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二人の妹ができる

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 この春、ぼくは方南町のコーポシアトレという十四階建てのマンションに引っ越してきた。小野田恵美えみ叔母さんと宏明ひろあき叔父さんがある事件に巻き込まれて亡くなって、叔母さんの二人の娘と養子縁組をしたからだ。

 引っ越しの荷物をダンボールから取り出しているとき、ぼくの妹になった凜花りんか愛菜あいながぼくの部屋を覗き込む。二人ともこの春から五年生になる双子だ。ぼくはひとつ上の六年生になるから、同じ学校に通ってもクラスは違う。

雅巳まさみくん、片付け手伝う?」と愛菜が訊く。
「そんなに荷物ないから大丈夫」
「ウチらの部屋の方が広いよ」
「ね、この部屋狭いね」

 双子姉妹の部屋は八畳もあるのに、ぼくの部屋は六畳だった。ぼくたちの部屋は隣り合っていて、ドアの先は廊下が伸びる。途中に玄関があり、その向こうはリビングとお母さんの和室が明るい南側のベランダに面している。
 二人は勝手にぼくの部屋に入ってきて、サッシを開けて外を眺める。北側にも小さなベランダがあって、住宅街の向こうに、ぼくたちが通う私立箭旻やびん小学校がみえる。北向きのこの部屋はあまりお日様があたらない。リビングとお母さんの和室は日当たりが良くて、方南通りに面している。
「箭旻小って、制服あるの?」
 ぼくが訊く。
「制服は無いよ。昔はあったみたいだけど、毎年買い替えるの大変だから無くなったんだって。中学校も私服」
 凜花が答える。
「教科書はぼくのとは違うよね……」
「うーん、違うと思う……」
 今度は愛菜が答える。

 二人とも一卵性の双子だから、顔も声もとても似ている。愛菜の方が丸顔で、凜花の方が垂れ目。二人で並んでいるとなんとか見分けられるけど、どちらかが一人でいたらぼくにはまだ見分けがつかない。
 双子姉妹は私立の箭旻小学校に通っていて、お母さんが二人と縁組するときに、二人が私立学校に通い続けることを優先して、ぼくを転校させた。六年生になって慣れ親しんだ学校を離れ、ぼくは明日から新しい小学校に通うことになる。

 愛菜と凜花は窓際に並んで座り、片付けをするぼくを静かに眺める。従兄妹どうしだけど、家族の集まり以外で会ったことがない。叔父さんと叔母さんのお葬式以前だと、二年前の優美お姉ちゃんの結婚式で同じ円卓に座ったのが最後だ。そこでも会話してないし、ぼくも双子もまだずっと幼かった。

 * * *

 夕方、ぼくたちはお母さんの車で新宿のうなぎ料理のお店に行く。
 鰻の形に丸が描かれた白い暖簾をくぐると、床脇とこわきの違い棚に一輪挿しの花瓶が飾られた和室に案内される。お母さんが上座に座り、ぼくたち子供は下座に座ってお母さんと向かい合う。
 中国産の泥臭いドジョウではなく、国産の鰻が食べられるお店で、去年初めて食べてお母さんに「千駄木のお店より美味しい、また食べたい」となんどもせがんでいた。高いお店だから簡単に食べられないと聞いた。
 ぼくと愛菜は関西風、お母さんと凜花は関東風を注文する。手入れされた庭を眺めると、ここが新宿であることが信じられない。隣に座った愛菜が二の腕をくっつけて「雅巳くん、アイスあるよ」とメニューを見せる。

「愛菜ちゃんと凜花ちゃんは、休み時間に会って話したりするの?」
 お母さんが訊く。二人は別々のクラスに割り振られている。双子は同じクラスになれない。
「会わないです。友達と遊んでるんで……」
 凜花が答える。
「体育あるとき、体操服借りに来るじゃん」と愛菜が言う。
「あーそうだね、先生名札みないもんね」と凜花。
「体操服貸し借りするの?」
嵩張かさばるんで、先に体育ある方が体操服持って登校して、後の方が持って帰って……」
「なるほどねー。双子だからできるワザだね」

 お母さんは双子に色々なことを訊く。
 学校のこと、友達のこと、凜花が習っているピアノ教室のこと、身長体重五十メートル走や走り幅跳びの記録まで根掘り葉掘り。
 凜花と愛菜は二人でピアノ教室に通っていたけれど、愛菜は去年の発表会を最後に辞めてしまった。二人とも仲の良いクラスメートはいるけれど、一緒に遊ぶほど親密じゃない。以前は方南通りの向こう側にあるマンションに住んでいたけれど、あまり出歩かないから通学路以外は知らない。環七を渡った向こう側には遊びに行かない。広町公園にすら行ったことがない。
「雅巳もね、ずーっと練馬に住んでたから、練馬から出たことがないのよ。お母さんの時代は子供だけでどこかに遊びに行ったり平気でしてたけど、今はそんなことしないからねぇ」
「あたしたち、二人で新宿来ることありますよ。三丁目に本屋さんがあるので」
 凜花が言う。子供だけで電車に乗る勇気はぼくにはない。改札を通るときのピヨピヨという鳥の声がそろそろ恥ずかしい。

 ぼくと愛菜のうな重が運ばれてくる。お母さんと凜花のうな重を待たずに食べようとして、お母さんに叱られる。
「雅巳はもうお兄ちゃんなんだから、一人っ子みたいな振る舞いはだめだよ」
 一人っ子と聞いて、凜花と愛菜がくすくす笑う。ぼくはしおらしく頷く。
「亡くなった凜花ちゃんと愛菜ちゃんのママはね、お母さんの同級生で、同じ箭旻やびん小に通っていたんだよ。静岡に大きな田んぼや畑を持ってて、毎年夏にみかん、秋にお米をたくさん送ってくれて、食べきれないから貰ってよってすごいたくさん押し付けられたりしてたんだよ」
「それ聞いたことあります。でももう田畑は売って家が建ってますよ。お祖母ちゃん死んで静岡の実家も無くなっちゃったみたい」
 凜花が言う。 

 ぼくはお母さんの秘密をしっている。
 お母さんは凜花と愛菜がぼくの従妹いとこだから縁組したのではなく、無くなった夫妻の遺産が目当て。叔父は不動産投資をしていて、全部で一億三千万の価値があった。叔母は静岡の広大な荘園を売却して、更に多くの資産を持っていた。そこから相続税を引かれてもかなりの金額が残る。
 相続後に縁組したから、お母さんは二人の後見人となるために、母方の小野田一族の悪辣な親族たちと数ヶ月揉めていた。大人の悪人どうしのいがみ合いを見せられてぼくは少し病んでしまって、前の学校は三学期から不登校気味になっていた。
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