【R18】逆上がりの夏の空

藤原紫音

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第25話「葬式に露杏奈が参列すること」

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 午後から雨が降り始めた。

 三日前、お母さんが亡くなった。ぼくと亜香里は学校にいたのだけど、授業中に先生に呼ばれて、タクシーで病院に直行した。最期のしゅんかんに立ち会えたのだけど、お母さんはもう話すことができなくて、息を引き取るまでの一時間五十分、ただベッドの傍に立っていた。ぼくにとっては二度目の死に目。

 医師が死亡確認して臨終の日時を伝えると、病院というものは死者にとても冷たくて、そこから一切ぼくたちとの関わりを遮断した。医者は生きている人を助けることが仕事だから当たり前なのだろうけど、その態度の落差には改めておののいた。
 代わりに、病院に常駐する葬儀屋の男が名刺を渡してきて、お父さんや親戚に連絡することを促した。ぼくたちが廊下に出て、お父さんにメールを送り、美咲叔母さんに電話している間に、葬儀屋の担当者が清拭せいしきを済ませてくれた。お父さんはすぐには帰国できなくて、美咲叔母さんを頼ることになった。亜香里はお母さんが死んだショックを隠せなくて、唇が青ざめて、手足が震えていて、心ここにあらずだった。

 ぼくたちのマンションのエレベータにはストレッチャーが入らないし、葬儀場のご安置にはお金がかかるから、美咲叔母さんはお母さんを立川の実家に下げてもらった。ぼくは西東京が大嫌いだけど、美咲叔母さんの言うことはきく。

 お母さんの実家は大きな神社と公園に面していて、二階のバルコニーからちびっこが遊ぶ姿がみえる。ぼくと亜香里はバルコニーの手すりを掴んで、ずっと公園を眺めていた。その間に、美咲叔母さんが葬式の打ち合わせをする。残酷なことだけれど、お母さんが生きている間に、お母さんが亡くなったときのことをお父さんと美咲叔母さんとの間で話し合っていたので、迷うこと無くプランが決まったようだった。

 ぼくたちは遅いお昼をお母さんの実家でご馳走になって、お祖母ちゃんにお菓子を、お祖父ちゃんに小遣いを貰った。美咲叔母さんがぼくたちの学校に忌引の連絡をしてくれた。
火葬場かそうばがあいてないんだって。だから、お葬式は明々後日しあさってになるよ。お父さんは明後日戻れるからね」
 美咲叔母さんにそう言われた。

 ぼくと亜香里はお母さんの実家に泊まった。二人きりでマンションに戻ると、お母さんがいなくなったことばかり考えてしまいそうだったから、お母さんの実家に留まって、葬式の準備を手伝って忙しく過ごすことにした。ぼくが時をさかのぼる前、お母さんが亡くなったとき、妹と仲違いしていたから、ぼくだけマンションに帰って泣いていた憶えがある。

 * * *

 雨の中、お父さんの会社の人と、何人かの親戚が焼香に訪れた。

 密葬の予定だったから、あまりあちこちに連絡していない。お寺さんも呼ばないし、告別式も初七日もしないし、香典も受け取らない。近くに住む縁者がふらりと訪れて、焼香して、お祖母ちゃんとお喋りして帰っていく。学校から梅津先生と学級委員のケンジが焼香に来てくれて、ケンジは配布物を持ってきてくれる。棺も簡素なもので、祭壇もなく、線香と供物を供える棚がひとつ。

 午後四時頃、露杏奈が焼香に訪れる。普段着だったケンジと違って黒い喪服を着ていて、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにご挨拶したあと、縁側で雨を眺めていたぼくのところにやってくる。
「乃蒼くん……、ちょっとお話があるんだけど」
「お話?」
「どっか、二人になれないかな」
 振り返ると、亜香里が座卓でなにか書いている。お父さんは眠っているようなお母さんの傍らに座って、珍しくスマホもパソコンも触らない。ぼくは露杏奈と一緒に二階に上がる。公園のみえる空き部屋に入る。露杏奈がぼくの袖を引いて座らせる。
 スマホを取り出して、配信アプリを開く。猥褻なライブチャットが並ぶ中に、サムネイルの無い有料チャンネルがひとつ。露杏奈がそれを開く。

