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第三章 ずっとあなたと友達でいたい
次の四月十七日が来てもいい
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小春は自分がたくさん酒を飲んだらどうなるのか知らなかった。酷く酔ってしまう前にお腹がいっぱいになってしまうからだ。けれどこの時だけはあまり食事をせずに酒ばかりを飲んでしまい、簡単に酔ってしまった。
「あのさ、小春……酔ってるよな」
「ふわふわはしてるよ」
ソファにだらしなく体を預け、小春はむにゃむにゃとした声を出す。瞼は重たかったが、どうにか持ち上げて柊を見る。
彼は小春を心配そうに見ていた。その視線が小春にはとてつもなく心地いい。だって、話す時に目が合うのだ。当たり前のことだけれど、前回の十七日ではこの居酒屋で全然目が合わなかった。息がとまってしまいそうなくらいに苦しい時間だったのだ。
これから先、小春は柊と街中ですれ違うことがあってもこんな風に知らないふりをされるのだと生々しい想像が膨らんで、泣きたくなった。
だから嬉しい。目が合うだけで、幸せだった。その幸福をできる限り長く、噛みしめていたい。
「今日は俺の家に泊まって欲しいから……できる限り酔わないで欲しいんだけど」
「え?」
聞き間違いだろうか、と小春は自分の耳を疑った。
「柊くん、酔ってる?」
「酔ってるのは小春の方」
姿勢をよくして、柊の言葉を反芻する。家に泊まって欲しい。どうして?
「家に行って、何するの?」
聞きながらテーブルにある酒に手を伸ばすと、柊は水が入ったグラスを小春に持たせた。
「もうこっち飲んで」
「……まだ残っているから」
「俺が飲むから」
「ちょっと」
残っていた酒が柊に取られる。彼に似合わない薄ピンクの液体がいっきに彼の口に入ってしまった。空になったグラスを置き、息を吐く。酔ってしまうような度数の高い酒ではないのに、その頬はやや赤らんでいた。
「俺の家に行って、トランプでもする? 何でもいいよ」
「何でもいいって言われても……」
とくに何かする予定もないようだった。しかし、小春も人様の家に行ってできることなんてすぐには思い浮かばない。
「とりあえず、トランプって二人でやっても楽しくないと思う」
「それもそうか」
「ええと、それなのに家に行くの?」
「来て欲しい」
「理由が分からないんだけど」
「それは……明日、話すよ。とりあえず、今日は一緒に俺の家に泊まって欲しい。何もしないから」
妙に力強く「何もしない」と言われ、小春は微妙な顔で柊を見る。彼はとても真剣だった。からかっている風でもなく、何か理由があるのだと伝わってくる。
疑うまでもなく、柊は小春によこしまな感情はないだろう。すこしだけ酒を飲んでしまったが酔っ払うほどではないから、抱きたいと言い出すはずもない。
「……分かった」
気づいたら小春は頷いていた。そしてすぐに焦った。何をしているのだろう。
柊の家には行かない方がいいと決めていたはずだ。
けれど、小春はまだ柊を見ていたかった。次の十七日は冷たい態度になっているかもしれない。
次の、と考えた小春は自分が現状を変えようとしていないことに気づいた。何かしないといけないのかな、とぼんやり思いはする。けれど行動に移そうという気がまるでない。
小春は凡人だ。多少、勉強はできるかもしれないが普通の人間である。そんな人は自分がループしていると気づいて、何をするのだろうか。行動を起こすには充分な理由が必要だ。物語のような特別なもの。
それがない平凡な人はループする日々に順応するのだ。そうしてじっとループがなくなるのを待つ。嵐が過ぎ去るのを家でじっと待つように。そうしない人はだいたい偉い人だったり、特別に輝く主人公みたいな人だったりする。彼らだけが原因を探して解決するのだ。
この考えはおかしいだろうか。小春は狂っているのだろうか。
――私、ちょっと自棄になっているのかも。
頭がもう回らなかった。今、小春は誘惑にとても弱くなっている。
違う。そうではない。
もうだめだった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
それくらい、今日は楽しかった。
朝から一日柊と遊べた。
社会人になって会えなくなった時間を埋めてしまえるくらい、長い時間会話をした。
記念にブレスレットまでくれたのだ。
一緒にいるのが苦しいだけだったら、どんなによかっただろう。踏みとどまれただろう。
小春は柊が好きだ。離れたくない。
今、小春は柊のそばにいていい理由を探していた。
毎日同じ日を繰り返すから何なのだ。毎日柊に会える。会って、話ができる。別れるのは苦しい。
しかし、結局元に戻るのだから。
好き。もう嫌。聞き分けのいい友達のふりができない。毎日同じ会話が繰り返されたっていい。このままでいて。会いたい。別れたくない。友達でいいからそばにいたい。
他の誰かと付き合う柊なんて見たくなかった。絶対に勝てない存在が隣にいるなんて、きっと絶望する。付き合える可能性なんてすこしもないのだと思い知るのだ。分かっているけれど、実際に見るのは別だ。
友達をやめようね、さようなら。それが続くから何だ。
明日なんて、来なくていい。
柊のそばにいられるのなら、小春はずっと四月十七日を過ごしたい。
「あのさ、小春……酔ってるよな」
「ふわふわはしてるよ」
ソファにだらしなく体を預け、小春はむにゃむにゃとした声を出す。瞼は重たかったが、どうにか持ち上げて柊を見る。
彼は小春を心配そうに見ていた。その視線が小春にはとてつもなく心地いい。だって、話す時に目が合うのだ。当たり前のことだけれど、前回の十七日ではこの居酒屋で全然目が合わなかった。息がとまってしまいそうなくらいに苦しい時間だったのだ。
これから先、小春は柊と街中ですれ違うことがあってもこんな風に知らないふりをされるのだと生々しい想像が膨らんで、泣きたくなった。
だから嬉しい。目が合うだけで、幸せだった。その幸福をできる限り長く、噛みしめていたい。
「今日は俺の家に泊まって欲しいから……できる限り酔わないで欲しいんだけど」
「え?」
聞き間違いだろうか、と小春は自分の耳を疑った。
「柊くん、酔ってる?」
「酔ってるのは小春の方」
姿勢をよくして、柊の言葉を反芻する。家に泊まって欲しい。どうして?
