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第1部
第26話「薬品工場から脱出する顛末」
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純白の通路の前に、青白い製品棚がずらりと並ぶ。
天井、壁、床のすべてから強い照明があてられ、どこにも影が落ちないほど明るい空間。この異世界で一番明るい場所かもしれない。しかし、どれほど強い照明も、ぼくの姿を暴くことはできない。
五番と書かれた棚の通路に入る。透明のケースに電脳睡眠薬のアンプルが百本入っている。濃い緑色に鈍く光るガラス製のアンプル一本で、セクター4の市民の平均月収三ヶ月分になる。
ぼくはケースの取っ手をそっと掴む。ゆっくり持ち上げる。なにも起きない。もう一つ持ち上げる。ぼくは両手にケースを持って、そっと一歩踏み出す。
純白の保管庫が赤く染まり、けたたましい警報が鳴り響く。ぼくは軽く飛び上がる。
銃声、それに爆発音。建物の外から聞こえてくる。ぼくはケースを一つ下ろして、バイザーの通信スイッチを入れる。オンラインアイコンが閃き、右上にベツの映像が開く。走る。伏せる。投げる。爆発。そして撃つ。
『リオ、戻るな。そのまま屋上へ移動しろ』
「でも、警報が」
『光学迷彩のままエレベータで移動すれば誰も気づかない。行け、アキラが迎えに来る』
ぼくは下ろしたケースを掴み、通路脇のカートに乗せる。外ではなく中へ向かってカートを押す。大丈夫、ぼくの位置はネムが見ている。ぼくを守ってくれている。そう言い聞かせて、保安ゲートをくぐる。
カートが通過するとゲートがエラー音を鳴らすけど、鳴り響く侵入警報にかき消される。右手の入出荷エリアで作業員がざわつき狼狽える。ぼくは逆方向に踵を返して、突き当りのエレベータへ。ボタンを押す。エレベータが降りてくる。
ドアが開くと、ライフルを持った警備員が出てきて冷や汗をかく。ぼくを素通りして入出荷エリアへ。ぼくはカートをエレベータに乗せて、最上階へ。
立て続けに爆発音。狙撃銃の音も聞こえる。最上階に到着する。ドアが開くと、調剤を行う白衣の男たちが、壁のモニタに集まって外の騒ぎをみている。ぼくの押すカートに気づかない。彼らの背後を通るのは危ない。
ぼくは秤量エリアに歩き、壁沿いを歩いて調剤エリアへ抜ける。モニタに集まる集団を迂回する。棚の影から様子を伺い、静かにカートを通過させる。
非常階段に入ると、ケースを掴んで階段を駆け上がる。屋上まで登る。ドアに鍵がかかっている。レーザーカッターで焼き切る。ケースを持ち、肩をぶつけてドアを破る。屋上に躍り出る。
豪雨がぼくの頭上に降り注ぐ。虹色の光が散って、ぼくの姿が現れる。雨に濡れると光学迷彩は使えない。そうだった。だけどもう関係ない。
空を仰ぐと、アキラのピックアップが接近する。あの品のないボディが頼もしくみえる。ぼくは屋上の中央に歩み出て、ケースを持ったまま両手を振る。ピックアップが下降してくる。
空中でドアが開いて、ネムが姿をみせる。
「リオ、無事かい?」と言って手を振る。
「おい、フェラーレの兄さん」
背後から声がする。振り返る。
いなくなったシュウジが、屋上ドアの前に立っている。自動拳銃をぼくに向ける。
「シュウジさん……」
「これも、仕事なの。ごめんね」
誰かがぼくに抱きつく。パン、パン、パン、パン、と乾いた銃声が響く。
銃弾が命中する音がきこえて、ぐっ、と呻く声。ピックアップから飛び降りたネムの声。ぼくはネムに抱きつかれたまま、仰向けに倒れる。シュウジが銃を構えたまま近づく。
ぼくはベツに貰った拳銃を抜いて、シュウジに向けて撃つ。驚いたシュウジも撃ち返す。火花が飛び交う。硝煙が白く立ち込める。
シュウジが膝をつき、うつ伏せに倒れる。
「ネム! 撃たれて……」
ぼくに体を預けたままのネムを抱き起こす。ぼくの手に真っ赤な血がべっとり。雨に打たれて、滝のように血が流れる。
ネムが切れ長の美しい眼を薄く開く。ゲホッと咳き込んで鮮血を吐く。青色の瞳がぼくをみつめる。ネムは震える腕を持ち上げて、ぼくの頬に手を触れる。
「リオ……」
