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第一章 (仮)
第五十一話 解雇
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昨夜、結局アルヴィンとは話すことはできなかった。それどころかちょっとした騒ぎが起こっていたようだ。
アルヴィンがいないとリークがいいだしたのは廊下での会話のすぐ後のことだった。
つきつめて考えればエリッツがアルヴィンをあのタイミングで呼び出そうとしなければこんなことにはならなかっただろう。リークはアルヴィンを探してみると請け負ってくれたが、それから今朝までエリッツは何があったのか知らされなかった。いや、エリッツの方が昨夜の疲れからすぐに眠ってしまったため「知らされなかった」というのは語弊がある。
端的にいえばアルヴィンは解雇されてしまった。
アイザック氏がエリッツたちと食事をしている間、アルヴィンは使用人たちの食堂へ行ったふりをしてアイザック氏の部屋に無断で侵入したのだ。何をしたかったのかわからないが、出てきたところを偶然リークが見つけ問い詰めている間にアイザック氏が戻ってきてしまった。
アルヴィンは「お金を盗ろうと思った」といったらしい。エリッツは笑ってしまうが、彼のことをただの田舎の子供だと思いこんでいる周りはあっさりとそれを信じた。術士という特殊な能力がありそこまでお金に困ることがないであろうアルヴィンがなぜ部屋に置いておく程度のお金を盗らなければならないのか。世の中には何も考えずに衝動的に動く人々がいることはエリッツも先だって学んでいた。おそらくアルヴィンはそういった人たちと同じだと思われたのだろう。
とにかくアルヴィンは夜のうちに屋敷の外に放りだされてしまった。
アルヴィンが落ち込んでいるとはまったく思わないがお腹を空かせているのはないかとエリッツは少し心配になる。そしてアイザック氏の部屋で何をしたのだろうか。北の王を守るため部屋に侵入したに違いない。ものすごく気になったが、こうなってしまうとエリッツにアルヴィンを探し出すことは難しい。どうせ絶えず動きまわっているのだろう。
ふとアルヴィンはあえて解雇されたのではないかという気がした。アルヴィンほど知恵がまわればもっとうまく誤魔化せたはずだ。北の王を近くで守りたいと考えるならアイザック氏の護衛という仕事にとどまるべきだった。それを「お金を盗ろうとした」というなんて、これ以上はないくらいの悪手だ。むしろ「解雇してくれ」といっているように聞こえる。
次は一体何をたくらんでいるのか。うまくやってほしいと思うと同時に少し裏切られたような気がしてしまう。エリッツも協力したかったし、大失敗に終わった中の間への侵入の話も聞いて欲しかった。それにエリッツが持っている会場の情報もきっと役にたったはずなのに。アルヴィンにとってエリッツは信頼はできてもあてにできるほどの存在ではなかったということだ。少し残念である。
さて、このあと一体どうしたらいいんだろうか。
エリッツは朝食のパンを咀嚼しながら頭をひねる。まだ体調は万全ではない。体のあちこちの関節にきしむような痛みがある。さらに体中に傷ができているので動くのもおっくうだ。
そんな体調の悪さを理由に寝坊してしまい、そのついでに朝食は勝手に外に持ち出し庭のベンチでとっていた。
そこにワイダットが相変わらずのんびりとした歩調で近づいてくる。
「若様、仕事だ」
「仕事?」
エリッツが首をかしげるとワイダットは「護衛のこと忘れたのか」とややあきれたように笑った。庭で何かをついばんでいた小鳥がぱっと飛び去る。
「いろいろと一段落したとかでアイザックさんがレジスの街を観光するそうだ。護衛を一人クビしてしまったから若様についてきて欲しいと」
アルヴィンではないが、リーク一人で十分ではないのか。自分がいっても役に立つ気がしない。
「あの少年にはまたどこかで会える気がするな」
友達がいなくなってしまいエリッツが気落ちしていると思ったのだろう。ワイダットはなぐさめともとれることをいいそえた。確かにアルヴィンは何らかの方法でローズガーデンに絶対あらわれるとエリッツも思っている。
「アイザックさんはレジスの街には不案内だし先日のこともあって不安があるんだろう。若様、おそばについてさしあげてください」
