口調でいいながら仕事の準備を続けている。明らかに何らかの事情を聞いている様子だ。おそらくリギルだろう。シュクロに張り付いている案内役にリギルがやっていることを知られたくないのでそんな言い回しをしているに違いない。よって、ここで口をはさんではいけない。エリッツはぐっと口元を引き締める。
「どこかいいところはないですかね。どうせならゆっくりできる場所がいいのですが」
エリッツの緊張をよそに、シェイルはのんびりとそんなことを言っている。
「一体何なんだ!」
どこに沸点があるのか、シュクロが突然大きな声を出して身を乗り出した。エリッツは素早くシェイルの前に立つ。案内役もシュクロの左肩を押さえ、変な形をした金属片をその左手に押し当てた。術を封じるにはあのような方法があるのか。
「あんた、異国人だろう。なんでこんなところにいるんだ」
取り押さえられているのにもかまわずにシュクロはさらに声をあげる。何をそんなに激昂しているのだろう。
「あなたも異国人じゃないですか。なぜここにいるんです?」
一方シェイルは冷静そのものというか、半ばあきれたような目でシュクロを見ている。
「カウラニー家に保護されている理由は何だ。なぜレジス国王に丁重に扱われている?」
「丁重に!」
エリッツはつい大きな声をあげてしまう。
ここ最近、国王陛下のシェイルへの待遇に疑問を感じていたので、口をはさまないように注意していたのにもかかわらず声が出てしまった。
「丁重……に」
シェイルもエリッツに続いて小さく声を漏らす。どことなく疲れのにじんだ声である。
「オズバル・カウラニーという人は信心深い人ですし、レジス国王陛下は変な方だからです」
気を取り直したかのように、シェイルは淡々と質問に答える。どちらも間違いではないが、側面的というか、重要な点を外している。
シュクロは肩透かしをくったような顔をしていた。どう考えてもシュクロの望むような返答ではないにしろ、攻撃的に質問を投げかけて答えてもらえるとは思っていなかったようだ。ついでに案内役はシェイルの不敬な発言のせいか変な顔をしていた。
「他に何か質問はありますか?」
シュクロは何を聞いても無駄だと思ったのか不貞腐れたような顔で黙っている。しばし何ともいえない微妙な沈黙が流れた。
「エリッツ、旅行記でいろいろ読んでいるんでしょう。レジスでどこかおもしろい場所はないんですか?」
シェイルはいたって平静でシュクロが大声をあげたことなどなかったかのような様子だ。
「ええと……」
エリッツの方はまだ動揺していて咄嗟に言葉が出ない。
「シュクロはおいしいものが食べたいですか? それともめずらしい風景の方が好きですか?」
しばらくの間があってシュクロが脱力したようにため息をつく。案内役はそれをもって危機は去ったとばかりにシュクロを解放した。自由になったシュクロはそのまま黙って部屋を出ていってしまう。当然、案内役もそれを追ってゆく。
「よかったですね。いなくなりましたよ」
シェイルは晴れ晴れとしたように微笑む。先日までエリッツがいら立っていたことを気にかけてくれていたようだ。
「――まあ、そう、なんですけど」
シュクロはなぜあんなにシェイルのことにこだわるのだろうか。邪魔者がいなくなってすっきりしたというよりは、なんだか気になってもやもやする。
「あの人、国で命を狙われているんだそうですよ」
エリッツの表情が晴れないからかシェイルが口を開く。
「え? 命を?」
「ええ。だから何だかんだと理由をつけて逃げてきたのではないかという話です。城の敷地内の牢屋に入れれば完璧だったんでしょうけどね。この部屋もわたしの監視をしている人たちがいるので安心できたんでしょう」
シェイルはとうとう机に書類を広げはじめた。そういえば、もう仕事をはじめないといけない。
ふと、シェイルがエリッツを見る。
「あの人、結構臆病ですよ」
言われてみればちょっと警戒しすぎな気もする。シュクロにあてがわれた来客用の建物だって城の敷地内だからかなり安全なはずである。異国の暗殺者みたいなのが好き放題できるとは考えにくい。それでもできるだけ城の敷地の奥にいようと毎朝この部屋に入り浸っていたわけだから筋金入りだ。
