【R18】ハロー!ジャンキーズ

藤原紫音

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第3部

第32話「ギリアンが物語を締めくくる顛末」

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 ヘッドマウントバイザーを脱いだクルツカヤが大きく溜息をつく。
 俺は機械化した左腕でバイザーを受け取って、壁にかかったトナカイの角にひっかける。もちろん、この角はレプリカだ。本物は持ってるだけでトンベリとか言うババア率いる自然保護テロリスト共が店を焼き討ちにやってくる。

「ギリアン、この子達は、海を見られたの?」

 クルツカヤがネオスポラを咥えて聞く。俺は煙草の先にオイルライターで火を点けてやる。チェリーの薫りが漂う。
 この女は一週間前に店を訪れて、リオを探してると言った。ラベンダー色のウェーブのかかった髪には艶があって瑞々しい。いい女だが童顔で俺の好みじゃない。金と引き換えに、この長尺のエクスペリエンスを追体験させてやった。

「エクスペリエンスに海の景色は入っていないぜ」
「このデータはどこで?」
「ウェンディが持ってきた。電脳スキャナの利息代わりだとよ」
「それってさあ、医療機器の横流しでしょ」
「人聞きの悪いこと言ってもらっちゃ困るな。ちゃあんと除籍されたゴミを修理して転売してるだけだぜ。法的には資産にならないからいいんだよ」
「モナリザは死んだんだよね?」
「さあね」

 週末のバーは混雑していた。
 買ったばかりのエアリアルサインボードを表に置いたら、宙に浮かぶ金魚が珍しいのか、ガキどもがジャンプして掴もうとしている。
 テーブル席は満席、ステージで久しぶりにサーシャが踊り、助平どもが足元を取り囲む。キッチンでは撃たれたコックの代わりに見習い共がせわしなく動く。

 イスカリオテのクレイジーどもが店を襲撃して一年が過ぎた。俺は左腕を失い、ずっと危篤だった腕利きのコックがとうとう天に召され、ショバ代を払わないまま娼婦共が数人消えた。色々失ったが命まで取られたわけじゃない。
 泥と合成オイルにまみれてスカベンジャーまがいのことにも手を染め、どうにか店を再開させた。消えたメアの居所が気になっていたが、レダの店なら悪く扱われることはないだろう。連れ戻したところで、あの娘は稼ぎよりも食費の方がかかってしょうがないから、知らんふりを突き通すことにした。

 解放ゲリラが自由民の主権を取り戻してくれたと一時的に街は沸いたが、生殖鍵を取り戻したジャンキー共はせっせと子作りに励み、ここ二ヶ月で育児院が満杯になって、負担が増えた元市民どもが暴動を起こし、臨時政府は国債を乱発。内政はあっという間に大混乱だ。
 悪賢いクソッタレ老人会が、エゴの塊みたいなクソガキにすげ変わっただけで、セクター4がファックなことには変わりない。ラザレフカも、この店も、景色は何も変わっちゃいない。みてみろよ、今もピンボールマシンの陰でデブがうずくまって口からジーザスを噴射してやがる。

「今もレダの店にいけば、リオに逢えるの?」
「ギャラリーに上がれば逢えるが、ワンオフグレードじゃないと入れないぜ、クルツカヤ。あんたのボディは……」
「どこだと思う?」
 クルツカヤが背筋を伸ばして、レザービスチェに包まれた巨乳の谷間をみせつける。溢れる果汁がスメる完璧な白い肌は、向かいの中華飯店に並んでるモチモチの包子パオズみたいでかぶりつきたくなるじゃねえか。こういう吸いつきそうな肌と言えば……
「ハロジェルか?」
「残念、アタシは生身だよ」
「オーケー、アンタがめずらしい生身の上玉だってことは内緒にしとこう。追加で一杯奢るよ。生のプッシーに乾杯だ。クルツカヤ、ファーストネームを教えてくれる約束だったろ」
「あたしはリリア、リリア・クルツカヤだよ。学習施設を脱走した十七歳のジャンキーさ」

 セクター3から密輸された電気ブランを二つのショットグラスに注ぐ。若さと容姿に自信がなければ生身のままでいることは難しい、特に女は。

 * * *

 零時を過ぎても俺の店はやっている。カウンターはバーテンのハッサンに交代して、俺は十二階の自室で一眠り。窓から見えるのは向かいの中華飯店の『麺』っていう漢字のネオンだけ。

 ベッドの隣で俺に寄り添ってるブロンドの女は三ブロック向こうのエスコートを呼んだ。店の女には手を付けないってのは常識だ。俺は仰向けのままネオスポラを咥えて、天井のシミの模様を眺めていた。今夜もまだ雨が降っている。

 例のエクスペリエンスには未解決の懸案がいくつか残されている。こいつを脳にブチ込んだやつはみんな疑問が残ってモヤってるだろう。俺のしってる限り、その疑問に答えてやろう。


 まず、こいつだけは最初にハッキリさせておかなければならない。意識を集中させてたならもうわかってると思うが、メアはハカマダ・リオとハネムラ・サエの娘で、親戚のモーリスが取り上げ、俺の店の娼婦共が育てた。あの娘は悪女の巣窟に咲いた一輪の花だった。殺伐とした店の雰囲気が華やいだのは、メアのお陰だろう。
 もともと店にはステージなんかなかったんだ。アイツのために作ってやったら、歌や踊りに自信のある女が自由にショーを演じて、客が増えた。

