亡国の草笛

うらたきよひこ

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第七章 盛夏の逃げ水

第百五十話 盛夏の逃げ水(15)

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 ラットル村に入るなり、ライラは何事かと振り返った男を馬上から容赦なく斬りつけた。何から何まで早い。もちろん状況を見れば斬られた男が賊なのは明らかである。
 その場には男に殴られていたらしき若い女性がぐったりと横たわっていた。衣服は乱れ、身につけていたと思われる宝飾品が散らばって場違いに輝いている。きっと大切なものだったのだろう。女性は必死にその一端を握りしめたまま呻いていた。
 周りを見渡すと扉を破られた家屋、踏み荒らされた小さな花壇や畑、女性のように暴行を受けて倒れている人も何人かいる。先ほどこの村は自治がしっかりしていると聞いたが、確かに武装している人も何人か倒れていた。
 幸いこの辺りの火の手は弱い。家屋は石造りで燃えにくいのだろう。それでも破られた窓からは煙があがっていた。
「後で必ず手当てに戻る」
 言うなりライラは憤怒の形相で村の中央に向かって馬を駆る。結った黒髪が馬の尾のようにひるがえった。
「隊長怒ってますね」と、隊の若い男性が馬から降りて「火の届かないところでじっとしていてください」と女性をそっと抱えあげた。それから「エリッツさんは隊長の援護をお願いします。すぐに追いますから」と、エリッツを見る。
「わかりました、えっと……」
「ローガンです。隊長によろしく」
 真っ先にライラに名前を呼ばれた人だ。そういえば、昨日一番最初にテントに入ってきたのもこの人だった気がする。物腰はやわらかいが、ライラに次ぐ重要人物なのかもしれない。
 急いでライラに続こうとしたエリッツをアルヴィンが呼びとめる。
「エリッツ、待って。術士がいるよ」
 振り返るとアルヴィンは騒ぎが大きい村の中央辺りを目をすがめてじっと見ている。
「あの火を放っているのは術士だ」
 そういえば見る人が見れば戦場に術士がいるかどうかはすぐにわかると聞いた。大変だ。エリッツはすぐさまライラを呼びながら馬を駆る。
「何? あの中に術士が? ミリー、見えるか?」
 ライラの後ろに控えていた年配の女性に声をかける。年配――とはいっても、鍛えあげられた肉体は青年のような若々しさだ。そのミリーが村の中央辺りに目を凝らす。どうやらこの隊の術士のようだ。
「私、あまり目がよくないけど、確かに術素に動きがあるのがわかる」
「三点だ。術素の流れに三点の発生源がある。少なくとも術士は三人いる」
 そこに遅れてきたアルヴィンが割って入る。
「三人も? 何だって術士の才がありながら賊に堕ちるんだ」
 ライラが理解不能というように顔をしかめる。
「あなた、アルヴィン? 目がいいのね。私の目になってくれない? 狙いが定まれば討取る自信があるの」
 ミリーは腕が鳴るとばかりに火の手があがっている方向を見ている。
「かまわないよ。お役に立てるなら光栄」
 術脈がロックされてから変にやさぐれていたアルヴィンは満更ではなさそうな顔だ。
 エリッツも借りている長剣の柄に手をかけた。急いで工面したものらしく名品とはいいがたいが、どんな武器でも戦えるようワイダットには教わっている。いわく、道具が悪いというのはただのいいわけ――だそうだ。とはいえ、万が一折れてしまってはどうにもならない。とりあえず扱いやすそうなゼインのダガーナイフはアルヴィンに譲った。
 エリッツはアルヴィンとミリーの援護にまわるつもりで二人の背後につく。ライラは術士の件はミリーとアルヴィンにまかせたとばかりにいつのまにか先に進んでいた。
 村の中央辺りは「村」というより「街」といった様相である。多くの店が並び、椅子のある小さな広場など人の集まれそうな場所もある。それが今や荒らされてめちゃくちゃになっていた。
「何だ、てめぇら」