「ルグイラで命を狙われているような人をレジスで客人として扱ってもいいんでしょうか」
「あの国もいろいろと複雑みたいです。罪人として命を狙われているわけではないようなので、この対応に問題はないはずなのですが」
シェイルは複雑な表情で首をひねっている。しばらくシュクロを観光旅行と称して遠ざけておきたいくらいなので、状況を完全に判断するにはまだ情報が足らないのだろう。
「でも、どうしてシェイルに突っかかってくるんでしょうか」
エリッツとしてはこちらも気になる。いきなり襲いかかってきたり、執務室に通ってきたり、急に激昂して出て行ってしまったり。一体どういうつもりなのか。
「さあ? どうしたらわたしみたいな異国人が監視をたくさん引き連れて城の敷地の奥まった執務室で仕事をさせてもらうみたいな境遇になるのか知りたかったんじゃないですか」
なるほど。シュクロにとってシェイルの立場は安全という面だけを見る限りこれ以上はないほど恵まれているように見えるだろう。エリッツにいわせれは、こんな窮屈で、いつ陛下の都合(というより楽しみ?)のために妙な指示をくだされるかわからない状況からは早く解放されて欲しいのだが。そして実のところあまり安全でもないことは、これまでの様々な騒動を引き合いに出すまでもない。ちなみにシュクロに襲われたのだってそれに当たる。
「それにオズバル様のことを何度も言ってましたね」
シェイルが何かを思い出したかのように「あ」と、声をあげた。
「もしかしてオズバル様が何かご存知かもしれないですね」
「え? どういうことですか」
「オズバル様はロイでの仕事の前はルグイラで周辺諸国を調べていらっしゃったと聞きました。シュクロのこだわりようを見るに、もしかしたらオズバル様を知っているのかもしれないです」
「なるほど。――あれ? でも年齢的に合わなくないですか」
前にオズバルに聞いた話ではシェイルが生まれる前からロイにいたということだった。さらにその前となると、シュクロの年齢は知らないが、シェイルとそんなに変わらないように見える。
「あの人いくつなんでしょうね」
シェイルも同じことを思ったらしく首をひねっている。
「本人に聞いてみますか」
「シュクロさんに何歳か聞くんですか」
なぜかシェイルは小さく笑う。
「いえ、オズバル様に。心当たりはないかと」
それはそうだ。なんで自分はこんなに馬鹿なんだろう。
「やはりエリッツと話していると癒されますね」
これは何度言われたことだろうか。
「あの臆病な異国人をなんとかして旅行に連れて行かなければなりません。どうやらこちらも面倒臭い仕事になりそうですよ」
留学するよりはマシなのに変わりないが、嫌がっている人を無理やり旅行に連れ出すのも大変だ。
「そうだ。オズバル様に子ヤギの話も聞きましょう」
なんかシュクロと子ヤギが同列になっている。
先日、シェイルと見に行ったヤギの赤ちゃんを思い出してエリッツは頬をゆるめた。
ヤギの赤ちゃんは二匹いて、基本的に親とおぼしきヤギの近くにいるが、想像していたよりもずっと活発に動き回っていた。好奇心が強いらしく一匹は小さな体で銅像の台座に足を踏ん張り、誇らしげな顔をしていた。ヤギは木や崖に登るのも得意なので、銅像の台座くらいは簡単に登ってしまうのだろう。
さらにもう一匹はかなり人なつっこくて、エリッツがかまってくれる人間だと知ると、小鳥の羽根のような尻尾をふってエリッツの後をずっとついてきた。どうやらこの子ヤギは城勤めの人々のアイドルになっているようで、エリッツはしばし羨望の眼差しを受けたものだ。
「ヤギの赤ちゃん、かわいかったですね。それでオズバル様のところはいつ行くんですか」
ヤギを敷地に放った効果はあったのか。他の場所にもヤギを放つ予定はあるのか。めずらしい試みなのでいろいろと聞いてみたい。
「今日です。急ぎの仕事だけ片付けてすぐに行きますよ。シュクロを旅行に連れ出す手段を早急に考えなくてはいけません。これも仕事ですからね。それにヤギの話も気になります」
やはりシュクロとヤギが同列だ。
シュクロはいつになく真剣な顔でシェイルを見ている。
「何も知りません。こういう内容のことをいえば鼻を明かせると聞いたので言ってみただけです」
