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第三章 エドワード

命の選択

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エドワードの視界は、血の気が失せるようにゆっくりと暗くなっていった。手足から力が抜け、冷たい床に倒れ込んだ彼の耳に響いていたのは、遠ざかる侵入者たちの足音と、自らの荒い呼吸音だけだった。
「ここで…終わりなのか…?」
胸の奥から湧き上がる無念が、虚ろな意識の中で彼を苛んだ。家族を守れなかった悔しさ、真実を知ったばかりで奪われる命への理不尽さ――その全てが、彼の内側で渦を巻いていた。
そのときだ。



どこからともなく足音が響き始めた。それは先ほどの侵入者たちのものとは違う。ゆったりとしていながら、確かな威圧感を持つその音が、エドワードの薄れゆく意識に強烈な印象を与えた。
ぼんやりと開いた目に映ったのは、暗闇を切り裂くように進む漆黒の影。その姿は光を拒むような威容を放ち、重厚なマントが微かに揺れている。
「誰…だ…」
エドワードは問いかけようとしたが、声はもうほとんど出なかった。



影は彼のすぐそばに跪き、冷たくもどこか慈愛を含んだ瞳で彼を見下ろしていた。その男――ヴィンセントは、まるでエドワードの運命を静かに見届ける彫像のようだった。
「こんな姿になるとは…運命の悪戯とはいえ、あまりに哀れだな。」
低く響く声に込められた冷静さは、逆にエドワードの胸に不思議な安堵をもたらした。その声が、ただの通行人や無関係な存在ではないことを示している。
ヴィンセントは手袋を外すと、その長く整った指先でエドワードの額に触れた。その冷たさは、死の淵にある彼に奇妙な安心感を与えた。
「お前を死なせるわけにはいかない。私がこの手で、救ってみせる。」




エドワードは、その言葉を最後に瞼が重く閉じていくのを感じた。遠ざかる意識の中で、彼の思考は徐々に朧げになり、ただ一つの感覚だけが残った。
それは、ヴィンセントが彼をそっと抱き上げる感触だった。鋼のような力強さと、それでいて羽毛のような軽さを伴う腕が、自分の身体を支えているのを感じたのだ。
「この人は……」
朦朧とする中で、エドワードは最後にそう思った。ヴィンセントのマントが彼の身体を包み込むとき、彼は完全に意識を失い、静寂の中へと落ちていった。


エドワードを抱えたヴィンセントは、足元に広がる血の海と無惨に荒らされた屋敷を一瞥した。その瞳には怒りとも悲しみとも取れる深い感情が宿っている。
「人間は愚かだ…だが、この若者にはまだ、生きる理由がある。」
ヴィンセントは一言も発することなく、闇の中へと溶け込むように屋敷を後にした。
ヴィンセントの力強い腕に抱かれたエドワードの体は、冷たさを増していく。彼を包むマントは、ただの布ではない。魔力を帯び、命が尽きかけている者にわずかなぬくもりを与える古のヴァンパイアの秘術。その効果も、完全に死を止められるものではない。



屋敷へと戻る道中、ヴィンセントの顔は影と灯りの中で浮かび上がり、その美しい黄金の瞳には深い葛藤が宿る。
「エドワード、お前に選択肢は残されていない。だが、私がこの手で与えるのは、新しい闇の命だ。」
その声は低く静かだが、揺れる心を押し殺した冷徹な響きを持っていた。




ヴィンセントの屋敷は古びたゴシック建築の威厳を放っている。その中にある地下室。闇に包まれた静寂な空間の中心には、大きな黒檀の棺が鎮座していた。
棺を開けると、中は真紅の絹で覆われている。そこにエドワードをそっと横たえ、ヴィンセントは片膝をつき、彼の顔を見下ろした。傷口は血で染まり、死の気配が迫っている。しかし、ヴィンセントの魔力で生命の微かな火はまだ消えていない。
その瞬間、ヴィンセントの心が揺れた。

「これで本当にいいのか?彼を永遠の闇に引き込むことになる。」
彼は自分の胸を押さえた。血を分け与える行為は、相手に新たな命を与える代わりに、死すら選べない運命を背負わせることになる。ヴィンセント自身も、その苦悩を知り尽くしていた。
だが、目の前のエドワードが、希望を持たず死にゆく姿を想像するたびに、胸の奥からこみ上げる熱が彼を突き動かした。
ヴィンセントは牙を剥き、自らの手首に深く噛みついた。赤い血が静かに流れ、命のしるしがエドワードの唇へと滴り落ちる。


「飲め、エドワード。この血がお前を闇の深淵から引き戻す。」
ヴィンセントはその言葉を囁くように言いながら、血をエドワードの口元に流し込んだ。数滴が彼の喉を滑り落ちた瞬間、エドワードの体が微かに反応を示した。それは、死の淵にいた彼を闇の世界へと引き込む契機となった。
ヴィンセントはゆっくりと棺の蓋を閉めた。その瞳には、一瞬の後悔と、何かを覚悟した光が宿る。
「これで、お前は私の世界に足を踏み入れる。そして、この命の償いを、共に果たすことになる。」


暗闇に溶け込むように棺が閉じる音が響き渡り、地下室に静寂が戻る。ヴィンセントはその場に立ち尽くし、エドワードが目覚めるその時まで、孤独な時間を過ごすことになる。

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