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第一章 (仮)
第九十一話 再会
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坑道は確かに複雑だった。こんなところをひとりで奥まで行こうとしたことに今さらながらぞっとする。
しかしシェイルはなぜか迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。横穴もたくさん通過したがほとんど足をとめない。
「アルヴィンたちがいるところがわかるんですか」
「アルヴィンたちかどうかわかりませんが、この先に確かに誰かいるようです。帝国兵かもしれませんが」
それは危険ではないか。
エリッツは耳をすませたり、目をこらしたりしてみたが、暗い坑道の先に人がいる気配を感じ取ることはできなかった。
「何か見えるんですか」
「術素の流れがわずかに見えます。残滓のようですね」
そういえば先ほどから聞く「術素」という言葉は文脈から術をつかうときの元のようなものだと解釈していたが、まさか人の目に見えるものとは思わなかった。エリッツは目をすがめたり、見開いたりしてみるがやはり前方はただの薄暗がりである。
「本当にごくわずかな量なのであまり情報が得られません。坑道内の地図もありませんからとにかく行ってみるしかないですね」
そういいながらさっさと進んで行ってしまう。背が高いので歩幅もエリッツより広い。走るよりはマシだが並んで歩くのも少し大変だ。
少し寒くなってきたように感じる。日が当たらないので気温があがらないのだろう。まだ先は長いのだろうか。
これは誰にも嫌味を言われることなく話を聞くチャンスかもしれない。確か聞きたいことがいろいろとあったはずだ。毒杯のこと、北の王と入れかわったときのこと、それにマリルがローズガーデンのどこにいたのか、あとロイから逃れたときのことも知りたかったが、昨夜の様子からまだあまり聞かない方がいいのかもしれない。
「あの、あのあの」
エリッツはまた質問の優先順位がつかず、無駄に焦って言葉がでない。
「エリッツ、落ち着いてください。どうしたんですか」
「聞きたいことがあるんですっ」
前のめりに話しはじめたエリッツに若干身を引きつつも「何でしょう」と耳をかたむけてくれた。
「ええと、――恋人はいますか」
しまった。
かなり個人的事情による優先順位の高いことを口走ってしまった。ただし間違いなく今ここで聞くことではない。
「急にどうしたんです? 大丈夫ですか」
やはり頭の具合を心配される。
「す、すみません。ちょっと間違えました。そうじゃないんです。聞かなかったことにしてください」
いや、聞いてしまったからには返答を聞きたいかもしれない。
「あ、いや、やっぱりその――、恋人――」
「きみ、こんな状況でも頭の中がピンク色なのはさすがにどうにかならないの」
慣れ親しんだ嫌味が聞こえた。
「アルヴィン……」
いつの間にか前にアルヴィンがいる。かなり疲れた顔をして、全身土埃で汚れていた。
エリッツのことを一瞥してわざわざ顔をしかめる。そういえばエリッツもかなり汚れていたのだった。
「アルヴィン何やってたの。心配したんだよ」
エリッツはここまで来た事情を大雑把に説明した。思い返せば深い考えなく坑道の奥に走りこんできただけの話で別段「説明」というほどのこともない。アルヴィンの反応も薄い。それよりも気がかりなことがあるようで疲れた顔の陰がいっそう濃く見える。
「アイザック・デルゴヴァの武器庫がありました」
エリッツの「説明」にただうなずいていたアルヴィンは急に顔を引きしめると、シェイルへそう報告をした。
「お疲れ様でした。でもアルヴィン、それはあなたの仕事じゃありませんよね」
「申し訳ありません」
