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第一章 (仮)
第三十八話 信頼
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「城に報告を」
「早くこいつらをしばれ」
従者たちが慌ただしく後処理をしている中、仕事は終わったとばかりにリークはあくびをしながらぶらぶら歩きまわっている。
「リーク!」
アルヴィンが子犬のようにころころとリークのもとに走っていった。
「アルヴィン、おまえなにさぼってんだよ」
リークはわずらわしそうにアルヴィンの頭をはたくが、その口調には親しみがこもっている。「お城を見にいくんだ」「そんなもん見てどうすんだ」と、なんだか楽しそうに二人でじゃれあいはじめた。
アルマは「通りすぎるわけにはいかなさそうだな」と、観念したように馬車に近づく。エリッツも仕方なくそれに従った。屋敷を抜けだしたことがばれてしまうがこうなっては仕方がない。
ちょうどアイザック氏も馬車を降りてくるところだった。近づいてくるアルマを不審そうに見ている。視界にはいっているはずだがやはりエリッツの方はみなかった。
「怪我はないですか」
アルマは何の前置きもなく唐突にアイザック氏に問いかける。アイザック氏は戸惑ったような表情でアルマを上から下までながめた。
そういえばアルマはどこのどういう身分の人なのだろう。軍部にいることは確かなのだろうが、今日の行動を見るかぎりかなり暇そうだ。確かおしゃべりがすぎて出世しないとかぼやいていなかったか。
「失礼ですが、あなたは」
当然のことながらアイザック氏は不審そうな顔のままだ。
「名乗るほどのものではありません」
きっぱりと告げるアルマの言葉にエリッツは体中の力が抜けそうになった。この場でそれはないだろう。アルマはあきらかにレジス軍部関係者の服装をしている。アイザック氏は現在のところコルトニエスの領主というだけの身分ではあるが第一王子ルーヴィック様の祖父にあたる人物だ。所属や氏名を名乗るのが礼儀ではないのだろうか。
当然のことながらアイザック氏は表情に怒りをにじませる。
「お名前をうかがいたい」
アルマは左手を顔の前にかかげ、わずかに目線を落すようなしぐさをした。以前会ったときも気になっていたが、アルマは左手だけに薄手の皮手袋をしている。
それを見たアイザック氏はあきらかに顔色を変えた。
「これは失礼」
恥じ入るように顔をそむける。
「この男たちが先に狼藉をはたらいたのを見ていました。証言します」
「痛みいります」
エリッツがぽかんとしてそのやりとりを見ているとアルヴィンに袖をひかれ、耳打ちされる。
「あの人、軍の術士だ」
「どの人?」
アルヴィンは憐れむような表情でエリッツをみる。そしてさらに声を落としてささやいた。
「アルマさんのことだよ」
「うえっ」
エリッツは驚きのあまり変な声を出す。
「なにそれ」
「いや、だって――」
少しずつアルマとアイザック氏から離れるようにアルヴィンがエリッツの袖をひっぱっていく。
「左手で顔を隠すしぐさはそういう意味があるんだよ。これは一部のレジス上層部の人間と術士しか知らない。あっちにいる従者たちは軽くお辞儀をしたくらいに思ったはずだ。これもおぼえておいた方がいいよ」
しかしなぜアルヴィンがそんなレジス上層部の秘密の暗号を知っているのだろうか。軍の術士でなくても知っていることなのか。
とにかくアルマが術士であるならばいくら暇そうでも口が軽くともクビにならないわけだ。希少な能力をもった軍人である。簡単には放りだせない。
「でもアルマさんはおれたちには名乗ったけどよかったのかな」
ふと疑問に思いアルヴィンに耳打ちをする。するとアルヴィンは律義にエリッツの袖をひっぱって耳打ちをしかえす。
