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第二章 もう一度、あなたと友達でいられる最後の日
友達(2)
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けれど、そんな柊でも気分が悪そうにベンチに横たわっていたことがあった。
普段、飄々としている姿しか知らない小春は放置できなかった。顔もどこか赤らんでいる。それに柊が使っているベンチは小春がいつも座って弁当を食べているベンチだった。
「……あの、大丈夫?」
「ああ」
無視されるかもしれないと思ったが、柊は辛そうにしながらも返事をしてくれた。
「保健室に行った方がいいんじゃない?」
「あんなところに行ったら休めない」
そうだろうか、と小春は思った。だが、大学内で柊が女性に追いかけられている場面を何度か目撃していた。柊が保健室に向かうのを見られてしまえば、あれこれ話しかけてくる人も現れるだろう。それでは気が休まらない。
「熱があるなら、帰った方がいいと思うけど」
「二日酔いだ」
「え」
辛そうな目がちらりと小春を見て、力なく笑う。
「何だよその顔。行きたくもないパーティーに出席させられて、何度も酒を飲まされただけだ。二日酔いになるほど飲むような馬鹿なわけないだろ」
「はぁ……」
別にそんな風には思っていない。頭はいいのだろう、たぶん。
「そういや、ここ。いつも座ってたか。ほら、ここで座って食べればいいだろ」
柊は体を起こすと、背もたれにだらりと体を預ける。そして隣を軽く手で叩いた。
一応、人が座れるスペースはある。わざわざ体を起こした相手に対して辞退し、別のベンチを使うのも悪い気がした小春はひとまず隣に座ることにした。
トートバッグから弁当を出して広げると、柊は小春を見る。
「そういえば、弁当手作り?」
「うん」
「その量作るの大変じゃないのか」
「休みの日に作り置きしているから、そんなに大変じゃないよ」
「冷蔵庫でかくないと無理だろ」
「そうかも。一人暮らし用の冷蔵庫じゃなくて、もっと大きいのを買っておいてよかった。実家から色々送られてくるから、一人用の冷蔵庫だと全然足りなかった」
「一人暮らしなのか」
「うん」
「……俺もするかなぁ」
「何で? 実家から通えるなら、それでいいと思うけど」
「一人暮らしなら、行きたくもないパーティーから逃げられるかもしれないだろ」
「そうかな。パーティーに行く方がマシかもしれないよ」
「慣れればどうにかなるだろ。いいな、あんたは……そういう煩わしいのないだろ」
羨ましい、と柊の声は掠れていた。
けれど小春はどう返していいのか分からなかった。
「私は……」
別に、こうなりたくてなっているわけではない。
喉の奥に何かがつっかえた。それを言ってしまうと余計に惨めな気がして、声が出ない。
「お、おい」
赤らんでいた柊の顔が真っ青になっていく。小春はどうしてそんな顔をしているのだろうか、と考えて自身の頬が濡れていることに気づいた。流れ始めた涙はとまらず、小春は戸惑う。人前で、それも今日初めてまともに喋った人を相手に泣いている。
「どうした、ええと……何だ」
意地悪なことばかりする柊は本気で狼狽えていた。けれど小春もどうしていいのか分からない。
「私、一人も友達できてない……」
「へ」
柊の顔が何とも言えない顔になる。泣いている理由と結びつかなかったのだろう。それがさらに小春の涙腺を刺激した。そして何だか苛立たしくなる。抑えていた不安がたった一言「羨ましい」と言われただけで溢れていく。本当に今の小春は柊にとって羨むものなのだろうか。
「もう大学に通うようになって二年も経つのに、近くに誰も友達がいないの……」
それでも羨ましいなんて言うのか。涙を零しながら柊を睨む。責めるような顔をしているが、小春は内心ものすごく恥ずかしかった。だって今、自分は友達がいないからって泣いているのだ。小さな子どもだったらいい。でも小春は二十歳目前の大学生である。できればすぐにでも涙をとめたくて、余計に目に力が入った。
「悪かった! ごめん!」
柊はオロオロしながら泣いている小春をどう慰めればいいのか分からないようだった。どうすればいい、と周囲を見るがここは人気のない場所だ。
「いや、俺も友達みたいなもんだろ。毎日、一緒にご飯食べてるし。話ならいくらでも聞くから。ええと、ああー名前。名前教えてなかったな。俺は八神柊。あんたは?」
「……古川小春」
「小春、これからよろしく」
「よろしく……柊くん」
「柊くん」と呼ばれた瞬間、柊の顔がピタリと固まる。だが、小春はその空気を読む余裕もなくポロポロ泣いている。
小春が泣きやむまで、柊は二日酔いで辛いだろうにずっと慰めてくれていた。その後はトークアプリのIDを交換して、大学の外でメッセージを送り合うようになった。
泣いた姿を見せてしまったからだろうか。胸の奥につっかえていたものはもうすっかりなくなって、小春は随分と楽になった。
柊と会話をしてみると、意地悪な男ではあるものの基本的には面倒見もいいし話しやすい人だと分かる。学内でずっと行動を共にしたわけではなかったが、昼食以外でもたまにすれ違えば軽く会話をするようになった。