 あたかも死んだようにみえるアキラだが、あいつはグルスコエでセクター5との密輸取引に関わっている。線量の高い地域を低空飛行するんだから、俺だったらそんな仕事はゴメンだ。
 ウチのコックと仲の良かったあの男は旅をするのが性に合ってるらしく、ルツにいた頃より生き生きしてるようだね。

 フェオドラがユタニの正体を暴いた件だが、あの氷の女はユタニが市民で、取引に失敗するってわかってた。ひと悶着あることを予見してた。
 西部解放ゲリラがセクター5の第三エデン革命軍と合流するためには、ナザレ空港を押さえてるユタニが邪魔だったんだが、ゲリラがあの男を殺してしまうと、大規模蜂起のとき東部の自由民から協力を得られなくなる。
 そこで、タイミングよく捕まえたルツのメンバーに暗殺させようと企んだ。一度目は失敗したが、リオが病院に押し入ってきっちりカタをつけた。あの病院のドメスティックな空間でシュウレイの首を引きちぎったとき、蜂起の号砲が撃たれたのは偶然じゃない。

 ところでアンタはどう思う。ハルトが寝取られに気づかない間抜けとでも?
 そうさ、ハルトは気づいてた。知りながら放っておいたんだ。ハルトにとってサチは大事な女だったが、「俺の傍にいたら、いつか死ぬことになる」と言って、どことなくうとんでいた。サチを愛していてもそうでなくても、リオと一緒に駆け落ちしてくれたほうが良かったんだ。

 どうして俺がハルトを知っているかって? 思い出してくれ、アイツの名前はハルト・ラザレフカ。奴はセクター5出身じゃなくて、セクター5のネット回線を使っているラザレフカで生まれ育った男だ。本名は誰も知らない。
 ついでに告白するが、学習施設を脱走した後は、奴とは同じバラックに住んでいた。俺は三階、アイツは七階だったかな。手巻きしたネオスポラを融通する以外は親しい間ではなかったけどね。

 ネムはリオのことを覚えていたのかって? 知るかよ、俺はハネムラじゃねえ。
 ヤン・ユーチェンによれば、電脳を初めて起動するとき、安全性の問題から記憶野をフォーマットするらしい。結果、過去の記憶が細切れに破壊されるんだ。だから俺たちは赤ん坊の時に脳味噌にスマートニューロンを挿れるわけだ。
 ハネムラはフォーマット済みだからリオのことは覚えてねえと思うぜ。だけど身体が覚えてたんだろうな。カスタムフェラーレがポルチオファックで極上の快楽をもたらすって話はもはや都市伝説と思われてるが、ちゃんと愛されていないと硬く閉じた花は開かねえってだけのことだ。

 NTVが垂れ流してる情報をまとめると、エネルギー省が部局だった時代に、エリアKの資源獲得のためにSKFという諜報部隊を組織した。
 死亡率の高いそのサイボーグ兵士を獲得するために、ゲラルディーニ夫妻に話を持ちかけたらしい。エネルギー省はモーリスからリザに話が渡って、カルテルが手頃な人身を流してくれることを期待していたが、モーリスは自分の病院から素体をみつけてきたって構図だ。
 この話に一枚噛んだリザは、素体を息子のシュウレイに流し、ユタニ商会を経由して、精巧なアンドロイドとしてエネルギー省に売却、利益を得た。俺たち小悪党には想像もつかない金が動いたらしいが、この話には上流階級の真面目な市民しか出てこない。本当の悪党ってのは、善人面してるもんだな。
 モーリスはそれ以外にも睡眠薬の横流しやら診療費の改竄、インサイダー取引にも関わっていて立派な経歴は真っ黒、起訴はされたが裁判はまだ始まっていない。罪状認否だけで奴の寿命が尽きそうだ。

 最後に、ハカマダ・リオは今もレダの店にいる。あの店で朝から晩までファック地獄を続けられるのはごく一部のセックス依存症患者ジャンキーか、魂のないセクサロイドだけだ。奴は前者だったが、後者と変わりない日々を余儀なくされている。
 アンタが容姿に自信があるか、ワンオフのボディを手に入れられたなら、会いに行ってみるといい。予約が必要だが、誰とでもファックしてくれる。


 俺はベッドを抜け出し、シャワーを浴びる。ここのシャワーボックスは安物だからブロワーなんかついてない。バスタオルを肩にかけて、キッチンでジアルジアを溶かす。卵とキツめのウォッカ、それに唐辛子を混ぜて作るギリアンカクテル、気合のないやつは口から電脳の中身までコアダンプする羽目になるからオススメはしない。

 窓際に立つと、薄汚れたビルの隙間から稲妻が雲の間を走るのがみえる。ネオスポラに火を点ける。エスコートの娼婦が目を覚ます。

「ギリアン、今夜、泊まっていっていいかい?」
「構わないが、稼がなくていいのか?」
「アタシ、もうこの仕事辞めるんだ」
「金づるをみつけたか」
「そんなんじゃないさ、ただ疲れただけ」
「そうか、仕事がなければウチで給仕をやってもいいぜ」
「ありがと、考えとく」

 そう言って、背を向けて毛布を抱く。また寝てしまう。
 このスラムじゃ、みんな魂をすり減らして生きている。目減りして消えちまう前に、全部投げ出して逃げるのもアリだ。誰もお前を責めたりしない。
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