「僕たちはアルマさんが術士であることを本来知るすべがないからね。名簿が見られる身分じゃないし部外者だもん。まぁ、『偶然』知ってしまったわけだけど」
そうこうしているうちに城からきたと思われる数人の警備兵と役人がアイザック氏や従者たちに事情をききはじめる。被害はなかったものの城の間近で起こった襲撃事件とあり緊張の面持ちである。いつの間にやら野次馬も増えていた。
「とりあえず連れていけ」
「逃げたやつもいるそうだ」
「周辺を探せ」
「先に取り調べだ」
役人たちのやりとりに野次馬たちも各々何があったのか推測を話し、また自身の見たものを他の野次馬に説明する声などでざわめきは徐々に大きくなっていく。
エリッツは外套のフードをぐっとひっぱる。よりによって目立ちたくないときに目立つ場所に立っている。アイザック氏たちも野次馬に辟易しているようで引き上げるそぶりをみせはじめた。
リークは不貞腐れたような顔をして馬のたてがみをさわっている。アルヴィンとしゃべっているエリッツのところへは来ようとはしない。もとより歓迎されていないことは感じていたが、これはどうやらさけられているようだ。
「グラッツ工房ではないか」
「こうなる気がしたんだ」
馬車に戻っていく従者たちの会話が耳にはいる。
「首謀者に心当たりがあるのかな」
隣のアルヴィンにきくと、「なくはないよ」とこともなげにこたえる。
「ちょっと考えたらわかることだけどね。あまり大きな声ではいえない」
そうもったいぶったようににやにやと笑う。
ちょっと考えたらわかる、エリッツはちょっと考えたがわからなかった。
「ねぇ、誰? おれでもわかる人?」
「下賜品、急に変更になったのおぼえてるでしょ」
アルヴィンがまたも声を落とす。
「もしかして変更する前の下賜品の……」
「下賜品の変更は陛下の指示らしいから滅多なことはいわない方がいいよ」
アルヴィンが人差し指を自身の鼻先につき立てる。
「でもそんな犯人の予想がすぐつきそうなことをするのかな」
思わずエリッツは声を一段おとす。
「エリッツはなんでも深く考えすぎだよ。なんにも考えないで動く人も案外いっぱいいるんだから。僕もあまり考えないよ」
確かにアルヴィンはあまり深く考えていなさそうだ。
「あーあ。この様子じゃ、アルマさんをたよって城にいくのは無理かもな」
退屈そうに足元の石を蹴っとばす。アイザック氏たちはすでに馬車に乗りこんでおり、いつの間にかリークの姿も見えない。アルマはもうずっと役人たちと話しこんでいる。ちゃんと仕事をするのだなと、エリッツはぼんやりとその光景をながめていた。知らない間に野次馬たちもほとんど引き上げていた。どこにあんなにたくさんの人がいたのだろうかというくらいに今はまばらになっている。
「お城はローズガーデンの日にたくさん見られるからいいんじゃないの」
「それじゃ、遅いよ」
アルヴィンはそのふっくらとした頰をさらにふくらませた。完全に子供の表情だ。なぜか兄のことを思い出した。兄もよく子供っぽい表情をするが内心何を考えているのかわからないところがある。
アルヴィンはエリッツの目をじっと見あげた。そのまましばし何かを考えこむような表情をする。
「エリッツはバカみたいに真面目だから信用してるよ」
いつものような笑顔ではなく真剣な面持ちだ。「え、急になんなの」といいつつ、エリッツは思わず背筋をのばす。
「なんとかして北の王のところにいこうと思ってたんだ。ローズガーデンの前に」
「うえっ」
またエリッツは変な声をもらす。
「さっきから何、その声」
「ごめん。びっくりして」
驚くことばかりが続く。本当に深く考えずに行動しているのかそれとも深く考えた結果なのか、エリッツはまじまじとアルヴィンを見た。
「でもそこってすごく厳重に警備がされてるんでしょ」
