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08 大使館員
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アイロッソ皇国とウスナルフ王国とは、十年ほど前に講和条約を締結した。つまり、表面上は戦争が終わって十年も経っている。従って、王国の首都オディロダムにはアイロッソ大使館がある。どちらの国民が出入りしても不思議はない場所だ。
フレンゼンは、まず大使館に赴き、必要な情報を入手した。シュミット少佐は、オディロダムではジャック・オブライエンと名乗っていた。あまり儲かっていない雑貨商として、店舗も構えていた。店舗の場所も秘密ではない。
モーリス・オブライエンという名前が明記された偽造の身分証を大使館員エルンスト・リュトビッツから手渡された。
「これは?」
大佐という肩書き上、多少尊大な方が自然だと思ってはみるものの、慣れない態度はなかなかしっくりこない。
「身分証です」
「それは分かっている。シュミット少佐、じゃなかった、ジャック・オブライエンとはどういう関係だ?」
「いまから説明するところです」
顔色の悪いリュトビッツが、機嫌まで悪くして、余計な質問で話の腰を折るな、と責めるような視線を向けてきた。
「それは失礼した」
モーリスはジャックの兄の息子、つまり甥で、ジャックの故郷に住んでいたが、都会に憧れて叔父を頼って王都に出てきた、という設定だ。
ジャックは、もう何ヶ月も店に顔を出していない。確かに雑貨商という職業柄、仕入れなどで店を空けることは珍しくない、ということになっている。実際、任務で遠方に出かけることもあるはずだ。
「ただ大使館では、少佐が軍の重要人物であることは知っていますが、どのような命令を受け、いつどこで任務を遂行しているか把握してはいません」
「そうか」
「店舗では何人かの戦争孤児が住み込みで働いています」
「戦争孤児?」
「我々が用意したわけではありません。軍の方針なのか、少佐の趣味なのか分かりませんが、三年ほど前から店に出ています。それよりずっと以前から面倒を看ていた、という情報も得ています」
もちろん店主の本当の顔など知らない普通のオディロダム市民たちだ、と大使館員は付け加えた。店主のことは、無愛想だが真面目で、報酬をきちんと払い、理不尽なことを要求しない、まずまずの雇い主だと思っているだろう、とのことだった。
「表向きの住所は分かっていますが、真の拠点については我々にも知らされていません。本国からの連絡要員や連絡方法も同様です」
「何も分からないんだな」
「大佐!」
フレンゼンは、剣呑な空気を察して、
「いや、大使館の方々を責めているわけではない。なかなか任務が難航しそうだ、と思っただけだ」と言い訳した。
設定に従い、フレンゼンはモーリスとして、まずはジャックの表向きの住所を訪ねた。情報通り人の気配はなく、周辺に聞き込みをしても、しばらくジャックの姿を目にしていないようだった。
次に店舗で従業員たちに話を聞くことにした。
「まあ、ジャックさんの甥御さんですか」
アンヌは、騙すのに気が引けるほど善良そうな笑顔の少女だった。疑っている様子もなく、店主の甥と名乗る人間を歓迎してくれた。
「いつも叔父がお世話になっています、モーリス・オブライエンです」
ほかに同じ年頃の少女がもう一人店番をしている。ニコルと名乗った彼女は人見知りのようで、自分の名前以外は話そうとしなかった。
店内は清掃が行き届き、商品も整然と並べられ、見やすい値札が付いている。シュミット少佐の几帳面さもあるだろうが、働いている彼女たちの実直さが表現されたような店だ。
「そんな堅苦しい挨拶はやめてください。それにジャックさんにお世話になっているのは私たちの方なんですから」
「家に行ってみたんですけど、しばらく帰っていないようで……」
「せっかく甥御さんが来てくれたっていうのに、ジャックさん、どこに行ったんでしょうね」
「あなたにも、行き先を言ってないんですか」
「いえ、きっちりした人ですから、いつも、どこに行って、いついつまで留守にするって言って出かけていますよ。今回はそれを過ぎても戻って来られないんで……」
「そうなんですね。ちょっと心配だな……」
