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第2話「同窓会に参加して、母校が廃校になったと聞くこと」
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幡ヶ谷イルミナージュ二階の五十人は収容できそうな広いバンケットで、ぼくは小学校の同級生たちと再会した。白いクロスの引かれた円卓の上にテーブルブーケが飾られ、蠟燭の炎が揺らめく。
ぼくは緑のジャケットを着て、袴田くんと一緒に会場に入った。もし一人だったら不参加にしたかもしれない。再会を歓ぶほどの良い思い出がみつからない。
ぼくたちはテーブルに着席する。同じテーブルに座った女子二人と男子が喋っている。ぼくたちを見上げた女子が、袴田くんをみて驚いた声をあげる。
「梨央くん! めっちゃ背が伸びてる」
「莉緒菜ちゃん?」と袴田くん。
「覚えてた!」
「渡邉莉緒菜ちゃんだよね、覚えてるよ」
袴田くんが渡邉莉緒菜と盛り上がる。渡邉莉緒菜は席が隣になったことがある。お澄まししてるとお高く止まったかんじがするのだけど、笑顔が柔らかくて可愛い。長かった髪が短くなっていたから、袴田くんが覚えていなければ思い出せなかった。
久しぶりに会って、顔は覚えているけど名前が出てこない子もいて、会場は初々しい雰囲気に沸き立つ。隣のテーブルでは誰、誰、と連呼しあってる。
莉緒菜たちと一緒に喋っていた男子は野田亮二。細い眼鏡をかけたインテリ顔の男子だったけど、高校生になってますます鼻持ちならない感じに成長した。野田亮二とは、ほとんど喋ったことがないからどういう人かわからない。
ぼくには誰も話しかけてこないだろうけど、ぼくは集団の中で孤立することに慣れている。じっとしていれば誰にも注目されずに、時間だけが過ぎていく。そうやってこの五年間をやり過ごしてきた。
会場を見渡す。四十人クラスのうち、参加しているのは二十人ちょっと。参加者をみていると、モノクロに焼きついた五年生の記憶が鮮やかに色づく。その中に、伊東露杏奈の姿はみあたらない。
「ねえ、乃蒼くんでしょ?」
莉緒菜と一緒に座っていた子がぼくの隣に座り直す。
「ぼくのこと、覚えてるの?」
「覚えてるよ。梨央くんの次に可愛い男子だったもん。今日、二人で来たの?」
「うん、高校が同じなんだ」
「大政?」
「そう」
「すっげー、梨央くん大政受かったんだ」
変な汗が首筋に滲む。中学からずっと男子校で過ごして、女子は未知の生物になっていたのだから、こんなに接近されたのは三年ぶり。それに、目の前で親しげに話しかけるこの女子高生の名前を思い出せない。どうしよう、わからない、なんだっけ、短い名前、心拍数が上がる。このまま袴田くんたちの輪に戻って、ぼくに興味を失って欲しい。合格発表の日よりも激しい焦燥に襲われる。そこへ、袴田くんと喋っていた渡邉莉緒菜が助け舟を出してくれた。
「ねー唯、蒼汰って不参加?」
「しらないよ」
眼の前の子が言う。思い出した、この子は唯、櫛田唯。おかっぱボブで睫毛が長くて、どことなく憂いのある表情の少女。成長して、胸が大きくなった。ショートパンツから覗く太腿が目に毒だ。
「蒼汰、唯の彼氏じゃなかった?」
「彼氏じゃないよ、蒼汰がアタシのことが好きだっただけ」
莉緒菜が大笑いする。
「陽菜は?」と唯が会場を見回す。
「陽菜は撮影だって。あの子、モデルやってるでしょ」
梅津先生がぼくたちに向けて手をふる。亮二が席を立ってステージにあがる。マイクスタンドを立てて、同窓会開始の音頭を取る。
「会場にお集まりの皆さん、聖恵小の同窓会にご参加いただき、誠にありがとうございます。本日の目玉はビュッフェスタイルのドリンク、サラダ、スープ、シュリンプカクテル、仔牛のフィレ肉のソテー、キノコのサラダ、海の幸、山の幸のオンパレード、コースも出ます、出します、出させます、さあ皆様、お手元のグラスをお持ちください」
みんなグラスのジュースや烏龍茶を掲げて、乾杯と合唱する。スタッフが前菜を運ぶ。解放されていた入り口の扉が閉じられる。参加者はこれで全部か。露杏奈の姿はどこにもない。ぼくは席について、櫛田唯に訊く。
「櫛田さんって、伊東さんと友達じゃなかった?」