シェイルはとぼけたような口調でいいながら仕事の準備を続けている。明らかに何らかの事情を聞いている様子だ。おそらくリギルだろう。シュクロに張り付いている案内役にリギルがやっていることを知られたくないのでそんな言い回しをしているに違いない。よって、ここで口をはさんではいけない。エリッツはぐっと口元を引き締める。
「どこかいいところはないですかね。どうせならゆっくりできる場所がいいのですが」
エリッツの緊張をよそに、シェイルはのんびりとそんなことを言っている。
「一体何なんだ!」
どこに沸点があるのか、シュクロが突然大きな声を出して身を乗り出した。エリッツは素早くシェイルの前に立つ。案内役もシュクロの左肩を押さえ、変な形をした金属片をその左手に押し当てた。術を封じるにはあのような方法があるのか。
「あんた、異国人だろう。なんでこんなところにいるんだ」
取り押さえられているのにもかまわずにシュクロはさらに声をあげる。何をそんなに激昂しているのだろう。
「あなたも異国人じゃないですか。なぜここにいるんです?」
一方シェイルは冷静そのものというか、半ばあきれたような目でシュクロを見ている。
「カウラニー家に保護されている理由は何だ。なぜレジス国王に丁重に扱われている?」
「丁重に!」
エリッツはつい大きな声をあげてしまう。
ここ最近、国王陛下のシェイルへの待遇に疑問を感じていたので、口をはさまないように注意していたのにもかかわらず声が出てしまった。
「丁重……に」
シェイルもエリッツに続いて小さく声を漏らす。どことなく疲れのにじんだ声である。
「オズバル・カウラニーという人は信心深い人ですし、レジス国王陛下は変な方だからです」
気を取り直したかのように、シェイルは淡々と質問に答える。どちらも間違いではないが、側面的というか、重要な点を外している。
シュクロは肩透かしをくったような顔をしていた。どう考えてもシュクロの望むような返答ではないにしろ、攻撃的に質問を投げかけて答えてもらえるとは思っていなかったようだ。ついでに案内役はシェイルの不敬な発言のせいか変な顔をしていた。
「他に何か質問はありますか?」
シュクロは何を聞いても無駄だと思ったのか不貞腐れたような顔で黙っている。しばし何ともいえない微妙な沈黙が流れた。
「エリッツ、旅行記でいろいろ読んでいるんでしょう。レジスでどこかおもしろい場所はないんですか?」
シェイルはいたって平静でシュクロが大声をあげたことなどなかったかのような様子だ。
「ええと……」
エリッツの方はまだ動揺していて咄嗟に言葉が出ない。
「シュクロはおいしいものが食べたいですか? それともめずらしい風景の方が好きですか?」
しばらくの間があってシュクロが脱力したようにため息をつく。案内役はそれをもって危機は去ったとばかりにシュクロを解放した。自由になったシュクロはそのまま黙って部屋を出ていってしまう。当然、案内役もそれを追ってゆく。
「よかったですね。いなくなりましたよ」
シェイルは晴れ晴れとしたように微笑む。先日までエリッツがいら立っていたことを気にかけてくれていたようだ。
「――まあ、そう、なんですけど」
シュクロはなぜあんなにシェイルのことにこだわるのだろうか。邪魔者がいなくなってすっきりしたというよりは、なんだか気になってもやもやする。
「あの人、国で命を狙われているんだそうですよ」
エリッツの表情が晴れないからかシェイルが口を開く。
「え? 命を?」
「ええ。だから何だかんだと理由をつけて逃げてきたのではないかという話です。城の敷地内の牢屋に入れれば完璧だったんでしょうけどね。この部屋もわたしの監視をしている人たちがいるので安心できたんでしょう」
シェイルはとうとう机に書類を広げはじめた。そういえば、もう仕事をはじめないといけない。
ふと、シェイルがエリッツを見る。
「あの人、結構臆病ですよ」
言われてみればちょっと警戒しすぎな気もする。シュクロにあてがわれた来客用の建物だって城の敷地内だからかなり安全なはずである。異国の暗殺者みたいなのが好き放題できるとは考えにくい。それでもできるだけ城の敷地の奥にいようと毎朝この部屋に入り浸っていたわけだから筋金入りだ。
