亡国の草笛

うらたきよひこ

文字の大きさ
上 下
91 / 236
第一章 (仮)

第九十一話 再会

しおりを挟む
 坑道は確かに複雑だった。こんなところをひとりで奥まで行こうとしたことに今さらながらぞっとする。
 しかしシェイルはなぜか迷うことなく奥へ奥へと進んでいく。横穴もたくさん通過したがほとんど足をとめない。
「アルヴィンたちがいるところがわかるんですか」
「アルヴィンたちかどうかわかりませんが、この先に確かに誰かいるようです。帝国兵かもしれませんが」
 それは危険ではないか。
 エリッツは耳をすませたり、目をこらしたりしてみたが、暗い坑道の先に人がいる気配を感じ取ることはできなかった。
「何か見えるんですか」
「術素の流れがわずかに見えます。残滓のようですね」
 そういえば先ほどから聞く「術素」という言葉は文脈から術をつかうときの元のようなものだと解釈していたが、まさか人の目に見えるものとは思わなかった。エリッツは目をすがめたり、見開いたりしてみるがやはり前方はただの薄暗がりである。
「本当にごくわずかな量なのであまり情報が得られません。坑道内の地図もありませんからとにかく行ってみるしかないですね」
 そういいながらさっさと進んで行ってしまう。背が高いので歩幅もエリッツより広い。走るよりはマシだが並んで歩くのも少し大変だ。
 少し寒くなってきたように感じる。日が当たらないので気温があがらないのだろう。まだ先は長いのだろうか。
 これは誰にも嫌味を言われることなく話を聞くチャンスかもしれない。確か聞きたいことがいろいろとあったはずだ。毒杯のこと、北の王と入れかわったときのこと、それにマリルがローズガーデンのどこにいたのか、あとロイから逃れたときのことも知りたかったが、昨夜の様子からまだあまり聞かない方がいいのかもしれない。
「あの、あのあの」
 エリッツはまた質問の優先順位がつかず、無駄に焦って言葉がでない。
「エリッツ、落ち着いてください。どうしたんですか」
「聞きたいことがあるんですっ」
 前のめりに話しはじめたエリッツに若干身を引きつつも「何でしょう」と耳をかたむけてくれた。
「ええと、――恋人はいますか」
 しまった。
 かなり個人的事情による優先順位の高いことを口走ってしまった。ただし間違いなく今ここで聞くことではない。
「急にどうしたんです? 大丈夫ですか」
 やはり頭の具合を心配される。
「す、すみません。ちょっと間違えました。そうじゃないんです。聞かなかったことにしてください」
 いや、聞いてしまったからには返答を聞きたいかもしれない。
「あ、いや、やっぱりその――、恋人――」
「きみ、こんな状況でも頭の中がピンク色なのはさすがにどうにかならないの」
 慣れ親しんだ嫌味が聞こえた。
「アルヴィン……」
 いつの間にか前にアルヴィンがいる。かなり疲れた顔をして、全身土埃で汚れていた。
 エリッツのことを一瞥してわざわざ顔をしかめる。そういえばエリッツもかなり汚れていたのだった。
「アルヴィン何やってたの。心配したんだよ」
 エリッツはここまで来た事情を大雑把に説明した。思い返せば深い考えなく坑道の奥に走りこんできただけの話で別段「説明」というほどのこともない。アルヴィンの反応も薄い。それよりも気がかりなことがあるようで疲れた顔の陰がいっそう濃く見える。
「アイザック・デルゴヴァの武器庫がありました」
 エリッツの「説明」にただうなずいていたアルヴィンは急に顔を引きしめると、シェイルへそう報告をした。
「お疲れ様でした。でもアルヴィン、それはあなたの仕事じゃありませんよね」
「申し訳ありません」
 しおらしくしているアルヴィンをたぶん初めて見る。いつも何もわからない子供のふりをしてうやむやにしているのにめずらしい。アルヴィンは正規の術兵ではないし、エリッツと同じく部外者である。
「後の二人はどうしたんです?」
「すみません。僕のせいで二人はここを出られなくなりました。今は武器庫の中のチェックと見張りをしています。かなりの量の銃火器が隠してありました」
 アルヴィンが大人に見える。エリッツはなんだかおもしろくない。エリッツだけが頭の中がピンク色の役立たずみたいではないか。
「やはりそうでしたか。帝国軍の手に渡るのは避けたいですね。一度見に行きましょう」
 想定内なのか。そういえば先ほどもシェイルはアイザック・デルゴヴァが何かを隠すなら、というような話をしていた。エリッツだけがよくわかっていない。ますますおもしろくない。
