103 / 109
第3部
第27話「モナリザが秘密を暴露し窮地に立たされる顛末」
しおりを挟む
サチを殺したからだ、そう答えかけて、ぼくは冷や汗をかく。
棺桶の蓋を閉じられてもなお、この女は運命に抗おうとしている。こいつはぼくとサチが結ばれたことを知っている。ぼくが人狼だと気づいている。
「ハルトの代わりです」
『自分のためではないの?』
「仲間を殺されたのに、生かしておくわけないでしょう」
『優等生の言い訳ですね』
「何がいいたい?」とハルト。
『かわいそうですね、ハルト。あなたの恋人は、あなたが信頼しているその男娼に寝取られたんですよ』
ハルトがぼくを見上げる。ぼくは表情を変えない。生命の危機を何度もくぐり抜けてきたけれど、ここまで切羽詰まったことはない。一瞬でも狼狽えれば即死だ。ぼくの電脳がギュンギュン加熱して、老獪なババアと騙し合いのゲームを始める。
「それはつまり、ぼくとサチが……?」
『とぼけないでくださる?』
「何を言うかと思えば、悪あがきですか」
『こんな悪あがきしませんわ』
「いや、だって変ですよ。もしそんな切り札があるなら、どうしてそのことを病院騒動の後に使わないんですか?」
『どうやって?』
「ぼくとボリスはローニャと会っていますよ。ローニャを救ってぼくたちに仲間割れさせるチャンスじゃないですか」
モナリザが一瞬黙る。
「ひょっとして、クセノフィオフィラのサンプルを渡したことで、マジでそう思い込んでませんか。残念だけど、あのサンプルは使っていませんよ。サチはぼくと同じベッドで眠ることすら嫌がったのに……」
『嘘おっしゃい、息子は……』
「ぼくらドラッグが本物かどうかなんかどーでもよかったんです。シュウレイを巣穴から引きずり出せれば、どんな糞でも取引するつもりでしたから」
モナリザが沈黙する。どうやら証拠は握っていないようだ。あったとしても握りつぶしてやる。ガキだと思ってナメるな、ぼくはエリートだ、頭脳ゲームでお前なんかに負けない。そう思いながらも、心拍数は上がりっぱなし。バイオユニットの身体でなければ、膝が震えていただろう。
「それに、サチはハルトを愛していましたよ。最期の瞬間まで……」
血まみれのサチの姿がフラッシュバックする。サチの腹部をストールで押さえていた。血の海で、氷のように冷たくなった手を握り返した。
「ハルトに叱られるね……」
「叱らないさ、取引はうまくいったよ」
「リオ……ほんとは……」
あのとき、何を言いかけたのだろう。
ぼくの眼から涙が零れる。ハルトが立ち上がり、ぼくに手を差し出す。
「マチェーテを寄越せ」
ぼくは腰に下げたマチェーテを抜いて、ハルトに手渡す。こんなんじゃハルトは騙せないか。いいよ、ぼくの首を跳ねればいい。
「婆さん、適当な作り話してんじゃねーよ」
モナリザのしわくちゃな顔が下卑た笑みに歪む。ハルトがマチェーテを振り下ろす。細い首が一撃で切断され、鮮血が白い壁に飛び散る。ぼくは驚いて肩が跳ねる。
棺桶の蓋を閉じられてもなお、この女は運命に抗おうとしている。こいつはぼくとサチが結ばれたことを知っている。ぼくが人狼だと気づいている。
「ハルトの代わりです」
『自分のためではないの?』
「仲間を殺されたのに、生かしておくわけないでしょう」
『優等生の言い訳ですね』
「何がいいたい?」とハルト。
『かわいそうですね、ハルト。あなたの恋人は、あなたが信頼しているその男娼に寝取られたんですよ』
ハルトがぼくを見上げる。ぼくは表情を変えない。生命の危機を何度もくぐり抜けてきたけれど、ここまで切羽詰まったことはない。一瞬でも狼狽えれば即死だ。ぼくの電脳がギュンギュン加熱して、老獪なババアと騙し合いのゲームを始める。
「それはつまり、ぼくとサチが……?」
『とぼけないでくださる?』
「何を言うかと思えば、悪あがきですか」
『こんな悪あがきしませんわ』
「いや、だって変ですよ。もしそんな切り札があるなら、どうしてそのことを病院騒動の後に使わないんですか?」
『どうやって?』
「ぼくとボリスはローニャと会っていますよ。ローニャを救ってぼくたちに仲間割れさせるチャンスじゃないですか」
モナリザが一瞬黙る。
「ひょっとして、クセノフィオフィラのサンプルを渡したことで、マジでそう思い込んでませんか。残念だけど、あのサンプルは使っていませんよ。サチはぼくと同じベッドで眠ることすら嫌がったのに……」
『嘘おっしゃい、息子は……』
「ぼくらドラッグが本物かどうかなんかどーでもよかったんです。シュウレイを巣穴から引きずり出せれば、どんな糞でも取引するつもりでしたから」
モナリザが沈黙する。どうやら証拠は握っていないようだ。あったとしても握りつぶしてやる。ガキだと思ってナメるな、ぼくはエリートだ、頭脳ゲームでお前なんかに負けない。そう思いながらも、心拍数は上がりっぱなし。バイオユニットの身体でなければ、膝が震えていただろう。
「それに、サチはハルトを愛していましたよ。最期の瞬間まで……」
血まみれのサチの姿がフラッシュバックする。サチの腹部をストールで押さえていた。血の海で、氷のように冷たくなった手を握り返した。
「ハルトに叱られるね……」
「叱らないさ、取引はうまくいったよ」
「リオ……ほんとは……」
あのとき、何を言いかけたのだろう。
ぼくの眼から涙が零れる。ハルトが立ち上がり、ぼくに手を差し出す。
「マチェーテを寄越せ」
ぼくは腰に下げたマチェーテを抜いて、ハルトに手渡す。こんなんじゃハルトは騙せないか。いいよ、ぼくの首を跳ねればいい。
「婆さん、適当な作り話してんじゃねーよ」
モナリザのしわくちゃな顔が下卑た笑みに歪む。ハルトがマチェーテを振り下ろす。細い首が一撃で切断され、鮮血が白い壁に飛び散る。ぼくは驚いて肩が跳ねる。
0
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる