亡国の草笛

うらたきよひこ

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第七章 盛夏の逃げ水

第百五十七話 盛夏の逃げ水(22)

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 その後何があったというと、あまりにも急展開過ぎてエリッツはまたぼんやりと口を開けたまま頭を整理する時間が必要だった。
 エリッツが反旧アルメシエを掲げる周りの団体ととりあえず手を組んだらどうかと提案したわけだが、総長は即座に難色を示した。理由はよくわからないが、たいした事情ではなさそうだ。組織というのは巨大化するほど面倒ごとが増える。その程度のことだろう。ライラも総長同様にあまり乗り気ではなかったが、隊員たちの「こっち側で争って城に攻め入る前に疲弊するくらいなら」という意見にうなずく形で落ち着いた。どういうわけか隊員たちも「その方がまだマシかも」くらいの温度感である。
「わかった、わかった。ちょっとあいつらの頭を連れてこい。後、隊長も全員集合! 悪いけどみんなちょっと場所空けてね」
 総長の声にライラの隊員たちがすぐ動き出す。カードゲームをしていたメンバーも衣服を持って立ちあがった。服を着て出ていけばいいのになぜかそのままである。後で続きをやるつもりだろうか。
 エリッツとアルヴィンも場所をあけるためにテントの外に出ようと腰をあげたが、総長に「きみたちはここにいること」と引きとめられた。
「レジスの軍人がこっちにいるってのはアドバンテージなんだな」と、一人でうなずいている。
 なるほど。こちらにはレジス軍の情報もあるぞというはったりに使うのか。エリッツはまた軍人のような顔をして座ってなければならないのかとちょっと憂鬱になる。ライラは本当に使い出のある買い物をしたようだ。
 そこからはもう大変だった。団体名がおかしいだけあって集まってきたどの組織の頭もクセが強い。総長もおかしな人だが、方向性の違う変な人が何人もいるとなると本当に収拾がつかない。総長やライラがはじめ乗り気じゃなかったのもうなずける。他の隊の隊長たちもうんざりしたように、頭たちの言い争いを眺めていた。
 その面々を見てエリッツは総長は人望もさることながら人選が的確なんだろうと思った。隊長たちと他の団体の頭たちとはなんというか、雰囲気が全然違う。誤解を恐れずにいうなら隊長たちはみな賢そうだ。先ほどのお祭り騒ぎではめを外して騒いでいた人の顔も何人か見かけるが、少なくともこの場ではわきまえた様子で座っている。つまり他の団体の頭たちは何というかちょっと……。その先を言葉にしてはいけない気がした。
「組むのはいいが、うちの旗を持って先頭に立たせてもらうってのは譲れない」
 例の「荒野の獅子」である。組織に獅子と名付けるのも納得の筋骨隆々とした大男だ。名前通り獅子のような生き物が大きく爪を振りあげている旗を広げて見せてきた。なんで話し合いの場に旗を持ってきたんだろう。
「いや、そんなダサい旗を前に出すのかよ。そんなら俺は降りるね」
 確か「砂炎団」と名乗っていた。細身でクールな印象の若い男だが、少し神経質そうだ。
「ダサいとはなんだ!」
 すぐさま獅子が吠えかかる。
「静かにしてよ。今は旗なんてどうでもいいでしょ」
 どこの組織か忘れてしまったが、女性の頭もいる。身綺麗にしているが大柄で強そうだ。そして旗がどうでもいいのはエリッツも同意見である。
「その前に分け前はどうするんだよ、勝ったときの分け前」
 これは「岩中砂塵」の頭である。術士なのだろうか。戦場には不釣り合いのひょろりとした小男だ。そして名前通り砂塵のごとく細かなことを言ってくる。分け前とは一体何を分けるのだろう。勝つと宝物か何かが手に入るのだろうか……エリッツは首をかしげる。土地や利権のようなものの話をしているのかもしれない。それでも今話すべきなのかは大いに疑問だ。
