亡国の草笛

うらたきよひこ

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第一章 (仮)

第二十七話 棺の中

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 墓守が墓地につくと早朝にもかかわらずすでに旅人の姿があった。遠目にもその白い外套が泥だらけになっているのがわかる。しかも旅人以外に二人の人間が立ち会っているようだ。服装から判断するに役人である。
「勝手に何をしているんですか」
 墓守の怒気をはらんだ大声にひるむことなく旅人は「急用ができてしまいまして」と、墓守に顔をむけた。相変わらずフードで目元が隠れている。
 フェリク・リンゼイの墓はすでに掘り返され棺があらわになっていた。墓守は信心深い方ではなかったが、幼子が眠る小さな棺を目にして思わず祈りの印を結ぶ。
 二人の役人は躊躇することなく土中の棺の上の土を運びだしている。
「ウィンレイク指揮官、棺をあけますか」
 役人の言葉に墓守は息をのむ。
「あんた、指揮官だったんですか」
 レジス国の指揮官は一般的には位の高い軍人が就く役職である。指揮する部隊の規模はさまざまであり、それによって権限も変わってくる。少なくともたった一人でこのような辺境の地をこそこそとかぎまわっている指揮官を墓守は知らない。
 役人を目指していただけに墓守はレジスの人事事情についてそこそこの知識を持ちあわせている自信があったが、目の前にいるウィンレイクという指揮官についての情報はゼロだった。最近就任したばかりの指揮官か、もしくは表に情報を出せない存在なのか。
「急いで戻る用事ができてしまったので、もうしわけないけれどすぐに中を確認させてもらいます」
 旅人、いやウィンレイク指揮官はそういうと自ら墓穴に入る。役人たちは戸惑ったように顔を見合わせるがどうすることもできない。
 この辺りの埋葬では棺に打つ釘はたったの二本だ。指揮官は胸元から銀色に光る金属をとりだす。それは酒瓶の栓を抜くための道具であった。
「かなりの酒飲みだそうです」
 墓守が不思議そうに指揮官の手元を見ているのに気づいたのか役人の一人が耳打ちをする。そんなもので釘を抜けるのか墓守は立場を忘れて見入っていた。
 ウィンレイク指揮官は器用に金属を扱い長い釘をあっさりと抜いてしまう。
「すごい馬鹿力だそうです」
 役人の一人がまた墓守に耳打ちする。墓守も見ていてそれには気づいた。棺に打つ専用の長くて太い釘である。しかも十年も前に打たれたものだ。錆びついていてそう簡単には抜けるものではないはずだ。
 指揮官はためらうことなく棺のふたをずらす。墓守も役人二人も思わず息をのむ。
 はたして棺の中は空であった。
 墓守は茫然とその場にへたりこむ。
 それにはかまわず、指揮官は墓穴から出ると「元に戻しておいてください」と二人の役人に指示をだす。空の棺を埋め戻してどうするのだろうかと、墓守はぼんやりと思う。
「ちょっと待ってください。棺の中をもう一度みせてください」
 墓穴におりた二人の役人に墓守は声をかける。しかし、その肩に指揮官が手をかけた。
「必要ありません」
「空のはずはないんです。それにさっき――」
 指揮官は墓守に向きなおると、外套のフードをはねあげ再度「必要ありません」といいはなつ。
 殺される。
 墓守は本能的にそう感じた。
 ウィンレイク指揮官の目つきはそれほどのものだった。これが指揮官にまでなる軍人の眼力というものだろうか。
 墓守の体は自身の意思とは関係なしに震えあがる。
 そのとき、丘のふもとの方から馬が駆けあがってくる気配がした。墓地は小さな丘である。すぐにその姿があらわになった。
 隆々とした黒鹿毛の軍馬にまたがったいかにも軍人といったたたずまいの男である。男は下乗すると指揮官に頭を下げる。
「ウィンレイク指揮官、新人役人を連れだしてなにをなさっているんです。早くお戻りください。みなが探しています」
 指揮官はあろうことかその男の腹を蹴った。うめいて膝をつく男の髪をつかんで顔をあげさせる。
「帝国の間諜は全員この手で殺します。帝国とつながっている人間にも容赦しません。そのことに関して単独行動の許可はとっています」
「いや、しかしそれは――」
 ウィンレイク指揮官は再度男の腹を蹴ってから投げすてるようにして男を解放した。先ほど役人がいった通り驚くほどの馬鹿力である。
 そして指揮官の単独行動とはまたすごいことをいい出すと、墓守はまじまじとウィンレイク指揮官を見つめた。
「墓守」
 突如、指揮官がふりかえったため、墓守はびくりと背筋を引きのばした。
 おそろしい。
 墓守は全身に鳥肌がたつのを感じていた。
「ひとつたのまれて欲しいことがあります」
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