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第2部
第25話「病院に忍び込む顛末」
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生誕祭のパーティが、病院の中庭で開かれていた。
夜のイザヤ総合病院の正門はしまっているから、ぼくは夜間診療口でインターホンを鳴らす。受付の女性が応答するけど答えない。再度インターホンを鳴らす。受付の女性が訝しげに夜間診療口の扉を開き、周囲を見回す。ぼくの姿は見えていない。
半開きの扉から病院内に侵入する。足首に、かつてネムがつけていたステルスリングをつけているから、足音も布ズレの音もほとんど聞こえない。風が僅かに揺れるだけ。
明かりが灯るナースセンターの前を通過するけど、誰もいない。ナースたちはパーティに出払って、さっきの受付の女性しかいない。病院の周囲はユタニの手下が取り囲んでいるのに、病院内には姿がみえない。
バイザーをかけて、病院の見取り図を確認する。この大病院は東西南北に巨大な病棟があって、いまいるエントランスは南側だ。ユタニ・シュウレイの個室は北の巨大な城のような建物の五階で、一番大きな部屋。
ぼくは東棟を歩く。西棟に比べてナースアンドロイドの数が多いけど、アンドロイドは予測不能な歩き方をしないので、ぶつかる恐れもない。
入院患者とすれ違うけど、薄暗い廊下で姿を消したぼくに気づく人はいない。杖をついた男性、点滴スタンドを押しながらゆっくり歩く女性、車椅子の老人が窓からみえる生誕祭のパーティを眺める。たくさんのケーキと料理を囲んで、ナースと医師、それに患者たちの一部がにぎやかに談笑する光景を横目に見る。
十六歳のクリスマスは、家で妹と一緒にベイクドチーズケーキを作った。表面がちょっと焦げたけど、とても美味しくて、チキンが入らなかった。プレゼントは何をもらったっけ。
あの頃は、翌年のクリスマスは妹とチョコレートケーキを作るものだとぼんやり想像していた。まさか、人を殺しにいくことになるとは。
腰に下げたサチのM24Rを抜く。
* * *
北棟の特別病室のドアを開く。
ベッドの上で右腕を再生した五体満足のシュウレイがバイザーをかけて誰かと話をしている。傍らのソファに座ったボディガードのロッソが、ぼくを振り返って懐に手を入れる。
ドン、ドン。
一発でロッソの胸を撃ち抜き、もう一発で頭を吹き飛ばす。ロッソの身体はソファに座ったまま動かなくなる。銃口をシュウレイに向ける。シュウレイは枕を胸元に抱える。
「リオくん……どうして君」
ドン。
枕ごとシュウレイの腹を撃ち抜く。背後の壁に血と肉片が飛び散る。パーティ会場からクラッカーの音が鳴り響く。遠くから生誕祭の祝砲も聞こえてくる。
ぼくは銃をホルスターに戻して、代わりにマチェーテを引き抜く。壁に凭れて血反吐を吐くシュウレイが顔をあげる。血まみれの顔が恐怖に歪む。
ぼくはシュウレイのグレーの髪を掴んでマチェーテを振り下ろす。ゴボゴボと空気の抜ける音がして、血の泡が噴き出す。二度、三度、マチェーテを振るってシュウレイの首を斬り落とす。最後まで細い繊維がつながっていて、無理矢理引っ張って引きちぎる。ベッドのシーツを割いて包む。五分以内にハイバネータに入れないと、シュウレイの電脳が完全に死んでしまう。
ぼくは病室を出て、シュウレイの首を掴んだまま階段を駆け下りる。
* * *
東棟二階の廊下を駆ける。
パーティ会場の参加者たちがグラスを持ったまま立ちすくむ。様子がおかしい。ぼくの存在が露呈したわけではなさそう。たくさんの祝砲がきこえる。
階段を駆け下り、緊急車両用の出入り口へ走る。ドアを肩で開ける。
駐車場をたくさんの手下が取り囲む真っ只中に、ぼくは無防備に躍り出てしまった。ユタニの手下たちが「そいつだ!」と声を上げる。時間がゆっくり流れる。
クリスマスに焼いたチーズケーキに、妹の友梨がロウソクを十三本も差していた。ぼくは「誕生日じゃないんだよ」と言ったけれど、友梨は「ふーってしたいの」と言った。ロウソクに火を着けて、お母さんが電気を消して、ぼくたちは一緒に火を吹き消した。電気がついたとき、お父さんが買ってきたプレゼントがテーブルに並んでいた。そうだ、ぼくは欲しがっていたハミルトンの腕時計を貰ったんだ。
エントランスの庇から、ライラがふわりと舞い降りる姿がみえる。男たちの銃が火を噴く。ネムのときと全く同じだ。だめだ、ライラ、ぼくを庇っては駄目だ。
ライラの柔らかい肌が空を仰いだぼくを抱きとめる。無数の銃声が轟き、銃弾が空気を焦がす臭いと鋭い音。ぼくは膝をつく。
ライラの肩越しに、男たちがお互いを撃ち合う同士討ちの地獄絵図をみる。なにが起きているかわからない。男たちの断末魔と、まばらな銃声が交錯し、最後まで残った男が自分の脳天を撃ち抜く。静寂が戻る。
ライラがぼくにキスをして、服の上から股間を撫でる。セックスしているときと同じ赤い瞳にハートマークが浮かぶ。額に汗がにじむ。
「アタシの男に銃を向けるやつはこーなるの、興奮するだろ?」
そう言って、ライラが白目を剥いてぼくの腕の中でぐったりする。身体がすごく熱い。病院の敷地に、あの手作りの偽装装甲車が突入してくる。ぼくたちの前で停まる。スライドドアが開いて、ハルトとベツがライフルを持って出てくる。ぼくたちに手を振る。