しおらしくしているアルヴィンをたぶん初めて見る。いつも何もわからない子供のふりをしてうやむやにしているのにめずらしい。アルヴィンは正規の術兵ではないし、エリッツと同じく部外者である。
「後の二人はどうしたんです?」
「すみません。僕のせいで二人はここを出られなくなりました。今は武器庫の中のチェックと見張りをしています。かなりの量の銃火器が隠してありました」
アルヴィンが大人に見える。エリッツはなんだかおもしろくない。エリッツだけが頭の中がピンク色の役立たずみたいではないか。
「やはりそうでしたか。帝国軍の手に渡るのは避けたいですね。一度見に行きましょう」
想定内なのか。そういえば先ほどもシェイルはアイザック・デルゴヴァが何かを隠すなら、というような話をしていた。エリッツだけがよくわかっていない。ますますおもしろくない。
「こっちです」
さらに奥へと駆けてゆくアルヴィンを追い、エリッツたちがたどり着いたのは一見すると横穴の入り口のようなところだった。
「ここに扉状の岩があり、見つけるのに時間がかかりました」
周囲には砂のようなものが山積されている。術で扉を粉々にしたのだろうか。エリッツはしゃがみこんでそれに触れてみる。粒子の細かさはバラバラで石や小岩も混じっているがほとんどが砂といって差し支えない。
これはアルヴィンがやったのだろうか。さすがに後二人いるという斥候の術兵だろう。だが、レジスの公式のどの術式で岩が砂になるのかわからない。
「お砂遊びは後にしてよ」
シェイルは武器庫というのが気がかりなのかさっさと中に入ってしまったが、アルヴィンはなぜかエリッツの背後で待っている。
「これ、アルヴィンがやったの?」
エリッツが砂を手からこぼして見せるが、アルヴィンは黙っている。なんだか思いつめたような表情だ。
「あ、お腹がすいた?」
エリッツはあの小麦粉を練って焼きかためただけの食べ物をまだ背負っていた。途中で捨てるべきだったかもしれないが、ここまで運んだ苦労を思うとできなかったのだ。だがやはり食べる手段は思いつかない。
「お腹はすいたけど、それは後でいいよ」
相変わらずアルヴィンは何かを迷うような表情でエリッツを見ている。
「どうかしたの?」
「ちょっとエリッツに聞きたいことがあるんだけど」
いいながら軽く視線をそらす。
「え、何? あらたまって」
「あのさ――」
まだアルヴィンはそわそわと視線をさまよわせた。何ごとも思い切りのいい性格なのにめずらしい。
エリッツが辛抱強く待っているとアルヴィンは意を決したように口を開く。
「エリッツはどうやってあの人の弟子になったの?」
あの人、というとシェイルのことしかないだろう。
「『弟子にしてください』っていったら『いいですよ』って……あ、でもボードゲームを教えてもらうつもりだったからちょっと周りは勘違いしてると思うんだけど」
アルヴィンは少し思惑が外れたような表情で「そうなんだ」とつぶやく。
「僕もあの人にいろいろ教わりたいことがあるんだけどな」
「え、弟子?」
「うん、そう」
「だめだよ」
エリッツはほぼ反射的に拒否していた。アルヴィンは面食らったように体を引く。
「エリッツの邪魔はしないつもりだよ」
「でも、だって、シェイルはもう術士じゃないし、何を教わるの?」
「じゃ、別にボードゲームってことにしてもいい」
アルヴィンは若干面倒くさそうに言い捨てた。
エリッツは焦燥感にかられる。アルヴィンみたいに気の利く弟子ができたらエリッツはますます立場がない。捨てられてしまう。
「だめ、絶対だめ」
「ええー、何それ」
アルヴィンは非難がましく声をあげるが、エリッツは何度も「だめ」と首をふった。
「というか、きみさ、これ以上どうするつもりなんだよ。あの人に恋人がいるかどうかは知らないけど、婚約者がいるでしょ」
エリッツは動きをとめて無意識に首をかしげてアルヴィンを見る。
「何その小動物みたいな顔」
しばらく沈黙が流れた。
「あの、もしかして知らなかった、とか?」
アルヴィンはなぜかおびえたような表情でエリッツを見る。
