亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
205 / 236
第十一章 客来の予兆

第二百四話 客来の予兆(1)

しおりを挟む
 借りていた本を返そうと思っていたので早めに執務室へ行ったところ、すでにシェイルがいた。部屋の扉が開いているのは在室の印だ。
「おはようございます」
 部屋をのぞき込んで、声をかけるといつもは書類でいっぱいの机の上に紙幣とコインがいくらか散らばっている。
「何をしているんですか?」
「エリッツ? 早いですね」
「この間借りた本を返そうと思って」
 中の間に遊びに行った際にロイの言葉で書かれた旅行記を借りていた。言葉の勉強にもなるし、内容もおもしろそうだったので借りてみたのだが、これが当たりだった。ロイの本をちゃんと一冊読み切れたのは初めてのことで自信もついた。
 作者はアルヴィンみたいに好奇心のおもむくままあちこち動き回る人で、頭の中で勝手にアルヴィンの姿で想像をして読み進めていた。しかもかなりの食いしん坊で、食べ慣れないものを欲張って食べて体調をくずしたりするのだから本当にアルヴィンみたいだ。おかげで親近感をおぼえ異国語なのにも関わらず一気に読み終えることができたし、続きがあるなら是非読みたいくらいにはまっている。
「どうでしたか?」
「どこか旅行にいきたくなりました」
 シェイルは「そうですね」と、微笑む。
「旅行とはいきませんが、今日はちょっと外に出ることになりそうです」
「外……ですか?」
 シェイルはまた机の上のお金に視線を落とす。
「そのお金はどうしたんです?」
「これはわたしのお小遣いです」
「……」
 どういう意味だろう。
 エリッツは黙ったまま机の上のお金を見つめる。総額でもエリッツの十日分の生活費に足りるかどうかという額だ。
「殿下にいえばある程度なんでも買ってもらえるようなんですが、頼むのはちょっと癪なんですよね」
 またそんなことを言っている。
「――なので、本当の意味で自由になるお金はこれだけです。わたしは捕虜の立場なので無給ですから」
「む、無給……」
 あれだけの仕事をして無給とは。
 仕事に必要になりそうなお金はたっぷりと預かっているようだし、立場上生活に困るようなことはないだろうが、好きな時に好きなものを買いにくいというのは窮屈ではないだろうか。
「このお金は子供のときにオズバル様からもらったお小遣いと、たまに殿下がくれたりしたものです」
 オズバル様はともかくとして、殿下がシェイルにお小遣いをあげているのは不思議な感じがする。さっきの感じだと殿下からお金を受け取るのは癪だといい出しそうなものだが、そこは気にしないのだろうか。
「仕事のために預かっているお金も必要なら後で補填するから好きに使っていいといってくれていますし。別にあってもなくてもどちらでもいいんですけど」
 いやそれにしたって……。それからはっとして腰に手をやる。エリッツは風見舞いにと、かなり値の張りそうな短剣をもらっていた。まさか。いや、まさか……。
 エリッツの手の動きに気づいたらしきシェイルは気まずそうに「すみません、ちょっと余計なことを言ってしまいましたね。でもそれは補助金が支給されるので……」と言って、そっと目をそらす。補助金といってもギルとバルグが見せてくれたペンと比べると値段は桁違いだろう。
 やはり。長期間こつこつと貯めたお小遣いをエリッツの風見舞いにほとんどつぎ込んでしまったのではないか。そういえば、同時にエリッツの実家に風見舞いで贈ってくれたのはシェイル自ら獲ってきた鹿の皮だった。ほぼシェイルの労力のみで入手したものだろう。実家からは「めったに手入らない質のよいものを贈っていただき感謝している」とお世辞ではなさそうな礼状が来ていたので、まったく気にしていなかったが、他の物を準備するお金が足らなくなってしまったというのが実情なのかもしれない。
「あ、そんなことよりも、さっきの話ですが」
 まるでどうでもいいことのように話題を変えられた。本当にお金には執着がないようだ。
「殿下から城下で買い物をしてくるようにと言われたのでちょっと一緒に来てくれませんか」
「買い物……ですか」
 そんなことは別の人に依頼すればいいことではないか。何もシェイルが自ら買い物なんて――。なんならエリッツが行ってきてもいいくらいだが、買い物がちゃんとできるのかは少しあやしい。シェイルはエリッツのいいたいことを理解したようにひとつうなずいた。
「少し、事情があるみたいなんです。殿下というよりは陛下からの指示のようですし」
 また陛下か。
