あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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第四章 あなたと友達になれない

どちらが可愛いかの話はしていない

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「へぇ……本当だ」

 従兄の神木は柊からスマホを受け取って、のんびりとした声を出した。

「あ、大学一緒だったんだ。じゃあ柊も同じだったんだよね」
「ああ」
「どんな子だったかは知ってるんだ」
「いや、知らない。話したこともないよ。でも小春がホワスタを始めてすぐ、投稿に反応してた。子どもの時からテレビで観てた人からいいねが来て嬉しいって言ってたから、あんまり厳しいことは言えなかったけど」

 あの後、柊は写真を撮影してすぐに投稿するのはやめるよう小春に言った。その約束は守られるようになったが、彼女からの反応は続いていた。小春は本名でやっているわけでもないし、顔写真を撮っているわけでもない。同じ大学生だと気づいていない場合もあった。だが、この投稿をみる限りそんなことはなさそうだ。

「テレビ? あっ、なるほど。アカネって戸塚明音のことか」
「そうみたいだね」
「柊?」
「ちょっと、行ってくる」
「ちょっとって?」

 柊は神木からスマホを取ると、どこかに移動しようとした。

 神木はその腕を掴み、とどまらせる。

「これからお見合いだろう」
「そうだね」
「二人のことは俺が調べるから、任せてよ」
「いや、それだと遅い。今から小春のところに行く」
「どうやって? 写真は一時間前だ。どの店かも分からない。まずは電話をしよう。連絡先は消してないんだよね。冷静になって考えて」
「……ああ、そうだった」

 急いで出るより、まずは小春に知らせるべきだ。小春のスマホに電話をかける。しばらく呼び出し音が続いた。音がやみ、繋がったと思った。だが、

『おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入っていません――』

「だめだ」

 むしろ電話はかけない方がよかったのかもしれない。柊は背筋が凍った。

「柊、どこに行くんだ」
「小春を探しに行く」
「もうそろそろ、お見合いが始まるんだろう。まさかこれから先もその友達に危機が訪れるたびに、助けに行くつもりかい?」
「離してくれ」
「警察に任せてくれ。まだ何かあったとは決まっていない。柊が動いても、周囲が混乱するだけだ」
「何もないと決まったわけでもないだろ」
「柊」

「俺が見合いをするって決めたのは、小春を殺そうとしている人を捕まえるためなんだ。会社のためじゃない。ここで何かあったら、俺は小春を助けることよりももっと周囲が混乱することをするだろうね」

 柊の声は淡々としているようで、震えていた。

 怒りよりも恐怖の方が勝っている。

 永遠に、彼女がいなくなってしまうのだ。

 何のためにこれから先、我慢しようと決心したのか分からなくなる。

 こんなことなら、ずっとそばにいればよかった。小春を困らせることになっても、何度も好きだと伝えればよかった。死ぬ寸前の記憶が蘇ったら、そんなことを考えられないくらいに柊のことで頭を埋め尽くせばよかったのだ。どうしてそんなこともできなかったのだろう。

 神木は柊の答えを聞いて息がとまった。何て顔をするのだろう。このままだと従弟が犯罪者になりかねなかった。

「……なるほど、分かった。だけど一体どこに行くつもり。手がかりもなく探したところで、柊が何もかも失うだけだよ」
「当てはある」

 柊は持っているスマホでアプリを開く。

「うん……柊…………それ、何?」
「小春の居場所」

 スマホの画面にはマップが表示されており、小春がいる場所を示していた。そこは小春の家ではない。

「何でそんなものが表示されているのかな」
「……小春に渡したGPSを回収し忘れてた」
「ふふ、友達は知っているのかい?」
「……知らないよ。でも、よかった。鞄の中にずっと入れたままだったみたい。小春も忘れてたんだね」

 鎌倉で遊ぶ際、柊はもしものことを考えて小春にお守りを渡していた。その中には小型のGPSが入っている。小春にループ中の記憶があると知り、動揺のあまりお守りの存在をすっかり忘れてしまったのだ。

