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第一章 (仮)
第三十六話 ごはん
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「オレはなにもしゃべらないよ」
場所は例のイゴルデだ。
城の正門からは遠かったが、アルマがしきりに「うまいところがある」といいながらおとずれたのがこの店だった。やはり以前シェイルが連れてきてくれた店と同じだ。
道中アルヴィンは何度も走りだそうとしたが、エリッツはその都度おしとどめた。さすがにアルマを走らせるわけにはいかない。先ほどの道と違って人通りもかなり多い。アルヴィンはおとなしく歩いていることが苦痛らしく走っていたときよりも口数が減ったのはかえって都合がよかった。それでもいきなり知らない人を指さしたりするような奇行に走らないようエリッツは気をはり続ける。
イゴルデはあいかわらずの客層で大盛況だ。
役人なのか軍人なのか一般市民なのかさだかではないが、とりあえずガラの悪い男たちがあちらこちらで怒号をあげまたは大笑しつつゲームに興じ、昼から酒を飲んでいた。
「まだ何もいってないですよ」
アルマは自身のしゃべりすぎる癖を反省だけはしているようでいきなり予防線をはってくる。
「あ、いや、何か聞きたそうな顔をしてるからさ。すまない、すまない」
そういいながら頭をかく。実際いろいろ聞こうと思っていたが。世間話を装って話していればそのうち口が軽くなりそうなのであせることはないだろう。
それ以前にアルマがどの程度なにを知っているのか全然わからない。単純な好奇心もあるけれど、とにかく北の王や術士、ロイの難民のことなどシェイルやラヴォート殿下と対等に話せるだけの知識が欲しかった。まずはそこからだ。質問の多い書記官のままでは役に立てない。
ついでにエリッツは食堂での作法を学ぶべくじっとアルマのふるまいを観察する。
この店で出している昼食は一種類らしく席に着けば自動的にそのメニューがでてくる。そしてその場で支払いをすませるようだ。他に飲み物などが欲しい場合は自分でカウンターに取りにいきやはりその場で支払えばいいらしい。
目の前にドンッと置かれた皿にエリッツは目を丸くする。あふれんばかりに肉類が積みあげられていた。それに火を通しただけの野菜とパンが肩身がせまそうにそえられている。さらに肉団子のはいったスープがついていた。つまりほぼ肉だ。あわせてアルマが買ってきてくれたジュースも大ぶりの木のカップになみなみとそそがれている。とにかく全部のサイズが大きい。
「わぁ、おいしそう」
いいながらアルヴィンはすでに手をつけている。朝あんなにもたくさん食べたのにまさに底なしの食欲だ。
以前この店で食事をさせてもらったときエリッツはこんなに大量に食べられたのだろうかと疑問が浮かんだ。空腹は記憶がなくなるほど重症だったが、これほどの肉を無意識に咀嚼できるものなのかはかなりあやしい。
「おいしい、すごいおいしい」
アルヴィンは目をキラキラさせて肉を頬ばっている。アルマは「おー、よかったよかった」とうれしそうに笑いながら木のカップからぐびりと何かを飲んだ。においからして酒のようだが、仕事中ではないのだろうか。
食事のときは仕方ないだろうとエリッツは外套のフードをのける。黙々と食べすすめるが肉の山はなかなか終わりそうになかった。
「あら、元気そうね」
肩を軽くたたかれてふりかえると、先ほどから忙しそうに肉を運んでいた中年の女性がエリッツにほほえみかけていた。どうやら昼食のオーダーは一段落したらしく、布で汗をぬぐっている。
この店で働いているだけあってむき出しの腕は十分すぎるほどの筋肉がついていた。腕っ節が強そうだ。赤みがかったこげ茶色の髪は後頭部でかたく結いあげられ、そのせいか切れ長の目尻がきゅっとあがっている。凛々しい顔立ちだがやさしそうな雰囲気がただよっていた。
「やっぱおぼえてないか。半分気絶してるみたいだったし」
記憶にはなかったが以前この店にきたときに知らないうちに世話になっていた可能性はおおいにある。
「なんだ。ここに来たことあったのか」
アルマが驚いたようにエリッツを見る。エリッツとこの店のイメージは確かに結びつかないだろう。エリッツは簡単にシェイルにこの店につれてきてもらったいきさつを説明した。
「心配してたんだけど元気になってゲームをして帰ったってあの人から聞いたから安心したよ」
そういって親指で厨房の中の大男を指した。それはあのときダウレの盤を持ってきた大男だった。次から次へと肉を焼き続けている。よくわからないが戦っているような表情だ。女性は「あれ、うちの旦那」とにっこり笑う。
「やっぱりごはんは大事だね」
女性はなにか感心したようにエリッツをしげしげとながめてから急にふきだして大笑いする。筋肉質な体格のイメージ通り豪快な笑いかただ。
「ああ、ごめんごめん。思い出しちゃって。あのとき指揮官殿があなたをおぶって困った顔でここに来たのがおかしくて」