「僕は、ほら、オズバルさんのところに世話になってたから。本人から聞いたわけじゃないよ」
まだエリッツは事態を理解できずただ首をかしげていた。
しかしシェイルはなぜか迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。横穴もたくさん通過したがほとんど足をとめない。
「アルヴィンたちがいるところがわかるんですか」
「アルヴィンたちかどうかわかりませんが、この先に確かに誰かいるようです。帝国兵かもしれませんが」
それは危険ではないか。
エリッツは耳をすませたり、目をこらしたりしてみたが、暗い坑道の先に人がいる気配を感じ取ることはできなかった。
「何か見えるんですか」
「術素の流れがわずかに見えます。残滓のようですね」
そういえば先ほどから聞く「術素」という言葉は文脈から術をつかうときの元のようなものだと解釈していたが、まさか人の目に見えるものとは思わなかった。エリッツは目をすがめたり、見開いたりしてみるがやはり前方はただの薄暗がりである。
「本当にごくわずかな量なのであまり情報が得られません。坑道内の地図もありませんからとにかく行ってみるしかないですね」
そういいながらさっさと進んで行ってしまう。背が高いので歩幅もエリッツより広い。走るよりはマシだが並んで歩くのも少し大変だ。
少し寒くなってきたように感じる。日が当たらないので気温があがらないのだろう。まだ先は長いのだろうか。
これは誰にも嫌味を言われることなく話を聞くチャンスかもしれない。確か聞きたいことがいろいろとあったはずだ。毒杯のこと、北の王と入れかわったときのこと、それにマリルがローズガーデンのどこにいたのか、あとロイから逃れたときのことも知りたかったが、昨夜の様子からまだあまり聞かない方がいいのかもしれない。
「あの、あのあの」
エリッツはまた質問の優先順位がつかず、無駄に焦って言葉がでない。
「エリッツ、落ち着いてください。どうしたんですか」
「聞きたいことがあるんですっ」
前のめりに話しはじめたエリッツに若干身を引きつつも「何でしょう」と耳をかたむけてくれた。
「ええと、――恋人はいますか」
しまった。
かなり個人的事情による優先順位の高いことを口走ってしまった。ただし間違いなく今ここで聞くことではない。
「急にどうしたんです? 大丈夫ですか」
やはり頭の具合を心配される。
「す、すみません。ちょっと間違えました。そうじゃないんです。聞かなかったことにしてください」
いや、聞いてしまったからには返答を聞きたいかもしれない。
「あ、いや、やっぱりその――、恋人――」
「きみ、こんな状況でも頭の中がピンク色なのはさすがにどうにかならないの」
慣れ親しんだ嫌味が聞こえた。
「アルヴィン……」
いつの間にか前にアルヴィンがいる。かなり疲れた顔をして、全身土埃で汚れていた。
エリッツのことを一瞥してわざわざ顔をしかめる。そういえばエリッツもかなり汚れていたのだった。
「アルヴィン何やってたの。心配したんだよ」
エリッツはここまで来た事情を大雑把に説明した。思い返せば深い考えなく坑道の奥に走りこんできただけの話で別段「説明」というほどのこともない。アルヴィンの反応も薄い。それよりも気がかりなことがあるようで疲れた顔の陰がいっそう濃く見える。
「アイザック・デルゴヴァの武器庫がありました」
エリッツの「説明」にただうなずいていたアルヴィンは急に顔を引きしめると、シェイルへそう報告をした。
「お疲れ様でした。でもアルヴィン、それはあなたの仕事じゃありませんよね」
「申し訳ありません」
しおらしくしているアルヴィンをたぶん初めて見る。いつも何もわからない子供のふりをしてうやむやにしているのにめずらしい。アルヴィンは正規の術兵ではないし、エリッツと同じく部外者である。
「後の二人はどうしたんです?」