「こっちです」
 さらに奥へと駆けてゆくアルヴィンを追い、エリッツたちがたどり着いたのは一見すると横穴の入り口のようなところだった。
「ここに扉状の岩があり、見つけるのに時間がかかりました」
 周囲には砂のようなものが山積されている。術で扉を粉々にしたのだろうか。エリッツはしゃがみこんでそれに触れてみる。粒子の細かさはバラバラで石や小岩も混じっているがほとんどが砂といって差し支えない。
 これはアルヴィンがやったのだろうか。さすがに後二人いるという斥候の術兵だろう。だが、レジスの公式のどの術式で岩が砂になるのかわからない。
「お砂遊びは後にしてよ」
 シェイルは武器庫というのが気がかりなのかさっさと中に入ってしまったが、アルヴィンはなぜかエリッツの背後で待っている。
「これ、アルヴィンがやったの?」
 エリッツが砂を手からこぼして見せるが、アルヴィンは黙っている。なんだか思いつめたような表情だ。
「あ、お腹がすいた?」
 エリッツはあの小麦粉を練って焼きかためただけの食べ物をまだ背負っていた。途中で捨てるべきだったかもしれないが、ここまで運んだ苦労を思うとできなかったのだ。だがやはり食べる手段は思いつかない。
「お腹はすいたけど、それは後でいいよ」
 相変わらずアルヴィンは何かを迷うような表情でエリッツを見ている。
「どうかしたの?」
「ちょっとエリッツに聞きたいことがあるんだけど」
 いいながら軽く視線をそらす。
「え、何? あらたまって」
「あのさ――」
 まだアルヴィンはそわそわと視線をさまよわせた。何ごとも思い切りのいい性格なのにめずらしい。
 エリッツが辛抱強く待っているとアルヴィンは意を決したように口を開く。
「エリッツはどうやってあの人の弟子になったの?」
 あの人、というとシェイルのことしかないだろう。
「『弟子にしてください』っていったら『いいですよ』って……あ、でもボードゲームを教えてもらうつもりだったからちょっと周りは勘違いしてると思うんだけど」
 アルヴィンは少し思惑が外れたような表情で「そうなんだ」とつぶやく。
「僕もあの人にいろいろ教わりたいことがあるんだけどな」
「え、弟子?」
「うん、そう」
「だめだよ」
 エリッツはほぼ反射的に拒否していた。アルヴィンは面食らったように体を引く。
「エリッツの邪魔はしないつもりだよ」
「でも、だって、シェイルはもう術士じゃないし、何を教わるの?」
「じゃ、別にボードゲームってことにしてもいい」
 アルヴィンは若干面倒くさそうに言い捨てた。
 エリッツは焦燥感にかられる。アルヴィンみたいに気の利く弟子ができたらエリッツはますます立場がない。捨てられてしまう。
「だめ、絶対だめ」
「ええー、何それ」
 アルヴィンは非難がましく声をあげるが、エリッツは何度も「だめ」と首をふった。
「というか、きみさ、これ以上どうするつもりなんだよ。あの人に恋人がいるかどうかは知らないけど、婚約者がいるでしょ」
 エリッツは動きをとめて無意識に首をかしげてアルヴィンを見る。
「何その小動物みたいな顔」
 しばらく沈黙が流れた。
「あの、もしかして知らなかった、とか?」
 アルヴィンはなぜかおびえたような表情でエリッツを見る。
「僕は、ほら、オズバルさんのところに世話になってたから。本人から聞いたわけじゃないよ」
 まだエリッツは事態を理解できずただ首をかしげていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

【完結】婚約破棄したら『悪役令嬢』から『事故物件令嬢』になりました

Mimi
ファンタジー
私エヴァンジェリンには、幼い頃に決められた婚約者がいる。 男女間の愛はなかったけれど、幼馴染みとしての情はあったのに。 卒業パーティーの2日前。 私を呼び出した婚約者の隣には 彼の『真実の愛のお相手』がいて、 私は彼からパートナーにはならない、と宣言された。 彼は私にサプライズをあげる、なんて言うけれど、それはきっと私を悪役令嬢にした婚約破棄ね。 わかりました! いつまでも夢を見たい貴方に、昨今流行りのざまぁを かまして見せましょう! そして……その結果。 何故、私が事故物件に認定されてしまうの! ※本人の恋愛的心情があまり無いので、恋愛ではなくファンタジーカテにしております。 チートな能力などは出現しません。 他サイトにて公開中 どうぞよろしくお願い致します!

処理中です...