また変に慇懃ないい方をする。
しかし案内という点ではまったく役に立たない。エリッツだって街に出たらあっという間に迷子になるという確信がある。
「ダグラスさんの許可はとっている。お助けいたしましょうか、坊ちゃん」
エリッツのしぶった表情を見てワイダットは片眉を大きくあげる。
「ひとりで平気だよ。坊ちゃんはやめてってば」
煽られていると気づきつつ、ついムキになってしまう。ワイダットは「仰せの通りに」と、満足気に笑ってエリッツの背中を叩いた。
身支度を整えて庭に出るとアイザック氏はリークと薔薇の花を見ていた。すでに薔薇の多くが花開いている。昨日見た公園ほどではないが見事な咲きっぷりである。エリッツもゆっくり見たかったが仕事だ。
「お待たせしてすみません」
「いや、私の方こそ急に申し訳ない」
アイザック氏は如才なくほほえむ。初めてエリッツの方をまっすぐに見てくれたように思う。
リークは昨夜からの騒動にまったく動じた様子もなくアイザック氏のかたわらに立っていた。さっとエリッツの頭から爪先までをながめてからそっぽを向く。
エリッツはリークと同じく短剣を佩いていた。力のないエリッツは重いので得物など身につけたくなかったがやる気がないと思われても困る。しかしリークと同じく街中で抜く気はない。理由はリークとは違う。自分の方が怪我をしそうだからだ。
「兄にいいつけられていますから、何かあればいつでも呼んでください」
といいつつエリッツは昨日、終日不在にしていたわけだが。そのあたりはアイザック氏もやりすごしてくれる。
「お兄さんには本当にお世話になってしまって。これから行くのもお兄さんのおすすめの場所なんです」
そういってアイザック氏は何やら秘密めいた笑いをうかべた。
「ここは――」
エリッツは到着した建物を見あげて絶句する。しゃれた看板には「虹の館」と飾り文字が踊っている。あのやり手の女主人がいる娼館だ。
思わずアイザック氏を盗み見てしまう。相変わらず紳士然としている。結構高齢のはずだが、こういう場所で遊んだりするのだろうか。いや、それよりも兄がなぜ娼館をアイザック氏にすすめたのだろう。まさか兄は常連客なのだろうか。兄が女性とむつみ合う姿を想像し苦しくなってうつむいた。
「おっせーよ、早くこい」
扉の前で茫然としているエリッツをリークが一喝する。アイザック氏はとっくに建物の中に入ってしまっていた。
建物に入ると機嫌がいいリファの声が響いていた。昼間は静かにしろとあんなおそろしい形相で叱られたのに、今日はリファの声が一番うるさい。
「営業時間外に申し訳ないね」
「いいえ、いいえ、お越しいただいきありがとうございます」
おそらく相当な額のお金を受けとっているのだろう。笑顔も最上級だ。
「ベリエッタをご指名でしたね。いかがしましょう。お部屋になさいますか、それともこちらで?」
聞いたことがある名前だ。それよりもかなり直接的な表現をする。
「連れが退屈をするといけないからこちらでさせていただこうかな」
アイザック氏が答える。エリッツは混乱した。退屈しのぎにそんなものは見たくない。
「ああ、失礼。こちらは軍部のダグラス・グーデンバルド氏の弟君でエリッツ・グーデンバルドさんです」
いまだ混乱から脱することができずぼんやりとしているエリッツを女主人リファに紹介してくれる。てっきりリファからぞんざいに扱われると思っていたら、リファはまるでエリッツを初めてみたような反応をする。
「あら、ようこそ。エリッツ・グーデンバルド様。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、よろしくお願いします」
エリッツは何かに騙されているような気分になってリファの顔をまじまじと見る。何度見ても先日値踏みするようにエリッツを見ていたリファ本人に間違いない。エリッツのことを忘れてしまったのだろうか。
「どうぞおかけになってお待ちください。お飲み物は何になさいますか」
先日とは違い、バーカウンターの前にはゆったりと座れる一人がけのソファが置いてあった。テーブルも広い。すすめられてアイザック氏の隣に腰かける。リークはアイザック氏の後ろに控えた。
「まもなくベリエッタが参ります」