 勢いよく乗り込んできたライラに略奪行為をおこなっていた連中は早々に怒声をあげはじめる。怪我を負っている人々は何が起こっているのかと怯えた目でエリッツたちを見あげた。敵の敵が味方とは限らないからだろう。
 ライラの判断も行動も早かったが、こちらがたったの六人といのは少なすぎたんじゃないだろうか。賊の数は視界に入るだけで三十はいる。
 そこにローガンが戻り、小声で「あ、これからなんですか」と軽い調子でつぶやいた。すぐにもう一人の人物があきれたように「ローガン、てめぇ面倒くさくて時間稼ぎしてたのか」と、文句を言った。
 消去法でこの人がダンだろう。壮年のたくましい男性である。エリッツのより二倍近い長さの大きな長剣をすでに抜身で握っている。くだけた雰囲気をかもしているが、隙がまったくない。さすがライラがこの少数の中に選んだ隊員だ。
「何だか知らねぇが、邪魔臭い。こいつらを先に殺せ!」
 あれが賊のボスだろうか。かけ声に散らばっていた連中がエリッツたちの前に目をギラギラとさせて集まってくる。あの中に術士がいるなら無防備につっこんで行くのは危険だ。剣やナイフのような物理的な武器とはわけが違う。しかし見た目ではまったくわからない。さすがのライラも何かを思案するような顔で敵の出方を見ているようだ。
 ちらりとアルヴィンの方を見るとすでにミリーと目で合図を送り合っていた。何をするつもりだろうと思った瞬間、なんと先陣を切ったのはアルヴィンだ。案外身軽な様子で馬を飛び降り、手近にいた賊の一人に切りかかる。悪くない太刀筋だが。
「アルヴィン、危ない!」
 ダガーナイフで敵に傷を負わせたアルヴィンだったが、すぐにその仲間たちに周りを取り囲まれてしまう。
エリッツはアルヴィンを助けようとすぐさま馬をとびこませた。その瞬間、派手に血飛沫があがり、エリッツは思わず退がる。
 アルヴィンが初めに切りかかったやや小柄な男がまるで布切れのようにその場で裂けて倒れこんだ。
「ひぃい」
 周りにいた賊たちは悲鳴をあげて散り散りにその場を離れる。
「一人目……」
 後ろのミリーの低いつぶやきにエリッツはぞっとする。最初から自信ありげではあったが、確かになかなかいい腕をした術士のようだ。相手側はミリーのことに気づいていないらしく辺りをきょろきょろと見渡し、術士を探しているようだ。ミリーは動きが少ないうえにさりげなく体の大きいダンの背後にまわっていた。こうなるとアルヴィンのように「見える」だけでもすごく有利なことなのだとわかる。
 ふと気づくとアルヴィンは先ほどの場所から消えており、別の賊に切りかかっていた。走るのが得意なだけあって動きが早い。
「こいつだ。こいつが術を使いやがる!」
 切りかかられた男は腕から血を流しながらアルヴィンを指さす。周りはアルヴィンをとらえようと集まってくるが、その間にも腕を切られた男が血飛沫をあげながら倒れこむ。
「うわあぁ」
 アルヴィンを狙った賊たちはすぐさまその場を離れて逃げ出した。いきなり体を裂かれるかもしれないという恐怖は生半可なことではない。この見た目のひどさはそういうけん制の意味もあるのだろう。エリッツも正直怖い。術士に命を狙われるのだけは嫌だ。
「これは自滅するな」
 ライラは冷めた口調でつぶやいた。確かにアルヴィンを捕まえようと躍起になっている連中以外はこわごわとそれを眺めているだけだ。アルヴィンが術士を見つけて印をつけ、それをミリーが術で攻撃するという作戦のようだが、心理的なものも含めてその効果は絶大だ。
「ばかやろう。誰が術を使うのかは関係ねぇ、全員殺せ!」
 先ほどのボスらしき男が目が覚めたかのように大声を張りあげる。気づかれたか。
「ミリー! 炎式だ」
 突然、アルヴィンがミリーを振り返る。
 直後、巨大な炎の球のようなものがこちらに向かってくる。
「わかっていれば簡単なことよ」
 ミリーの自信に満ちた声と同時に炎の球は空気に溶けるように消えてしまった。
「あの女だ。あいつを先に殺せ」
 声を張る人物を見ると腕から血を流している。いつの間にかアルヴィンが印をつけていた。あれが三人目の術士だ。
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