あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

文字の大きさ
上 下
27 / 36
第四章 あなたと友達になれない

すべてが整う前に

しおりを挟む
 柊はしばらくぼんやりしていたが、見知った顔がこちらに向かって手をあげる。

「げ」

 その人物は従兄の神木優かみきすぐるだった。柊が嫌そうな顔をしても、へらへらと笑いながら隣に立った。

「この前は大変だったね」
「……そう言うなら、俺の友達を襲った理由をちゃんと調べてよ」
「調べてるよ。柊はこの後、見合いがあるんだよね。緊張しないの」
「どうして見合いがあるって知ってるんだよ。そもそも、このホテルに用事もないよね」

 柊は神木が苦手だった。笑ってポンコツのふりをしながら、相手が気を緩めた瞬間に天然のふりをしてトドメを刺してくる。思考はどちらかといえば、犯罪者寄り。悪いことを思いついては、面白がって柊に聞かせてくる嫌な従兄だ。彼が警察になった時、柊は犯罪者の間違いではないかと耳を疑った。未だに懲戒処分を受けていないのが奇跡だ。そしてそんな神木は、どういうわけか青木の捜査を任されていた。

「さっき衛さんと会って、柊が暇をしてるだろうから話でもしてあげてって言われたんだよ」
「はぁ……で、捜査は進んだ?」

 嘘くさいと思いつつ、柊はそれ以上の追求をやめた。何か企んでいるのかもしれないが、そんなことよりも小春のことの方が大事だ。 

「うん、進んだのかな? 調べてみると余罪が出てきたから、そっちも調べないといけなくなったんだ」
「余罪って、他に何をしてたんだよ」
「押収したスマホやパソコンに盗撮写真がたくさん出てきたんだよね」
「は?」
「俺がしたわけでもないのに本気で睨まないでよ。早苗さんみたいで怖いから」
「それ、どういうこと。盗撮? 小春はこのことを知ってるの?」
「柊の友達が被害に遭ったかはまだ決まってない。後で心当たりがあるか聞……」
「最悪だ。小春が他にも被害に遭っていないか心配になってきた」

 神木は落ち込む柊を見て、不思議そうに首をかしげた。

「柊ってさ、その友達が大事なんだね。意外だよ。それも女の子の友達だ」
「大事だよ」
「好きなの?」
「好き」

 即答だった。照れる素振りすらない。

 神木はすこしからかってみようと思ったのだが、そんな気も失せてしまう。

「それなのに、ここにいるんだ」
「……フラれたからね」
「まともな回答だ」
「それ以外に何があるんだよ」
「だってほら、何故か身内に頭のおかしい人が多いから……柊もあの手この手を使うかなって」
「言っておくけど、俺の目の前にいる人物も頭のおかしい人に入るから。それで、他に収穫はなかったの」

「ないんだよなぁ、これが。青木健次、四十六歳、独身で実家暮らし。一年くらい前から会社員をやめて無職。その間は好きな配信者に高額な投げ銭をしてる。過去にしたコメントを見たけど、熱心な信者だったみたいだね。投げ銭の合計金額はだいたい八百万だったかな。今はもう口座の金額もなくなって、両親から小遣いをもらってる。それでも足りない時は、親の財布からお金を抜き取ってたみたいでね。『もう面倒は見切れない。いい加減働け』って言われて、職を探す名目で出かけては常習的に盗撮を繰り返していた。柊の友達とは本当に接点がないんだよね。家も会社も近くない。因縁をつけられる要素がねぇ……その友達がやっているのはホワスタくらいで、顔も知らない人と交流していないみたいだし」

「ああ。小春はそれほどネットが得意な方じゃないし、ホワスタは俺がすすめたからやり始めただけだ。写真を投稿しているだけなんだよな」
「そうだね。一番可能性があったのは、配信動画のチャット欄で喧嘩になったとか思ったけど、柊の友達はそういうのも見ていなかったから違うようだ」
「一番可能性があったのが、配信動画?」

「青木が何百万も投げ銭をしている配信者は時々過激なことをしていたんだ。チャット欄で喧嘩することもあるし、ファン同士が口座残金の見せ合いなんかもしていたね。今月はこれくらい推しに投げ銭をしたぞ、みたいな。でも今はその意中の配信者がアカウント停止しているみたいだ。四月に入ってからだったかな? それで暇になってストーカーなんて始めたのかもしれないね」
「それは……」

 柊は何かを言いかけようとしたが、どう言葉にすればいいのか迷った。神木が喋っている内容は小春と繋がっているようには思えない。

「……配信者の名前って誰」
「あ、言ってなかったか。名前はアカネって言うんだよ」
「どこかで聞いたことがあるような名前だな」
「そりゃあね。奇抜な名前でもないし……」
「そうじゃなくて。ええと、その配信者のことも調べた?」
「いくら何でも関わりのない人間は調べられないよ。犯罪を行った人間のことを調べる時、わざわざその人物が好きだった芸能人を調べてどうするのさ」
「それはそうだけど……ええと、どれだ」

 スーツのポケットにしまったスマホを取り出し、柊は『アカネ』を検索する。

「アカネ炎上で調べた方がすぐに出ると思うよ」
「炎上してるのかよ」
「そこまででないよ、ボヤみたいなものだ」
「ふーん」

 検索結果はすぐに出た。ASMRの配信をしていたらしい。まとめに出ている配信用のサムネを見る限り、アカウントを停止させられるほど過激な配信には見えなかった。

 次に『アカネ 配信者』と検索をかければ、配信用のアカウントは停止されているが他のSNSは通常通り稼働していることが分かる。

 ひとまず、検索結果に出てきたホワスタのアカウントをタップする。

 配信動画では素顔を出していないようだったが、ホワスタでは本人の顔写真が載っていた。

 最新の投稿は一時間前。

『今日は大学が一緒だった子と初めてのランチ』

 手前にアカネらしき人物がカメラ目線でピースサインをしている。黒髪で肌の白い女だった。化粧でほとんど隠れているが、目の下には隈がある。服装はカジュアルなファッションで、ゼブラ柄のシャツに黒色のベレー帽を合わせていた。

 画面に映るテーブルには二人分のカフェご飯が並んでいる。

 写真の隅には同席している女性が、カメラに向かって不慣れそうにポーズを取っていた。両手にピースを作ろうとしたが、恥ずかしかったのだろう。その手は中途半端にポーズを作ろうとしたせいで、ただ両手をあげただけの降参ポーズになっている。表情も戸惑っているのが伝わってきた。そして左手には見たことのあるブレスレット。

 柊は目の前が真っ暗になりそうだった。ホテルの床が波打っているかのような感覚が押し寄せ、ぐらりと体が崩れそうになる。

「どうしたの、柊」

 柊は柱に手を置いて、息をつく。

「……何でいるんだ?」

 声に出して、いや、そうでもないはずだと柊は自分に言い聞かせる。ただの写真だ。

「え?」

 けれど柊は口を開くと、舌がピリピリと痺れた。頭はまだ理解が追いついていないのに、すさまじい動悸に襲われる。

 柊は見ていたスマホの画面を、神木に見えるように掲げた。

「小春が今、そのアカネと一緒にいるんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

処理中です...