「すみません。僕のせいで二人はここを出られなくなりました。今は武器庫の中のチェックと見張りをしています。かなりの量の銃火器が隠してありました」
アルヴィンが大人に見える。エリッツはなんだかおもしろくない。エリッツだけが頭の中がピンク色の役立たずみたいではないか。
「やはりそうでしたか。帝国軍の手に渡るのは避けたいですね。一度見に行きましょう」
想定内なのか。そういえば先ほどもシェイルはアイザック・デルゴヴァが何かを隠すなら、というような話をしていた。エリッツだけがよくわかっていない。ますますおもしろくない。
「こっちです」
さらに奥へと駆けてゆくアルヴィンを追い、エリッツたちがたどり着いたのは一見すると横穴の入り口のようなところだった。
「ここに扉状の岩があり、見つけるのに時間がかかりました」
周囲には砂のようなものが山積されている。術で扉を粉々にしたのだろうか。エリッツはしゃがみこんでそれに触れてみる。粒子の細かさはバラバラで石や小岩も混じっているがほとんどが砂といって差し支えない。
これはアルヴィンがやったのだろうか。さすがに後二人いるという斥候の術兵だろう。だが、レジスの公式のどの術式で岩が砂になるのかわからない。
「お砂遊びは後にしてよ」
シェイルは武器庫というのが気がかりなのかさっさと中に入ってしまったが、アルヴィンはなぜかエリッツの背後で待っている。
「これ、アルヴィンがやったの?」
エリッツが砂を手からこぼして見せるが、アルヴィンは黙っている。なんだか思いつめたような表情だ。
「あ、お腹がすいた?」
エリッツはあの小麦粉を練って焼きかためただけの食べ物をまだ背負っていた。途中で捨てるべきだったかもしれないが、ここまで運んだ苦労を思うとできなかったのだ。だがやはり食べる手段は思いつかない。
「お腹はすいたけど、それは後でいいよ」
相変わらずアルヴィンは何かを迷うような表情でエリッツを見ている。
「どうかしたの?」
「ちょっとエリッツに聞きたいことがあるんだけど」
いいながら軽く視線をそらす。
「え、何? あらたまって」
「あのさ――」
まだアルヴィンはそわそわと視線をさまよわせた。何ごとも思い切りのいい性格なのにめずらしい。
エリッツが辛抱強く待っているとアルヴィンは意を決したように口を開く。
「エリッツはどうやってあの人の弟子になったの?」
あの人、というとシェイルのことしかないだろう。
「『弟子にしてください』っていったら『いいですよ』って……あ、でもボードゲームを教えてもらうつもりだったからちょっと周りは勘違いしてると思うんだけど」
アルヴィンは少し思惑が外れたような表情で「そうなんだ」とつぶやく。
「僕もあの人にいろいろ教わりたいことがあるんだけどな」
「え、弟子?」
「うん、そう」
「だめだよ」
エリッツはほぼ反射的に拒否していた。アルヴィンは面食らったように体を引く。
「エリッツの邪魔はしないつもりだよ」
「でも、だって、シェイルはもう術士じゃないし、何を教わるの?」
「じゃ、別にボードゲームってことにしてもいい」
アルヴィンは若干面倒くさそうに言い捨てた。
エリッツは焦燥感にかられる。アルヴィンみたいに気の利く弟子ができたらエリッツはますます立場がない。捨てられてしまう。
「だめ、絶対だめ」
「ええー、何それ」
アルヴィンは非難がましく声をあげるが、エリッツは何度も「だめ」と首をふった。
「というか、きみさ、これ以上どうするつもりなんだよ。あの人に恋人がいるかどうかは知らないけど、婚約者がいるでしょ」
エリッツは動きをとめて無意識に首をかしげてアルヴィンを見る。
「何その小動物みたいな顔」
しばらく沈黙が流れた。
「あの、もしかして知らなかった、とか?」
アルヴィンはなぜかおびえたような表情でエリッツを見る。
「僕は、ほら、オズバルさんのところに世話になってたから。本人から聞いたわけじゃないよ」
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