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第十一章 客来の予兆
第二百八話 客来の予兆(5)
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「ひねりがなさ過ぎると仰っていた」
ラヴォート殿下はお茶を飲みながら不機嫌そうに言い捨てる。
実はあの買い物の後、いろいろなことが発生し、クルヴァルをお茶菓子にのんびりと状況共有みたいなことができない事態になっていた。そのため翌日、殿下の執務室にて種々の報告もかねての打ち合わせとなったのである。
「『異国人がレジスで菓子といったらいつもコレだ。おもしろくない。あいつは何年レジスに住んでいる? もっと何かあるだろう』とのことだ」
殿下は大袈裟な身振り手振りで声真似までしている。
「ほら、こうなるでしょう?」
シェイルはエリッツの方を見て、ため息混じりに同意を求める。
「シェイルのいった通りになりましたね」
陛下のシェイルに対する横暴はとどまるところを知らない。他の業務もあるというのに、もう一度買い物に出ろというのだろうか。エリッツとしてはデートのおかわりは歓迎するところだが、シェイルもそんなに暇ではないのだ。
「陛下はクルヴァルを召しあがったのですか?」
「いいや、見るなり却下だ。そこにある」
ラヴォート殿下は執務用の立派な机の端を指差した。昨日シェイルが買いつけたままの状態、つまり贈答用の上品な箱におさまったまま積んであった。せめて開けてみるくらいはしてほしい。
「なかなかよさそうなものだがな」
殿下もため息をつきながらクルヴァルの箱を眺めている。
「エリッツ」
シェイルが促すようにこちらを見るので、エリッツは殿下のためにとシェイルがお小遣いをはたいて購入したクルヴァルをテーブルに置く。こちらは贈答用ではなく簡易な包装紙におさまっているが、高級品であることはそのたたずまいからもただよっていた。
「ほう、気が利くな。味見させてもらおう」
エリッツは手に取りやすいように包装をといて殿下にさしだす。食感を考慮して薄皮までむいてあるクルナッツが白い肌を金色の飴で光らせている。どうやっているのかわからないが、きれいな三角形に成形されており、角があるので食べやすそうだ。
「なかなか見た目もいいじゃないか」
添えられているすべらかな紙を使って、クルヴァルの端を持つ。ぱりっと歯切れのよい音が執務室に響いた。
「――うん。悪くないな。いや、うまい」
お菓子好きな殿下がいうのだから間違いないだろう。
「あの色の違う箱はなんだ? 同じものか?」
目ざとい殿下は陛下に提出した贈答用の箱に種類があることに気づいていた。
「エリッツ」
またもやシェイルがエリッツを促す。なんだかうれしそうだ。エリッツは別の包装を取り出すと、中を殿下に見えるように差し出した。
「一口サイズのクルヴァルです。ナッツ一粒一粒が薄い飴に包まれているので、ご婦人でも気兼ねなく口にできます。贈答用の方は飴に色がつけられているものが入っているので宝石みたいできれいですよ。それにナッツそのものの味を楽しむにはこちらの方がおすすめだと店主が言っていました」
ナッツそのものの味ということは、クルナッツが苦手なあの男により強烈な嫌がらせができそうである。
「ほほう、これはめずらしいのではないか?」
そのままぱっとつまんで口にする。ぱりぱりと飴の砕ける小気味よい音が続いた。
「いいじゃないか。これならありきたりのクルヴァルとは一線を画しているといえる。説明次第ではいけるかもしれない」
満足そうに頷き、お茶と一緒に次々とつまんでいる。
「普通のクルヴァルより断然食べやすい」
殿下がよろこんでいて、シェイルもうれしそうなので、エリッツもにこにこしてしまう。
「あの、楽しそうなところすみませんが――」
先ほどから黙って様子を見ていたダフィットが、もう待てないとでもいうように口を開いた。
「そろそろ例の客人の件で話してもいいでしょうか」
そうだった。そもそもお菓子がどうだとかいっている場合ではなくなっていたのだ。