そういいながらもなお激しく笑いつづける。
「もう指揮官じゃないぞ。王子の側近だ」
アルマが肉汁がしたたっているナイフをあげて指摘する。
「だってあたしの現役の頃は指揮官だったもの」
強そうだと思ったら元軍人だったのか。厨房の大男も同じではないかとエリッツは再度鬼の形相で肉を焼き続ける大男をみやった。どう見ても肉と戦っている。
「おれ、寝ながら肉食べてましたか」
「ん? この間?」
女性は太い腕を組んで一瞬だけ考え、「そうそう、離乳食みたいなのをつくったのよ」とまた豪快に笑い出した。それには黙々と肉を食べていたアルヴィンもふきだす。気づいたらアルヴィンは早々に自分の分を平らげ、会話に気をとられているエリッツの皿に手を伸ばしていた。
「よーく煮た野菜と肉をつぶして。意識がもうろうとしてるみたいだったから指揮官殿がかいがいしく食べさせてあげてたわね」
いいながら笑いがとまらないようで涙目である。
まさかそんなに迷惑をかけていたとは知らなかった。エリッツの方も別の意味で泣きたくなる。
「本当に元気になってよかった。きちんとごはんを食べないとだめよ」
いいながらエリッツの皿から次々へと肉をとっていたアルヴィンの手をぴしゃりとはたく。
同時に厨房から「おうい」と大声があがる。焼けた肉が山となっているのが席からもみえた。
「あら、いけない」
女性がさして慌てた様子もなく「じゃあ、またね」とウインクをすると「ごはん、ごはん、みんなのごはん~」と歌いながら厨房へと立ち去っていった。
「あれがイゴルデだ」
アルマがいいそえる。
「このお店の名前、あの人の名前だったんですか」
「いい店だろう」
なんだかものすごく笑われていたが、空腹で倒れていたエリッツのためにわざわざ食べやすい食事を作ってくれたのだ。
「いい店ですね」
こたえながらうらやましそうにエリッツの皿をみているアルヴィンを無視して肉を食べすすめる。
「ところで今なんでこんなところにいるんだ。師匠の方はとんでもなく忙しいってきいてるぞ」
とんでもなく忙しいときいてエリッツの胸は痛んだ。さしつかえなさそうな範囲でアルマに経緯を説明すると、なんともいえない表情をした。
「エリッツ、そんな話をされたら困るよ」
なさけなく眉をさげて大げさにため息をつく。
「えっと、どのへんがダメでしたか」
「全部だよ、全部」
「はぁ」
エリッツはまた手がとまり、すかさずアルヴィンが肉を一片うばう。やはり驚異的に運動神経がいいのではないか。
「また余計なことをいってしまいそうだ」
アルマは両手で頭を抱え込んでうなりだす。エリッツにとっては期待通りの展開だ。知っていることをあらいざらい全部教えてほしい。
場所は例のイゴルデだ。
城の正門からは遠かったが、アルマがしきりに「うまいところがある」といいながらおとずれたのがこの店だった。やはり以前シェイルが連れてきてくれた店と同じだ。
道中アルヴィンは何度も走りだそうとしたが、エリッツはその都度おしとどめた。さすがにアルマを走らせるわけにはいかない。先ほどの道と違って人通りもかなり多い。アルヴィンはおとなしく歩いていることが苦痛らしく走っていたときよりも口数が減ったのはかえって都合がよかった。それでもいきなり知らない人を指さしたりするような奇行に走らないようエリッツは気をはり続ける。
イゴルデはあいかわらずの客層で大盛況だ。
役人なのか軍人なのか一般市民なのかさだかではないが、とりあえずガラの悪い男たちがあちらこちらで怒号をあげまたは大笑しつつゲームに興じ、昼から酒を飲んでいた。
「まだ何もいってないですよ」
アルマは自身のしゃべりすぎる癖を反省だけはしているようでいきなり予防線をはってくる。
「あ、いや、何か聞きたそうな顔をしてるからさ。すまない、すまない」
そういいながら頭をかく。実際いろいろ聞こうと思っていたが。世間話を装って話していればそのうち口が軽くなりそうなのであせることはないだろう。
それ以前にアルマがどの程度なにを知っているのか全然わからない。単純な好奇心もあるけれど、とにかく北の王や術士、ロイの難民のことなどシェイルやラヴォート殿下と対等に話せるだけの知識が欲しかった。まずはそこからだ。質問の多い書記官のままでは役に立てない。
ついでにエリッツは食堂での作法を学ぶべくじっとアルマのふるまいを観察する。
この店で出している昼食は一種類らしく席に着けば自動的にそのメニューがでてくる。そしてその場で支払いをすませるようだ。他に飲み物などが欲しい場合は自分でカウンターに取りにいきやはりその場で支払えばいいらしい。
目の前にドンッと置かれた皿にエリッツは目を丸くする。あふれんばかりに肉類が積みあげられていた。それに火を通しただけの野菜とパンが肩身がせまそうにそえられている。さらに肉団子のはいったスープがついていた。つまりほぼ肉だ。あわせてアルマが買ってきてくれたジュースも大ぶりの木のカップになみなみとそそがれている。とにかく全部のサイズが大きい。
「わぁ、おいしそう」