「ただ、毎月のお給料は決まった日に送られてきますし、店に出す商品も運ばれてきていますから、無事にお過ごしなんだとは思うんですけど」
フレンゼンは、宿泊先をアンヌに伝え、近々の再訪を約束して雑貨屋を後にした。
フレンゼンは、まず大使館に赴き、必要な情報を入手した。シュミット少佐は、オディロダムではジャック・オブライエンと名乗っていた。あまり儲かっていない雑貨商として、店舗も構えていた。店舗の場所も秘密ではない。
モーリス・オブライエンという名前が明記された偽造の身分証を大使館員エルンスト・リュトビッツから手渡された。
「これは?」
大佐という肩書き上、多少尊大な方が自然だと思ってはみるものの、慣れない態度はなかなかしっくりこない。
「身分証です」
「それは分かっている。シュミット少佐、じゃなかった、ジャック・オブライエンとはどういう関係だ?」
「いまから説明するところです」
顔色の悪いリュトビッツが、機嫌まで悪くして、余計な質問で話の腰を折るな、と責めるような視線を向けてきた。
「それは失礼した」
モーリスはジャックの兄の息子、つまり甥で、ジャックの故郷に住んでいたが、都会に憧れて叔父を頼って王都に出てきた、という設定だ。
ジャックは、もう何ヶ月も店に顔を出していない。確かに雑貨商という職業柄、仕入れなどで店を空けることは珍しくない、ということになっている。実際、任務で遠方に出かけることもあるはずだ。
「ただ大使館では、少佐が軍の重要人物であることは知っていますが、どのような命令を受け、いつどこで任務を遂行しているか把握してはいません」
「そうか」
「店舗では何人かの戦争孤児が住み込みで働いています」
「戦争孤児?」
「我々が用意したわけではありません。軍の方針なのか、少佐の趣味なのか分かりませんが、三年ほど前から店に出ています。それよりずっと以前から面倒を看ていた、という情報も得ています」
もちろん店主の本当の顔など知らない普通のオディロダム市民たちだ、と大使館員は付け加えた。店主のことは、無愛想だが真面目で、報酬をきちんと払い、理不尽なことを要求しない、まずまずの雇い主だと思っているだろう、とのことだった。
「表向きの住所は分かっていますが、真の拠点については我々にも知らされていません。本国からの連絡要員や連絡方法も同様です」
「何も分からないんだな」
「大佐!」
フレンゼンは、剣呑な空気を察して、
「いや、大使館の方々を責めているわけではない。なかなか任務が難航しそうだ、と思っただけだ」と言い訳した。
設定に従い、フレンゼンはモーリスとして、まずはジャックの表向きの住所を訪ねた。情報通り人の気配はなく、周辺に聞き込みをしても、しばらくジャックの姿を目にしていないようだった。
次に店舗で従業員たちに話を聞くことにした。
「まあ、ジャックさんの甥御さんですか」
アンヌは、騙すのに気が引けるほど善良そうな笑顔の少女だった。疑っている様子もなく、店主の甥と名乗る人間を歓迎してくれた。
「いつも叔父がお世話になっています、モーリス・オブライエンです」
ほかに同じ年頃の少女がもう一人店番をしている。ニコルと名乗った彼女は人見知りのようで、自分の名前以外は話そうとしなかった。
店内は清掃が行き届き、商品も整然と並べられ、見やすい値札が付いている。シュミット少佐の几帳面さもあるだろうが、働いている彼女たちの実直さが表現されたような店だ。
「そんな堅苦しい挨拶はやめてください。それにジャックさんにお世話になっているのは私たちの方なんですから」
「家に行ってみたんですけど、しばらく帰っていないようで……」
「せっかく甥御さんが来てくれたっていうのに、ジャックさん、どこに行ったんでしょうね」
「あなたにも、行き先を言ってないんですか」
「いえ、きっちりした人ですから、いつも、どこに行って、いついつまで留守にするって言って出かけていますよ。今回はそれを過ぎても戻って来られないんで……」
「そうなんですね。ちょっと心配だな……」
「ただ、毎月のお給料は決まった日に送られてきますし、店に出す商品も運ばれてきていますから、無事にお過ごしなんだとは思うんですけど」
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