未だに一人で外食にも行けていないことを打ち明ければ、二人でご飯を食べに行ったこともある。柊と何度か店に入るようになって、小春は一人で気になっていたカフェにも入る勇気が持てるようになった。
普段、飄々としている姿しか知らない小春は放置できなかった。顔もどこか赤らんでいる。それに柊が使っているベンチは小春がいつも座って弁当を食べているベンチだった。
「……あの、大丈夫?」
「ああ」
無視されるかもしれないと思ったが、柊は辛そうにしながらも返事をしてくれた。
「保健室に行った方がいいんじゃない?」
「あんなところに行ったら休めない」
そうだろうか、と小春は思った。だが、大学内で柊が女性に追いかけられている場面を何度か目撃していた。柊が保健室に向かうのを見られてしまえば、あれこれ話しかけてくる人も現れるだろう。それでは気が休まらない。
「熱があるなら、帰った方がいいと思うけど」
「二日酔いだ」
「え」
辛そうな目がちらりと小春を見て、力なく笑う。
「何だよその顔。行きたくもないパーティーに出席させられて、何度も酒を飲まされただけだ。二日酔いになるほど飲むような馬鹿なわけないだろ」
「はぁ……」
別にそんな風には思っていない。頭はいいのだろう、たぶん。
「そういや、ここ。いつも座ってたか。ほら、ここで座って食べればいいだろ」
柊は体を起こすと、背もたれにだらりと体を預ける。そして隣を軽く手で叩いた。
一応、人が座れるスペースはある。わざわざ体を起こした相手に対して辞退し、別のベンチを使うのも悪い気がした小春はひとまず隣に座ることにした。
トートバッグから弁当を出して広げると、柊は小春を見る。
「そういえば、弁当手作り?」
「うん」
「その量作るの大変じゃないのか」
「休みの日に作り置きしているから、そんなに大変じゃないよ」
「冷蔵庫でかくないと無理だろ」
「そうかも。一人暮らし用の冷蔵庫じゃなくて、もっと大きいのを買っておいてよかった。実家から色々送られてくるから、一人用の冷蔵庫だと全然足りなかった」
「一人暮らしなのか」
「うん」
「……俺もするかなぁ」
「何で? 実家から通えるなら、それでいいと思うけど」
「一人暮らしなら、行きたくもないパーティーから逃げられるかもしれないだろ」
「そうかな。パーティーに行く方がマシかもしれないよ」
「慣れればどうにかなるだろ。いいな、あんたは……そういう煩わしいのないだろ」
羨ましい、と柊の声は掠れていた。
けれど小春はどう返していいのか分からなかった。
「私は……」
別に、こうなりたくてなっているわけではない。
喉の奥に何かがつっかえた。それを言ってしまうと余計に惨めな気がして、声が出ない。
「お、おい」
赤らんでいた柊の顔が真っ青になっていく。小春はどうしてそんな顔をしているのだろうか、と考えて自身の頬が濡れていることに気づいた。流れ始めた涙はとまらず、小春は戸惑う。人前で、それも今日初めてまともに喋った人を相手に泣いている。
「どうした、ええと……何だ」
意地悪なことばかりする柊は本気で狼狽えていた。けれど小春もどうしていいのか分からない。
「私、一人も友達できてない……」
「へ」
柊の顔が何とも言えない顔になる。泣いている理由と結びつかなかったのだろう。それがさらに小春の涙腺を刺激した。そして何だか苛立たしくなる。抑えていた不安がたった一言「羨ましい」と言われただけで溢れていく。本当に今の小春は柊にとって羨むものなのだろうか。
「もう大学に通うようになって二年も経つのに、近くに誰も友達がいないの……」
それでも羨ましいなんて言うのか。涙を零しながら柊を睨む。責めるような顔をしているが、小春は内心ものすごく恥ずかしかった。だって今、自分は友達がいないからって泣いているのだ。小さな子どもだったらいい。でも小春は二十歳目前の大学生である。できればすぐにでも涙をとめたくて、余計に目に力が入った。
「悪かった! ごめん!」
柊はオロオロしながら泣いている小春をどう慰めればいいのか分からないようだった。どうすればいい、と周囲を見るがここは人気のない場所だ。
「いや、俺も友達みたいなもんだろ。毎日、一緒にご飯食べてるし。話ならいくらでも聞くから。ええと、ああー名前。名前教えてなかったな。俺は八神柊。あんたは?」
「……古川小春」
「小春、これからよろしく」
「よろしく……柊くん」
「柊くん」と呼ばれた瞬間、柊の顔がピタリと固まる。だが、小春はその空気を読む余裕もなくポロポロ泣いている。
小春が泣きやむまで、柊は二日酔いで辛いだろうにずっと慰めてくれていた。その後はトークアプリのIDを交換して、大学の外でメッセージを送り合うようになった。
泣いた姿を見せてしまったからだろうか。胸の奥につっかえていたものはもうすっかりなくなって、小春は随分と楽になった。
柊と会話をしてみると、意地悪な男ではあるものの基本的には面倒見もいいし話しやすい人だと分かる。学内でずっと行動を共にしたわけではなかったが、昼食以外でもたまにすれ違えば軽く会話をするようになった。
未だに一人で外食にも行けていないことを打ち明ければ、二人でご飯を食べに行ったこともある。柊と何度か店に入るようになって、小春は一人で気になっていたカフェにも入る勇気が持てるようになった。
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