あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

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第三章 ずっとあなたと友達でいたい

観光

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 柊は小春が住むアパートまで車に乗って来た。どんな顔をして会えばいいのか不安だった小春だが、柊の顔を見るとどうでもよくなった。

「おはよう、柊くん」
「おはよう……眠くない?」
「ううん。いつも起きてる時間だったから大丈夫」

 柊と別れた場所で、また出会っている。それは妙な気分だった。小春は自分だけ約束を破っているみたいで、喜んでいいのか迷ってしまう。望んでこうなったわけではないが、ずるをしているみたいだった。

「小春は鎌倉に一度か二度、行ったことがあるんだっけ」
「うん。駅付近で目についた観光地をぶらぶらと歩くだけだったけど、何回行っても楽しいと思う」
「鎌倉まで車に乗って移動でもいい?」
「柊くんが大変じゃなければ……車は最近買ったの? 今まで電車を使って移動してたよね」
「大学卒業してから買ったよ。通勤の時とか、休みの日に使うかな」
「そうなんだ」

 けれど小春は今まで柊が車に乗っているのを見たことがなかった。今日を繰り返してようやく知った出来事に、何とも言えない感情が押し寄せる。

 柊とは友達だが、大学生だった頃に比べれば会う回数は格段にすくなくなった。

 だから小春が知らないことが増えるのは当然で、明日が訪れるようになると、知らないことがどんどん増えていくのだ。知っていたことがあったとしても、別の何かに上書きされるかもしれない。それはどうしようもないことだった。

 車の助手席に座り、小春はそっと隣を見る。不自然にならない程度に視界の隅に柊を入れた。車の運転を始めた柊は前を向いているから目が合うことはない。でも、寂しいとは思わなかった。前回柊にそっけなくされた時とは違う。

「柊くん、鎌倉で行きたい場所があるの?」
「神社とか……?」
「柊くんが神社?」
「おかしいか、これでも叔父は神主をしてる。本来は俺の父が継ぐはずだったみたいだけど」
「そう言われると、そんな風に見えるかも……」
「何だそれ」

 ふんわりとした感想に、柊は微笑をこぼす。

「ほら、柊くんのお父さんって優しそうだけど神秘的な雰囲気があったから」
「神秘的? 頭がおかしいだけだよ。身内だろうと相手が嫌がることをして困らせる。それなのに……」

 次の言葉は出ない。柊は何かに気づいたようだった。

(今日、本当に十七日なのかな)

 小春の知らないところで、何かが動いている。いっそ柊に今日が何度も続いていることを伝えてしまいたかった。けれど、そんなことを言えばこの楽しい時間が終わってしまう。

「柊くんって何だか不思議な雰囲気があるから。ふわふわ~って、どこに行ってしまいそうな感じ」
「ふわふわって……どこかに行くのは小春だろ」
「私は置いて行かれる方だと思うけど」
「俺は置いて行かないよ」

 力強い返事だった。小春はどう言えばいいか分からず、手を強く握る。そんなことはない。柊は置いて行く側のはずだ。小春の知らない場所に行ってしまう人なのに。

「……そうだといいね」

 小さな声で返事をする。車内に流れる音楽にかき消されそうなほどか細い声だった。これは柊が聞いていなくてもいいことだ。

 すこし間を置いて、柊が再び話しかける。

「最近何か困ってることないか」
「……困ってることなんてないけど」
「危ないこと、してないよな」
「してないと思う……たぶん。どうしたの?」
「この前ニュースでストーカーが捕まったって報道あっただろ」
「あったけど……でも私、ストーカーされるほど人間関係も広くないから」
「人間関係の広さは別だろ。まあ、ないならいいけど」
「とりあえず、今日はこれを持っていてくれ」