 エリッツはため息をつきたくなってしまう。陛下はレジスに暮らすロイの人々を好きにできる立場だ。シェイルの弱みを握っているといっても過言ではない。そのためなのか、ここ最近シェイルに対して横暴が過ぎる。
「わかりました。おれも行っていいんですか?」
「最初から一緒に来てほしいとお願いしてるじゃないですか。エリッツの意見も参考にしたいので。気分転換にもなりますし」
 気分転換――つまり、それはデートという意味では。
「行きます」
 エリッツは即答した。
「ところで、そのお金はどうするんですか。シェイルも何か買い物をするんですか?」
 机の上のお金を丁寧に袋にしまっているシェイルにエリッツが問いかけると、またもや何でもないような口調で「せっかく城下に行くので殿下のお菓子を買ってこようかと」と、答えた。
 え? お金はそれだけしかないのに?
「どうして全部人のために使っちゃうんですか」
 アルヴィンに「お坊ちゃん」と笑われていたエリッツは他人のことをいえないかもしれないが、シェイルの方も独特の金銭感覚をしている。
 つい大きな声をあげてしまったエリッツをシェイルは不思議そうに見る。
「殿下のお茶やお菓子を買うくらいしか使い道を思いつかないんですよね。欲しいものも特にないんです。食べ物はリギルがどこからか支給を受けてもらってくるようですし、別で食費まで出ているようですし。捕虜を養うには贅沢すぎるくらいですね。本はルーヴィック様がおもしろそうなものをたくさんくださいます。たまに気になる本はないかと新刊の目録まで作って見せてくれますよ。後は殿下やダフィットが何かと気をつかって持ってきてくださるので、本当に自分のお金を使う機会がないんです。でも、もうそろそろ大事に使わないと、お菓子を買うお金がなくなりそうですね」
 そんなことをいいながら袋をのぞきこんでいる。当たり前のように殿下のお菓子を買うお金と決めてしまっているようだ。お金の使い方についてはエリッツも偉そうなことを言えるほどちゃんとしているわけではない。むしろ周りからはちゃんと管理しろといわれるような惨状だ。シェイルのお小遣いの話はこれ以上やめておこう。
「――それで、何を買いに行くんですか?」
 役に立つのかわからないエリッツの意見を聞きたいというのだから、ちょっと時間のかかる買い物なのかもしれない。
「エリッツはローズガーデンのときに招待客への下賜品の件でちょっとした騒ぎがあったのを知っていますか」
 ローズガーデンといえばもうかなり前の出来事のように感じる。下賜品の騒ぎといえば、今は亡きアイザック・デルゴヴァが街中で襲われた件だろうか。
 あれは確か陛下の指示で下賜品がアイザックの領地の特産物である絹織物に変更されて、前の下賜品を担当していた工房の関係者が逆恨みで起こした事件だったはずだ。エリッツにしてはよく覚えていた。
「その事件から教訓を得て、王室から何か発注する際はとりわけ公平性に留意すべきという意見がありました」
 あれ? 話がすり変わってないか?
 あの事件はそもそも証拠不十分で手詰まりになった陛下がアイザック・デルゴヴァを罠にかけるために急な変更を行なったのが発端ではなかったか。公平性を欠いたせいではなかったと、エリッツは思うのだが。
「エリッツは正しいですよ」
 首を傾げるエリッツの心を読んだようにシェイルがうなずく。
「あれは間諜が絡んでいたこともあり何かと曖昧なまま処理された事件です。そもそも議会で決まったことというのはいつもそんな感じですよ」
「えっと、つまり――」
「人を多く介すると何らかの不正が入りこむ原因となります。なので『お前の相談役くらいがちょうど手頃だろう』という、陛下のご指名を受けたと殿下がおっしゃっていました」
「あの、陛下は……」
「ええ、楽しんでいるんだと思いますよ」
 話しながらも淡々と外出の準備をしている。陛下は最近本当によくシェイルにちょっかいをかけてくる。
「レイミア様にも余計なことを言われていたようですしね」
「レイミア様?」
「殿下の妹君です。わたしが城下からお菓子ばっかり取り寄せているとか。多忙な部下たちをつかって何を調べさせているんでしょうね、あの方は」
 うんざりしたような口調だ。そんなに頻繁に殿下のお菓子を買っていたのもちょっと驚くのだが。
「ということはもしかして……」
「はい、今から王室御用達となるべきお菓子を探しに行きます」
 エリッツがもっとも役に立たない展開ではないか。
「異国人のわたしが『レジスらしい』と感じるものを選んで欲しいとのことです。その方が異国からの客人にもよろこばれるだろうからと」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」にも掲載。

