【R18】ハロー!ジャンキーズ

藤原紫音

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第2部

第26話「フラッドヒートしたライラを奇跡的に救う顛末」

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 ぼくはシュウレイの首をぶら下げ、ライラの身体を担いで走る。装甲車にライラを乗せる。ウェンディが受け止めて後部座席に寝かせる。ぼくたちも乗り込む。ボリスが乱暴に車を急発進させる。

 病院から見える市街地は、駅の方までたくさんの炎が輝き、上空に銃や大砲を撃つ音が響き渡る。横転した車の上にのぼって飛び跳ねる若者たちが、花火を打ち上げる。生誕祭の祝祭とは違う、途轍もない熱狂が街を覆う。

「首を寄越しな」

 ウェンディがぼくからシュウレイの首をひったくって、炊飯器のような金属ケースの蓋を開く。青いドロッとした液体がぶくぶくと循環していて、その中にシュウレイの首を漬ける。蓋を閉めると青く発光する。

 ライラが座席の上で目を見開いたまま、短く浅く呼吸をしていて、滝のように汗を流す。呼びかけに答えない。仰け反って痙攣し始める。

「ウェンディ、ライラが……」
「プロミスキャスモードだね。ハルト、睡眠薬あるかい?」とウェンディがハルトを振り返る。
「セーフハウスになら売るほどあるぜ」
「この子、死んじまうよ」
「いまねーよ」

 ぼくはライラの手を握る。ライラが握り返す。呼吸の間隔がだんだん広くなる。

「何が起きてるんですか?」
「この子、ロ式だろ。睡眠薬も持たずにブレインハックしたら、フラッドヒートするよ。脳が燃えちゃうよ」

 ぼくはハっとして、パンツのポケットに手を入れる。ひんやりした睡眠薬のアンプルが手に触れる。取り出す。よかった、割れてない。

「貸しな」

 ウェンディがアンプルをひったくって、ライラの後頭部に挿入する。ライラが深い息を吐いて、真っ赤に輝く瞳の色がだんだんと落ち着く。額に張り付いた髪を指で掻き上げると、ライラがぼくをみる。

「なんで睡眠薬持ってるの?」とライラが訊く。
「ぼく、市民なんだ」
「自分用じゃない……」
「うん、忘れてた。使わなくてよかった」

 そう言って、ライラを抱きしめる。ライラがぼくの頭を撫でる。

 * * *

 通りに積み上げられたタイヤに火が着けられ、壊れた車を積み上げたバリケードの前にASR25ライフルを持ったゲリラ兵が立ち、側道の入り口で交通規制を敷く。

 ぼくたちは混乱を迂回して、南側の住宅街を抜けてヒバリーヒルへ戻る。ANP通信はゲリラの大規模な武装蜂起を報じている。西部のフェオドラのゲリラだけでなく、いくつかの小規模な反政府組織がセクター内で同時に攻撃を開始した。生誕祭のお祭り騒ぎに乗じて無関係な自由民が略奪に走り、市民たちの自警団と銃撃戦を繰り広げ、装甲車でなければ標的になっていたかもしれない。

「こいつの電脳は生きてるよ、ヴィクトール」とウェンディがハイバネータを叩く。
「つないでいいか、今のうち必要な情報引き出しておく」
「オンラインにするなよ」

 ヴィクトールがハイバネータに端末をつなぐ。シュウレイを電脳ゾンビにして、つながっている情報をコピーする。装甲車が農道に入るとひどく揺れる。ウエンディがライラの有線端子に小型の機器を接続する。ライラは赤い唇を開いたまま、眼を閉じる。

「ちょっと休ませるよ」とウェンディ。
「ライラは大丈夫ですか?」
「ブレインハックって電脳がバキバキに痛むから、数日は安静にさせな。バイザー与えるんじゃないよ」

 ハルトが振り返る。眼の描かれたふざけたバイザーを頭に上げる。

「リオ、危なかったな」
「ライラに救われました」
「ゲリラどもが暴れ始めて、病院を張ってる連中が浮足立ってたから、お前を心配して飛び出していっちまった。一応止めたんだぜ」
「そうなんですか」
「いい女じゃねーか、ネムに似て」

 ロ式はオンラインで通信中の他人の電脳を乗っ取るオーバーライド、あるいはブレインハックという機能を持っている。ブレインハックのためには自分の電脳をプロミスキャスモードに切り替え、自分を経由するすべての通信を受信する状態にしなければならない。それは重度の電脳過敏症に陥ることを意味し、過大な情報と通信の洪水を無防備に受け止めると、電脳が物理的に焼けるという恐ろしい結果をもたらす。
 プロミスキャスモードを切るには、電脳睡眠薬が必要になる。そもそも、睡眠薬は電脳過敏症の治療薬だ。

 ライラは、電脳が焼けることを覚悟して、睡眠薬も持たずにぼくを助けた。ぼくはハルトから貰った睡眠薬をポケットに入れていて、すっかり存在を忘れていた。様々な偶然と必然の積み重ねで、ぼくとライラは生き延びた。
 五十年後の東京という異世界は、実力だけでは生き残れない。いまは、ライラに感謝して、回復を祈るしか無い。
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