ヴィンセント～イケメンヴァンパイア

第一章 若きヴァンパイア

別れの夜

月は今宵も赤く染まり、空はまるで二人の運命を嘲笑うかのように静まり返っていた。ヴィンセントとリリスは朽ち果てた城の広間に立ち尽くし、互いの瞳を見つめていた。かつて吸血と愛で結ばれた彼らの間には、今や耐えがたい静寂が横たわっていた。
リリスは優雅に黒いドレスの裾をつまみ、ヴィンセントの前に歩み寄った。その動きにはどこか哀しみが漂い、けれども悪魔の如き彼女の美しさは少しも損なわれていなかった。彼女は冷たい指先をヴィンセントの頬に触れさせ、彼の強張った顔を微笑みで包み込む。



「ヴィンセント、愛しい人。あなたはこの夜の世界でまだ若い存在。でも、あなたには無限の可能性がある。私はそれを信じているわ。」
彼女の声はいつもと変わらぬ甘やかさで、けれどもその裏に別れの決意が隠されているのをヴィンセントは感じ取った。
「リリス、君がいなければ、何の意味がある？」
彼の声は低く、怒りと苦悩が混じり合っていた。彼の黒いマントが微かに揺れ、今にも闇と一体化しそうな気配を漂わせていた。



リリスは一歩後ずさり、目を細めた。「あなたが私の隣に立つには、まだその力が足りないの。私は悪魔、永遠の夜を支配する存在。けれど、あなたはただのヴァンパイア。あなたがその頂点に立つまで、私はあなたのものにはなれない。」
「頂点に立つ？ そんなものに興味はない！」
ヴィンセントは拳を握りしめ、声を荒げた。「君がいれば、それでいい。それだけでいいんだ！」



しかしリリスは首を横に振る。彼の言葉に心を動かされながらも、その瞳は揺るぎない決意で輝いていた。「それではだめなの。私たちが共にいるためには、あなたがこの夜の世界を支配する王となる必要がある。それが運命なのよ。」
言葉を終えると、彼女はヴィンセントの唇にそっと触れ、儚い口づけを交わした。その瞬間、彼の中の渇望がさらに激しく燃え上がるのを感じたが、それでも彼は彼女を引き留めることができなかった。



リリスは静かに背を向け、広間の中央に立つ巨大な窓に向かって歩き出した。月光が彼女の姿を浮かび上がらせ、その背中には孤独の影がまとわりついている。
「ヴィンセント、あなたは必ず私を迎えに来る。その時、私はあなたの隣に永遠に立つわ。」
そう言い残すと、リリスは広げた翼を闇の中に馳せ、夜の風に溶け込んだ。
ヴィンセントはその場に立ち尽くし、彼女が去った窓の外を見つめる。手の中には彼女が最後に残した香りだけが残っていた。そしてその香りが薄れていくにつれ、彼の心には新たな決意が宿った。



「君のためなら、どんな頂点でも目指してやる。」
低く囁いたその言葉は、夜の静寂に飲まれ、ヴィンセントは一歩、また一歩と前へ進み出した。彼の黒いマントが広がり、闇を切り裂くように揺れ動く。
これが彼の新たな旅の始まりだった。彼女を取り戻すために、彼は頂点に立つと誓ったのだ。リリスのいない永遠の夜は、彼にとって無意味なものだったから。