 砂浜の上で仰向けになったぼくを絵里衣が跨ぎ、露杏奈を含む女の子たちがぼくの身体に群がって愛撫する動画が流れる。全身に冷や汗が流れる。
「これは……」
 ぼくは言葉に詰まる。
「先月、梨衣菜さんと海で撮影したやつだよね」
「じゃあ、梨衣菜さんがこれ、配信してるってこと?」
「わからないけれど、そうかも」
「ちょっと聞いてみる」
 ぼくは自分のスマホを出して、菱田梨衣菜に電話する。出ない。この時間は仕事中だ。
「いつみつけたの?」
「昨日、絵里衣ちゃんから聞いたの。絵里衣ちゃんはもともと自分で配信してるでしょ。リスナーの人に教えてもらったんだって」

 ぼくはもう一度菱田梨衣菜に電話する。やっぱり出ない。電話番号は知ってるけれど、電話したことは一度もない。シグナルというアプリでメッセージが届くだけ。ぼくはアプリでメッセージを送る。至急お話したいことがあります、連絡ください。

「あたしたち、ヤバいよね。捕まっちゃうかな?」
「梨衣菜さんは、大丈夫って言ってたよ」
「大丈夫?」
「動画、売ってることは、教えてくれたんだ。だけど、ネットでは配信してないって」
「どうやって売ってるの?」
「DVDを郵送してるって」
「じゃあ、あれってそのお金?」
「そうみたい」

 ぼくたちは先月と今月、菱田梨衣菜から数万円の現金を貰っていた。カメラの前でセックスして散々いい思いをした挙げ句、お金まで貰えて単純にハッピーな気分でいたけれど、こういうリスクがあることをすっかり忘れていた。
 鼓動が早くなっていくのを感じる。菱田梨衣菜はアナログ販売しかしていないと断言したからぼくたちは安心して毎週土曜日の朝から夕方まで乱交を撮影して、菱田梨衣菜から送られてきた共有動画をパソコンで再生して、今度はこんなアクロバットな体位でやってみようとか、膣から吸い出した精液は飲まずに口移ししようとか、こんな変わった愛撫をしてみようとか、いろいろ卑猥なアイデアを出し合って倫理的にも法的にもよくない行為に積極的になっていたのに、お窯の底が抜けたら料理はできない。

 そわそわしている傍で、露杏奈のスマホには延々とぼくたちの嬌態が流れて、結合が接写され、ぼくの乳首が吸われ、大量の精液が迸り、視聴者数が九百人を超える。ライブ開始から五時間経過している。
「どうしよう……」
「ぼく、梨衣菜さんに聞いてみる。露杏奈は心配しないで」
「うん……」
「今日は遠いところごめんね。駅まで送るよ」
「ねえ、今日は帰りたくない」
「お母さん心配するよ」
「今日は、家に誰も居ないの」

 露杏奈は夕方の出棺のときもぼくたち家族と一緒にいて、家族と共にバスに乗って火葬場までついてきた。亜香里と一緒にお祖母ちゃんとずっとお喋りしていて、ぼくは窓際で雨の降る空を見上げていた。
 ぼくにとって、お母さんの葬式――葬儀はしていないけれど――は二度目の経験だ。お母さんとの想い出には蓋をして、いまは振り返らないほうがいい。少しでも思い出してしまうと、そこから涙がとまらないから。

 美咲叔母さんが外で買ってきたペットボトルのお茶を配る。精進落しの料理は無い。お父さんは手伝いに来てくれた鎌倉の叔父さんと喫煙所でなにか話してる。亜香里と露杏奈がやってきて、ぼくを挟んで座る。
「お祖母ちゃんがね、露杏奈ちゃんのこと気に入ってたよ。お嫁さんに来ればいいって」
 亜香里が言う。ぼくが露杏奈を振り返ると、露杏奈は照れ笑いをする。

 火葬が終わり、骨上げのあと、またバスに乗って墓地へ納骨に向かう。雨の降る中、ぼくは露杏奈と相合い傘をして、墓地管理者の納骨を見守る。僧侶もいないから、美咲叔母さんが線香の束を供える。
 その後、一度お祖父ちゃんお祖母ちゃんの家に戻ってから、ぼくたちはお菓子と缶詰を持たされて、お父さんが呼んだタクシーで露杏奈と三人でマンションへ帰る。お父さんは手続きがまだたくさん残っているから、お祖父ちゃんの家に泊まると言うけれど、お父さんはお母さんと過ごしたぼくたちのマンションに寄り付かない。きっと、お母さんとの想い出が蘇ることを避けているのだと思う。ぼくもそうだ。男は女が考えているより遥かに弱くて、過去に向き合うのに時間がかかる。