昨日買い物から戻ると、あのシェイルを襲った異国人が正面から堂々と城を訪れていた。シェイルの監視をしている間諜たちから報告があがっているはずだが、陛下はこれを普通に受け入れたのだ。来訪理由は「主人が滞在することになる城の安全性などを事前に確認させていただきたい」らしい。そんな失礼なことをいわれてあの陛下が受け入れるというのは信じがたいが、実際昨日からここに滞在しているのである。
「あの、まず、どこの国の方でしょうか?」
ダフィットに睨まれる覚悟でエリッツはおずおずと手をあげた。顔つきから南方の人ではないかと予想はついたが、よくわからないので、何が起ころうとしているのか、推測すらできていない。
ダフィットが嫌な顔をするのはわかっていたが、シェイルとラヴォート殿下も驚いたように顔を見合わせているので、エリッツはまたやってしまったと体を小さくした。
「エリッツはディガレイという国を知っていますか?」
すぐに教えてくれるのはやはりシェイルだ。ディガレイ……なんだか最近聞いたような気がする。確かマリルに女優のジルの話を聞いた時だったか。
「そんなに大きな国ではないが、交通の要所となっているので、各国が欲しくてたまらない土地だ」
めずらしくラヴォート殿下も補足してくれる。クルヴァルの包みを片手に機嫌がよさそうだ。普通のクルヴァルの包みの方もちゃっかり手元に引き寄せている。こういうのを見ると殿下のお菓子を買ってしまうシェイルの気持ちがわかってしまう。
「あの異国人、ディガレイの人なんですか?」
「いや、違う」
即座に殿下により否定される。どうも話はそう単純ではなさそうだ。
「ディガレイの隣国ルグイラの使者の秘書官だそうです」
「使者の秘書官……」
本当にその辺のならず者ではなく、ちゃんと国から派遣された人だったのか。
「あの人、ちょっと下品な感じでしたよね」
文官というよりは軍人に見えた。シェイルに問いかけると、「ええ、下品な感じでした」
と深く頷いてくれる。
「街中であんなことをされても、来訪を受け入れるくらいレジスは立場が弱いんでしょうか」
「まぁ、そうですね。レジスにとってルグイラとの交流がなくなるというのはやや都合が悪いんです。しかしそれはルグイラ側も同じはず。陛下があんな狼藉を完全に許容されるとは少し驚きました。最終的に受け入れる気はしていたんですけど、さすがに今回の来訪者は一度追い返してルグイラに何らかの申し立てをするくらいはあると思っていました」
捕虜であるシェイルだけでなく、間諜の人間にも手を出したのである。エリッツも納得がいかない。
「俺も正直よくわからん。陛下のことだから何かたくらんでいるのかもしれないし、いつも通りの気まぐれかもしれん。――ともあれ、今日、使者の秘書官が持ってきた書状の返信を送ったところだ。関係者は一睡もしていないと聞く」
「そこに苦情は書かなかったんですか?」
エリッツはやはりそこが気になってしまう。あの人、自国の人々にも怒られてほしい。
「いや、俺も確認したが定型文といっていい返信内容だった。だが、少し来訪が早すぎるので、そのことについては触れていたな」
そういえばシェイルもあの異国人本人にそう言っていた。
「使者の来訪予定はいつなんですか?」
エリッツ以外の三人が顔を見わせる。
「まだ仮の予定だが、先日の議会ではローズガーデンの季節になるだろうと話だった」
ラヴォート殿下が確認するようにシェイルに視線を送る。
「はい、そう聞いています」
シェイルが視線を受けてそれを肯定する。示し合わせたように三人とも首を傾げた。
「今、一応まだ夏ですよね」
エリッツも一緒に首を傾げる。早すぎるなんてものではない。安全の確認がそんなに長くかかるとは思えない。しかも城の敷地内に滞在するのだというから何かよからぬことを考えているのではないかと疑うのは当たり前だ。
「どういうつもりなんでしょうね」
シェイルはうんざりした様子でお茶のカップを手に取った。
「こちらは沙汰があるまで予定通り淡々とやればいいだろう。とりあえずもう一度あのクルヴァルを陛下に持っていく」
お菓子の件を忘れていた。クルヴァルが採用されたとしてもまだ別のことで何かいいつけられそうなので、エリッツは早くもうんざりしてしまう。
