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第三章 ずっとあなたと友達でいたい
だいたい意味がない
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「ねえ、柊くん。このブレスレットってどこのお店であったの?」
「その質問、何回目だよ」
移動中、小春はどうにか柊にブレスレットの出所を教えてもらおうと頑張った。なのに柊はずっとはぐらかしている。
「どうしてそんなに知りたがるんだよ」
「……同じようなデザインのアクセサリーがあるかなって」
「今日は色々見て回ったから忘れたよ。小春が頑張って探すか、諦めてそのブレスレットだけを使って」
それができないからこうして聞いているのだ。私だって大事にしたいよ。正直に話すこともできず、小春は手首を飾るブレスレットを確認する。ピンクゴールドのチェーンは細く、引き輪に引っかけているプレートには文字が刻印されていた。
《sei tutto per me》
「せいとっとぺ……?」
「何読んでるんだ?」
「ブレスレットに書いてある部分。お店の名前かなって思ったんだけど」
「全然違うよ。たぶん、何かの言葉だと思う。適当にそれっぽいのが刻印されてるだけだろうから、調べても意味ないよ」
「そっか……」
確かに店のロゴには見えない。Tシャツのデザインで英語を入れてオシャレに見せているのと同じような感じだろうか。
これ以上聞いても柊は教えてくれそうにない。小春は諦めることにした。
ループしなくなった時にブレスレットがなかったら、鎌倉を練り歩けばいい。かなり恥ずかしいが、このブレスレットは取り扱っていたことがありますかと聞いてみようか。
そうこう考えているうちに、とうとう柊が運転する車は元々約束していた居酒屋に到着してしまった。専用の駐車場に車をとめ、店の前に行くと予約時間の五分前だ。
柊と一緒に店に入ると、やはり見たことのある席に案内される。庭園を堪能できる特等席。ソファは一台で、柊と座るのも同じだ。三回目ともなると、小春も慣れる。ソファの脇にあるブランケットを取り、座ってから膝にかけた。テーブルに置かれているメニュー表を取って、柊にも見えるように広げる。
「あれ、小春」
「え?」
「何だか慣れてるな」
「全然、そんなことないと思うけど……ここに来るの、初めてだよ」
「そうだったよな」
コクリと頷いて、柊はメニュー表を眺める。
最初、小春はどうして「慣れている」と言われたのか分からなかった。だが、今までの四月十七日を思い返すと違う行動をしていることに気づく。今までは柊がブランケットを渡してくれたし、メニュー表も広げてくれた。
しかしこの居酒屋に来るのも三度目のようなもので、どうせまた今日に戻るのだろうと思うと気が抜けてしまうのだ。柊より先に行動してしまうのもおかしくはない。だが、彼からすれば不思議に思って当然だろう。自分からメニュー表を広げるなんて、行ったことのあるカフェかファミリーレストラン以外に有り得ない。……とまで断言されたら、小春はわりと傷つく。
けれどこれは自分らしくない行動だった、と小春は気づいて今までと同じように動こうと反省した。最後の最後に怪しまれたくない。
隣に座った柊との距離は前回ほど遠くはなかったが、前々回ほど近いわけでもなかった。その中間くらいだ。同じようにメニューを決める。だが、どうしても他の酒を飲んでみたい。いくら美味しくても真っ赤なブラッドオレンジは眺めたくなかった。前回、その酒を飲みながら苦い思いをした記憶が蘇ってくるのだ。できれば遠慮したい。飲み物を変えたところで、何の影響もないだろう。
「小春は飲み物、何にする?」
「楊貴妃、飲んでみたいなぁ」
ライチと桂花陳酒をベースにしたカクテルだと説明書きがされている。最初に来た時から気になっていた酒だった。
「へぇ……小春はブラッドオレンジを頼むと思った」
