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第一章 (仮)
第五十四話 忠告
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「状況からアイザックが真っ黒なのは明白なんだけど、証拠を残さない。デルゴヴァ兄弟につく高官たちにもみけされて終わるようもんしかないから強引につかまえたとしてもおそらく無罪放免。オグデリスの方に関しては実はアイザックを通して帝国とつながっているという確信も持てない。もしかしたら兄に利用されているだけかもしれないな。バカそうだし」
そういって「あはは」と感情の入っていない乾いた笑い声を出す。
「こうなったらもうオグデリスのそばに誰かつけて見張りたい、あわよくば何か見つけたい。たとえばお前が寝室で『お兄さんとは仲がいいんですかぁ』とか聞いてやるとか。うん、そうそう、当初はお前が指名されてたんだよ。その役」
「吐き気がするんですが」
「これ、陛下承認済みのマリルさんの指示なんで文句は国王陛下に。『もしもローズガーデンまでに何も証拠が出てこなかったらエリッツ・グーデンバルドをオグデリスに近づけて探れ』ってさ。まぁ、でも安心しろ。お前が失踪したんで信用のおけそうな代役を探してるところだ。それにシェイルさんが猛反対してるからお前が今ここに帰ってきたところでその役目はまわってこないはず。あの人、結構融通きかないからな。しかもお前、今日中に走って帰るんだろ。とはいっても信用のおける男娼って難しいよな。そんなんいるか」
それでシェイルは「一応」エリッツを探しに来たのだ。国王陛下の指示なら仕方ないとはいえ危ないところだった。
しかし信用のおける男娼探しというのも大変そうだ。リファの紹介があればもしかしたら見つかるかもしれないが、エリッツがやるといえばシェイルの助けになるだろうか。
「でもアイザックさんの方が危ないって聞いたんですけど」
「危ないもなにも――」いいながらゼインは一口紅茶をすする。
「しっぽをつかむためにローズガーデンに呼んだんだ。危ないことをしていただくのを待ってんだよ。ある意味賭けだな。お前は知らないと思うが、こっちは何年もアイザック・デルゴヴァを追ってんだ」
けだるそうに立ちあがるとゼインは戸棚から焼き菓子ののった皿を持ってきた。不格好な形から街で買ってきたものではなさそうである。すっかり料理にはまっているのがうかがえた。
アルヴィンの言葉を信じるなら、アイザック氏はゼインたちのもくろみ通りに危ないことをする予定なのだろう。おそらくなんらかの手段で北の王を暗殺するつもりだ。
「早くメシ食えよ。菓子もあるんだからな。来ることが分かってたらもっといいもの作ったんだけど。連絡くらいよこせよ」
ぶつくさいいながらも食事が終わりそうなエリッツのために紅茶をいれてくれる。はちみつの瓶もそえてくれた。
「さっきいったアルヴィンって子がアイザックさんが北の王を暗殺しようとしてるっていってるんだけど」
いいつけを守りエリッツははちみつたっぷり紅茶に落とす。きらきらときらめくはちみつを見ているとずっと会えていない師の手を思い出す。またどさくさにまぎれてなめさせてもらおう。
「可能性のひとつとしてはあるけど、さてどう動いてくるのか。どちらにしろ明後日だ」
めずらしく感慨深げにしている。本当に長いことデルゴヴァ兄弟のことを追っていたのだろう。
「あ、ところでさ」
ゼインが思い出したように身を乗り出した。
「北の王ってどんな感じだった?」
なんだかんだといって興味があるのだ。存在すら不確かとされている亡国の王族である。興味を持つなという方が無理だろう。
「どんなっていうか、えーと、優しかったです」
エリッツは無意識に自身のくちびるに触れる。
「体の自由もきかなかったし目もあけられなかったんで、全然わからなかったんですけど、なんというか、いい人でした。まぁ、その、薬を飲ませてもらって」
自然と顔が熱くなる。あの感じをどう表現していいのかエリッツにもよくわからない。
「お前さぁ」
ゼインは焼き菓子をひとつつまむとあきれたように深いため息をつく。
「惚れっぽいっていうか、気が多いっていうか、そういうのあんまよくないぞ」
口の中をもごもごとさせながらゼインが説教するような口ぶりでいった。
「違いますって、全然そういうんじゃないんです」
エリッツはあわてて首をふるが、ゼインは「あーはいはい」と雑に返事をするだけだ。
「でもまぁ、あのラヴォート殿下がご執心だって話だからな、そういう人なんだろう。ってか実在したんだな」
いいながらまたひとつ焼き菓子をつまみ首をかしげる。
「これ、もうちょっとジャムをいれた方がうまくないか」
「はい。その方がいいと思います」
今度はエリッツの方が感情のこもっていない雑な返事をする。
