【R18】逆上がりの夏の空

藤原紫音

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第13話「露杏奈に告白すること」

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 七月最初の週の水曜日、朝から曇っていて暑くない。

 今週、露杏奈はずっとぼくと喋ってくれなくて、代わりに唯がぼくの席に頻繁に訪れるようになった。露杏奈は唯たちとぼくがセックスしていることを知っているから、唯が近づくと席を立ってユウナや亮二や袴田くんの席に去ってしまう。莉緒菜と陽菜は席が隣り合っているから、休み時間も自分の席でお喋りする。唯は必ずぼくの机に座って、右膝を抱えてぼくにしか見えない角度で股間をみせつける。

「絵里衣ちゃんとこだけど、もう入れないから、週末、乃蒼くんち行ってもいいかって、絵里衣が訊いてって」
「ぼくはいいけど、亜香里が……」
「亜香里ちゃんは来てもいいって、自宅の方が落ち着くみたいだし」
「そっか……ならいいけど」
「あたしと莉緒菜は、週末予定あるから行けないけど……」
「放課後は?」
「放課後はどーしようね」
「まっすぐ帰ろうよ……」
 ぼくは教室の向こうの露杏奈に視線を送る。
「露杏奈のこと、気になる?」
「いや、別に……」
「大丈夫だって、あの子、そういうことべらべら喋るような仲のいい相手いないし、いても黙ってるタイプだから」
 休み時間にセックスを見られたことを暴露されるのではないかという心配は少しはあったけれど、それ以上に露杏奈がぼくから心が離れたことを気に病んでいるのに、唯は気づかない。
「今日、お昼休みに、露杏奈とそのこと喋ってみる」とぼく。
「あー、やっぱ心配?」
「うん、だって、ずっと心配するより、ちゃんと訊いたほうがいいから」
「ねえ、露杏奈ちゃんもエッチに誘いなよ。あの子めっちゃ可愛いし、ウチらがヤりたい」

 * * *

 隣の席でささやき声だって聞こえる距離にいるのに、ぼくは露杏奈に自分から話しかけることができない。天使のような横顔は氷の妖精みたいに冷ややかに無言でぼくを拒絶している。ぼくはやむを得ず、ノートの隅を千切って文字を書く。

 給食のあと、体育館のうらに来てほしいです。

 その切れ端を四つ折りにして、露杏奈が目を落とすノートの上にのせる。露杏奈は紙切れを開いて読む。俯いて考え込む。拒否されるかもしれない。だけど、他に方法がない。緊張して机の下で爪先立ち、膝を震わせる。梅津先生がチャレンジシートの問題を解説する。先生の言葉が頭に入ってこない。

「裏って、駐車場?」
 露杏奈がノートに眼を落としたまま訊く。
「うん、駐車場」
「わかった」

 それだけのやり取りなのに、ぼくは胸が高鳴って浮足立つ。前の席のカナが肘をついて居眠りしていて、一番前の席に座るケンジが隣のカノちゃんに肩を叩かれる。校庭で六年生がストレッチして、尾長鶏おながどりがギーギーと鳴き、窓から吹き込む風がカーテンを捲ってふわりと舞う姿が時間の流れを遅くする。

 * * *

 お昼休みの駐車場には誰もいない。
 ぼくは給食を露杏奈より先に食べ終わって、唯たちに手を振って、まっすぐここへ来た。ほんとうは生徒は駐車場に入ってはいけないのだけど、誰も見ていないから構わない。駐車場のフェンスの周囲は雑草が生い茂り、その雑草の上にくずつたを伸ばす。

 大政中学の男子寮にはテレビがなかった。パソコンも無いから、外界とつながる唯一の手段はスマホだけだったのに、勉強や部活動が忙しくて見てる暇がなかった。だから、中学以降は女の子と接する機会が途絶して、ぼくの想い出の中には露杏奈だけが残された。ふとしたときに思い出すのは露杏奈のことばかり。三年間、想像の中だけでしか逢えなかった露杏奈と、ほんとうに再会できたというのに、ぼくは他の子たちと身体を重ね、露杏奈の想い出の中から消えようとしている。

「乃蒼くん」

 背後から声をかけられて、ぼくはびっくりして少し飛び上がる。外階段を露杏奈が降りてくる。駆け寄る。ここ一週間の冷たい雰囲気が和らいだ気がするけど、気の所為せいかもしれない。

「お昼休みにごめんね……」
 ぼくが言うと、露杏奈は髪をかきあげる。
「ううん、いいよ」

 ぼくは何を言うべきか考えていない。露杏奈を前にすれば、口をついて思いが溢れると期待していたけれど、頭が真っ白になって、その美しい瞳をみつめて己の鼓動を聴くばかり。

「もしかして……唯ちゃんたちのこと?」
「え……」
「それなら心配しないで、あたし、誰にも言わないから」

 露杏奈はそう言って微笑む。雀がチュルチュルさえずる声が、裏通りの街路樹から聴こえてくる。

「そのことじゃ……ないの」
「なに?」
「ぼく……」
「うん」

 膝が震える。震える手を背中で組む。ぼくの緊張が露杏奈に伝わって、神妙な表情に変わる。

「ぼく、露杏奈のことが好きです」

 言ってしまった。
 風が吹いて、露杏奈の柔らかいダークブラウンの髪が舞う。体育館の窓に、青い雲がゆっくり流れる。露杏奈は白いカットソーの上にクリーム色のキャミを着て、短いチェックのプリーツスカートを履いている。小学五年生にしては大人っぽい格好。露杏奈はぼくをみつめたまま、とても長い時間沈黙する。

「嬉しいけど……乃蒼くん、唯ちゃんたちと、エッチしてるよね」
「唯ちゃんから誘われたんだ」
「無理矢理?」
「無理矢理ってほどじゃないけど……」
「じゃあなに?」
 強い口調に言葉に詰まる。
「ぼくが、本当に好きなのは露杏奈ちゃんだから、きもちを伝えたくて」
「そう、ありがと。伝わったわ、もういい?」
「ぼくと、付き合ってくれませんか?」
「それは無理かも」
「どうしても?」
「だって、乃蒼くん……」
「うん」
「やりたいだけでしょ。あたしは誰かの大切なひとになりたいの、その他大勢の女は厭」

 露杏奈は踵を返して立ち去ろうとする。ぼくは追いかけて手首を掴む。

「待って、唯たちとはもう逢わない」
「莉緒菜と陽菜は?」
「莉緒菜と陽菜とも逢わない」
「……乃蒼くんは、それでいいの?」

 露杏奈がぼくに向き直る。逆にぼくの手を取る。ぼくは頷く。

「じゃあ、もし……仮に、あたしが……」
「うん」
「唯ちゃんたちと一緒に、乃蒼くんとエッチしてもいいって言ったら?」
「それは……」
「どうする?」
 露杏奈が唯たちの乱交に混ざる姿を想像してしまう。幼い柔肌に挟まれる光景が瞼に浮かぶ。
「露杏奈が、厭じゃなければ……」

 ぱちん、と甲高い音が響く。露杏奈がぼくの頬をぶって、ぼくはよろめく。

「サイッテー」

 そう吐き捨てて、露杏奈は外階段を駆け上がっていく。
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