 * * *

「もしもし、やっとつながった。梨衣菜さん」
「乃蒼くん、どうしたの?」

 ぼくは自分の部屋のベッドに仰向けになって、そのぼくを露杏奈が跨いでつながり、亜香里に背中を抱かれて腰を上下にスナップさせる。ちゃぽっ、ちゃぽっ、ぶちょっ、ぬちゃっ、と卑猥な音が響き、ぼくは露杏奈を下から突き上げて、菱田梨衣菜に何度も電話をかけ直して、いまようやくつながったところ。

「梨衣菜さん、ぼくたちの動画がライブ配信されてるんですけど」
「どこで?」
「オーカイなんとかってところ」
「オーカイメグ?」
「そう、それです」
 菱田梨衣菜がパソコンのキーを叩く音。露杏奈が横を向いて、亜香里を舌を絡め合う。菱田梨衣菜に貰ったオイルを使っているから、ふたりともとろけるような表情で艶かしく絡み合う。
 お母さんが亡くなって二日間だけ我慢したけど、露杏奈が家に来てもう無理だった。日に日に性欲が強くなっていく気がして、とても不安になる。

「あーほんとだ、このサムネないやつでしょ」
「それって、梨衣菜さんが配信してるんじゃ……」
「そんなわけないでしょ。DVD買ったヤツが配信で稼いでるんだよ……。こいつもう九時間も配信してるね」
 ぼくたちはセックスしながら、そのオーカイメグの配信をパソコンで流しっぱなしにしていた。大勢の視聴者がぼくたちの乱交を観ているという焦燥と羞恥が快感を掻き立てる。
「どうすればいいですか」
「いま通報した。違法動画は通報ボタンで運営に通知できるから、みつけたらすぐに通報していいよ」
「それって、運営にぼくたちのこと……」
「オーカイメグは配信動画を記録してないから、捕まるのは配信してたヤツだね。でも絵里衣とか露杏奈ちゃんは、顔が知られてるからちょっとヤバいかもね」
「絵里衣がリスナーさんから教えてもらったらしいです」
「絵里衣はなんて言ってた?」
「まだ連絡してないです」
「あたし、後で電話してみるよ。乃蒼くんは、露杏奈ちゃんと話した?」
「いま……、一緒にいます」
「ちょっと変わってくれる?」

 ぼくはスマホを露杏奈に差し出す。露杏奈は受け取って、もしもし、と上ずった声。ぼくは下から小刻みに突き上げる。ちゃぷちゃぷ、濡れた音が響く。
「はい……いえ、じ、事務所は、まだ何も……ウフフ、乃蒼くんなら、観られ……てっ、ふっ」
 ぼくは起き上がって、露杏奈を仰向けにして、ぶちゃぶちゃ突き下ろす。亜香里がぼくの背中に回って、後ろからぼくの胸を撫でる。乳首を摘む。ぼくは後ろに手を回して、亜香里の割れ目に指を沈める。配信中だったぼくたちの乱交動画が突然停止する。

「はい、と……止まりました。あっ、うん、ふーっ、えへへ、してます。いいえ、さっき帰ってきて、はっ、あっ、あん、あっ、始めた……ばかりですよ」
 露杏奈がぼくにスマホを返す。
「乃蒼くん、自分で配信とかしちゃだめだからね」
 菱田梨衣菜が言う。
「しませんよ」
「やりたいなら、オーカイメグよりいいとこあるから、教えるよ。リアルタイム配信のやつ」
「して……いいんですか?」
「観られるの好きでしょ」
 ぼくは唇を噛んで、セックスを配信することを想像してしまう。大勢の人にリアルタイムに観られる羞恥はどんな感じだろう。天使のような少女たち複数と快楽に溺れる姿を、いま誰かが観ているという事実を安全なところから知ることができたら、これに優る悖徳はいとくは無い。
「絵里衣に電話するから、また後でね」
 そう言って菱田梨衣菜は通話を切る。ぼくはスマホを耳に当てたまま、露杏奈の膣に射精する。
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