「なに?」
「男なんて……好きになるもんじゃ、ないね」
ネムの手が力を失い、だらりと垂れる。
天井、壁、床のすべてから強い照明があてられ、どこにも影が落ちないほど明るい空間。この異世界で一番明るい場所かもしれない。しかし、どれほど強い照明も、ぼくの姿を暴くことはできない。
五番と書かれた棚の通路に入る。透明のケースに電脳睡眠薬のアンプルが百本入っている。濃い緑色に鈍く光るガラス製のアンプル一本で、セクター4の市民の平均月収三ヶ月分になる。
ぼくはケースの取っ手をそっと掴む。ゆっくり持ち上げる。なにも起きない。もう一つ持ち上げる。ぼくは両手にケースを持って、そっと一歩踏み出す。
純白の保管庫が赤く染まり、けたたましい警報が鳴り響く。ぼくは軽く飛び上がる。
銃声、それに爆発音。建物の外から聞こえてくる。ぼくはケースを一つ下ろして、バイザーの通信スイッチを入れる。オンラインアイコンが閃き、右上にベツの映像が開く。走る。伏せる。投げる。爆発。そして撃つ。
『リオ、戻るな。そのまま屋上へ移動しろ』
「でも、警報が」
『光学迷彩のままエレベータで移動すれば誰も気づかない。行け、アキラが迎えに来る』
ぼくは下ろしたケースを掴み、通路脇のカートに乗せる。外ではなく中へ向かってカートを押す。大丈夫、ぼくの位置はネムが見ている。ぼくを守ってくれている。そう言い聞かせて、保安ゲートをくぐる。
カートが通過するとゲートがエラー音を鳴らすけど、鳴り響く侵入警報にかき消される。右手の入出荷エリアで作業員がざわつき狼狽える。ぼくは逆方向に踵を返して、突き当りのエレベータへ。ボタンを押す。エレベータが降りてくる。
ドアが開くと、ライフルを持った警備員が出てきて冷や汗をかく。ぼくを素通りして入出荷エリアへ。ぼくはカートをエレベータに乗せて、最上階へ。
立て続けに爆発音。狙撃銃の音も聞こえる。最上階に到着する。ドアが開くと、調剤を行う白衣の男たちが、壁のモニタに集まって外の騒ぎをみている。ぼくの押すカートに気づかない。彼らの背後を通るのは危ない。
ぼくは秤量エリアに歩き、壁沿いを歩いて調剤エリアへ抜ける。モニタに集まる集団を迂回する。棚の影から様子を伺い、静かにカートを通過させる。
非常階段に入ると、ケースを掴んで階段を駆け上がる。屋上まで登る。ドアに鍵がかかっている。レーザーカッターで焼き切る。ケースを持ち、肩をぶつけてドアを破る。屋上に躍り出る。
豪雨がぼくの頭上に降り注ぐ。虹色の光が散って、ぼくの姿が現れる。雨に濡れると光学迷彩は使えない。そうだった。だけどもう関係ない。
空を仰ぐと、アキラのピックアップが接近する。あの品のないボディが頼もしくみえる。ぼくは屋上の中央に歩み出て、ケースを持ったまま両手を振る。ピックアップが下降してくる。
空中でドアが開いて、ネムが姿をみせる。
「リオ、無事かい?」と言って手を振る。
「おい、フェラーレの兄さん」
背後から声がする。振り返る。
いなくなったシュウジが、屋上ドアの前に立っている。自動拳銃をぼくに向ける。
「シュウジさん……」
「これも、仕事なの。ごめんね」
誰かがぼくに抱きつく。パン、パン、パン、パン、と乾いた銃声が響く。
銃弾が命中する音がきこえて、ぐっ、と呻く声。ピックアップから飛び降りたネムの声。ぼくはネムに抱きつかれたまま、仰向けに倒れる。シュウジが銃を構えたまま近づく。
ぼくはベツに貰った拳銃を抜いて、シュウジに向けて撃つ。驚いたシュウジも撃ち返す。火花が飛び交う。硝煙が白く立ち込める。
シュウジが膝をつき、うつ伏せに倒れる。
「ネム! 撃たれて……」
ぼくに体を預けたままのネムを抱き起こす。ぼくの手に真っ赤な血がべっとり。雨に打たれて、滝のように血が流れる。
ネムが切れ長の美しい眼を薄く開く。ゲホッと咳き込んで鮮血を吐く。青色の瞳がぼくをみつめる。ネムは震える腕を持ち上げて、ぼくの頬に手を触れる。
「リオ……」
「なに?」
「男なんて……好きになるもんじゃ、ないね」
ネムの手が力を失い、だらりと垂れる。
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