「家に行って、何するの?」
聞きながらテーブルにある酒に手を伸ばすと、柊は水が入ったグラスを小春に持たせた。
「もうこっち飲んで」
「……まだ残っているから」
「俺が飲むから」
「ちょっと」
残っていた酒が柊に取られる。彼に似合わない薄ピンクの液体がいっきに彼の口に入ってしまった。空になったグラスを置き、息を吐く。酔ってしまうような度数の高い酒ではないのに、その頬はやや赤らんでいた。
「俺の家に行って、トランプでもする? 何でもいいよ」
「何でもいいって言われても……」
とくに何かする予定もないようだった。しかし、小春も人様の家に行ってできることなんてすぐには思い浮かばない。
「とりあえず、トランプって二人でやっても楽しくないと思う」
「それもそうか」
「ええと、それなのに家に行くの?」
「来て欲しい」
「理由が分からないんだけど」
「それは……明日、話すよ。とりあえず、今日は一緒に俺の家に泊まって欲しい。何もしないから」
妙に力強く「何もしない」と言われ、小春は微妙な顔で柊を見る。彼はとても真剣だった。からかっている風でもなく、何か理由があるのだと伝わってくる。
疑うまでもなく、柊は小春によこしまな感情はないだろう。すこしだけ酒を飲んでしまったが酔っ払うほどではないから、抱きたいと言い出すはずもない。
「……分かった」
気づいたら小春は頷いていた。そしてすぐに焦った。何をしているのだろう。
柊の家には行かない方がいいと決めていたはずだ。
けれど、小春はまだ柊を見ていたかった。次の十七日は冷たい態度になっているかもしれない。
次の、と考えた小春は自分が現状を変えようとしていないことに気づいた。何かしないといけないのかな、とぼんやり思いはする。けれど行動に移そうという気がまるでない。
小春は凡人だ。多少、勉強はできるかもしれないが普通の人間である。そんな人は自分がループしていると気づいて、何をするのだろうか。行動を起こすには充分な理由が必要だ。物語のような特別なもの。
それがない平凡な人はループする日々に順応するのだ。そうしてじっとループがなくなるのを待つ。嵐が過ぎ去るのを家でじっと待つように。そうしない人はだいたい偉い人だったり、特別に輝く主人公みたいな人だったりする。彼らだけが原因を探して解決するのだ。
この考えはおかしいだろうか。小春は狂っているのだろうか。
――私、ちょっと自棄になっているのかも。
頭がもう回らなかった。今、小春は誘惑にとても弱くなっている。
違う。そうではない。
もうだめだった。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
それくらい、今日は楽しかった。
朝から一日柊と遊べた。
社会人になって会えなくなった時間を埋めてしまえるくらい、長い時間会話をした。
記念にブレスレットまでくれたのだ。
一緒にいるのが苦しいだけだったら、どんなによかっただろう。踏みとどまれただろう。
小春は柊が好きだ。離れたくない。
今、小春は柊のそばにいていい理由を探していた。
毎日同じ日を繰り返すから何なのだ。毎日柊に会える。会って、話ができる。別れるのは苦しい。
しかし、結局元に戻るのだから。
好き。もう嫌。聞き分けのいい友達のふりができない。毎日同じ会話が繰り返されたっていい。このままでいて。会いたい。別れたくない。友達でいいからそばにいたい。
他の誰かと付き合う柊なんて見たくなかった。絶対に勝てない存在が隣にいるなんて、きっと絶望する。付き合える可能性なんてすこしもないのだと思い知るのだ。分かっているけれど、実際に見るのは別だ。
友達をやめようね、さようなら。それが続くから何だ。
明日なんて、来なくていい。
柊のそばにいられるのなら、小春はずっと四月十七日を過ごしたい。
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