あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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第四章 あなたと友達になれない

ネズミ講の方がよかったね

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 ――数年ぶりに連絡をしてくる知人や友人には気をつけた方がいい。そういう言葉を小春はネット上で見かけたことがあった。けれど小春はそれほど交友関係が広くない。自分には関係のない話だと思っていたのだ。


 先に動いたのは、迷いがない方だった。

 明音はすぐさま小春の腕を引っ張り、何かをぶつける。

「うっ」

 小春は何をされたのか分からなかった。すこし遅れて、腕に焼けるような痛みが発生する。それは小春が生きてきた中で一度も感じたことのない強烈なものだった。そのせいで、ようやく指先がスマホを掠めたのに掴めない。

 小春が鞄の中からスマホを取り出そうとしていたように、明音もショルダーバッグから物を取り出していたのだ。

「――ああ」

 小春はあまりの痛みに喘ぐ。

 腕に意識が向いていると、明音に鞄をひったくられる。その拍子に小春は足がぐにゃりとおかしな方向に行くような転び方をした。

 押さえた腕はドクドクと脈打っていた。このまま痛みに悶絶しそうになるが、そんなことをしている場合ではない。何があったのか。

 小春が上半身を起こしかけると、後ろから何かが迫っていた。とっさに小春は体を横に転がった。足首と膝が痛かったけれど、腕に比べれば何でもない。

 ゴン、と音がして反射的に顔を向ける。

 小春が先ほどまでいた地面には包丁が刺さっていた。青い空の下で見るそれは、作り物めいている。けれど包丁は赤い血でぬれていた。

 包丁を持った明音と目が合った途端、小春は迷うことなく走り出す。

 明音の眼孔は怖いくらい開いていた。会話なんて到底できそうにない。理由を聞いたり、こんなことはやめようと説得したりしようとしても、返ってくるのが暴力であることは明白だった。今まで楽しく会話をしていた彼女はどこに行ってしまったのだろう。

 ……あんな、獣のような目をして。

 逃げたところですぐに捕まってしまいそうなのに、意外にも小春が走っている間、背中から刺されることはなかった。背後から荒い息づかいが聞こえていたから、追いかけられてはいる。たまによろけたような足音もしたが、振り返る余裕はない。

 とりあえず、このまま走って逃げれば無事に帰れるだろうか。

 そんな希望はすぐに打ち砕かれた。

 小春の走る速度が落ちていく。どれほど足を前に動かしてもスカートが肌にぶつかって、うまく足を動かせない。靴もよくなかった。せめてヒールのない靴をはいていれば、もっと走れたはずだ。鈍くなっていた足の感覚が戻り始める。時折、叫びたくなるような痛みが訪れた。転んだ時に足をひねったのかもしれない。

 どこに逃げればいいのだろう。

 後ろを見るのは怖くて、小春は前を向いて走る。走り出す寸前に機転を利かせて反対方向に向かうことはできず、前方にそびえ立つ廃ビルに向かって進んでいた。どこかの曲がり角に入り、駅方面に向かいたかったが民家の隙間は細すぎるため先が見えず、行き止まりの可能性がある。誰かに助けを求められたらいいけれど、あの明音がどう動くか分からなかった。小春だけでなく、通行人にさえ刃を向けそうだ。

 せめて手元にスマホがあればいいのに。

 とうとう廃ビルが建ち並ぶ場所にたどり着き、小春は足に限界が近づいていることを悟る。

 明音との距離は開いてきたが、小春は駅まで走れる気がしなかった。あれでもない、これでもないと考えながら小春は決断を迫られる。廃墟であれば自由に入られるかと思いきや、そう簡単にはいかなかった。大きな公営住宅を見つけ、そこなら身を隠す場所も見つかるかもしれないと感じたが入り口はベニヤ板で閉じられている。『中に入るな危険』と書かれた赤紙が張られた建物もある。どの建物でもすぐに入れる、というわけではなかった。

「うう……」

 突然、足の力が抜けて小春は倒れる。足下を見ると、両足が赤く腫れていた。

 もう選ぶ余裕はない。賭けに出るしかなかった。

 小春はどうにか立ち上がって、近くの廃ビルに入る。出入り口にテープを貼っている建物を見つけ、すこし頭を下げて通る。入ってすぐに階段があったので、小春は迷わず階段を上った。

 逃げ延びるためには、絶対に

 小春の体は痛みで鈍くなっていくのに、頭だけは異様に働いていた。驚くほど、冴えている。しかし、絶対にうまくいくとも限らなかった。

 壁に手を当てて階段を一歩一歩、慎重に上がる。もう小春は体を片足で支えられなかった。恐怖からか、足の震えがとまらない。これでだめなら小春は本当に死んでしまうのだ。

 ようやく二階に上がり、小春は一番奥の部屋を目指す。

 ここしかなかった。

 小春は倒れるように部屋の隅に体を横たえる。

 もう一歩も動けない。全身が痛かった。呼吸するだけで、ズキズキとした痛みが走る。

 ――どうして私が追いかけられているんだろう。

 明音と配信動画の話をした時、小春は警察から動画を観ているかどうか、さらりと問われたことがあった。ストーカーの青木が観ていたから、そちらの方面で接点があるのではないかということらしい。当然、小春は観たことがないので正直に答えた。あの時、もっと詳しく聞いておけばよかった。明音の動画を観れば分かったかもしれない。その流れで明音本人からダイレクトメッセージが来ていれば……。

 こんなことを考えても仕方がない。

 小春はしばらく休むことにした。目をつむって、すこしでも体力が回復するのを待つ。本当は警察にこのことを知らせたかったが、手元にはスマホがない。連絡できそうな場所もなかった。

 ――もしも柊くんが持っていたループできる道具が壊れていなかったら、私が死んだときに時間を巻き戻してくれたのかな。

 あれ、と小春は目を開けた。

 小春の思考が数秒、停止する。

 現実逃避の思いつきから、今まで疑問だったことが結びつき小春を答えに導いていく。

 普通に考えて、ストーカーの被害に遭っているだけなら時間を戻す必要はなかった。そんなことをしなくても柊なら解決できるだろう。友達としてもうすこし長く過ごしたいなんて、取ってつけたような理由であることを小春は最初から気づいていた。

 本当の理由が何なのか、今なら分かる。

 柊が助けようとした時、小春はもう死んでいたのだ。

 そう考えると、十七日の最後の記憶があやふやだったことも説明できる。

 柊の話では小春は柊と友達をやめた後も生きていたようなそぶりだったが、小春は途中までしか十七日の記憶がない。その辺りを境に小春は死んでいたからだ。

 思い出そうとすれば十七日最後の記録が、小春の首を絞めるようにゆるやかに蘇っていく。

 気持ち悪くて、小春は両手で体を抱きしめた。

 一度目は電車にひかれて――

 二度目は川に落ちて――

 最期に感じた体の感触を思い出し、吐きそうになる。

 柊はそうなった小春を見たのだろう。

 だから柊は、小春にループした時のことを覚えて欲しくなかったのだ。
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