いいながらアルヴィンはすでに手をつけている。朝あんなにもたくさん食べたのにまさに底なしの食欲だ。
以前この店で食事をさせてもらったときエリッツはこんなに大量に食べられたのだろうかと疑問が浮かんだ。空腹は記憶がなくなるほど重症だったが、これほどの肉を無意識に咀嚼できるものなのかはかなりあやしい。
「おいしい、すごいおいしい」
アルヴィンは目をキラキラさせて肉を頬ばっている。アルマは「おー、よかったよかった」とうれしそうに笑いながら木のカップからぐびりと何かを飲んだ。においからして酒のようだが、仕事中ではないのだろうか。
食事のときは仕方ないだろうとエリッツは外套のフードをのける。黙々と食べすすめるが肉の山はなかなか終わりそうになかった。
「あら、元気そうね」
肩を軽くたたかれてふりかえると、先ほどから忙しそうに肉を運んでいた中年の女性がエリッツにほほえみかけていた。どうやら昼食のオーダーは一段落したらしく、布で汗をぬぐっている。
この店で働いているだけあってむき出しの腕は十分すぎるほどの筋肉がついていた。腕っ節が強そうだ。赤みがかったこげ茶色の髪は後頭部でかたく結いあげられ、そのせいか切れ長の目尻がきゅっとあがっている。凛々しい顔立ちだがやさしそうな雰囲気がただよっていた。
「やっぱおぼえてないか。半分気絶してるみたいだったし」
記憶にはなかったが以前この店にきたときに知らないうちに世話になっていた可能性はおおいにある。
「なんだ。ここに来たことあったのか」
アルマが驚いたようにエリッツを見る。エリッツとこの店のイメージは確かに結びつかないだろう。エリッツは簡単にシェイルにこの店につれてきてもらったいきさつを説明した。
「心配してたんだけど元気になってゲームをして帰ったってあの人から聞いたから安心したよ」
そういって親指で厨房の中の大男を指した。それはあのときダウレの盤を持ってきた大男だった。次から次へと肉を焼き続けている。よくわからないが戦っているような表情だ。女性は「あれ、うちの旦那」とにっこり笑う。
「やっぱりごはんは大事だね」
女性はなにか感心したようにエリッツをしげしげとながめてから急にふきだして大笑いする。筋肉質な体格のイメージ通り豪快な笑いかただ。
「ああ、ごめんごめん。思い出しちゃって。あのとき指揮官殿があなたをおぶって困った顔でここに来たのがおかしくて」
そういいながらもなお激しく笑いつづける。
「もう指揮官じゃないぞ。王子の側近だ」
アルマが肉汁がしたたっているナイフをあげて指摘する。
「だってあたしの現役の頃は指揮官だったもの」
強そうだと思ったら元軍人だったのか。厨房の大男も同じではないかとエリッツは再度鬼の形相で肉を焼き続ける大男をみやった。どう見ても肉と戦っている。
「おれ、寝ながら肉食べてましたか」
「ん? この間?」
女性は太い腕を組んで一瞬だけ考え、「そうそう、離乳食みたいなのをつくったのよ」とまた豪快に笑い出した。それには黙々と肉を食べていたアルヴィンもふきだす。気づいたらアルヴィンは早々に自分の分を平らげ、会話に気をとられているエリッツの皿に手を伸ばしていた。
「よーく煮た野菜と肉をつぶして。意識がもうろうとしてるみたいだったから指揮官殿がかいがいしく食べさせてあげてたわね」
いいながら笑いがとまらないようで涙目である。
まさかそんなに迷惑をかけていたとは知らなかった。エリッツの方も別の意味で泣きたくなる。
「本当に元気になってよかった。きちんとごはんを食べないとだめよ」
いいながらエリッツの皿から次々へと肉をとっていたアルヴィンの手をぴしゃりとはたく。
同時に厨房から「おうい」と大声があがる。焼けた肉が山となっているのが席からもみえた。
「あら、いけない」
女性がさして慌てた様子もなく「じゃあ、またね」とウインクをすると「ごはん、ごはん、みんなのごはん~」と歌いながら厨房へと立ち去っていった。
「あれがイゴルデだ」
アルマがいいそえる。
「このお店の名前、あの人の名前だったんですか」
「いい店だろう」
なんだかものすごく笑われていたが、空腹で倒れていたエリッツのためにわざわざ食べやすい食事を作ってくれたのだ。
「いい店ですね」
こたえながらうらやましそうにエリッツの皿をみているアルヴィンを無視して肉を食べすすめる。
「ところで今なんでこんなところにいるんだ。師匠の方はとんでもなく忙しいってきいてるぞ」
とんでもなく忙しいときいてエリッツの胸は痛んだ。さしつかえなさそうな範囲でアルマに経緯を説明すると、なんともいえない表情をした。
「エリッツ、そんな話をされたら困るよ」
なさけなく眉をさげて大げさにため息をつく。
「えっと、どのへんがダメでしたか」
「全部だよ、全部」
「はぁ」
エリッツはまた手がとまり、すかさずアルヴィンが肉を一片うばう。やはり驚異的に運動神経がいいのではないか。
「また余計なことをいってしまいそうだ」
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