リファが飲み物をテーブルではなくソファの横のサイドテーブルに置く。エリッツの方には何もいっていないのに先日と同じ柑橘の香りがするジュースである。「覚えている」ということか。
アルヴィンがいないとリークがいいだしたのは廊下での会話のすぐ後のことだった。
つきつめて考えればエリッツがアルヴィンをあのタイミングで呼び出そうとしなければこんなことにはならなかっただろう。リークはアルヴィンを探してみると請け負ってくれたが、それから今朝までエリッツは何があったのか知らされなかった。いや、エリッツの方が昨夜の疲れからすぐに眠ってしまったため「知らされなかった」というのは語弊がある。
端的にいえばアルヴィンは解雇されてしまった。
アイザック氏がエリッツたちと食事をしている間、アルヴィンは使用人たちの食堂へ行ったふりをしてアイザック氏の部屋に無断で侵入したのだ。何をしたかったのかわからないが、出てきたところを偶然リークが見つけ問い詰めている間にアイザック氏が戻ってきてしまった。
アルヴィンは「お金を盗ろうと思った」といったらしい。エリッツは笑ってしまうが、彼のことをただの田舎の子供だと思いこんでいる周りはあっさりとそれを信じた。術士という特殊な能力がありそこまでお金に困ることがないであろうアルヴィンがなぜ部屋に置いておく程度のお金を盗らなければならないのか。世の中には何も考えずに衝動的に動く人々がいることはエリッツも先だって学んでいた。おそらくアルヴィンはそういった人たちと同じだと思われたのだろう。
とにかくアルヴィンは夜のうちに屋敷の外に放りだされてしまった。
アルヴィンが落ち込んでいるとはまったく思わないがお腹を空かせているのはないかとエリッツは少し心配になる。そしてアイザック氏の部屋で何をしたのだろうか。北の王を守るため部屋に侵入したに違いない。ものすごく気になったが、こうなってしまうとエリッツにアルヴィンを探し出すことは難しい。どうせ絶えず動きまわっているのだろう。
ふとアルヴィンはあえて解雇されたのではないかという気がした。アルヴィンほど知恵がまわればもっとうまく誤魔化せたはずだ。北の王を近くで守りたいと考えるならアイザック氏の護衛という仕事にとどまるべきだった。それを「お金を盗ろうとした」というなんて、これ以上はないくらいの悪手だ。むしろ「解雇してくれ」といっているように聞こえる。
次は一体何をたくらんでいるのか。うまくやってほしいと思うと同時に少し裏切られたような気がしてしまう。エリッツも協力したかったし、大失敗に終わった中の間への侵入の話も聞いて欲しかった。それにエリッツが持っている会場の情報もきっと役にたったはずなのに。アルヴィンにとってエリッツは信頼はできてもあてにできるほどの存在ではなかったということだ。少し残念である。
さて、このあと一体どうしたらいいんだろうか。
エリッツは朝食のパンを咀嚼しながら頭をひねる。まだ体調は万全ではない。体のあちこちの関節にきしむような痛みがある。さらに体中に傷ができているので動くのもおっくうだ。
そんな体調の悪さを理由に寝坊してしまい、そのついでに朝食は勝手に外に持ち出し庭のベンチでとっていた。
そこにワイダットが相変わらずのんびりとした歩調で近づいてくる。
「若様、仕事だ」
「仕事?」
エリッツが首をかしげるとワイダットは「護衛のこと忘れたのか」とややあきれたように笑った。庭で何かをついばんでいた小鳥がぱっと飛び去る。
「いろいろと一段落したとかでアイザックさんがレジスの街を観光するそうだ。護衛を一人クビしてしまったから若様についてきて欲しいと」
アルヴィンではないが、リーク一人で十分ではないのか。自分がいっても役に立つ気がしない。
「あの少年にはまたどこかで会える気がするな」
友達がいなくなってしまいエリッツが気落ちしていると思ったのだろう。ワイダットはなぐさめともとれることをいいそえた。確かにアルヴィンは何らかの方法でローズガーデンに絶対あらわれるとエリッツも思っている。
「アイザックさんはレジスの街には不案内だし先日のこともあって不安があるんだろう。若様、おそばについてさしあげてください」
また変に慇懃ないい方をする。
しかし案内という点ではまったく役に立たない。エリッツだって街に出たらあっという間に迷子になるという確信がある。
「ダグラスさんの許可はとっている。お助けいたしましょうか、坊ちゃん」