「露杏奈? 結構、仲はよかったけど、一緒に遊んだりはしなかったかな」
「今日、来てないよね」
櫛田唯がぼくを覗き込む。
「知らないの? 露杏奈、両親が離婚して、お父さんに引き取られてベルギーに引っ越したんだよ」
「ベルギー?」
「あの子、ハーフでしょ。クォーターだっけ? お母さん日本人だから、あんま濃くなかったよね」
「そうなんだ……」
言われてみれば、転入してきたとき、梅津先生がそう言っていた気がする。ハーフやクォーターなんて珍しくないから、気にしたことはなかった。
「乃蒼くん、露杏奈のこと好きなの?」
「好きっていうか、色々お喋りしてくれたから」
「あー、あの子性格明るいから、割と誰とでも仲良くなるんだよね」
別のテーブルから女子が歩いてきて、唯に飛びつく。久しぶりー、元気? 高校どこ? 制服めっちゃ可愛い、女子どうしで再会のセレモニー。ぼくは再び一人の世界に戻って、前菜のエビとアボカドをタルタルで固めた謎メニューを平らげる。
「アンタ乃蒼くんじゃん、頭大丈夫?」と知らない女子が言う。
「ユウナそれは失礼じゃない」と唯。
ユウナが「そーじゃなくてー」と弁解する。ぼくは後ろ髪を掻き上げて、髪の中にかくれた傷をみせる。鉄棒から落ちた時にパックリ割れて、三針縫った。
「傷跡残ってるけど、大丈夫だよ」
「もう頭痛は無いの?」
「うん、それも治った」
「よかったじゃん、てか大政だよね。すごいね、東大エスカレータでしょ」
事故以来、ぼくは慢性的な頭痛に悩まされていたけれど、中学に上がってからなくなった。そんなこともう忘れていたのに、意外とみんなぼくのことを覚えている。
「アタシ今日来るかどうか迷ったけど、ちょー懐かしくて、来てよかった」とユウナが言う。
「ねー、想い出が蘇るね。そういや、校舎無くなっちゃうんでしょ」
「そうそう、柿崎付属に吸収されて、廃校だって」
「廃校?」とぼく。
「聖恵、廃校になるから、校舎取り壊しになるんだよ。てかもう工事してる」と唯。
「無くなっちゃうの?」
「そーだよ、いま見ておかないと、来月末には全部無くなるよ」
そう言われると、なぜだかギュッと心が竦むよう。辛い出来事もあったけれど、最後の楽しい想い出がいっぱい詰まっているのはあの小学校だ。唯がぼくに向き直って言う。
「ねえ、この後、校舎見に行かない?」
ぼくは緑のジャケットを着て、袴田くんと一緒に会場に入った。もし一人だったら不参加にしたかもしれない。再会を歓ぶほどの良い思い出がみつからない。
ぼくたちはテーブルに着席する。同じテーブルに座った女子二人と男子が喋っている。ぼくたちを見上げた女子が、袴田くんをみて驚いた声をあげる。
「梨央くん! めっちゃ背が伸びてる」
「莉緒菜ちゃん?」と袴田くん。
「覚えてた!」
「渡邉莉緒菜ちゃんだよね、覚えてるよ」
袴田くんが渡邉莉緒菜と盛り上がる。渡邉莉緒菜は席が隣になったことがある。お澄まししてるとお高く止まったかんじがするのだけど、笑顔が柔らかくて可愛い。長かった髪が短くなっていたから、袴田くんが覚えていなければ思い出せなかった。
久しぶりに会って、顔は覚えているけど名前が出てこない子もいて、会場は初々しい雰囲気に沸き立つ。隣のテーブルでは誰、誰、と連呼しあってる。
莉緒菜たちと一緒に喋っていた男子は野田亮二。細い眼鏡をかけたインテリ顔の男子だったけど、高校生になってますます鼻持ちならない感じに成長した。野田亮二とは、ほとんど喋ったことがないからどういう人かわからない。
ぼくには誰も話しかけてこないだろうけど、ぼくは集団の中で孤立することに慣れている。じっとしていれば誰にも注目されずに、時間だけが過ぎていく。そうやってこの五年間をやり過ごしてきた。
会場を見渡す。四十人クラスのうち、参加しているのは二十人ちょっと。参加者をみていると、モノクロに焼きついた五年生の記憶が鮮やかに色づく。その中に、伊東露杏奈の姿はみあたらない。
「ねえ、乃蒼くんでしょ?」
莉緒菜と一緒に座っていた子がぼくの隣に座り直す。
「ぼくのこと、覚えてるの?」
「覚えてるよ。梨央くんの次に可愛い男子だったもん。今日、二人で来たの?」
「うん、高校が同じなんだ」
「大政?」
「そう」
「すっげー、梨央くん大政受かったんだ」
