あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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第四章 あなたと友達になれない

木陰になる

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「う……気持ち悪い……」
「柊くん、また二日酔い?」

 大学にある裏庭で、柊はのろのろと歩いていた。午前中は平然としていたくせに、辛いという態度を隠しもせず小春が座っているベンチの隣に腰掛ける。

「今日、日差し強いな」
「暖かくて気持ちいいよね」
「……小春、もっと端に寄ってくれ。何かこう……いい感じに日除けになる位置」
「昼食、食べないの?」

 そう言いつつも小春はベンチの端に移動する。

 すると、ベンチの空いたスペースがちょうど日陰になった。そこに柊は横になり、長い溜め息をつく。

「またパーティーでもあったの?」
「違う。すごく嫌なことがあったんだ」

 小春は黙って弁当を膝の上に広げようとして、手をとめる。大きな弁当箱は二段あり、一段分しか膝に置けない。普段はベンチと膝に置いていたのだが、その場所には柊の頭があった。

「……聞いてるか、小春」
「うん、聞いてるよ」

 弁当をどこに置くか真剣に悩んだ小春は、ひとまず弁当を重ねる。それを膝の上に置き、一段目から順に食べていくのが最適だろう。たまに一段目を持ち上げて、下段をつまめばいい。

「昨日の休み、友達から大人数で遊ぼうって言われて待ち合わせ場所の遊園地に行ったんだ。そうしたら一人しかいなかった」
「待ち合わせ場所か日にちを間違えたとか?」
「違う。仕組まれたんだよ」
「うん……?」

 小春は昨晩の残りものである豚カツを一切れ食べる。冷めているけれど衣のサクサク感は残っている。中はしっとりしていて、噛み締めるごとに美味しさが口の中にぎゅっと広がった。

「……俺、今は話さない方がいいか?」
「え。大丈夫、ちゃんと聞いているよ」

 横になった柊は訝しげな表情で小春を見る。

 しかし柊は、諦めて話を続けた。愚痴のようなものだし、適当に聞き流してくれる方がいいかもしれないと思ったからだ。

「最初から俺とその子で一日過ごさせようって魂胆だったんだ。相手の女性は一応、顔は知ってる。個人的に話すことは全然なかったけどさ。そんな相手と二人きりとか気まずいし、行くって約束した友達全員に連絡を取ったんだ。でも、体調が悪くなったとか突然用事が出来たとか言われて……五人もそうなるっておかしいけど、疑わないようにしようって思った。だから俺は『皆集まらないみたいだし、今日はやめておこう』って話したらどうなったと思う?」

「えっと……家に帰る? あれ、でもそれなら柊くんも聞かないか。休んでた人たち皆来てくれたとか? ドッキリみたいな……私はあんまり好きじゃないけど」
「あー……それはそれで嫌だな」
「じゃあ違うの?」
「うん。相手の女性はさ、どうしてって顔をしたんだよ。せっかく集まったんだし、遊ぼうよ。もう遊園地のチケットを買ったんだからって、嬉しそうに言ってた」
「チケットを買っちゃうとそうなるよね」
「なるか? ……いや、小春ならそうなるか。一人でも行きそうだ」

「それは無理だよ。遊園地、一度も行ったことがないから乗り物の乗り方とか、全然分からない。ああいうのって、どうやって乗るの? 入る時に買ったチケットとは別で、お金を払わないといけないのかな。順番待ちの列とか……考えただけで分からないし、間違えたら恥ずかしくて物販しか見て回れないかも。でも、それだけでも楽しいのかな」
「小春なら一人でも楽しんでそうだな。話は戻るけど、俺はあんまり喋ったこともない人と遊園地で二人きりとか楽しめないから帰ろうとしたんだ。そうしたら泣かれて」