アルヴィンの目に彼らしい自信に満ちた輝きがひらめく。
「僕ならいける」
「早くこいつらをしばれ」
従者たちが慌ただしく後処理をしている中、仕事は終わったとばかりにリークはあくびをしながらぶらぶら歩きまわっている。
「リーク!」
アルヴィンが子犬のようにころころとリークのもとに走っていった。
「アルヴィン、おまえなにさぼってんだよ」
リークはわずらわしそうにアルヴィンの頭をはたくが、その口調には親しみがこもっている。「お城を見にいくんだ」「そんなもん見てどうすんだ」と、なんだか楽しそうに二人でじゃれあいはじめた。
アルマは「通りすぎるわけにはいかなさそうだな」と、観念したように馬車に近づく。エリッツも仕方なくそれに従った。屋敷を抜けだしたことがばれてしまうがこうなっては仕方がない。
ちょうどアイザック氏も馬車を降りてくるところだった。近づいてくるアルマを不審そうに見ている。視界にはいっているはずだがやはりエリッツの方はみなかった。
「怪我はないですか」
アルマは何の前置きもなく唐突にアイザック氏に問いかける。アイザック氏は戸惑ったような表情でアルマを上から下までながめた。
そういえばアルマはどこのどういう身分の人なのだろう。軍部にいることは確かなのだろうが、今日の行動を見るかぎりかなり暇そうだ。確かおしゃべりがすぎて出世しないとかぼやいていなかったか。
「失礼ですが、あなたは」
当然のことながらアイザック氏は不審そうな顔のままだ。
「名乗るほどのものではありません」
きっぱりと告げるアルマの言葉にエリッツは体中の力が抜けそうになった。この場でそれはないだろう。アルマはあきらかにレジス軍部関係者の服装をしている。アイザック氏は現在のところコルトニエスの領主というだけの身分ではあるが第一王子ルーヴィック様の祖父にあたる人物だ。所属や氏名を名乗るのが礼儀ではないのだろうか。
当然のことながらアイザック氏は表情に怒りをにじませる。
「お名前をうかがいたい」
アルマは左手を顔の前にかかげ、わずかに目線を落すようなしぐさをした。以前会ったときも気になっていたが、アルマは左手だけに薄手の皮手袋をしている。
それを見たアイザック氏はあきらかに顔色を変えた。
「これは失礼」
恥じ入るように顔をそむける。
「この男たちが先に狼藉をはたらいたのを見ていました。証言します」
「痛みいります」
エリッツがぽかんとしてそのやりとりを見ているとアルヴィンに袖をひかれ、耳打ちされる。
「あの人、軍の術士だ」
「どの人?」
アルヴィンは憐れむような表情でエリッツをみる。そしてさらに声を落としてささやいた。
「アルマさんのことだよ」
「うえっ」
エリッツは驚きのあまり変な声を出す。
「なにそれ」
「いや、だって――」
少しずつアルマとアイザック氏から離れるようにアルヴィンがエリッツの袖をひっぱっていく。
「左手で顔を隠すしぐさはそういう意味があるんだよ。これは一部のレジス上層部の人間と術士しか知らない。あっちにいる従者たちは軽くお辞儀をしたくらいに思ったはずだ。これもおぼえておいた方がいいよ」
しかしなぜアルヴィンがそんなレジス上層部の秘密の暗号を知っているのだろうか。軍の術士でなくても知っていることなのか。
とにかくアルマが術士であるならばいくら暇そうでも口が軽くともクビにならないわけだ。希少な能力をもった軍人である。簡単には放りだせない。
「でもアルマさんはおれたちには名乗ったけどよかったのかな」
ふと疑問に思いアルヴィンに耳打ちをする。するとアルヴィンは律義にエリッツの袖をひっぱって耳打ちをしかえす。
「僕たちはアルマさんが術士であることを本来知るすべがないからね。名簿が見られる身分じゃないし部外者だもん。まぁ、『偶然』知ってしまったわけだけど」
