【R18】ハロー!ジャンキーズ

藤原紫音

文字の大きさ
上 下
46 / 109
第2部

第6話「東部のセーフハウスに身を隠す顛末」

しおりを挟む
 『ラックレス』を出たのは深夜零時を過ぎた頃だった。吐く息が真っ白。

「随分、お楽しみじゃねーか、リオ」

 クラブを出た直後、バイザーにボリスから通信が入る。
 ボリスはクラブが見える鉄塔の上で、ロバエフ狙撃銃を構えて五時間近く待っていた。文句のひとつも言いたくなるだろう。

「寒かった?」とぼくが聞く。
「いま、気温は七度だ、暖かいね」
「怒ってる?」
「まさか、気分爽快さ」
「めっちゃ怒ってるじゃん」

 ヴィクトールが車で迎えに来る。隠れ家へ帰る。途中でボリスを拾う。ボリスはドアを閉めるなり愚痴を零す。

「クラブにあがってから通信が切れたぞ、あれじゃ位置がわかんねえ」
「VIPルームが通信遮断するみたいね」とサチ「リオが輪姦まわされてンのを会場に有料配信するから、勝手に繋がれちゃこまるんでしょ」。
「稼いだか?」
「必要ない薬代の方が高いわ」

 サチが睡眠薬ケースを叩く。店に入ってから五時間近く、サチとクラブの女達の七人に延々と輪姦されて、まだ身体中がセックスを求めて疼いている。

 繁華街を迂回して地下駐車場で今度はピックアップに乗り換える。サチが指定する隠れ家へ。
 静かな給電ステーションを横切り、駐車場へ滑り込む。車から降りると、冷たい風が吹き、雪が降り始める。

 * * *

 三階建ての一軒家にみえる隠れ家は、ルツの古いセーフハウスだった。モデルハウスのような内装で、埃もおちていないピカピカの玄関ホールとキッチンは人の気配を感じさせない。

 ぼくはすぐにシャワーを浴びる。セーフハウスの部屋に付属した狭いシャワーボックスではなく、ちゃんとした浴室。お湯を溜める。浸かる。冷えた身体が足指の先まで温まる。
 ここで目覚めたとき、ぼくは生ぬるい湿潤液しつじゅんえきに浮かんでいた。湯に浸かるのはそれ以来、半年ぶりだ。全身バイオユニットでも寒さは感じる。

 脚を伸ばして湯船に浮かび、眼を閉じる。ぼくを跨いで溶ける表情で見下ろすネムの切ない表情が瞼に浮かぶ。
 大勢の美しい女たちと見境なく交わってきたのに、未だにぼくはネムのことが忘れられない。一晩愛し合った以外は、裏切り者のシュウジとドラッグに溺れる姿しか覚えていない。

 ぼくを庇ってシュウジに撃たれた瞬間をなんども思い出す。あのとき、どうすれば彼女を救えたのか。今更あがいても取り返しはつかないのに、なんどもなんども考える。そして、いつも最後は、ぼくが撃たれるという結末にたどり着く。
 シュウジを撃ち殺し、ぼくの腕の中でネムが息を引き取ったとき、心に大穴が空いた。ぼくの下腹部にある穴の空いたハートのタトゥーを、エレナやサチ、ウェンディも彫っている。みんなこんなにつらい想いをしているのだろうか。

 ぼくは風呂を出る。浴室と脱衣所の間のボックスで、回転する風で全身を乾かす。バスタオルを肩にかけて、畳んだ服を抱える。
 動くたびに、女たちの甘い香りが肌にまとわりつく。セックスしすぎて、こびりついた女が落ちない。

 * * *

 ジアルジアをボトル三本分飲んで、膨れたお腹を抱えてベッドに仰向けになる。

 この粉末食は精液を増やすだけでなく、バイオユニットの総合栄養食だから、ぼくの主食になっているけれど、はっきり言って不味い。

 八ヶ月前は、自宅でお母さんの作った食事を食べていたけれど、今ではどんなものが好きだったか思い出せない。
 セクター4で食べられる固形食は中華やメキシコ料理、ピザ、ハンバーガー、ポテト、ラザニア、カレー、サワークリームを雪山のようにぶっかけた高カロリーなロシア料理、そして芋、肉、芋、肉、美味いけど、どれも不健康だ。天然ドラッグでまいにちキマってるより、マヨネーズの海につかったニシンを食うほうがずっと体に悪い気がする。

 西部ではいろんな具材ののったタコスやトルティーヤ、豆料理や炒り卵なんかのメキシコ料理が一番安くて一番美味しい。高校生だったころ、メキシコ料理なんてコンビニの貧相なブリトーくらいしか知らなかった。
 東部は中華ばっかりだ。日本食はうどんと蕎麦とラーメン以外は高給食だから、自由民の猥雑な繁華街では食べられない。

 睡眠欲と性欲が十分に満たされると、粉で誤魔化している食欲が頭を支配する。毎日セックスにおぼれても、夢の中ではナチョスやファヒータが登場する。
 食欲を満たすためにジアルジアをたくさん飲んでしまい、精液が溜まり、狂ったようにセックスに溺れ、レピタの人造ペニスに前立腺を滅多突きにされながらケサディーヤを頬張る夢を見るという悪循環から抜け出せない。

 サチは「食いたいなら食えばいいよ、我慢するなよ」と言うけど、メキシコ料理店ではサチみたいなエロい格好の女に言い寄られ、ナイフや拳銃を持ったヒスパニックの男に取り囲まれるという恐ろしい目に遭うから、ユリアたちが同伴してくれないと店には入れない。
 自由民街がいくら自由だからと言って、学習施設にいるはずの年齢の子供がウロウロして無事でいられる保証は無い。

 窓の外の雪が激しくなる。寝室は暖かい。雪が風に舞う動きをぼんやり眺めて、いなくなったアキラさんが作ってくれたトマトの入った炒り卵の味を思い出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...