「お菓子が決まったら、さっそく安全性を使者の秘書官の方に確認してもらいましょう」
シェイルが特に冗談という様子でもなくそう言った。それにはエリッツも大賛成である。
ラヴォート殿下はお茶を飲みながら不機嫌そうに言い捨てる。
実はあの買い物の後、いろいろなことが発生し、クルヴァルをお茶菓子にのんびりと状況共有みたいなことができない事態になっていた。そのため翌日、殿下の執務室にて種々の報告もかねての打ち合わせとなったのである。
「『異国人がレジスで菓子といったらいつもコレだ。おもしろくない。あいつは何年レジスに住んでいる? もっと何かあるだろう』とのことだ」
殿下は大袈裟な身振り手振りで声真似までしている。
「ほら、こうなるでしょう?」
シェイルはエリッツの方を見て、ため息混じりに同意を求める。
「シェイルのいった通りになりましたね」
陛下のシェイルに対する横暴はとどまるところを知らない。他の業務もあるというのに、もう一度買い物に出ろというのだろうか。エリッツとしてはデートのおかわりは歓迎するところだが、シェイルもそんなに暇ではないのだ。
「陛下はクルヴァルを召しあがったのですか?」
「いいや、見るなり却下だ。そこにある」
ラヴォート殿下は執務用の立派な机の端を指差した。昨日シェイルが買いつけたままの状態、つまり贈答用の上品な箱におさまったまま積んであった。せめて開けてみるくらいはしてほしい。
「なかなかよさそうなものだがな」
殿下もため息をつきながらクルヴァルの箱を眺めている。
「エリッツ」
シェイルが促すようにこちらを見るので、エリッツは殿下のためにとシェイルがお小遣いをはたいて購入したクルヴァルをテーブルに置く。こちらは贈答用ではなく簡易な包装紙におさまっているが、高級品であることはそのたたずまいからもただよっていた。
「ほう、気が利くな。味見させてもらおう」
エリッツは手に取りやすいように包装をといて殿下にさしだす。食感を考慮して薄皮までむいてあるクルナッツが白い肌を金色の飴で光らせている。どうやっているのかわからないが、きれいな三角形に成形されており、角があるので食べやすそうだ。
「なかなか見た目もいいじゃないか」
添えられているすべらかな紙を使って、クルヴァルの端を持つ。ぱりっと歯切れのよい音が執務室に響いた。
「――うん。悪くないな。いや、うまい」
お菓子好きな殿下がいうのだから間違いないだろう。
「あの色の違う箱はなんだ? 同じものか?」
目ざとい殿下は陛下に提出した贈答用の箱に種類があることに気づいていた。
「エリッツ」
またもやシェイルがエリッツを促す。なんだかうれしそうだ。エリッツは別の包装を取り出すと、中を殿下に見えるように差し出した。
「一口サイズのクルヴァルです。ナッツ一粒一粒が薄い飴に包まれているので、ご婦人でも気兼ねなく口にできます。贈答用の方は飴に色がつけられているものが入っているので宝石みたいできれいですよ。それにナッツそのものの味を楽しむにはこちらの方がおすすめだと店主が言っていました」
ナッツそのものの味ということは、クルナッツが苦手なあの男により強烈な嫌がらせができそうである。
「ほほう、これはめずらしいのではないか?」
そのままぱっとつまんで口にする。ぱりぱりと飴の砕ける小気味よい音が続いた。
「いいじゃないか。これならありきたりのクルヴァルとは一線を画しているといえる。説明次第ではいけるかもしれない」
満足そうに頷き、お茶と一緒に次々とつまんでいる。
「普通のクルヴァルより断然食べやすい」
殿下がよろこんでいて、シェイルもうれしそうなので、エリッツもにこにこしてしまう。
「あの、楽しそうなところすみませんが――」
先ほどから黙って様子を見ていたダフィットが、もう待てないとでもいうように口を開いた。
「そろそろ例の客人の件で話してもいいでしょうか」
そうだった。そもそもお菓子がどうだとかいっている場合ではなくなっていたのだ。