「お前、一個も食ってねぇーじゃねぇか」
ゼインは焼き菓子ののった皿をぐいっとエリッツの方へ押しつける。せっかく料理することを楽しんでいるのにそれをふるまう相手がいなくて退屈なのだろう。エリッツは素直に焼き菓子に手をつけた。
「おいしいです」
無表情にいうエリッツにゼインは「ほんっと張り合いのないヤツだな」と嘆息する。
「ところでゼインさん、明後日はどうするんですか」
「あ? 俺? ここにいるよ。留守番だもん」
こともなげにいうゼインにエリッツは思わず「えっ」と声をもらした。長く追っていたデルゴヴァ兄弟の件に片が付きそうだというときにここで料理をして過ごすというのだろうか。
「ここの留守番ってそんなに大事なんですか」
確かにいたるところに放置してある本などは高級品には違いないが他にお金になりそうなものは何もない。置いてある本をすべて街まで運び出して換金するのにどれほどの労力がかかるか。数冊持ち出したところでここから街へ行って売るという労力を考えればまったく割に合わないだろう。ただの泥棒であればもっと効率のいい家にしのびこむはずだ。
いやそれとも何らかの機密文書がこの家に隠してあるとか。
エリッツがよっぽど妙な表情をしていたのだろう。「いろいろあるんだよ」と、ゼインは力なく苦笑いした。
「お前はアイザックの護衛か」
「今日クビにならなければそのつもりだけど」
「さっきさ、その護衛ってリークっていう少年と一緒だっつってたよな」
ゼインは急に真面目な顔をする。
「何か問題ですか」
難しい顔であごに手をやるゼインをエリッツは恐々と見つめた。リークについてはエリッツもいろいろと思うところがある。情報不足で動きが読めない少年だ。
「短剣を使う、十七くらいで、ブロンドの少年なんだな。そいつ、言葉になまりがあったか」
エリッツはすぐに思い当たることがあった。リークのしゃべり方はなんとなくアクセントに違和感がある。初対面のときは「あれ?」と感じたが慣れてしまえば気にならない、その程度の違和感だ。
エリッツがそのことをゼインに告げると、そのまま頭を抱えこんでしまった。
「ゼイン? リークのことを知っているの?」
「いや、知らない。知らないがたぶん、そいつには近づかない方が身のためのような気がしてならない」
ずいぶんともってまわったいい方をする。エリッツが首をかしげていると、ゼインは「何もきくな」と、顔の前で説明を拒絶するように手をふった。
「嫌な予感がする。そいつにはできるだけ話しかけるな。じろじろ見るな。仲良くしようとするな。惚れるな」
いわれなくともリークの方からエリッツの接触を避けている様子なのでゼインが何を心配しているのかわからないが無用の忠告だ。
「惚れませんよ。年上にしか興味ないんで」
「どぉーでもいいんだよ。お前の趣味は」
ゼインはばんばんとテーブルを叩いた。
エリッツはそんなゼインを軽く無視してはちみつたっぷりの紅茶を飲みほす。そして「そろそろ行かないと」と席を立った。走るのは難しそうだがどうにか歩くことはできそうだ。
ゼインはそんなエリッツを感心したように眺める。
「なんか数日見ない間にたくましくなったな、お前」
「え、なんですか。それ」
ゼインはすでに面倒くさそうに手をひらひらと振った。
「ほめてんだよ。じゃ、まぁ、護衛がんばれよ」
「はい。ごちそうさまでした。また来ますね」
次に会うのはローズガーデンの後になるだろう。エリッツもなんだか感慨深い気分になってくる。いや、そんなことよりも帰って突然いなくなったことを弁解しなくてはならない。なんといいわけをしようかと憂鬱な気分で暮れかけた森へと足を踏みだした。
そういって「あはは」と感情の入っていない乾いた笑い声を出す。
「こうなったらもうオグデリスのそばに誰かつけて見張りたい、あわよくば何か見つけたい。たとえばお前が寝室で『お兄さんとは仲がいいんですかぁ』とか聞いてやるとか。うん、そうそう、当初はお前が指名されてたんだよ。その役」
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しかし信用のおける男娼探しというのも大変そうだ。リファの紹介があればもしかしたら見つかるかもしれないが、エリッツがやるといえばシェイルの助けになるだろうか。
「でもアイザックさんの方が危ないって聞いたんですけど」
「危ないもなにも――」いいながらゼインは一口紅茶をすする。
「しっぽをつかむためにローズガーデンに呼んだんだ。危ないことをしていただくのを待ってんだよ。ある意味賭けだな。お前は知らないと思うが、こっちは何年もアイザック・デルゴヴァを追ってんだ」
けだるそうに立ちあがるとゼインは戸棚から焼き菓子ののった皿を持ってきた。不格好な形から街で買ってきたものではなさそうである。すっかり料理にはまっているのがうかがえた。
