【R18】ハロー!ジャンキーズ

藤原紫音

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第2部

第22話「ユタニを騙して取引する顛末」

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 視界にサチ、ベツ、ボリスの映像共有が開く。ユタニ一味はシュウレイとニットマスクの女を含めて九人。
 シュウレイとニットマスク以外、全員実弾小銃のSR25を持っている。散弾銃を背負っている奴もいる。ベツとボリスは大きな外套を羽織っていて、いつもの小銃ではなく、トラックの荷台に取り付けていたMG3を隠し持っている。

「ごきげんよう、マダム。ご注文のクセノフィオフィラ四千九百九十八アンプルを用意した。二アンプルはサンプルでお渡ししたから数が少ないが」
 シュウレイが杖でケースを指して言う。サチが前に進み出る。
「構わないわ。金額は六百万ね」
「正確には五百九十九万七千六百クレジットだが、面倒だろう。六百万受け取って、二千四百をバックする」

 バイザーの視界にヴィクトールから音声通信が入る。

「サチ、それダメだ。マロリーがキャッシュバックに対応してない」

 サチが肩を竦めて答える。

「細かい端数は気にしないで、六百万払うわ。サンプルも貰ったんだし」
「そうか、それはこちらも助かる」
「手順通りに、現物を見せて」

 ニットマスクの女がケースから太いアンプルを一本取り出し、サチに渡す。ボリスが手元をじっとみている。
 試験機では本物かどうかわからないクセノフィオフィラは売人が避ける薬物だ。サチが光にかざし、アンプルの製造番号を確認する。

「サンプルと同じロットね、確認したわ」
「では決済を」

 シュウレイが有線端子を差し出す。サチが受け取り、後頭部に接続する。決済画面が共有される。ぼくは安全装置を解除して、危害射撃モードに移行する。レトロ趣味な決済画面のデジタルフォントは何度見ても緊張する。六百万が一瞬で決済される。裏切りが起きるなら、大抵この直後だ。全員が緊張する。

「六百万、確かに。では品物を運ぼう」
「台車があるなら、こちらで運ぶわ」

 ベツとボリス、サチが三人で、ケースがくくりつけられた台車を車へ運ぶ。その姿をシュウレイと手下たちが見守る。ジリジリした時間が過ぎる。雪が強くなり、視界が遮られる。ヴィクトールから再び音声通信。

「おい、なんか様子が変だ」
「なに?」とライラ。
「シュウレイのやつ、心底信用してるのか、決済照会もしないぜ」
「どういうこと?」
「高額の決済完了したら取引記録を銀行に確認するだろ、このジジイなにも通信してない」
「信用してるんでしょ」
「だといいが……」

 ピックアップにバラしたケースを積み込む。手下の男たちはその姿をみている。シュウレイはみていない。どこか遠くをみている。高額取引なのに、上の空だ。これはチョロい取引かもしれない。
 サチと一緒に逃げるとき、あわよくばあのアンプルを何本か頂いていこう。サチと駆け落ちした時点で、ぼくはシュウジやアキラと同じ裏切り者なのだ。構うことはない。

「サチ! 逃げろ! バレたぞ!」

 ヴィクトールの叫び声に驚いて心臓が飛び跳ねる。たくさんの銃声が響く。
 手下が荷物を積み込み中のピックアップに向けて発砲する。ベツとボリスが外套からMG3を露出して応戦する。サチが両手に拳銃を構え、車の影から撃ち返す。
 シュウレイが屈んで銃撃戦から逃げ出そうとする。シュウレイのすこし先に照準を合わせると、赤くポイントされる。撃つ。シュウレイの腕が吹き飛んで、植え込みに倒れ込む。

 背を向けて銃を撃つ手下にポイントする。撃つ。命中すると、肉片が飛び散る。別の手下を撃つ。頭を吹き飛ばす。一人だけ取り残された手下が、トラックの荷台を背にして縮こまる。ニットマスクの女の姿は見えない。

「残りはもういいよ、乗りな!」

 サチがベツとボリスに叫ぶ。二人は軽機関銃を腰だめに構えたまま、後ろ向きにピックアップに乗り込む。サチが車をバックさせる。花壇にぶつける。アクセルを踏み込むと、ぬかるみに後輪が空転する。

「リオ、工場の煙突!」とライラが言う。

 ドン。

 ぼくの持つ対物狙撃銃と同じ発砲音がして、バイザーに共有したサチの視界がバシャッと血に染まる。
 工場の煙突に突き出した外階段に、狙撃手の姿をみつけた。相手もぼくをみつけた。バイザーに危害警告が表示され、背筋が凍るような警告音が鳴り響く。ぼくが照準をあわせているのと同じように、相手もぼくに狙いを定める。ぼくは息をそっと吐きながら引き金を弾く。

 すぐ背後の壁が砕けて破片が飛び散る。外階段の狙撃手はゴムまりのように弾けて、地上へ落下する。

「サチが撃たれた、リオ、ライラと一緒にすぐに降りろ!」

 * * *

 ぼくとライラは雑居ビルの外階段を駆け下り、梯子を滑り降りる。
 教会脇を暴走してきたピックアップにライラと共に飛び乗る。後部座席には、腹が血まみれのサチが横たわる。フロントガラスも血で真っ赤。
 ボリスが運転し、ベツが窓から身を乗り出して機関銃を撃つ。ユタニの二台目のバンが追撃してくる。防弾のボディとガラスに銃弾が命中するたびに、ドガガガとものすごい音が響く。

「サチ!」

 ぼくは自分のストールを脱いで、サチの腹部に当てる。大穴が空いていて、内臓が剥き出し、血の海。バイザーがバイタルアラートを表示する。

 致死量の出血です、止血が必要です、直ちに輸血することを推奨します。応急処理の検索結果を表示します。

 うるさい、バイザーを脱ぎ捨てる。サチがぼくの手を掴む。手を握り返す。氷のように冷たい。

「カッコ悪いところ、見せちゃったね……んぶっ」

 サチが横を向いて、大量の血を吐く。ぼくの太腿と床に鮮血をぶちまける。

「サチ、ウェンディのところに連れて行くから」
「だいぶ悪いのかい、あんまり……痛くないよ」
「大丈夫だよ、ぼくが押さえてるから」
「ハルトに叱られるね……」
「叱らないさ、取引はうまくいったよ」
「リオ……ほんとは……」
「何?」

 サチがぼくをみつめたまま、動かない。

「何?」

 サチは答えない。
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