エリッツのしぶった表情を見てワイダットは片眉を大きくあげる。
「ひとりで平気だよ。坊ちゃんはやめてってば」
煽られていると気づきつつ、ついムキになってしまう。ワイダットは「仰せの通りに」と、満足気に笑ってエリッツの背中を叩いた。
身支度を整えて庭に出るとアイザック氏はリークと薔薇の花を見ていた。すでに薔薇の多くが花開いている。昨日見た公園ほどではないが見事な咲きっぷりである。エリッツもゆっくり見たかったが仕事だ。
「お待たせしてすみません」
「いや、私の方こそ急に申し訳ない」
アイザック氏は如才なくほほえむ。初めてエリッツの方をまっすぐに見てくれたように思う。
リークは昨夜からの騒動にまったく動じた様子もなくアイザック氏のかたわらに立っていた。さっとエリッツの頭から爪先までをながめてからそっぽを向く。
エリッツはリークと同じく短剣を佩いていた。力のないエリッツは重いので得物など身につけたくなかったがやる気がないと思われても困る。しかしリークと同じく街中で抜く気はない。理由はリークとは違う。自分の方が怪我をしそうだからだ。
「兄にいいつけられていますから、何かあればいつでも呼んでください」
といいつつエリッツは昨日、終日不在にしていたわけだが。そのあたりはアイザック氏もやりすごしてくれる。
「お兄さんには本当にお世話になってしまって。これから行くのもお兄さんのおすすめの場所なんです」
そういってアイザック氏は何やら秘密めいた笑いをうかべた。
「ここは――」
エリッツは到着した建物を見あげて絶句する。しゃれた看板には「虹の館」と飾り文字が踊っている。あのやり手の女主人がいる娼館だ。
思わずアイザック氏を盗み見てしまう。相変わらず紳士然としている。結構高齢のはずだが、こういう場所で遊んだりするのだろうか。いや、それよりも兄がなぜ娼館をアイザック氏にすすめたのだろう。まさか兄は常連客なのだろうか。兄が女性とむつみ合う姿を想像し苦しくなってうつむいた。
「おっせーよ、早くこい」
扉の前で茫然としているエリッツをリークが一喝する。アイザック氏はとっくに建物の中に入ってしまっていた。
建物に入ると機嫌がいいリファの声が響いていた。昼間は静かにしろとあんなおそろしい形相で叱られたのに、今日はリファの声が一番うるさい。
「営業時間外に申し訳ないね」
「いいえ、いいえ、お越しいただいきありがとうございます」
おそらく相当な額のお金を受けとっているのだろう。笑顔も最上級だ。
「ベリエッタをご指名でしたね。いかがしましょう。お部屋になさいますか、それともこちらで?」
聞いたことがある名前だ。それよりもかなり直接的な表現をする。
「連れが退屈をするといけないからこちらでさせていただこうかな」
アイザック氏が答える。エリッツは混乱した。退屈しのぎにそんなものは見たくない。
「ああ、失礼。こちらは軍部のダグラス・グーデンバルド氏の弟君でエリッツ・グーデンバルドさんです」
いまだ混乱から脱することができずぼんやりとしているエリッツを女主人リファに紹介してくれる。てっきりリファからぞんざいに扱われると思っていたら、リファはまるでエリッツを初めてみたような反応をする。
「あら、ようこそ。エリッツ・グーデンバルド様。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、よろしくお願いします」
エリッツは何かに騙されているような気分になってリファの顔をまじまじと見る。何度見ても先日値踏みするようにエリッツを見ていたリファ本人に間違いない。エリッツのことを忘れてしまったのだろうか。
「どうぞおかけになってお待ちください。お飲み物は何になさいますか」
先日とは違い、バーカウンターの前にはゆったりと座れる一人がけのソファが置いてあった。テーブルも広い。すすめられてアイザック氏の隣に腰かける。リークはアイザック氏の後ろに控えた。
「まもなくベリエッタが参ります」
リファが飲み物をテーブルではなくソファの横のサイドテーブルに置く。エリッツの方には何もいっていないのに先日と同じ柑橘の香りがするジュースである。「覚えている」ということか。
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