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三話 決意の選択
しおりを挟む「てやぁぁぁあッ!」
ステッキを振りかざし、怪物の頭を攻撃した。怪物は大きな奇声を発し後ろへと後退した。間髪入れず、二度目の攻撃を繰り出す。怪物はまた奇声を発しながら後退した。
グワァァァァ!
怪物も負けじと攻撃を繰り出してくる。ステッキはその度に盾になり愛華を守った。そしてまたステッキへと姿を変え、怪物を攻撃する。
「いいぞ!相手は十分弱ってきた!お給仕魔法を使うんだ!」
ぬいぐるみが叫んだ。愛華は胸のチャームを外し怪物へと投げつける。チャームが怪物に当たり大きなハートが包み込んだ。
「お給仕魔法!【愛情たっぷりハートフル・タイム】」
呪文を唱えると怪物が気泡となっていった。昨日と同じく、小さく気泡となり浄化されてゆく怪物。怪物が全て気泡へと変わるとハートも光となって消えチャームがコロン、と落ちた。チャームを拾い上げ光が愛華を包み、元の姿へと戻った。大きかったステッキも細く小さな棒へ変化しぬいぐるみの手に収まるくらいのサイズに戻った。
「さあ倒したから説明してもらうわよ!一体ここは何で……私は……どうなって…いるの…か」
あれ…?なんだろう、眠たい…。身体が上手く…動かない…。
愛華は自身の身体から力が抜けてゆくのを感じその場へ座り込む。立てないのだ。極度の疲労感と眠気が愛華を襲う。聞きたいことが山ほどあるのに、身体がそれを許さない。ぬいぐるみはそんな愛華を眺め、ポシェットからまた何かを取り出した。
「ガーネット・フェアリー……これを口に入れてくれ」
取り出したのはドロップの缶のようなものだった。そこから飴玉のような丸い物体を一つ出すと愛華へ差し出した。愛華は手を伸ばそうとしたが身体が言うことを聞かない。手は垂れ下がったまま動かせなかった。その光景を見たぬいぐるみは愛華の側により口を開けるよう促す。
「…あ……」
「大丈夫、怪しい物ではないから。少しの間ガーネット・フェアリーの体力を戻すドロップだ。さあ、お食べ」
僅かに薄く開いた唇にぬいぐるみがドロップを入れてきた。甘いのかと思ったが無味だった。そのドロップに舌を絡ませると徐々に身体に力が入ってきた。朦朧としてきた意識もはっきりとしてきて身体を起こす。
「一から説明してほしいんだけど、一体これはなんなの?夢なの?」
「夢…と言ってあげたいけど夢ではないかな。かと言って今はまだ現実的でもない。丁度狭間の空間なんだ」
ぬいぐるみはバツが悪そうにぽつぽつと話し始めた。愛華は口のドロップを転がしながら話に耳を傾ける。
「この空間は本来あってはならないものなんだ…。時空の歪みと呼ばれるもので、ガーネット・フェアリーの本来の姿が生活を送っている世界もあれば僕たちの住んでいる世界もある。色々な世界が絶妙なバランスを保って存在しているんだ。でも、僕たちの世界で少し問題が起きてしまってね。時空の歪みを招いてしまったんだ。その結果があの怪物たち……。だからその歪みを食い止めるべく魔法少女となることの出来る人材を人間界から選別したんだ。そして、君は選ばれたんだ鈴鳴愛華」
時空の歪み…?
ぬいぐるみたちの世界…?
魔法少女…?
選ばれた…?
「…は?な、なに言ってるの。意味が分からないんだけど…」
「分からなくて当然だ…。こんな突拍子もないこと急に言われたって迷惑なのは百も承知だ。でも、お願いだ。魔法少女になってほしいんだ…。君たちしか…救えないんだ!」
ぬいぐるみは必死に愛華の肩を揺さぶった。その目は元の碧ではなく、強く訴えかけるように強い眼差しをしていた。愛華はその瞳をじっと見つめ深呼吸を一つした。
「一つ質問。昨日、怪物から受けた攻撃の傷が朝目覚めた時に足に残っていて少し時間が経ってから見てみたら傷痕一つ残ってなかったことがあったんだけどそれは何か関係があるの?」
なるべく冷静に、冷静に質問する。気になっていたことだ。この空間で起きたことが関連していることは間違いない。
「それは…。現実世界へ影響が出てきているサインだ。ここで起きたことが現実世界に反映され始めてきている。もし、愛華が。いや、この時空の歪みを食い止めることが出来なければ怪物たちは現実世界へ飛び出してしまうんだ。そしたらどうなるか分かるね?」
ごくり…。
あんな怪物がもし、日常生活の中に入って来ようものなら世界はきっと終わってしまう。変身して超人的な能力を手にした時ですらいっぱいいっぱいだったのだ。普通の人間が束になってかかろうと敵うわけがない。例えそれが人間でなくてもミサイルや銃を撃ち込んでも無傷だろう。
「じゃあ二つ目の質問。ガーネット・フェアリーって何なの?」
「僕のポシェットは僕の世界と繋がっているんだ。驚くかも知れないけど僕たちの世界には魔法が存在しているんだ。そして古くから伝わる伝説があってね…。世界の危機に陥った時、女王様が命を分裂して魔法少女たちに自身の力を分け与える。魔法少女はその力を完全に己自身に吸収し完璧なお給仕魔法を発動することができた時に世界を救うことができる、と。このチャームはガーネットの力を持っている。女王様の愛の命だ…」
「愛の…命…」
どきり、心臓が音を立てる。
女王様に面識はないが命を分裂してまで世界を守ろうとしていることを知った愛華は事は一刻を争っているのだと感じた。しかし、一体何が原因でそこまで大変な事態に陥ったのか疑問を抱いた。
「ねぇ、三つ目のしつ……も…ん……あれ…?」
急にまた、身体から力が抜けてきた。目の前も霧がかかったかのようにぼやけ、くらくらしはじめる。
「時間切れだ。そのドロップが終わればこれ以上ここの世界には居られない。君の身体がもう少し魔力を取り込めばここに居られる時間も長くなるんだが…まだ無理はしないでほしい……。最後に僕から質問させてもらっていいかな?」
──魔法少女になってくれますか?
「攻撃を受けたら現実世界に傷となって影響が出るかも知れない。これから先、どんな怪物が現れるかは僕にも分からない。けど、もし愛華が危ない目に遭うようなことがあるなら僕は命懸けで君を守る。愛華のことは絶対に守り抜くと誓う。だから…お願いだ…」
ぬいぐるみは瞳を下げ懇願するように弱々しく、力の抜けた愛華の手を握った。愛華は朦朧とする意識の中、その手から感じる熱を感じた。
そして、優しく握り返した。
「わかっ……た。……だから……そんな…悲しい顔…しない…で」
誰かが悲しむのを見るのは苦手だった。
だからどうにかしてほしい、と言われたら居残りも付き合うし掃除当番だって一緒に手伝ってあげたりした。
そのせいでいいように扱われることも多々あったが、それでも、誰かが悲しむ姿は見たくなかった。
「本当に君にはすまないことを頼んでいると心の底から思っているよ…愛華。でも、ありがとう。僕の名前はメモルだ。これからよろしく頼む。でも今日はもうゆっくり休んでくれ。おやすみ」
「メモ…ル…?」
メモルはそう言うと愛華の頭をそっと撫でた。親が子供へするかのように愛でるように、優しい眼差しだった。
その心地よさに意識はどんどん手放されていった。
こうして、鈴鳴愛華は本当に魔法少女になったのだった。
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