「畑の世話があるから出撃はもうちょっと先にならないかね」
 先の話題にはでなかったが、この「翔天地」という団体の頭にいたっては何をするためにこの岩場に立てこもっているのかわからない。体こそ軍人のようにたくましいが物腰が隠居老人のようにやわらかい。しかしこの荒地にきちんと育つ畑を持っているとは別の才能がありそうだ。
 それからもしばらく集まった頭たちは好き放題にしゃべっていた。総長は黙って騒ぎを聞いているだけだ。はじめこそ面倒くさそうにしていたものの、今はむしろ興味深そうに頭たちの言い争いを見物している。いつまでこのまま放っておくつもりなのか。のんびりしていることに定評のあるエリッツもさすがに焦れてくる。そんな細かいことを言い争っている場合なのだろうか。
「なぁ、きみたち、そんなにしゃべったらのどが乾くだろう。まあ、ちょっと飲めよ」
 ようやく口を開いたかと思ったら、開き直ってしまったのか、クッションに体をもたせかけ、ずいぶんとくつろいだ様子で酒瓶を掲げている。
「話し合いに呼んだんじゃないの?」
「俺はあんたと仲良く飲むために来たんじゃないよ」
 さっそく猛攻撃をくらっている。総長は渋い顔で両耳を覆った。全然ダメじゃないか。
 その膠着状態の中、突然一人の女性がテント中に文字通り駆けこんできた。履物を脱いでいなかったので、近くにいたどこかの隊長に注意されている。それでも急いでいるのか、履物を脱いで投げ捨てると「ちょっとごめんよ」といいながらずんずんと中に入ってくる。だが頭たちは相変わらずやいやいと言い争ったままだ。
「団長! 大変だ」
 仕方なく女性は大声をあげる。振り返ったのはあの砂炎団の男である。
「なんだ。どうした? 今重要な話し合いをしているところなんだが」
 旗とか分け前とかくだらないことでもめているだけじゃないかとエリッツは心の中でつっこんだ。
「シシラから報告があった。アシュレイア王女が城に戻ったらしい」
『なんだと!』
 その場の頭たちは先ほどまでのもめごとを忘れたかのように声をそろえた。
「あり得ない」
「殺されてしまう」
 まるでどうしたらいいのかという問いの答えを探すかのように各々顔を見合わせたりしている。
「ふうん。あり得ないな。その情報は確かなのか」
 総長も不思議そうな顔をして報告に来た女性を見ていた。どうでもいいがまだ半裸のままだ。そういえば、そのことに関して誰も話題にしない。この人は元からそういう人だという気がしてくるから妙である。
「疑ってんのか。シシラは旧アルメシエ軍にいるうちの内通者だよ。情報の筋は確かだ」
 大きく胸を張る女性に砂炎団の団長は「余計なことまで教えるんじゃない」と舌打ち混じりにたしなめた。
「なるほど。それならば確かだろうな」
 総長は驚くほど素直にうなずいたが、ライラは「総長……」と注意をうながすかのように声をあげた。
 軍に内通者まで持っているということで負けたように感じたのか、他の頭たちはおもしろくなさそうな顔をしている。
「ねぇ、アシュレイア王女ってアルメシエのお姫様ってこと? なんで城に戻ったら殺されちゃうんだろう」
 エリッツは好奇心が抑えきれず隣のアルヴィンの腕をつつく。
「そんなの僕も気になるよ」
 エリッツと同じ立場のアルヴィンが知るはずもない。これまでの話で亡くなったアルメシエ王の子と叔父にあたる人物、そしてこの人たちのように旧アルメシエに反発する組織で争っているのはわかったが、命を狙われている王女がいるのは知らなかった。エリッツは自然と総長を見る。総長はエリッツの視線を受けて小さくうなずいた。
「そうだな。手を組むにあたってこの状況への認識をお互い確認しておいた方がいい」
 勝手に手を組むことが決まっている。不思議なことに異を唱える者は誰もいなかった。
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