あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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エピローグ

小春

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 広いコンサートホールに入り、小春は胸に手を当てて一呼吸する。

 柊から教えてもらった席に座って俯いた。これで大丈夫だろうか。小春は桜色のフォーマルなドレスに白色のパンプスを着ていた。

 しばらくするとバイオリンの演奏会が始まった。最初は緊張していた小春だったが、元々クラシック音楽は勉強中によく聴いていたので好きなので、気づけば夢中で聴いていた。昔、ホールの後ろで聴いていたのがもったいないくらいだ。それに前の席にいると、小春の視界はほとんどがステージで占められていて集中できる。

 開演してから一時間ほど経つと、知った顔がステージに立ち、客席に頭を下げた。

 ――あ。

 柊はバイオリンを構えると、一瞬だけ小春を見て目元を緩めた。表情はすぐに戻り、とうとう演奏が始まった。明るく華やかなのに繊細な音が響く。歌うように滑らかな音色に小春は耳を傾けた。もう胸がざわつくことはない。ステージで輝く柊を見ても、心細さや切なさは訪れなかった。

 元々、柊はもう演奏会に参加するつもりはなかった。小さい頃に習ってはいたが、高校に入ってからは趣味で弾く程度だと言う。なので知り合いから数合わせで出て欲しいと言われても、柊は断るはずだった。小春がポツリと、誘ってもらった演奏会に遠慮しないでちゃんと席に座って聴いたらよかったと言うまでは――。

 曲は徐々に力強さを増していく。胸に火花が散ったような熱が込み上げた。その音色に小春は心をとらわれ、聴きほうけた。




 ホールを出ると、ロビーは様々な人がいた。小春は受付で預かってもらっていた花束を受け取り、柊の姿を探す。女性のドレスと違って、男性は黒い服装ばかりなので見つけるのが難しい。

 小春は花束を抱えて、人波をかき分けて歩く。

 そうしてようやく、柊の姿が見えた。

 柊は燕尾服を着た男性と話している。小春はこのまま近づいていいのか躊躇いそうになったが、構わず進む。

 すると、何故か柊が顔を上げた。

 どうして気づいたのだろう。

 すぐに柊と目が合い、小春は頬が赤くなった。できることなら、もうすこし近くに来てから気づいて欲しかったのだ。こんな風に、人波に翻弄されながら進む姿を見られたくはなかったのに。

 ――格好がつかないなぁ。

 突然、何でも無駄なく行動できるわけもなかった。

 これはこれで小春らしいのかもしれない。

 小春は照れたように笑いながら、柊の元まで歩いた。
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