「来い! 逃げるぞ」
夜のイザヤ総合病院の正門はしまっているから、ぼくは夜間診療口でインターホンを鳴らす。受付の女性が応答するけど答えない。再度インターホンを鳴らす。受付の女性が訝しげに夜間診療口の扉を開き、周囲を見回す。ぼくの姿は見えていない。
半開きの扉から病院内に侵入する。足首に、かつてネムがつけていたステルスリングをつけているから、足音も布ズレの音もほとんど聞こえない。風が僅かに揺れるだけ。
明かりが灯るナースセンターの前を通過するけど、誰もいない。ナースたちはパーティに出払って、さっきの受付の女性しかいない。病院の周囲はユタニの手下が取り囲んでいるのに、病院内には姿がみえない。
バイザーをかけて、病院の見取り図を確認する。この大病院は東西南北に巨大な病棟があって、いまいるエントランスは南側だ。ユタニ・シュウレイの個室は北の巨大な城のような建物の五階で、一番大きな部屋。
ぼくは東棟を歩く。西棟に比べてナースアンドロイドの数が多いけど、アンドロイドは予測不能な歩き方をしないので、ぶつかる恐れもない。
入院患者とすれ違うけど、薄暗い廊下で姿を消したぼくに気づく人はいない。杖をついた男性、点滴スタンドを押しながらゆっくり歩く女性、車椅子の老人が窓からみえる生誕祭のパーティを眺める。たくさんのケーキと料理を囲んで、ナースと医師、それに患者たちの一部がにぎやかに談笑する光景を横目に見る。
十六歳のクリスマスは、家で妹と一緒にベイクドチーズケーキを作った。表面がちょっと焦げたけど、とても美味しくて、チキンが入らなかった。プレゼントは何をもらったっけ。
あの頃は、翌年のクリスマスは妹とチョコレートケーキを作るものだとぼんやり想像していた。まさか、人を殺しにいくことになるとは。
腰に下げたサチのM24Rを抜く。
* * *
北棟の特別病室のドアを開く。
ベッドの上で右腕を再生した五体満足のシュウレイがバイザーをかけて誰かと話をしている。傍らのソファに座ったボディガードのロッソが、ぼくを振り返って懐に手を入れる。
ドン、ドン。
一発でロッソの胸を撃ち抜き、もう一発で頭を吹き飛ばす。ロッソの身体はソファに座ったまま動かなくなる。銃口をシュウレイに向ける。シュウレイは枕を胸元に抱える。
「リオくん……どうして君」
ドン。
枕ごとシュウレイの腹を撃ち抜く。背後の壁に血と肉片が飛び散る。パーティ会場からクラッカーの音が鳴り響く。遠くから生誕祭の祝砲も聞こえてくる。
ぼくは銃をホルスターに戻して、代わりにマチェーテを引き抜く。壁に凭れて血反吐を吐くシュウレイが顔をあげる。血まみれの顔が恐怖に歪む。
ぼくはシュウレイのグレーの髪を掴んでマチェーテを振り下ろす。ゴボゴボと空気の抜ける音がして、血の泡が噴き出す。二度、三度、マチェーテを振るってシュウレイの首を斬り落とす。最後まで細い繊維がつながっていて、無理矢理引っ張って引きちぎる。ベッドのシーツを割いて包む。五分以内にハイバネータに入れないと、シュウレイの電脳が完全に死んでしまう。
ぼくは病室を出て、シュウレイの首を掴んだまま階段を駆け下りる。
* * *
東棟二階の廊下を駆ける。
パーティ会場の参加者たちがグラスを持ったまま立ちすくむ。様子がおかしい。ぼくの存在が露呈したわけではなさそう。たくさんの祝砲がきこえる。
階段を駆け下り、緊急車両用の出入り口へ走る。ドアを肩で開ける。
駐車場をたくさんの手下が取り囲む真っ只中に、ぼくは無防備に躍り出てしまった。ユタニの手下たちが「そいつだ!」と声を上げる。時間がゆっくり流れる。
クリスマスに焼いたチーズケーキに、妹の友梨がロウソクを十三本も差していた。ぼくは「誕生日じゃないんだよ」と言ったけれど、友梨は「ふーってしたいの」と言った。ロウソクに火を着けて、お母さんが電気を消して、ぼくたちは一緒に火を吹き消した。電気がついたとき、お父さんが買ってきたプレゼントがテーブルに並んでいた。そうだ、ぼくは欲しがっていたハミルトンの腕時計を貰ったんだ。
エントランスの庇から、ライラがふわりと舞い降りる姿がみえる。男たちの銃が火を噴く。ネムのときと全く同じだ。だめだ、ライラ、ぼくを庇っては駄目だ。
ライラの柔らかい肌が空を仰いだぼくを抱きとめる。無数の銃声が轟き、銃弾が空気を焦がす臭いと鋭い音。ぼくは膝をつく。
ライラの肩越しに、男たちがお互いを撃ち合う同士討ちの地獄絵図をみる。なにが起きているかわからない。男たちの断末魔と、まばらな銃声が交錯し、最後まで残った男が自分の脳天を撃ち抜く。静寂が戻る。
ライラがぼくにキスをして、服の上から股間を撫でる。セックスしているときと同じ赤い瞳にハートマークが浮かぶ。額に汗がにじむ。
「アタシの男に銃を向けるやつはこーなるの、興奮するだろ?」
そう言って、ライラが白目を剥いてぼくの腕の中でぐったりする。身体がすごく熱い。病院の敷地に、あの手作りの偽装装甲車が突入してくる。ぼくたちの前で停まる。スライドドアが開いて、ハルトとベツがライフルを持って出てくる。ぼくたちに手を振る。
「来い! 逃げるぞ」
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