「ルグイラで命を狙われているような人をレジスで客人として扱ってもいいんでしょうか」
「あの国もいろいろと複雑みたいです。罪人として命を狙われているわけではないようなので、この対応に問題はないはずなのですが」
シェイルは複雑な表情で首をひねっている。しばらくシュクロを観光旅行と称して遠ざけておきたいくらいなので、状況を完全に判断するにはまだ情報が足らないのだろう。
「でも、どうしてシェイルに突っかかってくるんでしょうか」
エリッツとしてはこちらも気になる。いきなり襲いかかってきたり、執務室に通ってきたり、急に激昂して出て行ってしまったり。一体どういうつもりなのか。
「さあ? どうしたらわたしみたいな異国人が監視をたくさん引き連れて城の敷地の奥まった執務室で仕事をさせてもらうみたいな境遇になるのか知りたかったんじゃないですか」
なるほど。シュクロにとってシェイルの立場は安全という面だけを見る限りこれ以上はないほど恵まれているように見えるだろう。エリッツにいわせれは、こんな窮屈で、いつ陛下の都合(というより楽しみ?)のために妙な指示をくだされるかわからない状況からは早く解放されて欲しいのだが。そして実のところあまり安全でもないことは、これまでの様々な騒動を引き合いに出すまでもない。ちなみにシュクロに襲われたのだってそれに当たる。
「それにオズバル様のことを何度も言ってましたね」
シェイルが何かを思い出したかのように「あ」と、声をあげた。
「もしかしてオズバル様が何かご存知かもしれないですね」
「え? どういうことですか」
「オズバル様はロイでの仕事の前はルグイラで周辺諸国を調べていらっしゃったと聞きました。シュクロのこだわりようを見るに、もしかしたらオズバル様を知っているのかもしれないです」
「なるほど。――あれ? でも年齢的に合わなくないですか」
前にオズバルに聞いた話ではシェイルが生まれる前からロイにいたということだった。さらにその前となると、シュクロの年齢は知らないが、シェイルとそんなに変わらないように見える。
「あの人いくつなんでしょうね」
シェイルも同じことを思ったらしく首をひねっている。
「本人に聞いてみますか」
「シュクロさんに何歳か聞くんですか」
なぜかシェイルは小さく笑う。
「いえ、オズバル様に。心当たりはないかと」
それはそうだ。なんで自分はこんなに馬鹿なんだろう。
「やはりエリッツと話していると癒されますね」
これは何度言われたことだろうか。
「あの臆病な異国人をなんとかして旅行に連れて行かなければなりません。どうやらこちらも面倒臭い仕事になりそうですよ」
留学するよりはマシなのに変わりないが、嫌がっている人を無理やり旅行に連れ出すのも大変だ。
「そうだ。オズバル様に子ヤギの話も聞きましょう」
なんかシュクロと子ヤギが同列になっている。
先日、シェイルと見に行ったヤギの赤ちゃんを思い出してエリッツは頬をゆるめた。
ヤギの赤ちゃんは二匹いて、基本的に親とおぼしきヤギの近くにいるが、想像していたよりもずっと活発に動き回っていた。好奇心が強いらしく一匹は小さな体で銅像の台座に足を踏ん張り、誇らしげな顔をしていた。ヤギは木や崖に登るのも得意なので、銅像の台座くらいは簡単に登ってしまうのだろう。
さらにもう一匹はかなり人なつっこくて、エリッツがかまってくれる人間だと知ると、小鳥の羽根のような尻尾をふってエリッツの後をずっとついてきた。どうやらこの子ヤギは城勤めの人々のアイドルになっているようで、エリッツはしばし羨望の眼差しを受けたものだ。
「ヤギの赤ちゃん、かわいかったですね。それでオズバル様のところはいつ行くんですか」
ヤギを敷地に放った効果はあったのか。他の場所にもヤギを放つ予定はあるのか。めずらしい試みなのでいろいろと聞いてみたい。
「今日です。急ぎの仕事だけ片付けてすぐに行きますよ。シュクロを旅行に連れ出す手段を早急に考えなくてはいけません。これも仕事ですからね。それにヤギの話も気になります」
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