変な汗が首筋に滲む。中学からずっと男子校で過ごして、女子は未知の生物になっていたのだから、こんなに接近されたのは三年ぶり。それに、目の前で親しげに話しかけるこの女子高生の名前を思い出せない。どうしよう、わからない、なんだっけ、短い名前、心拍数が上がる。このまま袴田くんたちの輪に戻って、ぼくに興味を失って欲しい。合格発表の日よりも激しい焦燥に襲われる。そこへ、袴田くんと喋っていた渡邉莉緒菜が助け舟を出してくれた。
「ねー唯、蒼汰って不参加?」
「しらないよ」
眼の前の子が言う。思い出した、この子は唯、櫛田唯。おかっぱボブで睫毛が長くて、どことなく憂いのある表情の少女。成長して、胸が大きくなった。ショートパンツから覗く太腿が目に毒だ。
「蒼汰、唯の彼氏じゃなかった?」
「彼氏じゃないよ、蒼汰がアタシのことが好きだっただけ」
莉緒菜が大笑いする。
「陽菜は?」と唯が会場を見回す。
「陽菜は撮影だって。あの子、モデルやってるでしょ」
梅津先生がぼくたちに向けて手をふる。亮二が席を立ってステージにあがる。マイクスタンドを立てて、同窓会開始の音頭を取る。
「会場にお集まりの皆さん、聖恵小の同窓会にご参加いただき、誠にありがとうございます。本日の目玉はビュッフェスタイルのドリンク、サラダ、スープ、シュリンプカクテル、仔牛のフィレ肉のソテー、キノコのサラダ、海の幸、山の幸のオンパレード、コースも出ます、出します、出させます、さあ皆様、お手元のグラスをお持ちください」
みんなグラスのジュースや烏龍茶を掲げて、乾杯と合唱する。スタッフが前菜を運ぶ。解放されていた入り口の扉が閉じられる。参加者はこれで全部か。露杏奈の姿はどこにもない。ぼくは席について、櫛田唯に訊く。
「櫛田さんって、伊東さんと友達じゃなかった?」
「露杏奈? 結構、仲はよかったけど、一緒に遊んだりはしなかったかな」
「今日、来てないよね」
櫛田唯がぼくを覗き込む。
「知らないの? 露杏奈、両親が離婚して、お父さんに引き取られてベルギーに引っ越したんだよ」
「ベルギー?」
「あの子、ハーフでしょ。クォーターだっけ? お母さん日本人だから、あんま濃くなかったよね」
「そうなんだ……」
言われてみれば、転入してきたとき、梅津先生がそう言っていた気がする。ハーフやクォーターなんて珍しくないから、気にしたことはなかった。
「乃蒼くん、露杏奈のこと好きなの?」
「好きっていうか、色々お喋りしてくれたから」
「あー、あの子性格明るいから、割と誰とでも仲良くなるんだよね」
別のテーブルから女子が歩いてきて、唯に飛びつく。久しぶりー、元気? 高校どこ? 制服めっちゃ可愛い、女子どうしで再会のセレモニー。ぼくは再び一人の世界に戻って、前菜のエビとアボカドをタルタルで固めた謎メニューを平らげる。
「アンタ乃蒼くんじゃん、頭大丈夫?」と知らない女子が言う。
「ユウナそれは失礼じゃない」と唯。
ユウナが「そーじゃなくてー」と弁解する。ぼくは後ろ髪を掻き上げて、髪の中にかくれた傷をみせる。鉄棒から落ちた時にパックリ割れて、三針縫った。
「傷跡残ってるけど、大丈夫だよ」
「もう頭痛は無いの?」
「うん、それも治った」
「よかったじゃん、てか大政だよね。すごいね、東大エスカレータでしょ」
事故以来、ぼくは慢性的な頭痛に悩まされていたけれど、中学に上がってからなくなった。そんなこともう忘れていたのに、意外とみんなぼくのことを覚えている。
「アタシ今日来るかどうか迷ったけど、ちょー懐かしくて、来てよかった」とユウナが言う。
「ねー、想い出が蘇るね。そういや、校舎無くなっちゃうんでしょ」
「そうそう、柿崎付属に吸収されて、廃校だって」
「廃校?」とぼく。
「聖恵、廃校になるから、校舎取り壊しになるんだよ。てかもう工事してる」と唯。
「無くなっちゃうの?」
「そーだよ、いま見ておかないと、来月末には全部無くなるよ」
そう言われると、なぜだかギュッと心が竦むよう。辛い出来事もあったけれど、最後の楽しい想い出がいっぱい詰まっているのはあの小学校だ。唯がぼくに向き直って言う。
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