【R18】逆上がりの夏の空

藤原紫音

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第1話「入学した男子校でできた友達が同じ小学校の同級生だったこと」

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 名門、大政高校は都内の男子校で、制服がブレザーじゃなくて詰めえりの学ランだ。

 ぼくは藤原乃蒼ふじわらのあという名前。変わった名前だから、藤原じゃなくて、乃蒼と呼ばれることが多い。私立の男子校である大政中学に進学し、そのままエスカレーターで大政高校へ入学したから、青春の貴重な時間を男子だらけの空間に閉じ込められて過ごしてきた。

 英語の授業で、ぼくは隣の席の男子に英語の辞書を借りる。辞書の裏側に、袴田梨央はかまだりおと名前が書いてある。袴田くんは授業中、一度も辞書を引かない。授業が終わると、ぼくは借りた辞書を返す。

「これありがとう、助かったよ」
 辞書を渡すと、袴田くんはぼくをじっとみつめる。少し間があって、
「君、名前なんだっけ?」と袴田くんが訊く。
「藤原、藤原乃蒼といいます」
「ノアくん?」
「そう……」
「聞いたことあるなぁ、どう書くの?」
乃木希典のぎまれすけの乃に、蒼天航路そうてんこうろあお

 ぼくはノートに自分の名前を漢字で書いてみせる。

「珍しい名前だね」
「よく言われる」
「乃蒼くん、部活どうする?」
「部活……、まだ決めてないんだ。袴田くんは?」
「ぼくはやる気ないから、美術部か写真部にしようとおもってる」
「あー、なんか写真部って結構ガチだった気がする」
 ぼくたち新入生に対する部活の勧誘が始まっているけれど、写真部は作品展示をやっていて、フィルムカメラを使って撮影をする。現像も自分たちでやるし、撮影旅行も自腹でどこへでも行く。インドアなぼくには合わないとおもった。
「そうなの?」
「美術部はテキトーだったよ。勧誘もあんまり積極的じゃないし、部室に筋トレグッズが置いてあった」
「そうなんだ、美術部にしようかなぁ」

 ぼくたちは部活選びについて休み時間に話をする。
 ぼくは大政中学から大政高校にエスカレートで入学したのだけど、梨央くんは高校受験枠で入学してきたひとだから、きっと相当成績が良い。聞けば医者の息子だという。ここは男子校で男ばっかりだけど、因数分解あたりで人類のレールから脱落したゴリラはほとんどいない。みんな小綺麗で賢そうな子ばかり。

 * * *

 ぼくは梨央くんとすぐに仲良くなって、お昼は一緒に学食へ。日替わり定食セットの食券を買って、カウンターでトレーを受け取る。学食はおばちゃんばかりだけど、食券を受け取るのは若い女の人。ぼくはいつも俯いてしまう。
 窓際の開いてる席に座る。視界に入るのは男子生徒ばかり。右を見ても左を見ても男子、男子、男子。大政中学も男子校だったから、この生活には慣れてしまったけれど、外から来た子は刑務所にみえるかもしれない。

「乃蒼くんって、どこに住んでるの?」と袴田くんが訊く。
「ぼくは赤羽」
「遠くない? 埼玉でしょ?」
「うん、遠いよ。でも赤羽は埼玉じゃないから……」
「山手線で通ってるの?」
「ぼく寄宿生だよ。家には週末しか帰らない」
「あー、寮生なんだ」

 男子寮は一応個室になっていて、中学から寮に入っている子は、ぼくも含めて規則正しく生活する。夜遅くまで騒ぐやつはいない。
 塾から帰ると、誰かの部屋に集まって、問題を出し合って勉強会を開いたり、先生が開設している校内回線用のオンラインサロンで質問を飛ばし合う。部屋にこもって遊んでいると、あっという間に授業についていけなくなる。落ちこぼれる不安もあったけれど、勉強することは別に苦痛じゃない。勉強が嫌いな子は大政には入れない。

