あなたと友達でいられる最後の日がループする

佐倉響

文字の大きさ
上 下
9 / 36
第二章 もう一度、あなたと友達でいられる最後の日

平気じゃない

しおりを挟む
 夕方、店に行くとすでに柊がいた。夢と同じように、店の縁側にある席だ。ソファは一台。緑豊かな庭園を見る形で配置されている。何かの道筋を辿るような不思議な感覚で柊を見る。もう会うこともないと思った人がそこにはいた。

 柊は小春を見ると、表情を緩める。けれどその顔には疲労の色があった。

「寒かったらブランケットがあるから使って」
「うん、ありがとう」

 会話は同じ。なのに、歯車がわずかに狂った気がした。

 ソファに座り、小春はブランケットを膝の上にかける。一度、柊の隣に座ったからだろうか。夢と比べれば、それほど緊張しなかった。

「何食べようか」

 柊はメニューを広げ、さりげなく小春の方に寄せる。

「柊くんはもう決めた?」

 小春は夢の内容通りに話す。一言一句覚えているわけではないが、だいたいの流れは覚えている。最初から別の行動をするより、同じ流れに持っていった方が次の行動が考えやすい。小春の作戦はシンプルだ。ヤケ酒をしてぐったりした柊を家の中に入れたらさっさと帰る。わざわざベッドまで行かなくてもいい。申し訳ないが、玄関に入ったら床に寝かせることにした。そうしないと小春は捕らわれてしまう。絶対に拒めるかと聞かれたら、自信がない。

 他に何をしただろうかと小春は考える。メニューから視線を外して、隣に座る柊はそれほど近くに座っていないことを知った。夢では肩が触れそうなくらい近かったはずだったが、三十センチほど距離がある。

 メニューを決めて、柊が店員を呼ぶ。料理は夢と同じものを頼んだ。飲み物もあの真っ赤なブラッドオレンジにした。だが、柊が頼んだ飲み物はウーロン茶だ。

「あれ、お酒じゃなくてよかったの?」
「あー……しばらく禁酒することにしたんだ」
「別に酒癖は悪くないよね。どこか体が悪いとか?」
「どこも悪くないよ。小春とならアルコールなしでも楽しく話せるかなって」
「……そうだといいんだけど」

 会社の中ではあれほど夢の内容と一致していたのに、柊は違う行動を取っている。小春はまだ何も違う行動を起こしていない。この誤差はなんだろう。見合いの話をきっかけに、柊が酒を頼む可能性もある。まだそれほどレールを外れていないはずだ。

「それに、ちゃんと話さないといけないことがあってさ」
「話?」

 小春は柊を見る。彼はじっと前を見ていた。その横顔には笑みがなく、顔に暗い影が差している。

「俺の父さんから聞いてるかもしれないけど、見合いするんだ」
「うん、聞いたよ。大変だね」
「だから……こういうのは小春に悪いんだけどさ、もう会えないと思う」
「そうだよね。忘れてたけど、柊くんのお父さんは大企業の社長だから……結婚するなら同じような人と考えるよね」

 この流れは小春にとって幸いなことだった。一番言いにくい内容を先に柊が言ってくれたのだ。

 なのに肝心の柊は大事な話をしている最中、ずっと前を向いていた。将来のことを話しているはずだが、その瞳はどこか虚ろで小春は寂しくなる。

 やっぱり夢は夢なのだ。途中まで一致していたから、構えていたけれど現実は変わらない。

 あれこれ考えた計画はすべて無駄だった。

「ごめん」
「私は大丈夫。これから大変なのは柊くんでしょう」

 しばらく禁酒すると言ったのは、見合いを控えているからだろうか。柊には慎重なところがある。直前に何かあってはならないと考えての行動だとしてもおかしくない。

 気にしていないと微笑みを向けても、その先にいる柊と目が合うことはなかった。現実だとこういう別れ方になってしまうのか。今まで何か話すにも目が合わないなんてことはほとんどなかった。向けられる言葉は優しいのに、小春は何だか嫌われているみたいで心細くなる。柊はもうすっかり小春に心を閉ざしているようだった。

 せっかく最後に会える日だというのに、小春はもう帰りたいと思ってしまう。それなのに適当な理由をつけて帰らないのは、柊が好きだからだった。一分一秒でもいいからそばにいたい。大学を卒業してから数年が経った今はそれほど顔を合わせる機会もないのだから。

 小春は柊と視線を交わすことを諦め、前を向く。夢の中ではそれほど見なかった美しい庭園が広がっている。青々とした樹木。竹や紅葉はライトアップされ小池に反射している様子が見え、水が流れる音とししおどしの音も聞こえる。ずっと柊にドキドキしていたから、しっかりと観賞できていなかった。夜の幻想的な風景を見ていると、励まされているように感じて小春は泣きたくなる。