「……そっちも悩んだけど、どうしてそう思ったの?」
小春はドキリとする。考えてもみなかったが、柊も繰り返している時の記憶があるのだろうか。そうだ。このループしている中で、彼だけは違う行動ばかりを取っていた。同じ記憶を共有していたとしてもおかしくはない。もしそうだったら、この訳の分からないループから抜け出せるのではないか。
「ファミレスに行くと、だいたいオレンジジュースを飲んでるから」
「……あー、そうだったね」
何だ違うのか、と小春は脱力する。柊の読みは当たっていた。小春はいつもファミレスでジュースを飲むことが多い。そしてだいたいオレンジジュースは飲む。子どもっぽいかもしれないが、一人暮らしだとあまりジュースを買う気になれないのだ。わざわざ缶やペットボトルを買っても捨てるのが手間だし、金もかかる。それにコップ一杯分だけ飲めたら充分だ。
柊も小春と同様にループしているのかと思ったが、よく考えればそれだと辻褄が合わなかった。
一度目、柊に抱かれて小春は慌てて逃げた。
二度目、柊が見合いを受け入れ、小春にすこし冷たい態度を取って何事もなく縁を切った。
三度目、柊が見合いを受け入れ、小春を鎌倉に連れて行って遊ぶことになった。
四月十七日の出来事を簡単に整理するが、一度目から二度目の流れなら理解できるのだ。友達なのに恋しているとバレたから、二度目は冷たい態度を取られたと解釈できる。
だが、二度目から三度目の流れがどうやっても分からない。冷たい態度をとり続けるか、もしくは約束を取り消しされる流れだろう。
けれど小春自身、ループなんて半信半疑だ。現実世界で不思議な現象が起こるはずがない。やはりこれは、とてつもなく長い夢なのではと思いたくなる。
――もう、分からない。
明日……ではなく、十七日の朝に戻っていたらどうしようか。
小春は何とか元の生活に戻さなくては、というような使命感を抱けなかった。
注文した楊貴妃はブルーハワイの色をしていた。妖艶な口当たりがする酒だった。さっぱりとしていて、それでいて甘い。
柊はウーロン茶を飲んでいる。もちろん、ノンアルコールだった。
「その質問、何回目だよ」
移動中、小春はどうにか柊にブレスレットの出所を教えてもらおうと頑張った。なのに柊はずっとはぐらかしている。
「どうしてそんなに知りたがるんだよ」
「……同じようなデザインのアクセサリーがあるかなって」
「今日は色々見て回ったから忘れたよ。小春が頑張って探すか、諦めてそのブレスレットだけを使って」
それができないからこうして聞いているのだ。私だって大事にしたいよ。正直に話すこともできず、小春は手首を飾るブレスレットを確認する。ピンクゴールドのチェーンは細く、引き輪に引っかけているプレートには文字が刻印されていた。
《sei tutto per me》
「せいとっとぺ……?」
「何読んでるんだ?」
「ブレスレットに書いてある部分。お店の名前かなって思ったんだけど」
「全然違うよ。たぶん、何かの言葉だと思う。適当にそれっぽいのが刻印されてるだけだろうから、調べても意味ないよ」
「そっか……」
確かに店のロゴには見えない。Tシャツのデザインで英語を入れてオシャレに見せているのと同じような感じだろうか。
これ以上聞いても柊は教えてくれそうにない。小春は諦めることにした。
ループしなくなった時にブレスレットがなかったら、鎌倉を練り歩けばいい。かなり恥ずかしいが、このブレスレットは取り扱っていたことがありますかと聞いてみようか。
そうこう考えているうちに、とうとう柊が運転する車は元々約束していた居酒屋に到着してしまった。専用の駐車場に車をとめ、店の前に行くと予約時間の五分前だ。
柊と一緒に店に入ると、やはり見たことのある席に案内される。庭園を堪能できる特等席。ソファは一台で、柊と座るのも同じだ。三回目ともなると、小春も慣れる。ソファの脇にあるブランケットを取り、座ってから膝にかけた。テーブルに置かれているメニュー表を取って、柊にも見えるように広げる。