 唯一の楽しみは夕食。食堂で川谷シェフが手のかかる料理を提供してくれる。洋食、和食、中華、栄養のバランスを考えた食事でこれだけ美味しく食べられるのは素晴らしい。

 向かいに座った袴田くんがまたぼくをじっとみている。ぼくと目が合うと、目を閉じて何か考え込む。ふと、顔を上げる。

「乃蒼くん、小学校一緒じゃない?」と袴田くんが言う。
「え?」
「鉄棒から落ちたよね?」
「うん……、袴田くんも聖恵小学校?」
「そうだよ、同じクラスだよ」
「梅津先生?」
「そうそう」

 曖昧な記憶を思い起こす。
 体育の授業で、鉄棒で逆上がりをしたとき、ぼくは勢いがついたまま転落し、頭を強く打って入院した。あの事故の前後のことはよく覚えていない。
 ぼくはあの事故以来、いろいろなことを恐れるようになったせいで、あまりクラスの子と仲良くなれなかったから、袴田くんのことをちゃんと覚えていない。

「ごめん、あんまりよく覚えていないの」
「乃蒼くん、そういえば、あんまり友達付き合いしてなかったよね」
「そうかも」
「大政中学に進学したなら、受験勉強で忙しかった?」
「うーん、そんなかんじだったかも」

 小学校のころを思い出す。五年生の頃は、クラスに転入してきた伊東露杏奈いとうろあなというお人形みたいな子がいつも積極的に話しかけてくれたことを憶えている。頑なに他の子と交流しないぼくでも、露杏奈とはよく喋っていた。露杏奈と喋ると、その日いちにち不思議と高揚していた。あの事故のせいで、原因不明の不安に襲われたりしなければ、もっと親密になれたかもしれない。ぼくは、露杏奈に淡い恋を抱いていたのだけど、それが恋だと気づくには稚すぎた。

「そういえばさ、同窓会のお知らせ来てたけど、見た?」
 袴田くんが訊く。
「同窓会って、小学校の?」
「月曜日に届いてたから、寮生だとまだみてないかな」
「うん、みてない」
「今月の二十九日に、幡ヶ谷はたがやイルミナーティって結婚式場でやるみたい」
「結婚式場なの? すごいね」
「梅津先生は結婚してないみたいだけどね」

 * * *

 男子寮の自分の部屋は、建物の三階角部屋だ。
 西側は喫茶店になっていて、朝方はコーヒーの美味しそうな薫りがここまで上ってくる。

 ぼくは机に座って、まだ新しい教科書を開いて目を通す。三ヶ月もすればボロボロになる。一年生の勉強なんて大した量はないのだから、今のうちに進めるところをおさえていかないと、受験までに時間が足りなくなる。

 ふと同窓会の話を思い出す。授業中も気になっていた。親しい友だちはできなかったけれど、伊東露杏奈のことを思い出す。同窓会に出席すれば、露杏奈と再会できるかもしれない。六年生にあがるときに生徒数が減って、クラス替えが行われた。ぼくと露杏奈は別のクラスになってしまい、以来一度も姿をみていない。

 ぼくはスマホをとって、実家の番号にかける。お父さんはまた出張でいないけど、妹がいるはず。なかなか出ない。切ろうとしたとき、「もしもし」と声が聞こえる。

「ぼくだけど……亜香里あかり?」
『お父さんいないよ』
「知ってる。ぼく宛に手紙とか来てない?」
『わかんない』
「ちょっと見て欲しいんだけど……」

 電話越しに溜息がきこえる。ぼくと妹は仲が良くない。
 ぼくの両親は再婚で、ぼくは死んだお母さんの連れ子で、妹の亜香里はお父さんの連れ子だった。家族になったときは仲良しだったのに、原因は忘れたけれど、ぼくが五年生だった頃に喧嘩して、ずっと仲直りしていない。ほんとうの家族じゃないから、仕方がない。

『あったよ、梅津って人から』
「中みてもらえる?」
『同窓会の招待状だね』
「場所と日時って書いてある?」
『えーっと、幡ヶ谷イルミナージュで、四月二十九日月曜日の十三時に会場前集合……だって』
「イルミナージュ?」
『結婚式場みたいだよ』
「イルミナーティじゃなくてイルミナージュ?」
『そう言ってんじゃん』
「わかった、ありがとう」

 妹は何も言わずに電話を切る。ぼくはスマホのカレンダーにスケジュールを入力する。
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