「すごい、修羅場だね」
「その場に小春がいたら巻き込みたかったよ」
「勘弁して……柊くん」

 小春は小さく息をついて、玉子焼きを食べる。ふわふわの食感を楽しんでいると、柊と目が合った。

「……一個くらい、くれてもいいんじゃないか」
「それで、柊くんは泣かれた後どうしたの?」
「はぁ。かなり目立ってたから、一回だけジェットコースターに乗って逃げてきた」
「すぐに帰るかと思ったよ」
「そうしたかったな」
「それは大変だったね」

 弁当箱にある玉子焼きを箸で掴み、小春はそっと柊の唇に運んだ。

 柊は戸惑いながらも口を開けて、玉子焼きを食べる。

「でも、それで二日酔いするほど飲んだの?」
「ああ。その後、ドタキャンした友達から何で遊ばなかったんだって責められたんだ。騙すようなことをしたのはそっちなのに。それを聞いてるとさ、俺はこいつらの友人にはなれてなかったんだって悲しくなった。前にも友達の好きな子が、俺に気があるからって恨まれたこともあったんだ。友情って恋愛が絡むと壊れやすいんだな。……もう安心できるのが、小春だけになりそうだ」

 小春は食べるのをやめて、柊を見た。

「小春?」
「えっ、ごめん。ぼうっとしてた。ほら柊くん、ブロッコリーをあげるから元気出して」
「俺は別にブロッコリーはそんなに好きじゃない……し……」

 そう言いつつも、柊は口元に運ばれたら口を開けてしまう。不本意そうに食べるが、想像していたより柔らかくて美味しかった。

「辛いだろうけど、だからって柊くんの体が傷つくようなことはして欲しくないなぁ」
「……だよな。馬鹿なことをしたよ。で、もっと他のものは食べさせてくれないの」

 小春は持って来た弁当を柊に食べさせてくれたことがなかった。すべて自分で平らげてしまう。なかなかないことなので、この機会にもう一口何か食べたかった。

 しかし、小春は微かに笑って首を横に振る。

「ごめんね。柊くんに嘘をついたり騙したりした回数分しかあげるつもりないから、これでおしまい」
「えっ」




 柊が目を開けると、そこはとあるホテルのロビーで、立ったまま柱に体を預けて眠っていた。昔あったことが夢となって再生されたことに気づき、複雑な心境に陥る。

 ――そういえば、あの時に小春がついた嘘は二つあったんだよな。

 それが何なのかはどれほど聞いても答えてくれなかったが、一つは演奏会に行ったのに行かなかったと嘘をついたことだろう。

 なら二つ目は何だったのか。

 柊は今日何度目かの溜め息をつく。

 腕時計を確認すると、見合いの約束時間まで残り三十分だった。何故こんなに早く来たのか。同席する柊の父が近くで用事があるからと、早めに移動したからだ。別々で行けばいいのに、父は何故か無理矢理柊を車に押し込んだ。

 小春と友達をやめた後、柊にはやらなければならないことが多くなった。思うところは色々とあるが、時間を忘れてうっかり見合いの時間に遅れてもおかしくない。

 できることなら柊は解決しなければならないことを終えてから見合いをしたかったのだが、これは父との取引だった。見合いを受け入れることと引き換えに、父のSPを一日借り、その他様々な力を借りて小春が死んだ原因を調べてもらったのだ。

 そうして小春が死んでしまう未来を回避できはしたが、柊は小春が殺された理由に納得がいかなかった。まだ綺麗に解決したとは言いがたかった。

 ここで安堵してはいけない。大丈夫だと思い込んで、小春が死んでしまうのを繰り返したくなかった。もう便利な道具なんてないし、あったとしても柊は頼れない。

 小春はループの内容をぼんやりとだが、覚えていたのだ。

 柊と会っているうちに、何かの弾みでループの内容を思い出してしまうかもしれない。それだけは避けなければならなかった。

 小春が死んでしまった姿を思い出すだけでも、柊は貧血のような感覚が訪れるほど怖くなるのだ。

 もしも小春に電車でひき殺された記憶が戻ったら、正気を保っていられるだろうか。
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