 柊が嫌がるようなことをしただろうか。心当たりは一つもなかった。嫌がられるようなことができるほど、もう二人の間に話題はないのだ。それにもう、この縁も切れるのだから何も探らずに終わりが来るのを待てばいい。

 話はそれほど盛り上がらず、頼んだ料理は食べるばかりですぐになくなった。これでいよいよお別れだ。会計を終えて、二人で店を出る。

「家まで送るよ」
「でも、柊くんの家は私とは反対側だけど……」
「友達でいられるのも今日で最後だろ。居酒屋で別れるとか、早すぎる」

 もう一緒にいたくないのではないか。そう思いたくなるほど素っ気ない態度だったのに、柊は送ると言って聞かなかった。小春はそれならと頷いて、柊と歩く。

 彼は電車ではなくタクシーを呼んだ。後部座席に二人で座ったが会話はない。どういうつもりなのだろう。電車ならすこしは長くいられたかもしれないのに、タクシーなのですぐに家の前までついてしまった。小春を送り届けたら、そのままタクシーで帰るからだろうか。

 その予想に反して、小春が住むアパートの前に辿り着くと一緒になってタクシーから降りてしまった。どうして、と聞けば電車で帰ると言う。さっきから柊の行動は不可解だ。

「俺、小春に結構迷惑をかけただろ」
「どうして? むしろずっとお世話になってたよ。私にはもったいないくらいのいい友達」
「いい友達か」

 タクシーが去ってしまったアパートの前で、柊がへらりと笑う。彼らしくない、分かりやすいくらいに作ったような顔だった。

「幸せになってくれよ、小春」
「その台詞って私が言うべきでしょう」
「俺は別にいい。もう何もいらない」
「何もいらないって、そんなこと言わないで」
「考えてみれば、俺は充分満ち足りているんだ」

 そう言うのならば、どうして何もかも諦めたような顔をするのか。小春は胸が裂けるような思いがした。片想いの痛みとはまるで違う。もっと悲痛なものだ。

 だけど今の小春に何が言えるだろう。

 友達をやめるのだ。もうじき他人になる。悩みを聞いたところで、力になってあげられない。踏みこむのは無責任なことだ。それに柊は小春がいなくても、彼なりに努力して解決するだろう。

「今まで、ありがとうな。ほら、さっさと帰れ。家の中に入るのを見たら、俺も帰るから」
「柊くん」

 熱い何かが喉から迫り出てくるのを感じ、小春はぐっと呑み込んだ。伝えそうになった言葉に呆然とする。もう最後だと思うと、勢いで言うべきではない言葉が飛び出そうになった。

「……私も、今までありがとう」

 結局、月並みな言葉しか出なかった。

 小春は柊に見守られながらアパートの中に入る。二階に上がると、柊がいるのが見えた。家の鍵を開けて、もう一度柊がいるのを確認する。彼がそっと手をあげた。さようなら、と手を振っているのを見て小春も振り返す。足が鉛のように重たかった。

 でも、いつまでもアパートの前に柊を立たせるわけにもいかない。

 自らの手で、家の扉を開けて中に入る。ドアノブから手を離すとガタン、と冷たい音とともに鍵がかかった。

 閉まった扉に手を添え、小春は俯く。堰きとめていたものが濁流のように胸へ流れこんできた。

 こんな風に、友達って終わるんだ。

 いとも簡単な終わりだった。

 小さな喧嘩一つない。

 柊の中ではもう小春と縁を切ることは決まっている。それは小春だって決めていた。けれど、こんなにあっさりとしたものになるとは思わなかったのだ。夢で四月十七日を過ごし、もう一度柊と会ったのに、小春の内側は後悔でまみれていた。これは小春が望んだものではない。

 スマホを見ると、トークアプリには柊からブロックされていた。会話の履歴だけが残っている。


 ――小春は俺がいなくても平気だよな


 いつだったか、その言葉が蘇ってくる。それは夢の内容だったけれど、小春の頭からなかなか消えてくれなかった。

 柊がいなくても、平気なんてそんなはずない。

 小春の目から我慢していた涙が溢れていく。拭っても拭っても、終わらない。

 いつかは柊と会えなくなると分かっていたから心の準備をしていたのに、涙がとまってくれなかった。彼と時々、会えるだけで小春は幸せだった。何かの気まぐれで誘ってもらえるだけで、嬉しかったのだ。

「あ……――――」

 声に鳴らない嗚咽が喉の奥からどろどろと溢れる。

 心臓が傷つき、悲鳴をあげているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

処理中です...