昨日買い物から戻ると、あのシェイルを襲った異国人が正面から堂々と城を訪れていた。シェイルの監視をしている間諜たちから報告があがっているはずだが、陛下はこれを普通に受け入れたのだ。来訪理由は「主人が滞在することになる城の安全性などを事前に確認させていただきたい」らしい。そんな失礼なことをいわれてあの陛下が受け入れるというのは信じがたいが、実際昨日からここに滞在しているのである。
「あの、まず、どこの国の方でしょうか?」
ダフィットに睨まれる覚悟でエリッツはおずおずと手をあげた。顔つきから南方の人ではないかと予想はついたが、よくわからないので、何が起ころうとしているのか、推測すらできていない。
ダフィットが嫌な顔をするのはわかっていたが、シェイルとラヴォート殿下も驚いたように顔を見合わせているので、エリッツはまたやってしまったと体を小さくした。
「エリッツはディガレイという国を知っていますか?」
すぐに教えてくれるのはやはりシェイルだ。ディガレイ……なんだか最近聞いたような気がする。確かマリルに女優のジルの話を聞いた時だったか。
「そんなに大きな国ではないが、交通の要所となっているので、各国が欲しくてたまらない土地だ」
めずらしくラヴォート殿下も補足してくれる。クルヴァルの包みを片手に機嫌がよさそうだ。普通のクルヴァルの包みの方もちゃっかり手元に引き寄せている。こういうのを見ると殿下のお菓子を買ってしまうシェイルの気持ちがわかってしまう。
「あの異国人、ディガレイの人なんですか?」
「いや、違う」
即座に殿下により否定される。どうも話はそう単純ではなさそうだ。
「ディガレイの隣国ルグイラの使者の秘書官だそうです」
「使者の秘書官……」
本当にその辺のならず者ではなく、ちゃんと国から派遣された人だったのか。
「あの人、ちょっと下品な感じでしたよね」
文官というよりは軍人に見えた。シェイルに問いかけると、「ええ、下品な感じでした」
と深く頷いてくれる。
「街中であんなことをされても、来訪を受け入れるくらいレジスは立場が弱いんでしょうか」
「まぁ、そうですね。レジスにとってルグイラとの交流がなくなるというのはやや都合が悪いんです。しかしそれはルグイラ側も同じはず。陛下があんな狼藉を完全に許容されるとは少し驚きました。最終的に受け入れる気はしていたんですけど、さすがに今回の来訪者は一度追い返してルグイラに何らかの申し立てをするくらいはあると思っていました」
捕虜であるシェイルだけでなく、間諜の人間にも手を出したのである。エリッツも納得がいかない。
「俺も正直よくわからん。陛下のことだから何かたくらんでいるのかもしれないし、いつも通りの気まぐれかもしれん。――ともあれ、今日、使者の秘書官が持ってきた書状の返信を送ったところだ。関係者は一睡もしていないと聞く」
「そこに苦情は書かなかったんですか?」
エリッツはやはりそこが気になってしまう。あの人、自国の人々にも怒られてほしい。
「いや、俺も確認したが定型文といっていい返信内容だった。だが、少し来訪が早すぎるので、そのことについては触れていたな」
そういえばシェイルもあの異国人本人にそう言っていた。
「使者の来訪予定はいつなんですか?」
エリッツ以外の三人が顔を見わせる。
「まだ仮の予定だが、先日の議会ではローズガーデンの季節になるだろうと話だった」
ラヴォート殿下が確認するようにシェイルに視線を送る。
「はい、そう聞いています」
シェイルが視線を受けてそれを肯定する。示し合わせたように三人とも首を傾げた。
「今、一応まだ夏ですよね」
エリッツも一緒に首を傾げる。早すぎるなんてものではない。安全の確認がそんなに長くかかるとは思えない。しかも城の敷地内に滞在するのだというから何かよからぬことを考えているのではないかと疑うのは当たり前だ。
「どういうつもりなんでしょうね」
シェイルはうんざりした様子でお茶のカップを手に取った。
「こちらは沙汰があるまで予定通り淡々とやればいいだろう。とりあえずもう一度あのクルヴァルを陛下に持っていく」
お菓子の件を忘れていた。クルヴァルが採用されたとしてもまだ別のことで何かいいつけられそうなので、エリッツは早くもうんざりしてしまう。
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