そうこうしているうちに城からきたと思われる数人の警備兵と役人がアイザック氏や従者たちに事情をききはじめる。被害はなかったものの城の間近で起こった襲撃事件とあり緊張の面持ちである。いつの間にやら野次馬も増えていた。
「とりあえず連れていけ」
「逃げたやつもいるそうだ」
「周辺を探せ」
「先に取り調べだ」
役人たちのやりとりに野次馬たちも各々何があったのか推測を話し、また自身の見たものを他の野次馬に説明する声などでざわめきは徐々に大きくなっていく。
エリッツは外套のフードをぐっとひっぱる。よりによって目立ちたくないときに目立つ場所に立っている。アイザック氏たちも野次馬に辟易しているようで引き上げるそぶりをみせはじめた。
リークは不貞腐れたような顔をして馬のたてがみをさわっている。アルヴィンとしゃべっているエリッツのところへは来ようとはしない。もとより歓迎されていないことは感じていたが、これはどうやらさけられているようだ。
「グラッツ工房ではないか」
「こうなる気がしたんだ」
馬車に戻っていく従者たちの会話が耳にはいる。
「首謀者に心当たりがあるのかな」
隣のアルヴィンにきくと、「なくはないよ」とこともなげにこたえる。
「ちょっと考えたらわかることだけどね。あまり大きな声ではいえない」
そうもったいぶったようににやにやと笑う。
ちょっと考えたらわかる、エリッツはちょっと考えたがわからなかった。
「ねぇ、誰? おれでもわかる人?」
「下賜品、急に変更になったのおぼえてるでしょ」
アルヴィンがまたも声を落とす。
「もしかして変更する前の下賜品の……」
「下賜品の変更は陛下の指示らしいから滅多なことはいわない方がいいよ」
アルヴィンが人差し指を自身の鼻先につき立てる。
「でもそんな犯人の予想がすぐつきそうなことをするのかな」
思わずエリッツは声を一段おとす。
「エリッツはなんでも深く考えすぎだよ。なんにも考えないで動く人も案外いっぱいいるんだから。僕もあまり考えないよ」
確かにアルヴィンはあまり深く考えていなさそうだ。
「あーあ。この様子じゃ、アルマさんをたよって城にいくのは無理かもな」
退屈そうに足元の石を蹴っとばす。アイザック氏たちはすでに馬車に乗りこんでおり、いつの間にかリークの姿も見えない。アルマはもうずっと役人たちと話しこんでいる。ちゃんと仕事をするのだなと、エリッツはぼんやりとその光景をながめていた。知らない間に野次馬たちもほとんど引き上げていた。どこにあんなにたくさんの人がいたのだろうかというくらいに今はまばらになっている。
「お城はローズガーデンの日にたくさん見られるからいいんじゃないの」
「それじゃ、遅いよ」
アルヴィンはそのふっくらとした頰をさらにふくらませた。完全に子供の表情だ。なぜか兄のことを思い出した。兄もよく子供っぽい表情をするが内心何を考えているのかわからないところがある。
アルヴィンはエリッツの目をじっと見あげた。そのまましばし何かを考えこむような表情をする。
「エリッツはバカみたいに真面目だから信用してるよ」
いつものような笑顔ではなく真剣な面持ちだ。「え、急になんなの」といいつつ、エリッツは思わず背筋をのばす。
「なんとかして北の王のところにいこうと思ってたんだ。ローズガーデンの前に」
「うえっ」
またエリッツは変な声をもらす。
「さっきから何、その声」
「ごめん。びっくりして」
驚くことばかりが続く。本当に深く考えずに行動しているのかそれとも深く考えた結果なのか、エリッツはまじまじとアルヴィンを見た。
「でもそこってすごく厳重に警備がされてるんでしょ」
アルヴィンの目に彼らしい自信に満ちた輝きがひらめく。
「僕ならいける」
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