「うへぇー」

 柊も頭がおかしい側の人間ではないか、と神木は視線を向ける。ものすごくドン引きしていた。

「まあでも、確かにこれだと……何もないとはいかないか」

 GPSは廃墟ばかりで何もない町を示している。

 廃墟を見る趣味でもない限り、わざわざ行くようなところではなかった。

「俺も行くよ。車の方が早いよね」
「ありがとう」
「……柊に初めて感謝された気がする」
「自分の行動を振り返ってみなよ」

 神木は数回瞬きをすると、きょとんとした。お守りと称して相手の位置が分かるような物を渡すような男に言われましても――である。




「大丈夫かな、こんなことして」
「何が」
「お見合い」
「そもそも、このタイミングで俺に小春の話を聞かせたのは父さんだ。これくらい何とかするだろ」

 柊と神木は車に乗り、すぐに移動を開始した。幸いなことに、小春がいる場所はそれほど遠くない。けれどそれで不安が拭えるわけではなかった。

「そうだ。さっきの戸塚明音の写真、もう一度よく見せてくれる?」

 運転をしている神木に言われ、柊は言われるとおりに見せる。

「これがどうしたの」
「戸塚明音の顔をアップにして」
「……はい」

 柊が人差し指と中指で写真を拡大すると、神木は「やってるかもしれないね」と嫌そうに答えた。

「何をやってるって」
「お薬だよ」
「顔を見ただけで分かるの?」

「絶対ってわけじゃないけど。俺が聞いた話だと配信者でやっている人が増えているみたいだ。通報もあって、泳がせ……ってこれは脱線したね。柊は大学時代の戸塚明音の顔は覚えてる?」

「話したことはないけど、目立つ顔をしているから。見たら分かるくらいだよ」
「この写真はあんまり加工がかけられていないみたいだし、変わっている部分が分からないかな」
「うーん……」

 柊も写真を見て考える。しかし、失礼な単語が頭を掠めて困惑した。

「……年を取ったよね」
「…………友達は?」
「小春はいつも通り可愛い」

 即答だった。

「俺は別に空気を和ませようと思って聞いたわけじゃないよ」
「俺も冗談を言ったつもりはないけど」

 神木は数秒押し黙った後、話を続けることにした。

「戸塚明音の顔つきが変わったと思わなかった? 顔の輪郭とか、目元とか。肌の色は化粧や加工で分かりづらいけど、友達と比べると違うのが分かると思う」

 だから別に、どちらが可愛いかの話はしていないんだよと神木は付け足した。

「言われてみると、肌の色がすこし違うような気がするけど……そういうこともあるんじゃない?」
「まあ、そうだけどさ。俺もそこまで詳しくないけど、実際に中毒者と何人か会ったことはある。顔つきが独特なんだよね。瞳孔が開いて、ちょっと怖いんだよ。目の隈も酷くなるし、頬がこけて、顔色も悪くなる。喋っている時を見た方が分かるんだけどね。目を合わせようとすると、おかしな動きをしているのが分かるんだ。……うん、他は言語化できないかな。それっぽいなぁって思うくらい。もしやっていたとすれば、戸塚明音って何だか可哀想だね」

「可哀想?」
「柊は小さかったから彼女が子役をやめた理由を知らないかな」
「成長したら仕事がなくなったとか?」
「そういう人もいるけど、違うよ。ドラマ撮影の事故で、顔に火傷を負ったんだ」
「大学で見た限り、顔に火傷なんてなかったけど」
「顔って言っても目立つ場所ではないからね。こめかみの方」

 神木は左手で自身のこめかみを突く。

「髪で隠せるし、化粧で目立たなくすることもできると思う。子役だった頃もね、そうして撮影を再開しようとしたみたいだよ。でも撮影ライトを当てられると彼女は火傷の傷が痛み、演技ができなくなった。そんな状態からどれほど頑張ったか……」

 柊は俯いて、GPSアプリを確認する。

 小春がいる場所に動きはなかった。
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