アルヴィンの言葉を信じるなら、アイザック氏はゼインたちのもくろみ通りに危ないことをする予定なのだろう。おそらくなんらかの手段で北の王を暗殺するつもりだ。
「早くメシ食えよ。菓子もあるんだからな。来ることが分かってたらもっといいもの作ったんだけど。連絡くらいよこせよ」
ぶつくさいいながらも食事が終わりそうなエリッツのために紅茶をいれてくれる。はちみつの瓶もそえてくれた。
「さっきいったアルヴィンって子がアイザックさんが北の王を暗殺しようとしてるっていってるんだけど」
いいつけを守りエリッツははちみつたっぷり紅茶に落とす。きらきらときらめくはちみつを見ているとずっと会えていない師の手を思い出す。またどさくさにまぎれてなめさせてもらおう。
「可能性のひとつとしてはあるけど、さてどう動いてくるのか。どちらにしろ明後日だ」
めずらしく感慨深げにしている。本当に長いことデルゴヴァ兄弟のことを追っていたのだろう。
「あ、ところでさ」
ゼインが思い出したように身を乗り出した。
「北の王ってどんな感じだった?」
なんだかんだといって興味があるのだ。存在すら不確かとされている亡国の王族である。興味を持つなという方が無理だろう。
「どんなっていうか、えーと、優しかったです」
エリッツは無意識に自身のくちびるに触れる。
「体の自由もきかなかったし目もあけられなかったんで、全然わからなかったんですけど、なんというか、いい人でした。まぁ、その、薬を飲ませてもらって」
自然と顔が熱くなる。あの感じをどう表現していいのかエリッツにもよくわからない。
「お前さぁ」
ゼインは焼き菓子をひとつつまむとあきれたように深いため息をつく。
「惚れっぽいっていうか、気が多いっていうか、そういうのあんまよくないぞ」
口の中をもごもごとさせながらゼインが説教するような口ぶりでいった。
「違いますって、全然そういうんじゃないんです」
エリッツはあわてて首をふるが、ゼインは「あーはいはい」と雑に返事をするだけだ。
「でもまぁ、あのラヴォート殿下がご執心だって話だからな、そういう人なんだろう。ってか実在したんだな」
いいながらまたひとつ焼き菓子をつまみ首をかしげる。
「これ、もうちょっとジャムをいれた方がうまくないか」
「はい。その方がいいと思います」
今度はエリッツの方が感情のこもっていない雑な返事をする。
「お前、一個も食ってねぇーじゃねぇか」
ゼインは焼き菓子ののった皿をぐいっとエリッツの方へ押しつける。せっかく料理することを楽しんでいるのにそれをふるまう相手がいなくて退屈なのだろう。エリッツは素直に焼き菓子に手をつけた。
「おいしいです」
無表情にいうエリッツにゼインは「ほんっと張り合いのないヤツだな」と嘆息する。
「ところでゼインさん、明後日はどうするんですか」
「あ? 俺? ここにいるよ。留守番だもん」
こともなげにいうゼインにエリッツは思わず「えっ」と声をもらした。長く追っていたデルゴヴァ兄弟の件に片が付きそうだというときにここで料理をして過ごすというのだろうか。
「ここの留守番ってそんなに大事なんですか」
確かにいたるところに放置してある本などは高級品には違いないが他にお金になりそうなものは何もない。置いてある本をすべて街まで運び出して換金するのにどれほどの労力がかかるか。数冊持ち出したところでここから街へ行って売るという労力を考えればまったく割に合わないだろう。ただの泥棒であればもっと効率のいい家にしのびこむはずだ。
いやそれとも何らかの機密文書がこの家に隠してあるとか。
エリッツがよっぽど妙な表情をしていたのだろう。「いろいろあるんだよ」と、ゼインは力なく苦笑いした。
「お前はアイザックの護衛か」
「今日クビにならなければそのつもりだけど」
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ゼインは急に真面目な顔をする。
「何か問題ですか」
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エリッツはすぐに思い当たることがあった。リークのしゃべり方はなんとなくアクセントに違和感がある。初対面のときは「あれ?」と感じたが慣れてしまえば気にならない、その程度の違和感だ。
エリッツがそのことをゼインに告げると、そのまま頭を抱えこんでしまった。
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「え、なんですか。それ」
ゼインはすでに面倒くさそうに手をひらひらと振った。
「ほめてんだよ。じゃ、まぁ、護衛がんばれよ」
「はい。ごちそうさまでした。また来ますね」
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