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第1部
第30話「ヌクイを拿捕する顛末」
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ぼくたちのキャンプがあった街の繁華街を、ツーシーターのバギーがノロノロ走る。
ボリスが運転するこの世紀末な車の助手席に、哀れなぼくが座っていた。ボリスはイライラしながらクラクションを鳴らす。ボロをまとったホームレスがカートを押してのろまな牛のように道を開ける。
ぼくは窓の外を眺める。夜のネオンと降り注ぐ雨に懐かしさを覚えるようになった。
「まだ、ネムのこと、引きずってんのか?」
ボリスが言う。ここへ車で移動する二十分間、一言も口をきかなかったのに。
「うん、まあね」
「ここで暮らしてりゃ、誰だって、大事な人を亡くす経験をする」
「そうなんだ」
「女に惚れたりしないこった」
「ネムも、そんなことを言ってた」
「愛した女を失えば、心に穴があく、なんども繰り返してると、穴だらけで、心が無くなっちまうぜ」
ぼくはボリスを見る。女とヤるか、誰かを殺ることにしか興味のない男だと思っていた。
ベツと同じ全身サイボーグで、右の眼球は瞳孔が黄色く縁取られたスマートサイトを内蔵し、バイザーなしで長距離射撃を成功させる。二マイル先のいい女をみつける眼だと嘯く。
「ボリスは、どうやって立ち直った?」とぼくは聞く。
「立ち直ってない、穴があいたままだ」
「蜥蜴のタトゥーの女のこと?」
ボリスはせせら笑う。
「あの女はよかったけど、そういう女じゃない」
「あ、ここだ」
ぼくは窓の外を指差す。大きく、麺、と書かれた看板のある雑居ビル。エアコンの室外機が通りにせり出した恐ろしい外観で、大量の伝線と通信ケーブルが張り巡らされている。
車が停まる。ビルの庇に並んでいるのは、細い体の男娼たち。股間の膨らみを強調するサルエルパンツを根元ギリギリまで下げてサスペンダーで吊り、上半身は裸で、煙草を吸いながら客待ちしている。ぼくたちを見てヒラヒラと手を振る。シュウジのあの仕草と同じ。
* * *
階段を上がる。ぼくが先頭に立ち、ボリスが遅れて上がる。ぼくたちは同じM24Rという大型拳銃を構える。安全装置を外す。部屋の中から、男の喘ぎ声がきこえる。
ドアの左右にぼくとボリスが立つ。ヴィクトールに貰ったカードキーをかざすと、ドアが解錠する。ボリスがドアを蹴破って中に入る。
狭くて薄汚い部屋の隅に置かれたマットレスの上で、ヘアオイルで髪をなでつけた男が、ぼくと同い年くらいの少年に覆いかぶさって腰を振っていた。ボリスのガンライトに照らされて、ヘアオイルの男が両手をあげる。
「ちょちょちょ、待って、礼状はあるのか?」と男が言う。
「警察じゃねーよこの野郎」
ボリスが男の顔をブーツで蹴飛ばす。吹っ飛んで後頭部を壁にぶつける。少年が悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちる。散らかした服を掴んで、床を這って逃げ出す。
「シュウジの隠れ家に、なんであんたがいるの、ヌクイ」とぼく。
「リオくんかい?」
血が溢れる鼻と唇を抑えて、涙目でヌクイが聞く。ボリスはヌクイの髪を掴んで床に引きずり倒す。背中を踏みつけて、腕を結束バンドで縛る。脚も縛る。
ぼくはガンライトを広角にして、暗い部屋の中を見回す。金属のラックに透明のケースがあって、中で虫が蠢く。
電脳ドラッグの箱、酒瓶、工具、ガスマスク、注射器、酸素ボンベ、消毒液、ディルドー、ポンプ、サスペンダーの金具、ガムテープ、雑然とした大量のモノの中に、シャドウマウントをみつける。引っ張り出す。
U字型の膨らます前の救命胴衣のようなこの機械は、首にかけて後頭部の電脳端子に直結する。この機械を通してダイバーネットにアクセスすると、電脳IDではなく、機械のIDを名乗り、身元を隠すことができる。単純なUTMルータだけど、アクセスログが機器内に残るとヴィクトールが教えてくれた。
「おい、リオ、見ろよ、コイツ……」
ボリスが声をかける。仰向けになったヌクイの下腹に、牙のあるドクロマークのタトゥーが彫られていた。