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

第二王子は憂鬱~divine femto~ 学園都市ピオニール編

霜條
ファンタジー
ラウルス国、東部にある学園都市ピオニール。――ここは王侯貴族だけだなく庶民でも学べる場所として広く知られており、この場所で5年に一度の和平条約の締結式が行われる予定の地。 隣国の使者が訪れる日、ラウルス国第二王子のディアスは街の中で何者かに襲われ、その危機を見知らぬ少年が助けてくれた。 その人は会えなくなった友人の少女、クリスだった。――父の友人の娘で過去に一度会ったことがあるが、11年前に壁を挟んだ隣の国、聖国シンで神の代行者に選ばれた人でもあった。 思わぬ再会に驚くも、彼女は昔の記憶がなく王子のことをよく知らなかった。 立場上、その人は国を離れることができないため、もう会えないものと諦めていた王子は遠く離れた地でずっと安寧を願うことしか出来ない日々を過ごしていた。届かない関係であれば、それで満足だった。 ただ今回締結式に向けて、彼女は学園内で起きた事件や問題の解決のために来ており、名を伏せ、身分を隠し、性別を偽り王子のクラスメイトとなる。 問題解決まで二週間という短い期間だけしかその人には与えられていないが、改めて『友人』から関係を始めることができることにディアスは戸惑いつつも、これから共に過ごせる時間が楽しみでもあった。 常識が通じないところもあるが、本人の本質が変わらないことに気付き、立場が違ってもあの頃と変わらない関係に安寧を見つける。 神に選ばれた人に、ただの人でもある王子のディアスは『友人』関係で満足しようとするが、交流を続けるうちに次第に自分の気持ちに気付いていく――。 ※まったり進行のラブコメ、ときどき陰謀シリアス計略あり。NL,BL,GL有りの世界観です。長文が読みたい方にオススメです。 ▼簡単な登場人物を知りたい方はこちら▼ https://www.alphapolis.co.jp/novel/219446670/992905715/episode/9033058?preview=1 ※『間奏曲』はメインから外れた周りの話です。基本短編です。

婚約破棄の現場に遭遇した悪役公爵令嬢の父親は激怒する

白バリン
ファンタジー
 田中哲朗は日本で働く一児の父であり、定年も近づいていた人間である。  ある日、部下や娘が最近ハマっている乙女ゲームの内容を教えてもらった。  理解のできないことが多かったが、悪役令嬢が9歳と17歳の時に婚約破棄されるという内容が妙に耳に残った。  「娘が婚約破棄なんてされたらたまらんよなあ」と妻と話していた。  翌日、田中はまさに悪役公爵令嬢の父親としてゲームの世界に入ってしまった。  数日後、天使のような9歳の愛娘アリーシャが一方的に断罪され婚約破棄を宣言される現場に遭遇する。  それでも気丈に振る舞う娘への酷い仕打ちに我慢ならず、娘をあざけり笑った者たちをみな許さないと強く決意した。  田中は奮闘し、ゲームのガバガバ設定を逆手にとってヒロインよりも先取りして地球の科学技術を導入し、時代を一挙に進めさせる。  やがて訪れるであろう二度目の婚約破棄にどう回避して立ち向かうか、そして娘を泣かせた者たちへの復讐はどのような形で果たされるのか。  他サイトでも公開中

非オタな僕が勇者に転生したら、オタな彼女が賢者に転生してサポート万全だった。

ケイオチャ
ファンタジー
高校2年生の真忠悠太(まただ ゆうた)は、部活に勉強に文武両道な充実した毎日を おくっていた。 しかし、ある日の教室に強烈な閃光を 見た途端、意識を失った。 目が覚めると、不思議な光の空間で ただぽつんと座っていて目の前には 女性がいた。 『私は転生の女神です。  あなたは勇者に選ばれました。  剣と魔法がある異世界[コエシステンツァ]  を救って下さい。』 その意味を彼は理解していなかった。 知らなかった…のである。なぜなら 今までアニメやゲームは聞いたことある程度の いわゆる非オタだった。 あまりにもな知らなさに女神は もう一人の転生者にすぐ会えるよう にし、無事を,祈りつつおくった。 異世界にいき悠太は、 もう一人の転生者であり、賢者の 在原瑠花(ありはら るか)に出会う。 瑠花は彼と同じ高校の同級生で ゲーム三昧のアニメ観まくり人生 をおくっていた。しかし、 彼と同様に強烈な閃光により意識を失う。 そして女神から、賢者となり魔法で勇者を 支える使命をたくされていた。 彼の異世界についての知識がなさすぎる ことに驚きつつも、全力で支えることを 決意した。 クラスメイトと再会していき、世界を救う意味を 見つけていく異世界初心者ファンタジー。

処理中です...