 柊がポケットから何かを取り出し、小春に渡す。

 それは御守りのようだった。桜色の可愛らしい御守りだ。

「鞄の中に入れるだけでいいから」
「……御守りがないと危ないところに行くの?」
「まさか。そんなところには行かないよ」

 何もないならいいんだ、と柊は会話を切り上げた。

 小春にはよく分からなかったが、ひとまず御守りを鞄の中に入れる。

 もう鎌倉市内に入っていた。柊は鎌倉駅近くにあるパーキングに車をとめる。

 車を出て、小春は柊と一緒に歩く。どこに行くかは具体的に決めていなかったが、柊は小春が一人で鎌倉に行った時の話を聞きたがった。どの道を通っただとか、この通りに可愛い店があっただとか。そういう記憶を探りながら柊に伝える。引っ込み思案な小春にとって、自分のことを話すのは緊張することだった。それでも楽しいと感じるのは、しどろもどろになっても柊が面白そうに話を聞いてくれるからだ。会話に出た店が目の前にあれば「ちょっと入ろう」と言って金平糖専門店に入ったり、アクセサリーショップに入ったりした。昼食の時間になれば気になった古民家カフェに行き、二人でパスタを食べた。神社にも赴き、境内を巡る。

 そうして柊と楽しい時間を過ごしていると、小春は今日が終わればまた巻き戻るような気がした。あまりにもできすぎている。実は夢でしたと言われた方が安心するほどだ。

「夕飯は予約してるお店に行くんだよね」
「他がよかったか?」
「ううん。気になっていたお店だったから、楽しみ」

 本当はすこし怖かった。時間がとまって欲しい。夜が来ないで欲しかった。どうせ戻るのならここでずっととまってくれればいいのに、空は茜色に染まっていく。

「本当は小春とこんな風に出かけてみたかったんだよな。いつも小春が撮る写真、見てたから」
「誘えばよかったね」

 以前にも似たような会話をしていた。けれど今は素直にそうすればよかったと口にできる。

 誘えばよかった。いつか縁が途切れると分かっているのなら、もう柊に会わなくてもいいと思い得るくらいたくさん誘ってみればよかったのだ。会社が忙しそうだからって遠慮せずに、言うだけ言ってみればよかった。……もう、遅いけれど。

 日が落ちていく。贅沢な一日だった。なのにまだ夕飯を食べる約束が残っている。前回のように突然冷たくされたらどうしよう、と小春は不安になった。だが、柊はそんな様子はなく小春の目を見て話をしてくれる。

 そろそろ戻って、夕飯を食べに行こう。

 車の中に入ると、柊は思い出したように小春に聞いた。

「いつも小春はアクセサリーとか着けてないけど、金属アレルギーとかある?」
「そういうのはないよ。着けてないのは……あんまり詳しくなくて」

 見るのは好きだが、欲しいと思ったことはなかった。なくても不便はない。

「なら今日の記念」
「え」

 柊はどこからかブレスレットを取り出した。ローズゴールドのブレスレットには美しい石がキラキラと輝いている。ゆらゆらと揺れる石は透明な結晶のようだった。

「……いつ買ったの?」
「小春が気づかないように買ったから」

 アクセサリーショップは入った。けれど、柊の手にあるものは見たことがない。何よりブレスレットの石が気になった。

「ダイヤだったりしないよね?」
「まさか。小春はダイヤと水晶の違いも分からないの?」
「……キラキラ、しているし」
「水晶もカットすればキラキラするよ。それに、小春と入った店でダイヤを取り扱っていそうな店があった?」
「なかったね」

 小春たちが入ったのはガラスやシルバーアクセサリーの店だ。ダイヤが扱われているような品は並んでいなかった。単品で見ると、そう見えてしまうだけなのだろうか。小春の目にはダイヤに見えたが、柊が自信満々に話すのでそうなのかもしれないと思えてくる。そもそも、ダイヤを間近で見る機会がなかった。

「いいの?」
「小春に似合うと思ったから」
「……ありがとう」

 柊からもらうものだからだろうか。そのアクセサリーはとても高級そうだ。

 小春は左手を出して柊にブレスレットを着けてもらう間、そっと息をとめて自分の手首に繋がれる様子を見つめた。絶対に、忘れないように。次の十七日には持って行けないから。

 金具が繋がった瞬間、小春が守り続けたものがぷつりと切れる感触があった。
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