【R18】ハロー!ジャンキーズ

藤原紫音

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第2部

第32話「オリオンという男に会う顛末」

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 ノリロ地区の北端、イースト・ノリロ駅近くの高層ビル四十六階駐車場に、マリアの運転する車が滑り込む。今日も朝から雨が酷い。後部座席にぼくとライラ、ユリアとエレナ、それにレピタが座る。駐車場ゲートで車が停まり、スキャナの光が車体を舐める。

「リオ、今度はユリアたち連れてデンバーのキャンプに遊びにきなよ。レーナがヤりたがってたよ」とマリア。
「気軽に遊びに行ってもいいの?」
「アンタらだったら、顔パスだよ」
「クスリある?」とエレナが訊く。
「ゲリラはドラッグご法度なんだ。酒で我慢しな」

 運転席に座るマリアのこめかみのタトゥーが、スキャナーの光を浴びて虹色に光る。スキャンが終わってゲートが開く。車が駐車場に進む。エレベータ前で停車する。ぼくたちは車を降りる。マリアに手を振る。マリアの車はぼくたちを残して駐車場を出ていく。

 エレベータに乗って、五十五階まで上がる。エレベータホールに出ると、小銃を持ったカルテルの兵士二人がぼくたちに近づいて、スキャナでボディチェックする。ぼくたちは丸腰。レピタを見た兵士が言う。

「お人形は入れないぜ」
「ここで充電できますか?」
「中に入らなければな」

 ぼくたちは場違いなメイド服を着たレピタをエントランスに残して、扉の向こうへ。兵士の一人に案内される。廊下を歩いて、数珠のようなストリングカーテンをくぐる。広いリビングのソファに一人の男が座って、透過モニタに映るANP通信の報道を眺める。その恰幅の良い眼鏡の男が振り返る。

「ああ、君がリオくんか。まあ座って」

 勧められたソファに並んで座る。いままであまり出会ったことのない類の男。小太りで色白、縁無し眼鏡をかけていて、眉が太く、短い髪をキレイに撫で付け、白シャツにチェックのトラウザースをサスペンダーで吊る。学校の先生か、古本屋の店主のような雰囲気だから、あまり緊張しない。

「フェオドラに聞いた?」
「いえ、何も聞いていなくて……。ある人がぼくたちに会いたいとだけ」
「オジサンはオリオンと呼ばれています。娘のルシアが君に助けられたことを聞いているよ」
「エゼキエルの……」とライラが呟く。
「そう、ノリロのあたりはオジサンが仕切ってる」

 急激に不安になる。オリオンはエゼキエルのボスの通称だ。東部三大カルテルの一つ、エゼキエルはイスカリオテに並ぶ武闘派で、電脳政府もセクター4で最も危険な組織のひとつと認識している。
 エゼキエルは十七年前にルジェロ兄弟のファミリーと抗争を繰り広げ、千人以上の死者を出し、ボストクナヤ最大の非合法組織だったファミリーを潰滅に追い込んだ。ルジェロ兄弟の兄は、デンバーの荒野で溶かした鉛を口に流し込まれて殺された。
 そんな残虐な組織のトップはモナリザよりも恐ろしい風体だと想像していたけれど、目の前の小男は公民館で子供たちに絵本を読んでくれそうな平凡な市民にしか見えない。

「ルシアを助けてくれたのは、君と、もうひとり大男がいたと聞いたんだが」
「ボリスは警察から逃げるときにはぐれてしまって……」
「そうか、ICSが君たちの掃討作戦を始めてバラバラになったんだったね」
「ぼくたちは警察とICSから追われていて、行くところがありません」
「聞いたよ。しばらくウチのセーフハウスに匿おう」
「助かります」

 稲光がリビングを照らす。ANP通信がラックレスの襲撃事件を報じている。ICS幹部殺害については伏せられている。手配リストにボリスとヴィクトールの情報が流れる。どうやら二人はまだ捕まっていない。イスカリオテのメンバーも表示される。この襲撃事件は、ユタニのクラブで、ぼくたちルツとイスカリオテが取引決裂して、撃ち合いを演じたことになっている。事件はそれほど単純ではないのだけど。

「イスカリオテはオジサンたちのシマも襲撃し始めていてね、大きな抗争になりつつあるよ」
「ぼくたちの責任です」
「数年毎に抗争してたけど、ここ十年静かだったんだ。大掃除のようなものだね」
「モナリザは生きてるんですか?」
「死んだとは聞いてないな」
「頭を撃たれたと聞いたのですが」
「この女はリモートサイボーグだ。本体がどこにいるか誰もしらない。だけどね、この女が死なない限り、抗争はおわらない。西部じゃゲリラと治安維持軍が戦争始めてるし、実に厄介だ」
「ぼくたちのリーダー、ハルトはこの女に撃たれました」
「そうか」
「匿って貰う見返りはなんですか?」

 オリオンが眼鏡を下げてぼくを覗き見る。表情に変化がないから、何を思っているかわからない。

「君が娘を救った、その礼だから貸し借りなしだ」
「わかりました」
「それとも、仕事がしたいかね?」
「もしできることがあれば」
「わかった、ちょうど君にピッタリの仕事がある」
「ぼくからも、お願いがあります」

 ぼくは首からハルトに託された小瓶を取り出す。

「この遺灰を、エゴタウンのユリシナ教会に埋葬して欲しいんです」

 * * *

 ぼくたちはビルの四十二階にあるパブのテーブル席に座り、オリオンの用意したセーフハウスへの移送を待つ。女たちはカクテルを飲み、ぼくはジアルジアを飲む。充電が完了したレピタが、カウンターに空のグラスを戻す。バイオユニットの身体はアルコールをあっという間に分解するから、たくさんお酒を飲んでも二日酔いにならない。エレナがテーブルに突っ伏す。

「もうだめ……、クスリが欲しいよ」
「持ち出さなかったの?」とぼくが訊く。
「レピタ持ち出すだけで精一杯さ。ルツはよかったなあ、どんなドラッグでもタダでキメ放題だったし、ファック三昧だし」とエレナが言う。
「ジアルジア飲む?」
「それ、男の飲み物でしょ」
「エゼキエルだから、クスリは言えば買えそうだけど」
「誰に言えばいいの? バーテン?」

 パブは営業時間外で、バーテンの男性が一人だけ。他の席は椅子がテーブルに上がっていて、客の姿はない。窓から霧状になった雨が降り注ぐ光景を見下ろす。濃霧に覆われた地上はみえない。分厚い雨雲から降り注ぐ灰色の光が、煤けた町並みを憂鬱に照らす。たった五十年でここまで世界は変わるのか。

 パブの入り口で鈴が鳴って、女が入ってくる。レザースーツを着た褐色の肌の少女。ローニャに拉致されていたところを救ったルシアだ。ぼくたちの席に近づく。ぼくは立ち上がる。

「あの……お礼を言いたくて」とルシアがぼくを見上げる。
「君が、ぼくのことを助けてくれたの?」
「手配リストに載ってるのをみて、父に相談したの。でも、フェオドラが逃走の手助けをしたのね」
「西部ゲリラはビジネスだよ」
「無事でよかった。ありがとう。アタシ、酷い目に遭うところだった」

 ルシアはぼくを見上げて微笑む。爪先立って、ぼくの頬にキスをする。カモミールの香りがする。ルシアはぼくに手を振って、パブを出ていく。入れ違いにドレッドヘアの男が入ってくる。一瞬ヴィクトールかと思って驚いたけれど、別人だった。ぼくたちを移送すると言う。エレナが顔を上げて言う。

「ねえ、兄さん、なんかクスリ持ってない?」
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