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第76話「ほんとうの麗羅に会いに行く」

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 十二月二十五日火曜日。

「影がほとんど消えてますね。その後、頭痛はありましたか?」
 診察室で江端先生が新しいCT画像をみながら質問する。
「いえ、一度もありません」
「再発しないとは言い切れないので、薬は必ず携帯してください」
「あの、先生、その影って……頭のどのへんにあるんですか?」
 ぼくが質問すると、江端先生はパソコンで脳の模式図を表示して印刷する。デスクの隣りにある複合機からカラー印刷された図が出力される。
「脳を横からみると、この中心の下、ちょうど目の奥あたりに脳下垂体という部分があります。この前、眼球側に血液の凝固があって、これを吸い出すのは宇佐美くんの事故当時は危険だったから、そのままにしてあります。徐々に小さくなっているので、まもなく消えると思いますよ」
「脳下垂体ってなんですか?」
「成長ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンみたいな、重要なホルモンを分泌するところです。これ自体は痛みを感じないんだけど、その周囲の血管を圧迫して鬱血すると、頭痛がすることがあります。宇佐美くんの頭痛の原因ははっきりしません」
「後遺症とか、残りませんか?」
「いま何か、身体におかしなところはありますか? 頭痛以外に」

 異常な量の精液とか、強い性欲とか、射精してもおさまらない快感とか、そういう性的な異常は頭痛が始まったときからだけど、頭痛が原因とは言い切れない。頭痛の回数が減るに従って、逆にそれらの兆候は顕著になった。精液はますます増えたし、性欲に身を焦がし、失神するほどの絶頂を経験するようになった。
「特に……ありません」
「それなら大丈夫です。薬は出しておきますから、次回は……三月頃にしましょう」

 いくらお医者さんでも、プライベートなことを相談できる間柄じゃない。ぼくはお辞儀をして、診察室を出る。入り口で振り返る。
「先生、ぼくの手術をしてくれたのは、江端先生ですか?」
「……いいえ、当時はこの病院にいなかったので……」
「そうですか、ありがとうございます」

 江端先生はどうして嘘をつくのだろう。開頭手術の間、ぼくはずっと意識があったから、執刀医の声を聞いていた。忘れるわけがない。あれは江端先生だ。

 * * *

 病院を出ると、ぼくは帰宅せずに、電車に乗る。大江戸線で大門へ、浅草線で京急蒲田まで行き、京急空港線で海が近いところへ。初めて訪れるところ。
 目的の駅を降りると、驚くほど小さな町並みがあった。道幅は狭く、人通りは少ない。駅の出口は赤い鳥居になっている。路地を何度も曲がって、スマホの示す建物をみつける。小さな看板に『スタークフロントスタジオ 4F』と書かれている。エレベータに乗って、四階へ。降りると、いきなり受付があって、内線電話が置かれている。受話器を取る。

『スタークフロントスタジオ、片桐が承ります』
美濃みの怜吏れいりさんをお願いします」
『どちら様でしょうか?』
「ブループリントスタジオの宇佐美といいます」
『どういったご用件でしょうか?』
「以前、美濃さんがブループリントの撮影に一度参加されましたが、そのときの報酬の一部が未払いになっています。支払い方法についてご相談したく……」
 事前に何度もシミュレーションして練習したセリフを言う。嘘っぱちだけどバレっこない。突っぱねられたら終わり。それ以上、追いかけることはやめよう。
『受話器を置いて、少々お待ち下さい。担当者が参ります』
 受話器を置く。受付の前には椅子が並んでいたけど、そわそわして座る気にならない。黄色の派手なドアが開いて、スーツの女性が出てくる。タブレットを持っている。ぼくにお辞儀をして、名刺を渡す。いま喋ったばかりの片桐さん。

「大変失礼ですが、ブループリントスタジオの方ですよね?」
「ぼく、事務員じゃなくてモデルです」
「あー!」
「以前、美濃さんと一緒に撮影したのですが、報酬未払いのまま連絡が取れなくなっていて、スタッフが心配しています。ブループリントでは、百瀬麗羅という名前で登録されているのですが、美濃怜吏さんが本名だと聞きまして、確認のためにぼく一人で来ました。間違いだったら帰ります」
 片桐さんがタブレットで、所属モデル一覧を開く。スワイプして、美濃怜吏をみつける。ぼくに見せる。すごく大人っぽいけど、間違いなく麗羅だ。
「この子ですか?」
「そうです。間違いないです」
「ええと……今日は午後から打ち合わせが入っているので、あと三十分ほどでこちらに来ますが、お待ちになりますか?」
「はい、それくらいなら待ちます」
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