「あれ、小春」
「え?」
「何だか慣れてるな」
「全然、そんなことないと思うけど……ここに来るの、初めてだよ」
「そうだったよな」
コクリと頷いて、柊はメニュー表を眺める。
最初、小春はどうして「慣れている」と言われたのか分からなかった。だが、今までの四月十七日を思い返すと違う行動をしていることに気づく。今までは柊がブランケットを渡してくれたし、メニュー表も広げてくれた。
しかしこの居酒屋に来るのも三度目のようなもので、どうせまた今日に戻るのだろうと思うと気が抜けてしまうのだ。柊より先に行動してしまうのもおかしくはない。だが、彼からすれば不思議に思って当然だろう。自分からメニュー表を広げるなんて、行ったことのあるカフェかファミリーレストラン以外に有り得ない。……とまで断言されたら、小春はわりと傷つく。
けれどこれは自分らしくない行動だった、と小春は気づいて今までと同じように動こうと反省した。最後の最後に怪しまれたくない。
隣に座った柊との距離は前回ほど遠くはなかったが、前々回ほど近いわけでもなかった。その中間くらいだ。同じようにメニューを決める。だが、どうしても他の酒を飲んでみたい。いくら美味しくても真っ赤なブラッドオレンジは眺めたくなかった。前回、その酒を飲みながら苦い思いをした記憶が蘇ってくるのだ。できれば遠慮したい。飲み物を変えたところで、何の影響もないだろう。
「小春は飲み物、何にする?」
「楊貴妃、飲んでみたいなぁ」
ライチと桂花陳酒をベースにしたカクテルだと説明書きがされている。最初に来た時から気になっていた酒だった。
「へぇ……小春はブラッドオレンジを頼むと思った」
「……そっちも悩んだけど、どうしてそう思ったの?」
小春はドキリとする。考えてもみなかったが、柊も繰り返している時の記憶があるのだろうか。そうだ。このループしている中で、彼だけは違う行動ばかりを取っていた。同じ記憶を共有していたとしてもおかしくはない。もしそうだったら、この訳の分からないループから抜け出せるのではないか。
「ファミレスに行くと、だいたいオレンジジュースを飲んでるから」
「……あー、そうだったね」
何だ違うのか、と小春は脱力する。柊の読みは当たっていた。小春はいつもファミレスでジュースを飲むことが多い。そしてだいたいオレンジジュースは飲む。子どもっぽいかもしれないが、一人暮らしだとあまりジュースを買う気になれないのだ。わざわざ缶やペットボトルを買っても捨てるのが手間だし、金もかかる。それにコップ一杯分だけ飲めたら充分だ。
柊も小春と同様にループしているのかと思ったが、よく考えればそれだと辻褄が合わなかった。
一度目、柊に抱かれて小春は慌てて逃げた。
二度目、柊が見合いを受け入れ、小春にすこし冷たい態度を取って何事もなく縁を切った。
三度目、柊が見合いを受け入れ、小春を鎌倉に連れて行って遊ぶことになった。
四月十七日の出来事を簡単に整理するが、一度目から二度目の流れなら理解できるのだ。友達なのに恋しているとバレたから、二度目は冷たい態度を取られたと解釈できる。
だが、二度目から三度目の流れがどうやっても分からない。冷たい態度をとり続けるか、もしくは約束を取り消しされる流れだろう。
けれど小春自身、ループなんて半信半疑だ。現実世界で不思議な現象が起こるはずがない。やはりこれは、とてつもなく長い夢なのではと思いたくなる。
――もう、分からない。
明日……ではなく、十七日の朝に戻っていたらどうしようか。
小春は何とか元の生活に戻さなくては、というような使命感を抱けなかった。
注文した楊貴妃はブルーハワイの色をしていた。妖艶な口当たりがする酒だった。さっぱりとしていて、それでいて甘い。
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