一度見たら忘れられないポップでゴスでパンクなそのマークは、イーライの車のガルウィングハッチに描かれていたのと同じもの。
「俺たちを狙ってんのは、エンライじゃなくてロン毛の方だぜ」
ボリスが運転するこの世紀末な車の助手席に、哀れなぼくが座っていた。ボリスはイライラしながらクラクションを鳴らす。ボロをまとったホームレスがカートを押してのろまな牛のように道を開ける。
ぼくは窓の外を眺める。夜のネオンと降り注ぐ雨に懐かしさを覚えるようになった。
「まだ、ネムのこと、引きずってんのか?」
ボリスが言う。ここへ車で移動する二十分間、一言も口をきかなかったのに。
「うん、まあね」
「ここで暮らしてりゃ、誰だって、大事な人を亡くす経験をする」
「そうなんだ」
「女に惚れたりしないこった」
「ネムも、そんなことを言ってた」
「愛した女を失えば、心に穴があく、なんども繰り返してると、穴だらけで、心が無くなっちまうぜ」
ぼくはボリスを見る。女とヤるか、誰かを殺ることにしか興味のない男だと思っていた。
ベツと同じ全身サイボーグで、右の眼球は瞳孔が黄色く縁取られたスマートサイトを内蔵し、バイザーなしで長距離射撃を成功させる。二マイル先のいい女をみつける眼だと嘯く。
「ボリスは、どうやって立ち直った?」とぼくは聞く。
「立ち直ってない、穴があいたままだ」
「蜥蜴のタトゥーの女のこと?」
ボリスはせせら笑う。
「あの女はよかったけど、そういう女じゃない」
「あ、ここだ」
ぼくは窓の外を指差す。大きく、麺、と書かれた看板のある雑居ビル。エアコンの室外機が通りにせり出した恐ろしい外観で、大量の伝線と通信ケーブルが張り巡らされている。
車が停まる。ビルの庇に並んでいるのは、細い体の男娼たち。股間の膨らみを強調するサルエルパンツを根元ギリギリまで下げてサスペンダーで吊り、上半身は裸で、煙草を吸いながら客待ちしている。ぼくたちを見てヒラヒラと手を振る。シュウジのあの仕草と同じ。
* * *
階段を上がる。ぼくが先頭に立ち、ボリスが遅れて上がる。ぼくたちは同じM24Rという大型拳銃を構える。安全装置を外す。部屋の中から、男の喘ぎ声がきこえる。
ドアの左右にぼくとボリスが立つ。ヴィクトールに貰ったカードキーをかざすと、ドアが解錠する。ボリスがドアを蹴破って中に入る。
狭くて薄汚い部屋の隅に置かれたマットレスの上で、ヘアオイルで髪をなでつけた男が、ぼくと同い年くらいの少年に覆いかぶさって腰を振っていた。ボリスのガンライトに照らされて、ヘアオイルの男が両手をあげる。
「ちょちょちょ、待って、礼状はあるのか?」と男が言う。
「警察じゃねーよこの野郎」
ボリスが男の顔をブーツで蹴飛ばす。吹っ飛んで後頭部を壁にぶつける。少年が悲鳴を上げて、ベッドから転がり落ちる。散らかした服を掴んで、床を這って逃げ出す。
「シュウジの隠れ家に、なんであんたがいるの、ヌクイ」とぼく。
「リオくんかい?」
血が溢れる鼻と唇を抑えて、涙目でヌクイが聞く。ボリスはヌクイの髪を掴んで床に引きずり倒す。背中を踏みつけて、腕を結束バンドで縛る。脚も縛る。
ぼくはガンライトを広角にして、暗い部屋の中を見回す。金属のラックに透明のケースがあって、中で虫が蠢く。
電脳ドラッグの箱、酒瓶、工具、ガスマスク、注射器、酸素ボンベ、消毒液、ディルドー、ポンプ、サスペンダーの金具、ガムテープ、雑然とした大量のモノの中に、シャドウマウントをみつける。引っ張り出す。
U字型の膨らます前の救命胴衣のようなこの機械は、首にかけて後頭部の電脳端子に直結する。この機械を通してダイバーネットにアクセスすると、電脳IDではなく、機械のIDを名乗り、身元を隠すことができる。単純なUTMルータだけど、アクセスログが機器内に残るとヴィクトールが教えてくれた。
「おい、リオ、見ろよ、コイツ……」
ボリスが声をかける。仰向けになったヌクイの下腹に、牙のあるドクロマークのタトゥーが彫られていた。
一度見たら忘れられないポップでゴスでパンクなそのマークは、イーライの車のガルウィングハッチに描かれていたのと同じもの。
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